ジャパンナレッジは約1500冊以上の膨大な辞書・事典などが使い放題の「日本最大級のオンライン辞書・事典・叢書」サービスです。
➞ジャパンナレッジについて詳しく見る
  1. トップページ
  2. >
  3. カテゴリ一覧
  4. >
  5. 歴史
  6. >
  7. 遺跡
  8. >
  9. >
  10. 犬山城
日本歴史地名大系

日本歴史地名大系
犬山城
いぬやまじよう

[現]犬山市犬山 北古券

木曾川に北面する標高八〇メートルの丘陵にある。名古屋城より直線にして約二二キロの地点。別名白帝はくてい城。天守閣は国宝。文明元年(一四六九)五月、管領斯波義郷の家臣織田広近がした(現在地より約一キロ東南)に初めて城を築いた(尾州犬山城主記)。その後城主は、「尾州犬山城主記」や「犬山城主考」によると、織田敏定・敏信・信安・信定・信康へと交代。信康の代(一六世紀前葉)に、城は現在地より約三〇〇メートル西南の三狐尾寺さんこおじ山へ移された(尾州丹羽郡犬山城主附、城主歴代記)。信康後の歴代城主は、信清・池田信輝・織田信房・中川定成・池田紀伊守信輝・加藤泰景・武田清利・土方雄久・長尾吉房・三輪五郎右衛門・石川光吉・小笠原吉次(尾州犬山城主記、犬山城主考)

一七世紀中葉の「正事記」に「昔は三光寺山を本城にせられ、今の天守の有所え白山権現立ちたまひけるよし。中頃、白山をば城より東の丸山へ移し、其跡を本丸に今ハなる。天守三重也。其昔ハ二重也しが、太閤薨御之後、其の時の城主小笠原和泉守吉次の御代に、濃州兼山の古城を引取りて立て直し、三重になり、大手口惣構も其時広く成りたる由申伝ふるなり」とある。同書より約一〇〇年後に書かれた「尾州丹羽郡犬山城主附」には「慶長六

年、小笠原吉次ノ代ニ濃州兼山ノ古城ヲ引取テ白山山ニ築直ス、殿守二重ナリシモ此時三重ニ成、白山宮ヲ城ヨリ東ノ丸山ニ移、大手前七間町ト云ヲ引テ為三ノ丸、其後連々堀垣改たり分内広成者也」とある。

三狐尾寺山時代の城は二層だったが、白山はくさん(現城山)にあった白山権現(針綱神社)丸山まるやまへ遷座させ、その跡地に小笠原吉次が美濃かね(金)やま城を移築した三層の城。城内となる七軒しちけん(間)町の住人を転居させて三の丸に、大手おおて方面の外回りを掘って空堀とし、次々に城の体制を整えた。「犬山里語記」には平岩親吉の代、「中切村の地を裂て町家を引移し、坂下大本町とし給ふて、跡は武家陌と成」とあり、城下町も形成されていった。元和三年(一六一七)成瀬正成が城主となり、以後正虎・正親・正幸・正太・正典・正寿・正住・正肥と成瀬氏が城主の座を世襲。

明治二年(一八六九)版籍奉還によって廃城。廃藩置県とともに取壊されようとしたが、当時の区長堀野良平らが保存運動を展開。破壊は免れて城地一帯が県有公園となった。同二四年の濃尾大震災により櫓・塀などが倒壊、天守閣の損傷も大きかった。同二八年、天守閣その他石垣などの復旧・修理をする条件で旧城主成瀬正肥に譲渡され、五年後に四千五〇〇余円をかけて修復。昭和三四年(一九五九)伊勢湾台風によって根本的修理が必要とされ、同四〇年総予算六千五〇〇万円をかけた工事が四年ぶりに完成。解体修理工事の結果、それまで伝えられてきた金山城移築を裏付けるものは出なかった。天守閣下層部はその構造様式・手法などから一六世紀前葉に構築され、上層部は一七世紀初期に増建されたものと考えられるに至った。外観三層、内部石蔵二階、石塁上四階の望楼様式の天守閣は、現存する天守閣中では最古のもの。

