1. トップページ
  2. >
  3. カテゴリ一覧
  4. >
  5. 社会
  6. >
  7. 政治
  8. >
  9. 天皇
  10. >
  11. 後桃園天皇
国史大辞典・日本大百科全書・日本人名大辞典

ジャパンナレッジは約1500冊以上の膨大な辞書・事典などが使い放題の「日本最大級のオンライン辞書・事典・叢書」サービスです。
国史大辞典
後桃園天皇
ごももぞのてんのう
一七五八 - 七九
一七七〇―七九在位。宝暦八年(一七五八)七月二日桃園天皇の第一皇子として誕生。母は関白一条兼香の女、皇太后富子(恭礼門院)。諱は英仁(ひでひと)。嫡出の皇子であるので、誕生の翌年正月十八日早くも儲君に定められ、同年五月十五日親王宣下が行われた。しかし同十二年七月父天皇崩御の際にはなお幼少であったので、皇位はしばらく伯母の智子内親王(後桜町天皇)が継承したが、やがて明和五年(一七六八)二月十九日皇太子に立ち、同七年十一月二十四日受禅、同八年四月二十八日即位礼を挙げた。蒲柳の質であったが在位十年にわたり、安永八年(一七七九)十月二十九日崩御。二十二歳。時に当歳の皇女(のちの光格天皇皇后欣子内親王)一人があるだけだったので、閑院宮典仁親王の王子祐宮(光格天皇)を養子として、皇嗣に定めた。ついで後桃園院と追号し、京都泉涌寺山内の月輪陵に葬った。安永四年より同八年に至る在位中の宸筆日記五冊(安永五年欠)が東山御文庫に伝存する。→月輪陵(つきのわのみささぎ)
[参考文献]
帝国学士院編『宸翰英華』二、和田英松「後桃園天皇の崩御と光格天皇の登極について」(『国史国文之研究』所収)
(武部 敏夫)


日本大百科全書(ニッポニカ)
後桃園天皇
ごももぞのてんのう
[1758―1779]

皇統譜に第118代とされる天皇(在位1770~79)。名は英仁(ひでひと)。桃園天皇の第1皇子。母は恭礼門院富子。宝暦(ほうれき)8年7月2日誕生。1759年(宝暦9)5月立太子、62年父帝没後、幼年のため伯母の後桜町(ごさくらまち)天皇が中継ぎとして在位して、70年(明和7)11月に禅を受け翌年4月14歳で即位した。安永(あんえい)8年11月19日に22歳で没した。京都市東山区の月輪陵に葬る。日記『後桃園天皇宸記(しんき)』8冊、和歌『後桃園院御点(ごてん)』1冊がある。
[山田忠雄]



日本人名大辞典
後桃園天皇
ごももぞのてんのう
1758−1779
江戸時代中期,第118代天皇。在位1771*-79。
宝暦8年7月2日生まれ。桃園天皇の第1皇子。母は藤原富子(恭礼門院)。伯母の後桜町天皇の譲位をうけて13歳で即位。幕府は10代将軍徳川家治(いえはる)の時代。在位10年皇嗣をきめないまま,安永8年10月29日死去。22歳。墓所は月輪陵(つきのわのみささぎ)(京都市東山区)。幼称は若宮。諱(いみな)は英仁(ひでひと)。日記に「後桃園院宸記(しんき)」。
【格言など】のどかなる春を迎へてさまざまの道栄えゆく御代ぞにぎはふ(内裏和歌御会)
ジャパンナレッジは、自分だけの専用図書館。すべての辞書・事典・叢書が一括検索できるので、調査時間が大幅に短縮され、なおかつ充実した検索機能により、紙の辞書ではたどり着けなかった思わぬ発見も。
タブレットやスマホからも利用できます。
後桃園天皇の関連キーワードで検索すると・・・
検索ヒット数 69
検索コンテンツ
1. 後桃園天皇
日本大百科全書
した。安永(あんえい)8年11月19日に22歳で没した。京都市東山区の月輪陵に葬る。日記『後桃園天皇宸記(しんき)』8冊、和歌『後桃園院御点(ごてん)』1冊があ ...
2. ごももぞの‐てんのう[‥テンワウ]【後桃園天皇】
日本国語大辞典
第一一八代天皇。桃園天皇の皇子。母は恭礼門院富子。幼称、若宮。名は英仁(ひでひと)。明和七年(一七七〇)践祚(せんそ)し、翌年即位。在位一〇年。日記八冊が残る。 ...
