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国史大辞典・日本大百科全書・日本人名大辞典

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国史大辞典
後柏原天皇
ごかしわばらてんのう
一四六四 - 一五二六
一五〇〇―二六在位。寛正五年(一四六四)十月二十日後土御門天皇の第一皇子として誕生。母は贈皇太后源朝子(贈内大臣庭田長賢の女)。諱は勝仁(かつひと)。文明十二年(一四八〇)十二月十三日親王宣下、同月二十日元服の儀あり。明応九年(一五〇〇)十月二十五日、後土御門天皇崩御のあとを承けて小御所において践祚。大永元年(一五二一)三月二十二日紫宸殿において即位礼を挙げた。応仁・文明の乱のあとを受けて諸国は疲弊し、朝廷の経済も窮迫し、後土御門天皇の大葬も崩御後四十三日にてようやく執り行うことができたというような状態であった。したがって費用がないため内侍所御神楽を延引し、あるいは元日節会その他の朝儀を停めることも通例のこととなり、即位礼のごときも、早くよりその議があって、践祚の翌年費用調達のため段銭を諸国に課したが進納は予期のごとくならず、その後室町幕府や地方豪族からの献金もあったがなお足らず、大永元年に至り将軍足利義稙より即位の資として一万疋が献金され、また本願寺光兼(実如)の献金もあって、ようやく践祚後二十二年目にして即位礼を挙げた。このような状況のうちにあって天皇は常に朝儀の再興に心掛けるとともに、国民の上に思をとどめ、永正四年(一五〇七)八月兵革連続して洛中不穏の際には伊勢神宮などをして天下の和平、国家の安全を祈らしめ、また大永五年十一月疱瘡が流行した時には宸筆の『般若心経』を延暦寺と仁和寺に納めて万民の安穏を祈ったのであった。大永六年四月七日、記録所において崩御。六十三歳。深草北陵(京都市伏見区深草坊町)に葬る。天皇は学を好み、詩歌管絃の道にも長じ、歌集を『柏玉集』という。また『後柏原天皇宸記』として、明応九年十一月・十二月、永正三年正月・二月、同六年正月、同九年正月、大永元年四月・五月の日記が伝えられている。→深草北陵(ふかくさのきたのみささぎ)
[参考文献]
和田英松『皇室御撰之研究』、浅野長武「室町時代の皇室と国民」(『(岩波講座)日本歴史』所収)
(後藤 四郎)


日本大百科全書(ニッポニカ)
後柏原天皇
ごかしわばらてんのう
[1464―1526]

第104代天皇(在位1500~26)。名は勝仁。後土御門(ごつちみかど)天皇の第1皇子。母は贈内大臣庭田長賢(にわたながかた)の女(むすめ)朝子。1500年(明応9)父天皇死去の後を受けて位についたのであるが、当時は応仁(おうにん)の乱後の朝廷衰微の極にあり、即位の大礼を行うことができず、21年後の1521年(大永1)3月になって、大坂本願寺僧光兼の献金により、これを挙行するをえた。大永(たいえい)6年4月7日没。深草北陵に葬る。なお、後柏原天皇は応仁の乱後、朝儀の復興に努めたことは著聞するところでもあり、また『後柏原院御記』と称する日記が伝存し、今日は伝わらないが『御湯殿上日記(おゆどののうえのにっき)』を自ら記したことなども史籍にみえている。さらにまた『柏玉(はくぎょく)和歌集』『後柏原院御百首部類』という歌集も伝存している。
[村田正志]



日本人名大辞典
後柏原天皇
ごかしわばらてんのう
1464−1526
戦国時代,第104代天皇。在位1500-26。
寛正(かんしょう)5年10月20日生まれ。後土御門(ごつちみかど)天皇の第1皇子。母は源朝子(ちょうし)。父の死で皇位をつぐ。応仁(おうにん)の乱の影響で,父の葬儀もすぐにはできず,即位式も践祚(せんそ)21年後の永正(えいしょう)18年におこなうなど財政逼迫(ひっぱく)のなかで,朝儀の復興につとめた。大永(たいえい)6年4月7日死去。63歳。墓所は深草北陵(ふかくさのきたのみささぎ)(京都市伏見区)。諱(いみな)は勝仁(かつひと)。歌集に「柏玉集」,日記に「後柏原院御記」。
【格言など】あふぎみむ人のためにも悲しきはわが世くもれる雲の上の月(「柏玉集」)
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大坂本願寺僧光兼の献金により、これを挙行するをえた。大永(たいえい)6年4月7日没。深草北陵に葬る。なお、後柏原天皇は応仁の乱後、朝儀の復興に努めたことは著聞す ...
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