ジャパンナレッジは、自分だけの専用図書館。
すべての辞書・事典・叢書が一括検索できるので、調査時間が大幅に短縮され、なおかつ充実した検索機能により、紙の辞書ではたどり着けなかった思わぬ発見も。
パソコン・タブレット・スマホからご利用できます。
ジャパンナレッジの利用料金や
収録辞事典について詳しく見る

犬山城の関連キーワードで検索すると・・・
検索ヒット数 157
検索コンテンツ
1. 犬山城画像
日本大百科全書
室町中期から江戸期の城。愛知県犬山市犬山にあり、木曽(きそ)川左岸に接する丘の上で、風光明媚(めいび)なところから白帝城(はくていじょう)の別名もある。比高40 ...
2. 犬山城[百科マルチメディア]画像
日本大百科全書
木曽川(きそがわ)左岸の丘の上に建つ平山城(ひらやまじろ)。別名白帝城(はくていじょう)。1469年(文明1)に起源をもち、1537年(天文6)現在地に築城され ...
3. 犬山城
世界大百科事典
愛知県犬山市にあり,白帝城ともいう。城地北側の崖下を木曾川が流れる。高台にある本丸から南に四つの小曲輪(くるわ)を配した小規模な城。本丸にのこる天守については従 ...
4. いぬやま‐じょう[‥ジャウ]【犬山城】
日本国語大辞典
愛知県犬山市、木曾川南岸の丘にある平山城。文明元年(一四六九)織田広近が木の下村に築城。天文六年(一五三七)織田信康が三狐尾寺山に移し、慶長六年(一六〇一)小笠 ...
5. いぬやまじょう【犬山城】
国史大辞典
最古であるとともに、天守外容の変遷を示す上に重要である。国宝。 [参考文献]『国宝犬山城天守修理工事報告書』、城戸久『国宝犬山城』 (城戸 久)  ...
6. いぬやまじょう【犬山城】愛知県:犬山市/犬山城下
日本歴史地名大系
管領斯波義郷の家臣織田広近が木ノ下村(現在地より約一キロ東南)に初めて城を築いた(尾州犬山城主記)。その後城主は、「尾州犬山城主記」や「犬山城主考」によると、織 ...
7. いぬやまじょうか【犬山城下】愛知県:犬山市
日本歴史地名大系
木曾川に面する標高八〇メートルの丘陵に作られた犬山城を中心とした城下町。尾張北端に位置し、内田ノ渡などにより美濃との接点をなし、対美濃との関係上、軍事的に重要地 ...
8. 犬山城築来由(著作ID:4397492)
新日本古典籍データベース
いぬやまじょうちくらいゆ 築城  ...
9. ワイドインタビュー問答有用 /755 “お姫様”から財団設立へ=成瀬淳子・犬山城白帝文庫理事長
週刊エコノミスト 2019-20
1964年東京生まれ。犬山城の12代城主、成瀬正俊氏の長女。東京で会社員生活を続けた後、13代城主となり、2004年に財団法人犬山城白帝文庫理事長に就任。37年 ...
10. 愛知(県)画像
日本大百科全書
はじめ、重要文化財20点ほか多くの書籍や寺宝に富み、蓬左文庫とともに有名である。国宝建造物は、犬山城天守、茶室如庵(じょあん)(犬山市)、金蓮(こんれん)寺弥陀 ...
11. 愛知[県]画像
世界大百科事典
泉群が名古屋からの観光保養地としてにぎわいをみせている。尾張北部の丘陵地は観光資源が豊富で,犬山城(国宝),犬山モンキーセンター,明治村,さらに屋外民族博物館〈 ...
12. あすけはん【足助藩】
国史大辞典
その間の所領も加茂郡の他丹波・上総にも散在していた。なお元和二年(一六一六)成瀬正成が名古屋藩主から犬山城を与えられた際、その次男之成が足助を含む父の旧領一万五 ...
13. あたごしゃ【愛宕社】愛知県:犬山市/犬山村
日本歴史地名大系
天台宗の愛宕山長床坊の末寺となった。「尾張名所図会」に「社寺は愛宕山延命院」とある。元文五年(一七四〇)の犬山城下絵図(犬山市蔵)では、延命院の敷地が広く記され ...
14. 安土桃山時代美術画像
世界大百科事典
で塗込(ぬりごめ)にした新しい形式の建築である。はじめは殿舎の上に望楼をあげた形式(丸岡城,犬山城)であったが,後に何層もの屋根を重ねた層塔型に変化する。 住宅 ...
15. いいやまし【飯山市】長野県
日本歴史地名大系
無税と定め城下町の整備を進めた(→飯山城跡)。〔近世〕慶長三年(一五九八)上杉氏の会津移封に伴い、飯山城は犬山城主で信州の豊臣秀吉直轄領を支配していた石川光吉の ...
16. いけだし【池田氏】画像
国史大辞典
母養徳院とともに信長の寵遇をうけ、また桶狭間の戦をはじめ累戦の功によって元亀元年(一五七〇)には尾張犬山城一万貫の地を賜わり、さらに天正八年(一五八〇)には摂津 ...
17. 池田恒興