3. ごももぞのてんのう【後桃園天皇】
国史大辞典
存する。→月輪陵(つきのわのみささぎ) [参考文献]帝国学士院編『宸翰英華』二、和田英松「後桃園天皇の崩御と光格天皇の登極について」(『国史国文之研究』所収)  ...
4. ごももぞのてんのう【後桃園天皇】
日本人名大辞典
1758−1779 江戸時代中期,第118代天皇。在位1771*-79。宝暦8年7月2日生まれ。桃園天皇の第1皇子。母は藤原富子(恭礼門院)。伯母の後桜町天皇の ...
5. 後桃園天皇[文献目録]
日本人物文献目録
【書誌】:0件 【図書】:0件 【逐次刊行物】:1件 『後桃園帝の崩御』和田英松 ...
6. 後桃園天皇(ごももやまてんのう)
古事類苑
帝王部 洋巻 第1巻 42ページ ...
7. 後桃園天皇御不例御祈伊勢一社奉幣(著作ID:2685430)
新日本古典籍データベース
ごももぞのてんのうごふれいおいのりいせいっしゃほうべい 祭祀 安永八 ...
8. 後桃園天皇即位御祈文書(著作ID:2685441)
新日本古典籍データベース
ごももぞのてんのうそくいおいのりもんじょ 明和八 ...
9. 後桃園天皇大喪記(著作ID:4396577)
新日本古典籍データベース
ごももぞのてんのうたいそうき 記録  ...
10. あきばでら【秋葉寺】
国史大辞典
武将の帰依をうけ、近世期には二十六石の御朱印領のほか十九石一斗二合の除地が与えられた。また後桃園天皇の安永七年(一七七八)八月勅願所となり、正・五・九月の三回御 ...
11. いんげんりゅうき【隠元隆〓
国史大辞典
山内の開山塔に葬られた。嗣法の弟子二十三人(うち日本僧は三人、他は中国僧)。後水尾法皇・霊元上皇・後桃園天皇・仁孝天皇・大正天皇から、それぞれ大光普照国師・仏慈 ...
12. えいにんにゅうどうしんのう【盈仁入道親王】
日本人名大辞典
1764−1831* 江戸時代中期-後期,閑院宮典仁(すけひと)親王の第7王子。明和元年10月8日生まれ。後桃園天皇の養子で,天台宗聖護院門跡(もんぜき)の忠誉 ...
13. 江戸参府随行記 252ページ
東洋文庫
桃園院〔桃園天皇〕……一七四七-六一年。  仙洞御所〔後桜町天皇〕……一七六二-六九年。  東山院〔後桃園天皇〕……一七七〇年から私が日本を出帆した一七七六年に ...
14. えどじだい【江戸時代】 : 朝幕関係
国史大辞典
期となる尊号事件では、朝廷の統制機構と内慮伺いの制度は危機に瀕した。安永八年(一七七九)の後桃園天皇の死後、二回目の秘喪によって後継者となった光格天皇は閑院宮典 ...
15. 寛政二年正月二十四日和歌御会始(著作ID:4370875)
新日本古典籍データベース
かんせいにねんしょうがつにじゅうよっかわかぎょかいはじめ 光格天皇(こうかくてんのう) 後桃園天皇(ごももぞのてんのう) 鷹司輔平(たかつかさすけひら) 等 詠 ...
16. きょうらいもんいん【恭礼門院】
国史大辞典
下を受ける。天皇との間には後桃園天皇および貞行親王の二皇子あり、同十二年七月天皇崩御し、皇嗣幼少のため、後桜町天皇の即位を見たが、明和七年(一七七〇)十一月後桃 ...
17. きょうらいもんいん【恭礼門院】
日本人名大辞典
一条兼香(かねか)の娘。宝暦5年入内(じゅだい)し,英仁親王,貞行親王を生む。明和7年英仁親王が後桃園天皇として即位すると翌年皇太后となり,院号をうけ,出家して ...
18. けいざんじょうきん【瑩山紹瑾】画像
国史大辞典
も占拠するに至り、一万数千ヵ寺に及ぶ曹洞宗全教団発展の基本的な体制をかためるに至った。江戸時代になって後桃園天皇から弘徳円明国師、さらに明治天皇から常済大師と諡 ...
19. こうえんにゅうどうしんのう【公延入道親王】
日本人名大辞典
1762−1803 江戸時代中期-後期,典仁(すけひと)親王の第4王子。宝暦12年11月4日生まれ。後桃園天皇の養子。安永6年公遵(こうじゅん)入道親王の弟子と ...
20. 光格天皇
世界大百科事典
在位1780-1817年。閑院宮典仁親王の第6皇子。名は兼仁(ともひと)。1779年(安永8)後桃園天皇の死に際し後嗣に迎えられ,践祚。皇后は同天皇の皇女欣子内 ...
