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国史大辞典・日本大百科全書・日本人名大辞典

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国史大辞典
仁孝天皇
にんこうてんのう
一八〇〇 - 四六
一八一七―四六在位。諱は恵仁(あやひと)、幼称は寛(ゆた)宮。寛政十二年(一八〇〇)二月二十一日光格天皇の第六皇子として誕生。母は東京極院〓子(ただこ、贈内大臣勧修寺経逸の女)。文化四年(一八〇七)七月皇后欣子内親王の実子となり儲君に治定、同年九月親王宣下、同六年三月立太子、同八年三月元服あり、ついで同十四年三月二十二日父天皇より受禅、同年九月二十一日即位礼を行なった。在位三十年にわたり、弘化三年(一八四六)正月二十六日四十七歳をもって崩御。仁孝天皇と諡し、泉涌寺山内に葬った。陵名を後月輪陵(のちのつきのわのみささぎ)という。天皇は古儀の復興に意を用い、父天皇に光格天皇と諡して、久しく中絶していた諡号の古制を再興した。また学問を好み、特に廷臣の奨学に留意してしばしば和漢の史書その他の古典の会読を催したが、さらに堂上子弟の道義振興のため学習所の建設を計画し、弘化二年十一月開明門院御殿の旧地に講堂の建設を定めた。すなわち学習院の濫觴であって、講堂は天皇の崩後竣成し、同四年三月開講を見るに至った。
(武部 敏夫)

弘化廟(こうかびょう)

 仁孝天皇後月輪陵(のちのつきのわのみささぎ)の旧称。京都市東山区今熊野泉山(せんざん)町の泉涌寺の境域にある。弘化三年(一八四六)三月一日諡号が治定された際に、陵号を弘化と定められた。それより陵所は弘化御廟、あるいは弘化山陵と称されていたが、陵号に年号を用いた例がないことから、明治十二年(一八七九)三月十三日に同域内にある光格天皇陵の陵号にならって後月輪陵と称することに改められた。→月輪陵(つきのわのみささぎ)
[参考文献]
上野竹次郎『山陵』下
(戸原 純一)


日本大百科全書(ニッポニカ)
仁孝天皇
にんこうてんのう
[1800―1846]

120代とされる天皇(在位1817~46)。119代光格(こうかく)天皇第四皇子、母は東京極(ひがしきょうごく)院勧修寺婧子(かじゅうじただこ)。名は恵仁(あやひと)、幼称は寛宮(ゆたのみや)。1809年(文化6)皇太子となり、17年3月22日受禅し、同年9月21日即位の礼を行う。先帝の旧儀復興の意志を継承し、58代光孝(こうこう)天皇以来中絶していた諡号(しごう)を父光格上皇崩御(ほうぎょ)後奉って再興するとともに、公家(くげ)の学問向上を目ざす学習所(後の学習院)の設立に着手したが、竣工(しゅんこう)前に崩じた。京都後月輪陵(のちのつきのわのみささぎ)に葬られた。
[上野秀治]



日本人名大辞典
仁孝天皇
にんこうてんのう
1800−1846
江戸時代後期,第120代天皇。在位1817-46。
寛政12年2月21日生まれ。光格天皇の第6皇子。母は藤原〓子(ただこ)(東京極院)。父の譲位をうけて即位。父が院政をおこなう。幕府は11代将軍徳川家斉(いえなり),12代家慶(いえよし)の時代。学問をこのみ,父の発意による公家子弟の教育機関である学習所(のちの学習院)創設に着手した。弘化(こうか)3年1月26日死去。47歳。墓所は後月輪陵(のちのつきのわのみささぎ)(京都市東山区)。幼称は寛(ゆたの)宮。諱(いみな)は恵仁(あやひと)。
【格言など】四方(よも)の海をさまる世とて国つ民にぎはひうたふ声もゆたけし(内裏和歌御会)
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43. かじゅうじけもんじょ【勧修寺家文書】
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