日本大百科全書
ら乳母になれたという。1560年(永禄3)桶狭間の戦いで功を上げ、1570年(元亀1)尾張国犬山城を与えられる。1579年(天正7)摂津で荒木村重を倒し、有馬( ...
18. いけだつねおき【池田恒興】画像
国史大辞典
三月十三日家康は信雄と清洲に会し、小牧山に陣した。これに対して恒興・元助は尾張犬山城を攻略し、三月二十八日には秀吉も東下して犬山城に入り、さらに楽田まで陣をすす ...
19. いしかわ-さだきよ【石川貞清】
日本人名大辞典
豊臣秀吉につかえ,天正18年尾張(おわり)(愛知県)犬山城主となる。1万2000石。慶長4年ごろには12万石を領した。関ケ原の戦いで石田三成(みつなり)方に属し ...
20. いしこし【石川氏】画像
国史大辞典
識田信長に仕え、光政・光重は豊臣秀吉に従った。光元・光吉は秀吉に仕えてそれぞれ播州竜野城主・尾州犬山城主となり、関ヶ原の戦では西軍に属した。光元の子光忠は徳川家 ...
21. いなばさだみち【稲葉貞通】
国史大辞典
の戦に際し、弟方通より徳川家康の東軍に加わるように勧められたが従わず、石川貞清をたすけて尾州犬山城に籠った。しかし同年八月織田秀信の守る岐阜城が陥落すると、家康 ...
22. 犬山(市)画像
日本大百科全書
4)の条の丹羽(にわ)郡の地で、戦国時代には犬山、木下(きのした)、羽黒、楽田に城があった。犬山城は平山城(ひらやまじろ)で1469年(文明1)織田広近(おだひ ...
23. 犬山[市]
世界大百科事典
平野部に出る渓口に発達した。尾張徳川藩の家老成瀬氏の城下町で,木曾川を見おろす丘上にそびえる犬山城(国宝)は市の代表的景勝となっている。付近一帯は飛驒木曾川国定 ...
24. いぬやま【犬山】
日本国語大辞典
愛知県北西部、木曾川南岸の地名。尾張藩家老成瀬氏三万五千石の旧城下町。国宝犬山城のほか、明治村、京大霊長類研究所、日本ラインなどがある。昭和二九年(一九五四)市 ...
25. いぬやま【犬山】
国史大辞典
日、丹羽郡稲置村を継承した犬山町と城東・羽黒・楽田・池野村が合併して市制施行。名所旧跡として犬山城・日本ライン・博物館明治村・成田山別院などがあり、観光客を集め ...
26. いぬやまし【犬山市】愛知県
日本歴史地名大系
こうしたなかで、斯波氏の家臣織田広近が、文明元年(一四六九)木ノ下村(現犬山字木の下)に城を築いた(尾州犬山城主記)。そして木ノ下城二代城主織田敏定の父久長が楽 ...
27. 犬山藩画像
日本大百科全書
尾張(おわり)国丹羽(にわ)郡犬山城(愛知県犬山市)に藩庁を置く小藩。関ヶ原の戦い後小笠原吉次(おがさわらよしつぐ)が入封。ついで1607年(慶長12)平岩親吉 ...
28. いぬやまはん【犬山藩】
国史大辞典
慶長十二年(一六〇七)初代隼人正正成は徳川家康の意を受けて尾張徳川義直に付属、元和三年(一六一七)犬山城を預けられた。以来竹腰家とともに名古屋藩制最高の両家年寄 ...
29. いぬやまむら【犬山村】愛知県:犬山市
日本歴史地名大系
木ノ下村は、犬山城下北宿の南、東西に延びる外堀の木戸を出た東部にある。一五世紀中葉に築かれた木ノ下城の跡地で、「今、民家のある所はむかしの御城中なるべし」という ...
30. いぬやまやき【犬山焼】
国史大辞典
愛知県犬山市の犬山城にちかい丸山で焼出された陶器で、別名丸山焼ともいう。宝暦初年、犬山の東南五キロの今井において焼出したのが始まりである。文化七年(一八一〇)犬 ...
31. いるかいけ【入鹿池】愛知県:犬山市/神尾入鹿新田村
日本歴史地名大系
作るのに適した入鹿村に着眼。村を灌漑池にして台地を開発する案をたてた。これは藩家老成瀬正虎(犬山城主)から藩祖義直に取次がれて許可され、寛永八年(一六三一)水奉 ...
32. うきのかっせんじょう【浮野合戦場】愛知県:一宮市/浮野村
日本歴史地名大系
七月の二度、下四郡を領した清須城主織田信長と上四郡を領した岩倉城主織田信安が岩倉・浮野で戦い、信長勢は犬山城主織田信清軍一千騎を加えて三千余騎、信安勢も三千余騎 ...
33. うちだのわたし【内田ノ渡】愛知県:犬山市/犬山村
日本歴史地名大系
候ニ付、御寺御宝蔵え御預ケ置度候」と瑞泉寺へ願出ている(瑞泉寺文書)。天正一二年(一五八四)犬山城主加藤泰景によって、それ以前からの船頭八人の田・畑・屋敷が船頭 ...
34. うぬまむら【鵜沼村】岐阜県:各務原市
日本歴史地名大系