21. こうかく‐てんのう[クヮウカクテンワウ]【光格天皇】
日本国語大辞典
第一一九代天皇。閑院宮典仁(すけひと)親王の第六子。名は兼仁(ともひと)。安永八年(一七七九)、後桃園天皇の養子として一〇歳で即位。文化一四年(一八一七)譲位。 ...
22. こうかくてんのう【光格天皇】画像
国史大辞典
安永八年(一七七九)十月後桃園天皇の崩御の際、同天皇の養子となって皇嗣に立てられ、十一月二十五日践祚、翌安永九年十二月四日即位礼を挙げる。この後寛政六年(一七九 ...
23. こうかくてんのう【光格天皇】
日本人名大辞典
閑院宮典仁(かんいんのみや-すけひと)親王の第6王子。母は大江磐代(いわしろ)。皇子のない後桃園天皇が皇嗣をきめず急逝したため,9歳で皇位をついだ。在位38年, ...
24. こうきじ【高貴寺】大阪府:南河内郡/河南町/平石村地図
日本歴史地名大系
現在堂舎は金堂・講堂・開山堂・学寮があり、奥院には弘法大師御影堂などがある。奥院には慈雲の墓、後桃園天皇の皇太后恭礼門院富子の墓がある。慈雲筆の「梵学津梁」一千 ...
25. こうちょうにゅうどうしんのう【公澄入道親王】
日本人名大辞典
1776−1828 江戸時代中期-後期,邦頼親王の第2王子。安永5年10月生まれ。後桃園天皇の養子。寛政元年公延入道親王の付弟となり,同年親王宣下をうけ出家,江 ...
26. 近衛家 系図[図版]画像
国史大辞典
篤麿 (公爵) 文麿 尚子 (新中和門院 中御門天皇女御 桜町天皇母) 維子 (盛化門院 後桃園天皇女御) (c)Yoshikawa kobunkan Inc. ...
27. 後桜町天皇
世界大百科事典
桜町天皇の第2皇女。名は智子(としこ)。1762年(宝暦12)桃園天皇死去の際,後嗣英仁親王(後桃園天皇)が幼少なため代わって践祚,70年(明和7)同親王に譲位 ...
28. ごさくらまち‐てんのう[‥テンワウ]【後桜町天皇】
日本国語大辞典
)、のち緋宮(あけのみや)。宝暦一二年(一七六二)践祚(せんそ)。在位九年。皇位を継ぐべき後桃園天皇がまだ幼少であったので、明正天皇の故事にならって践祚したもの ...
29. ごさくらまちてんのう【後桜町天皇】
国史大辞典
寛延三年(一七五〇)三月親王宣下。宝暦十二年(一七六二)七月桃園天皇の崩御に際し、儲君英仁親王(後桃園天皇)が幼少なため、その成長まで皇位を継ぐことになり、同月 ...
30. ごさくらまちてんのう【後桜町天皇】
日本人名大辞典
母は藤原舎子(いえこ)(青綺門院)。桃園天皇の異母姉。桃園天皇の死後,皇嗣英仁(ひでひと)親王(のちの後桃園天皇)が幼少だったため皇位をついだ。最後の女帝。在位 ...
31. 後桃園院御点(著作ID:1131120)
新日本古典籍データベース
ごももぞのいんおてん 後桃園天皇(ごももぞのてんのう) 和歌  ...
32. さだよししんのう【貞敬親王】
日本人名大辞典
1776*−1841 江戸時代後期,邦頼(くにより)親王の王子。安永4年12月10日生まれ。伏見宮家18代。後桃園天皇の猶子。寛政9年親王となる。兵部(ひょうぶ ...
33. しろず-でんりょう【白水田良】
日本人名大辞典
)から渡来したという。京都にすみ,京極家の侍医をつとめる。安永5年法眼(ほうげん)となり,後桃園天皇,光格天皇の診療にあたった。天明4年4月25日死去。72歳。 ...
34. しんせいわいん【新清和院】
国史大辞典
一七七九―一八四六 光格天皇の皇后。後桃園天皇の第一皇女。母は皇太后維子(盛化門院)。名は欣子(よしこ)。幼称女一宮。安永八年(一七七九)正月二十四日誕生。翌 ...
35. しんせいわいん【新清和院】
日本人名大辞典
1779−1846 江戸時代後期,光格天皇の中宮(ちゅうぐう)。安永8年1月24日生まれ。後桃園天皇の第1皇女。母は盛化門院。安永9年内親王。寛政5年(1793 ...
