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歌舞伎事典・国史大辞典・日本大百科全書・世界大百科事典・日本国語大辞典・全文全訳古語辞典

新版 歌舞伎事典
東海道四谷怪談
とうかいどうよつやかいだん
 歌舞伎狂言。世話物。五幕。四世鶴屋南北作。初演の絵本番付には《あづまかいどうよつやかいだん》。通称《四谷怪談》。《いろは仮名四谷怪談》をはじめ、多くの別名題がある。文政八(1825)年七月江戸・中村座初演で、一番目を《仮名手本忠臣蔵》にして二日がかりで上演した。絵本番付によれば、初日は《忠臣蔵》の大序から六段目までと《四谷怪談》の序幕から三幕目隠亡堀の場まで、二日目はふたたび隠亡堀から始めて《忠臣蔵》の七・九・十段目になり、そのあとに《四谷怪談》四・五幕が続き、最後が《忠臣蔵》十一段目(討入)となっている。お岩・小平・与茂七=三世尾上菊五郎、伊右衛門=七世市川団十郎、直助=五世松本幸四郎。
【序幕、浅草境内の場・宅悦地獄宿の場・浅草裏田甫たんぼの場】高師直の家臣伊藤喜兵衛の孫娘お梅は民谷伊右衛門に恋慕している。非人になって敵の動静をうかがう塩冶浪人奥田庄三郎は廻文状を喜兵衛方に奪われるが、同志の佐藤与茂七がそれを取り返す。伊右衛門は境内で物貰いをしていた舅の四谷左門と出会い、妻のお岩を返してくれと頼むが、伊右衛門が国許で御用金を盗んだのを知っている左門ははねつける。一方、奥田庄三郎の下僕だった直助はお岩の妹で与茂七の許嫁お袖に横恋慕している。お袖と与茂七は按摩宅悦の地獄宿で再会する。伊右衛門は悪事を知る左門を殺し、直助は恋の意趣で与茂七と誤って庄三郎を殺す。親と夫の敵を討ってやるとたばかられ、お岩は伊右衛門ともとの夫婦にもどり、お袖は直助と名ばかりの夫婦となる。以後、主軸としての伊右衛門・お岩の話と副筋としての直助・お袖の話に分かれていく。
【二幕目、雑司ヶ谷四谷町の場】伊右衛門は、内職の傘張りをしている。お岩は、産後の床に臥している。小者の小仏こぼとけ小平は旧主の塩冶浪人小汐田又之丞のために民谷の奇薬ソウキセイを盗んで捕らえられる。産婦の見舞いの礼に伊右衛門が隣家の伊藤に出かけたあと、お岩は伊藤から贈られた血の道の薬をのんで発熱し、苦しみだす。手伝いの宅悦はあわてる。伊右衛門は高家への仕官を条件にお梅との縁組を承知する。相好の変わったお岩は宅悦から真相を聞き隣家へ恨みを言いに行くべく髪をかすうち髪が抜け落ちて化物の顔になって死ぬ(髪梳かみすき)。伊右衛門は小平を殺し、お岩の死骸とともに戸板の裏表に釘付けにして川に流す。そのあとお梅と祝言し床入りするが、死霊に祟られてお梅と喜兵衛を殺す。
【三幕目、砂村隠亡堀の場】非人に零落した伊藤の後家お弓とお梅の乳母お槙が焚火をしている。お槙は、死霊の祟りで川に引き込まれ、お弓は伊右衛門に川へ蹴落とされる。鰻掻き権兵衛になった直助と伊右衛門が出会うが、直助が退場し、伊右衛門が釣をしていると戸板が流れてくる。菰をとるとお岩の死骸があらわれ、恨みを述べる。戸板を裏返すと小平の死骸があらわれ「薬を下され」と言う。伊右衛門は、抜き打ちに死骸を切りつける(戸板返し)。このあと直助・与茂七と三人のだんまり。
【四幕目、深川三角屋敷の場・小汐田隠れ家の場】法乗院門前でお袖が香花を売っている。古着屋が湯灌場ものの着物(お岩の死骸に着せてあった着物)を持ってきて洗濯を頼む。お袖は、宅悦からお岩の死を知らされ、敵討を頼むため直助に肌をゆるす。そのあと死んだと思っていた与茂七があらわれ、お袖は自ら二人の手にかかって死ぬ。直助はお袖と兄妹だったことを知り自害する。一方、小平の亡霊が持ってきたソウキセイで小汐田又之丞の病が癒える。
【大詰、夢の場・蛇山庵室の場】美しい田舎娘と伊右衛門の濡れ事。娘はお岩の亡霊となり伊右衛門を悩ます。伊右衛門は夢から覚めて狂う。お岩の亡霊は、流れ灌頂から出てきて伊右衛門を苦しめ、伊右衛門の母のお熊の喉に食いつき殺す。実父の源四郎も首をくくって死ぬ。伊右衛門は与茂七に討たれる。
 《忠臣蔵》の世界を転倒・解体させながら、巷説の、四谷左門町に住んでいた田宮の娘お岩の怨霊話や、密通した男女が戸板の裏表に釘付けされ神田川に流された話や、隠亡堀に心中者の男女の死体が流れたのを鰻掻きが引きあげた話などを取り込んでいるが、南北自身の先行作品《彩入御伽艸いろえいりおとぎぞうし》《阿国御前化粧鏡けしょうのすがたみ》《謎帯一寸なぞのおびちょっと徳兵衛》《法懸けさかけ松成田利剣》などをふまえている。怪談劇の傑作であるが、たんなる加害(悪)・被害(善)の関係で構想された怪談劇ではない。お岩はグロテスクな顔になると同時に被害者から心のねじけた加害者に転化し、観客に恐怖とともに嫌悪感も与える。小平は忠義者だが、陰気でみじめである。義士の与茂七は地獄宿に女を買いに行って許嫁のお袖と出会ってしまう。伊右衛門の悪には色悪の、直助の悪には不逞の魅力がある。小心者の宅悦にも滑稽とふてぶてしさがある。化政期(1804‐1830)の頽唐を反映しているといえるが、滑稽・グロテスク・残忍・悪・悲哀が重層して、封建社会の崩壊期を生きる下層社会の、鬱積し沈殿したエネルギーを陰画的に舞台化している。お岩の相好が変わっていくとき、その背景にうっとうしい赤子の泣き声を配するなど、怪談と日常的な生活空間が綯交ないまぜになって、底の深い生世話の怪談劇になっている。
 「首が飛んでも動いて見せるわ」のせりふで知られる《いろは仮名四谷怪談》は、初演の翌年(文政九年)菊五郎が大坂・浅尾与三郎座(角)で上演したもので、上方ふうに改修補綴されたものである。早替りや、〈髪梳き〉〈戸板返し〉などの仕掛も、大きい役割を果たしているが、お岩の〈提燈抜け〉のケレンは初演時にはなく、天保二(1831)年八月、市村座上演のときからである。また、配役の都合で演出が変わるということもあった。三世菊五郎は生涯にお岩を九回も演じ、以後、音羽屋の家の芸として伝えられている。近年、映画や新劇でも取りあげられている。
[廣末 保]