各務原台地東側の低地と、その北東の山地に位置する。東から南を木曾川が南西流し、南東の対岸は尾張犬山城下で、鵜沼渡で結ばれる。木曾川は当村付近から濃尾平野に入って ...
35. うらきそさんかそん【裏木曾三ヵ村】岐阜県:恵那郡/川上村
日本歴史地名大系
豊臣秀吉は、豊富な森林資源を得るため、天正一八年木曾義昌を下総国網戸(現千葉県旭市)に移し、犬山城主石川光吉を木曾の代官に任じて直轄地とした(「石川光吉書状」定 ...
36. えんりゃくじ【延暦寺】滋賀県:大津市/北部地域
日本歴史地名大系
全宗・豪盛・詮舜らは、再興の綸旨や令旨を得るよう各門跡院へと働きかけた。天正一三年五月ようやく、尾張犬山城(現愛知県犬山市)布陣中の秀吉から豪盛・全宗に宛てた待 ...
37. おがさわら-よしつぐ【小笠原吉次】
日本人名大辞典
忠吉につかえ,筆頭家老となる。慶長5年忠吉の尾張(おわり)(愛知県)清洲城への移封にしたがい犬山城主。忠吉の死後,下総(しもうさ)佐倉藩(千葉県)藩主をへて慶長 ...
38. おぜき-さくじゅうろう【尾関作十郎(初代)】
日本人名大辞典
1805−1879 江戸後期-明治時代の瓦師,陶工。文化2年4月5日生まれ。尾張(おわり)(愛知県)犬山城主成瀬家の御用瓦師をつとめる。慶応2年加藤清蔵,松原惣 ...
39. 織田有楽画像
日本大百科全書
越えて村田珠光(じゅこう)や武野紹鴎(たけのじょうおう)に心を寄せ、その遺跡を整備している。現在愛知県犬山城下の有楽苑(えん)にある茶室如庵(じょあん)(国宝) ...
40. おだ-かつなが【織田勝長】
日本人名大辞典
永禄(えいろく)3年武田信玄の人質となる。のち武田勝頼によっておくりかえされ尾張(おわり)(愛知県)犬山城主。天正(てんしょう)10年本能寺の変の際,二条御所で ...
41. おだ-のぶきよ【織田信清】
日本人名大辞典
妻は織田信長の妹。尾張(おわり)(愛知県)犬山城主。永禄(えいろく)元年(1558)信長とともに岩倉城の織田信安を攻める。のち信長と対立,7年犬山城を追われて甲 ...
42. おびじょうあと【飫肥城跡】宮崎県:日南市/飫肥城下
日本歴史地名大系
ら本家を継いでいる(伊東氏大系図・文政一三年「飫肥藩分限帳写」日南市立図書館蔵)。他の二家は犬山城(現愛知県犬山市)城主成瀬正成の弟正武を父に、祐兵の三女を母に ...
43. おゆみのしょう【小弓庄】愛知県:犬山市
日本歴史地名大系
旧丹羽郡内の藤原氏(近衛家)領荘園。旧犬山城下・犬山村、現犬山市の中心部を含む地域であったが、荘域は不詳。「良峯氏系図事書」に「小弓大夫惟光、以所領号小弓庄、奉 ...
44. 下津
世界大百科事典
1400年(応永7)に,尾張守護代織田常松の又代織田常竹が下津城にて政務を行っていたことがみえ,以後犬山城主織田敏定が守護代織田敏広の居城下津城を焼き払ってみず ...
45. おりづじょうあと【下津城跡】愛知県:稲沢市/下津村
日本歴史地名大系
城で、文正元年(一四六六)頃「大路小路城門々々櫓々」(文正記)があった。文明八年(一四七六)犬山城主織田敏定は下津城を焼払い、兄敏広の軍を国府宮に退陣させ(和漢 ...
46. 尾張国画像
日本大百科全書
名古屋城を築いて清洲(きよす)より移転するとともに、成瀬正成(なるせまさなり)が藩家老として犬山城に入った。これ以後名古屋は尾張徳川家62万石の城下町として栄え ...
47. 尾張国
世界大百科事典
攻略,ほぼ尾張一円を勢力下におき,翌年今川義元の上洛軍を桶狭間の戦で破って武名をあげた。62年に犬山城の織田信清が美濃の斎藤氏と結んで反逆したので,翌年小牧山に ...
48. おわりのくに【尾張国】画像
国史大辞典
に移し、家康の四男松平忠吉を尾張五十二万石に封じた。犬山城主石川光清(貞清)は西軍に属して封を除かれ、代わって忠吉の重臣小笠原吉次が犬山城に入った。同十二年松平 ...
49. 甲子夜話三篇 2 70ページ
東洋文庫
冷如二氷雪両肢岨川至レ此梢闊。水激レ岩揚レ波。尾勢之質船、往来不レ断。風景尤佳。亦行二隆道4見二犬山城4至二鵜沼謁豊臣氏所レ造舟為レ橋也。入レ夜宿二干加納駅岨加 ...
50. 甲子夜話続篇 4 114ページ
東洋文庫
写す。因て自から容色も別なるなり。〔三〕 一日三上侯にて犬追物を覧て後、談話の次で侯日。成瀬氏〔犬山城主〕の臣に某なる者あり。我が方に久しく懇来す。この男心剛な ...
「犬山城」の情報だけではなく、「犬山城」に関するさまざまな情報も同時に調べることができるため、幅広い視点から知ることができます。
ジャパンナレッジの利用料金や収録辞事典について詳しく見る