36. しんせいわいんおそばにっき【新清和院御側日記】
国史大辞典
後桃園天皇の皇女で、光格天皇の皇后となった欣子内親王の側近に奉仕した女房の日記の総称。同内親王の経歴に従って四種に分かれる。(一)入内(寛政六年(一七九四)) ...
37. じゅうぜんほうご【十善法語】
国史大辞典
聞き、深く帰依した。この縁で、翌二年桃園天皇皇后の恭礼門院、同生母の開明門院が十善戒を受け、後桃園天皇には『十善戒相』が献呈された。そして開明門院の請により十一 ...
38. せいかもんいん【盛化門院】
日本人名大辞典
1760*−1783 江戸時代中期,後桃園天皇の女御。宝暦9年12月9日生まれ。近衛内前(このえ-うちさき)の娘。欣子内親王(のち光格天皇の皇后)を生み,また光 ...
39. せきどうさん【石動山】富山県:氷見市
日本歴史地名大系
の仕事であった。江戸時代には勧修寺から離れ、京都仁和寺を本山と仰いだ。明和九年(一七七二)後桃園天皇より綸旨を賜わり、勅願所であることを再確認され、北信越七ヵ国 ...
40. せきどうさん【石動山】石川県:鹿島郡/鹿島町/蟻ヶ原村
日本歴史地名大系
升、越中では二升という知識米の徴収が定められ、明和九年(一七七二)二月に再徹底を図るべく、後桃園天皇から加賀・能登・越中・越後・佐渡・飛騨・信濃の七ヵ国を産子と ...
41. せんざん‐ごりょう【泉山御陵】
日本国語大辞典
・霊元天皇・中宮房子・東山天皇・中宮幸子女王・中御門天皇・桜町天皇・桃園天皇・後桜町天皇・後桃園天皇などの陵墓を含む。天皇陵は九重石塔、他は無縫塔または宝篋印塔 ...
42. 続史愚抄
世界大百科事典
亀山天皇受禅(1259)から後桃園天皇(在位1770-79)に至る編年体の歴史書。1777-98年(安永6-寛政10)の成立。柳原紀光(もとみつ)の編纂。《日本 ...
43. ぞくしぐしょう【続史愚抄】
国史大辞典
通史。柳原紀光編。八十一冊。正元元年(一二五九)亀山天皇の践祚に起り、安永八年(一七七九)後桃園天皇の崩御に終る三十三代、五百二十一年間にわたる朝廷の通史である ...
44. ちょうばくかんけい【朝幕関係】
国史大辞典
期となる尊号事件では、朝廷の統制機構と内慮伺いの制度は危機に瀕した。安永八年(一七七九)の後桃園天皇の死後、二回目の秘喪によって後継者となった光格天皇は閑院宮典 ...
45. つきのわのみささぎ【月輪陵】画像
国史大辞典
ものはなく、域内の陵は泉涌寺御廟・泉涌寺御塔などと称されていたが、明治十二年(一八七九)に後桃園天皇以前をすべて月輪陵、光格天皇以降を後月輪陵と称することに定め ...
46. 天皇 系譜2[図版]画像
国史大辞典
誠仁親王 (陽光院) 後陽成天皇 後水尾天皇 霊元天皇 東山天皇 中御門天皇 桜町天皇 桃園天皇 後桃園天皇 智仁親王 (八条宮 桂宮家祖) 好仁親王 (高松宮 ...
47. 天明三年正月十八日仙洞和歌御会始(著作ID:4365949)
新日本古典籍データベース
てんめいさんねんしょうがつじゅうはちにちせんとうわかぎょかいはじめ 後桃園天皇(ごももぞのてんのう) 九条尚実(くじょうなおざね) 鷹司輔平(たかつかさすけひら ...
48. 天明三年正月二十四日公宴和歌御会始(著作ID:4365951)
新日本古典籍データベース
てんめいさんねんしょうがつにじゅうよっかこうえんわかぎょかいはじめ 光格天皇(こうかくてんのう) 後桃園天皇(ごももぞのてんのう) 等 和歌  ...
49. 天明三年二月二日仙洞当座御会(著作ID:4365953)
新日本古典籍データベース
てんめいさんねんにがつふつかせんとうとうざぎょかい 後桃園天皇(ごももぞのてんのう) 冷泉為泰(れいぜいためやす) 藤谷為敦(ふじたにためあつ) 等 和歌  ...
50. 天明七年二月二十二日後鳥羽院五百五十回聖忌従仙洞御奉納和歌(著作ID:4365955)
新日本古典籍データベース
てんめいしちねんにがつにじゅうににちごとばいんごひゃくごじっかいしょうきせんとうよりごほうのうわか 後桃園天皇(ごももぞのてんのう) 九条尚実(くじょうなおざね ...