国史大辞典
東海道四谷怪談
とうかいどうよつやかいだん
歌舞伎狂言。世話物。五幕。四代目鶴屋南北作。文政八年(一八二五)七月江戸中村座初演。通称『四谷怪談』。初演の配役は、お岩・小仏小平・佐藤与茂七(三代目尾上菊五郎)、民谷伊右衛門(七代目市川団十郎)、直助権兵衛(五代目松本幸四郎)。塩冶(えんや)の浪人伊右衛門はお岩と夫婦だが、旧悪を知って離縁を迫る舅四谷左門を殺害。一方、直助権兵衛はお袖に恋慕、恋の遺恨から与茂七と誤って人を殺す。お岩・お袖の姉妹は父・許嫁の敵と知らず、仇を討ってもらいたさに、それぞれ伊右衛門・直助と一緒に暮らす。伊右衛門は高野師直方の家来伊藤喜兵衛の孫娘を貰う約束をする。裏切られ、欺かれたお岩は毒薬を飲み悶死する。伊右衛門は小平を間男にしたてて惨殺する。隠亡堀で釣をしている伊右衛門の前に、お岩・小平の死骸を釘で打ちつけた戸板が流れ寄る。直助と契りを結んだお袖は、死んだと思っていた許嫁の与茂七が現われるので、申しわけにわざと二人に殺される。直助は、お袖の実の兄とわかり、また誤って主筋の人を殺した非を悟って自害する。蛇山の庵室に居た伊右衛門はお岩の亡霊に悩まされ、結局与茂七の手にかかって殺される。鬼才南北の生世話の代表的傑作。化政期における江戸市井庶民の実生活をリアルに描く一方、非日常的な亡霊を活躍させ、その両極を融合させて独自の劇的宇宙をつくり出した。特にお岩の「髪梳き」を中心とする浪宅の場の、非情、凄絶、陰惨な状況の創造は他に比類を見ない秀作である。色悪の典型である伊右衛門、したたかな生活力を見せる直助など登場人間像も非常に魅力的である。『岩波文庫』『新潮日本古典集成』などに所収。
[参考文献]
広末保『四谷怪談』(『岩波新書』黄二六四)
(服部 幸雄)