犬山城と同じカテゴリの記事
大坂城跡(日本歴史地名大系)
日本歴史地名大系/平凡社/[現]東区大阪城。東区の北東の一角にある城跡で、本丸と二ノ丸のほぼ全域七三万平方メートルが国の特別史跡。城跡にもと玉造定番屋敷・同与力同心屋敷の一部を加えた約一〇三万平方メートルが大阪城公園となっている。
伏見城跡(日本歴史地名大系)
伏見山(桃山丘陵)に豊臣秀吉によって築かれた城。関ヶ原の合戦に伴う東軍と西軍の攻防戦で被害を受けた後、徳川家康の手で大規模な修築復興がなされたが、元和九年(一六二三)廃城になった。
井伊谷城跡(日本歴史地名大系)
[現]引佐町井伊谷。井伊谷の盆地北側、標高一一四メートルの城(しろ)山の山頂とその南東方向の麓にあった居館。井伊(いい)城ともいい、井伊氏の居城。なお史料上、南北朝期にみえる井伊城は三岳(みたけ)城をさす。
三岳城跡(日本歴史地名大系)
[現]引佐町三岳・川名。三岳山の山頂部にある山城跡。標高四六六・八メートルの山頂を中心として東西約七〇〇メートルにわたる尾根上に築かれていた。国指定史跡。井伊氏の本城で、平時の居館であった井伊谷(いいのや)の井伊谷城に対し、詰の城として利用され、当城と井伊谷城は同一視されていた。御嵩城・三嶽城・深嶽城あるいは
(日本大百科全書(ニッポニカ))
塁、堀、柵など外敵の侵入を防ぐために設けられた軍事的構築物のことをいい、さらにそれによって防衛された地域もいう。城郭という語も城と同義に用いられる。しかし火器の発達した近代に構築された軍事的防衛施設は城とよばず要塞とよばれる。最初は自然の地形を利用して防衛のためにのみ築城したが
城と同じカテゴリの記事をもっと見る