「後桃園天皇」の情報だけではなく、「後桃園天皇」に関するさまざまな情報も同時に調べることができるため、幅広い視点から知ることができます。
ジャパンナレッジの利用料金や収録辞事典について詳しく見る

後桃園天皇と同じ天皇カテゴリの記事
舎人親王(日本大百科全書(ニッポニカ))
天武天皇の第三皇子。母は天智天皇の娘新田部皇女。知太政官事穂積親王の亡きあとは皇親の長老として重んぜられ、新田部親王とともに皇太子首親王(聖武天皇)を輔翼する責務を負った
天皇(改訂新版・世界大百科事典)
日本国憲法に定める日本国および日本国民統合の象徴。天皇の歴史前近代の天皇オオキミとスメラミコト〈天皇〉は〈オオキミ〉とも〈スメラミコト〉とも呼ばれた。しかしこの二つの日本語は決して同義ではなく,むしろ両者の質の違い,それぞれの用いられる次元の相違に注目することが
皇位継承(改訂新版・世界大百科事典)
7世紀末までの皇位継承を《古事記》《日本書紀》によってみると,16代の仁徳天皇まではほとんどが父子間の直系相続であり,仁徳以後持統までは,父子間相続6,母子間1,兄弟間10,姉弟間2,叔父・甥間1,夫婦間2,三親等以上をへだてた相続3の計25例で
摂政(国史大辞典)
天皇に代わって万機を摂り行う者、または摂り行うことをいう。関白に類する職として関白とともに摂関といい、関白と同じく、摂ろく・執柄・博陸などの唐名があり、その地位に因んで一の人・一の所などと称され、殿下ともいわれた
関白(国史大辞典)
万機に関与する重職で摂政に類似する。したがって摂政と合わせて摂関・摂ろく・一の人・一の所などと称し、執柄・博陸・殿下などの唐名がある。関白の語は『漢書』霍公伝に、宣帝が諸事まず霍光に関白してから奏上せしめたとみえているが
天皇と同じカテゴリの記事をもっと見る


「後桃園天皇」は天皇に関連のある記事です。
その他の天皇に関連する記事
太上天皇(国史大辞典・日本国語大辞典)
譲位した天皇の称。「だいじょうてんのう」とも訓む。略して上皇あるいは太皇ともいい、また御在所を意味する院の称も用いられ、さらにその御在所を神仙の居所に擬して仙院・仙洞・藐姑射山(はこやのやま)・茨山(しざん)などとも称された。
上皇(日本大百科全書・改訂新版 世界大百科事典)
譲位した天皇の尊称。正式には太上(だいじょう)天皇と称する。中国の太上皇(たいじょうこう)、太上皇帝の称に始まり、太上は最上または至上の意。日本では697年(文武天皇1)譲位した持統(じとう)天皇が初めて太上天皇と称し、大宝令(たいほうりょう)
昭和天皇(国史大辞典・日本大百科全書・改訂新版 世界大百科事典)
一九〇一 - 八九 一九二六―八九在位。明治三十四年(一九〇一)四月二十九日午後十時十分、東宮御所に生誕。皇太子明宮嘉仁親王(のちの大正天皇)と皇太子妃節子(のちの貞明皇后)の第一皇子。五月五日明治天皇より裕仁(ひろひと)と命名され
大正天皇(国史大辞典・日本大百科全書・日本人名大辞典)
一八七九 - 一九二六 一九一二―二六在位。明治十二年(一八七九)八月三十一日午前八時十二分、東京青山御所内御産所にて生誕。明治天皇第三皇子、生母権典侍柳原愛子。九月六日、嘉仁(よしひと)と命名、明宮(はるのみや)と称した
明治天皇(国史大辞典・日本大百科全書・改訂新版 世界大百科事典)
一八五二 - 一九一二 一八六七―一九一二在位。嘉永五年(一八五二)九月二十二日、孝明天皇の第二皇子として京都石薬師門内の権大納言中山忠能の邸に生まれる。生母は忠能の娘典侍中山慶子。幼称は祐宮(さちのみや)。幼少時は中山邸で起居したが
天皇に関連する記事をもっと見る
ジャパンナレッジは約1500冊以上(総額600万円)の膨大な辞書・事典などが使い放題の「日本最大級のインターネット辞書・事典・叢書サイト」です。日本国内のみならず、海外の有名大学から図書館まで、多くの機関で利用されています。
ジャパンナレッジの利用料金や収録辞事典について詳しく見る