日本大百科全書(ニッポニカ)
東海道四谷怪談
とうかいどうよつやかいだん

歌舞伎(かぶき)脚本。世話物。5幕。通称「四谷怪談」。4世鶴屋南北(なんぼく)作。1825年(文政8)7月江戸・中村座で、3世尾上(おのえ)菊五郎のお岩・小平(こへい)・与茂七(よもしち)、7世市川団十郎の伊右衛門(いえもん)、5世松本幸四郎の直助権兵衛(なおすけごんべえ)らにより初演。別名題(なだい)『いろは仮名四谷怪談』『形見草(かたみぐさ)四谷怪談』など。江戸四谷左門町に寛文(かんぶん)(1661~73)ごろから伝わる田宮家の怨霊(おんりょう)話や、密通のため戸板に釘(くぎ)付けされた男女の死体が神田川に浮かんだという話、主(しゅ)殺しの罪で同日に処刑された直助と権兵衛の話、姦婦(かんぷ)に謀殺された俳優小平次の話など、巷談(こうだん)と実話を取り混ぜ、読本(よみほん)の『近世怪談霜夜星(しもよのほし)』や作者の旧作から趣向を生かして脚色。初演のとき『仮名手本忠臣蔵』の二番目狂言として上演されたので、「忠臣蔵」の世界で書かれている。
 序幕―塩冶(えんや)家浪人民谷伊右衛門は、妻お岩の父四谷左門を浅草田圃(たんぼ)で殺し、お岩の妹お袖(そで)に横恋慕する薬売り直助は、お袖の夫佐藤与茂七を討とうとして、同じ場所で人違いの奥田庄三郎(しょうざぶろう)を殺す。2幕目(伊右衛門浪宅)―民谷の隣家に住む高師直(こうのもろなお)の重役伊藤喜兵衛は、伊右衛門に懸想した孫娘お梅の恋をかなえようと、お岩に毒薬を贈り、ために容貌(ようぼう)の醜く変わったお岩は按摩(あんま)宅悦(たくえつ)に事情を知らされて憤死。伊右衛門は、旧主の病気を治したさに秘蔵の薬を盗んだ下男小仏(こぼとけ)小平を殺し、お岩と小平の死骸(しがい)を戸板の表裏に釘付けにして川へ流し、お梅と祝言するが、2人の怨霊にたたられ、お梅も喜兵衛も殺してしまう。3幕目(砂村隠亡堀(すなむらおんぼうぼり))―伊右衛門が釣りをしていると、覚えの戸板が流れ着き、お岩と小平の亡霊がこもごも恨みを述べる。4幕目(深川三角(さんかく)屋敷)―お袖は鰻(うなぎ)かき権兵衛と改名した直助と名目だけの夫婦になっていたが、父・夫・姉の仇(かたき)を討ってもらいたさ、ついに直助の自由になると、死んだはずの与茂七が訪れるので、身を恥じて直助・与茂七と同時に手引きし、2人の手にかかって死ぬ。直助は、お袖が実の妹であり、人違いで殺したのが旧主の子庄三郎だったことを知り、因果におびえて自殺する。大詰(蛍狩(ほたるがり)・蛇山庵室(へびやまあんしつ))―伊右衛門はお岩の亡霊にさんざん悩まされたすえ、与茂七に討たれる。
 怪談狂言の代表作というばかりでなく、江戸後期の下層社会の世相と人間の心理を鮮やかに描いた傑作で、南北の名を不朽にしたもの。お岩の役は尾上家の家の芸として、3世から5世の菊五郎、6世尾上梅幸(ばいこう)へ継承され、「浪宅」で髪の毛が抜けて変貌する「髪梳(かみす)き」の手順や、「隠亡堀」の怪異な戸板返しが鮮やかな世話だんまりに一変する手法、「蛇山」で幽霊の出没する仕掛けなど、演出が洗練された。第二次世界大戦後は新劇や前衛演劇でも上演されている。
[松井俊諭]