「犬山城」は日本の重要文化財に関連のある記事です。
その他の日本の重要文化財に関連する記事
釜石製鉄所(日本歴史地名大系)
[現]釜石市鈴子町西に食込む釜石湾奥の西岸に位置する。明治七年(一八七四)二月、工部省工部卿伊藤博文の「陸中国閉伊郡に熔鉱炉を設置」の発議に基づき、同年五月工部省鉱山寮釜石支庁が置かれ、橋野・大橋・栗林、佐比内(現遠野市)の鉱山が官営に移管、翌八年一月工場建設に着手した
旧中村家住宅(日本歴史地名大系)
[現]檜山郡江差町字中歌町近江出身の商人大橋宇兵衛によって幕末から明治二〇年代にかけて建てられた店舗・蔵・住宅。九艘川(くそうがわ)町の南西端に位置した。大正四年(一九一五)に中村米吉に譲渡された。現在海岸線に沿って走る道路(国道二二八号)から海岸に向かい
旧イギリス領事館(日本歴史地名大系)
[現]函館市元町明治四五年(一九一二)当時の会所(かいしよ)町に建設された領事館で、設計はイギリス政府上海工事局、施工は真砂(まさご)町の大村合名会社建築部。煉瓦造二階建瓦葺で、建坪は一階が一五三・二七坪、二階は一三三・三三坪であった
時の鐘跡(日本歴史地名大系)
[現]中央区日本橋室町四丁目本石(ほんごく)町三丁目に江戸市中で最初に設置された時の鐘。天正一八年(一五九〇)の徳川氏関東入部後は江戸城内の鐘楼堂が明六つ暮六つ時に時の鐘をつき、町方の便宜にもなっていたが、二代将軍徳川秀忠のとき鐘鳴が御座の間に大きく響くため
弘道館(日本歴史地名大系)
[現]水戸市三の丸一丁目三の丸(さんのまる)の大手橋の西にあり、その西に鹿島神社・孔子(こうし)廟・八卦(はつけ)堂などが建つ。士風の刷新を目指した徳川斉昭が天保一二年(一八四一)に開設した藩校。斉昭はすでに同四年頃建設計画を発表したが
日本の重要文化財に関連する記事をもっと見る
ジャパンナレッジは約1500冊以上(総額600万円)の膨大な辞書・事典などが使い放題の「日本最大級のインターネット辞書・事典・叢書サイト」です。日本国内のみならず、海外の有名大学から図書館まで、多くの機関で利用されています。
ジャパンナレッジの利用料金や収録辞事典について詳しく見る