改訂新版 世界大百科事典
東海道四谷怪談
とうかいどうよつやかいだん

歌舞伎狂言。世話物。5幕。4世鶴屋南北作。初演の絵本番付では《あづまかいどうよつやかいだん》。通称は《四谷怪談》。《いろは仮名四谷怪談》をはじめ,多くの別名題がある。1825年(文政8)7月江戸中村座初演で,一番目を《仮名手本忠臣蔵》にして2日がかりで上演した。絵本番付によれば,初日は《忠臣蔵》の大序から六段目までと《四谷怪談》の序幕から三幕目隠亡堀の場まで,2日目はふたたび隠亡堀から始めて《忠臣蔵》の七,九,十段目になり,そのあとに《四谷怪談》四,五幕が続き,最後が《忠臣蔵》十一段目(討入)となっている。お岩・小平・与茂七を3世尾上菊五郎,伊右衛門を7世市川団十郎,直助を5世松本幸四郎。

 (1)序幕(浅草境内の場,宅悦地獄宿の場,浅草裏田圃(たんぼ)の場) 高師直の家臣伊藤喜兵衛の孫娘お梅は民谷伊右衛門に恋慕している。非人になって敵の動静をうかがう塩冶浪人奥田庄三郎は回文状を喜兵衛方に奪われるが,同志の佐藤与茂七がそれを取り返す。伊右衛門は物貰いをしていた舅の四谷左門と出会い,妻のお岩を返してくれと頼むが,伊右衛門が国許で御用金を盗んだのを知っている左門ははねつける。一方,奥田庄三郎の下僕だった直助はお岩の妹で与茂七の許嫁お袖に横恋慕している。お袖と与茂七は按摩宅悦の地獄宿で再会する。伊右衛門は悪事を知る左門を殺し,直助は恋の意趣で与茂七と誤って庄三郎を殺す。親と夫の敵を討ってやるとたばかられ,お岩は伊右衛門ともとの夫婦にもどり,お袖は直助と名ばかりの夫婦となる。以後,主軸としての伊右衛門・お岩の話と副筋としての直助・お袖の話に分かれていく。(2)二幕目(雑司ヶ谷四谷町の場) 伊右衛門は内職の傘張りをしている。お岩は産後の床に臥している。小者の小仏(こぼとけ)小平は旧主の塩冶浪人小汐田又之丞のために民谷の奇薬ソウキセイを盗んで捕らえられる。産婦の見舞いの礼に伊右衛門が隣家の伊藤に出かけたあと,お岩は伊藤から贈られた血の道の薬をのんで発熱し苦しみだす。手伝いの宅悦はあわてる。伊右衛門は高家への仕官を条件にお梅との縁組みを承知する。相好の変わったお岩は宅悦から真相を聞き,隣家へ恨みを言いに行くべく髪を梳(と)かすうち髪が抜け落ちて化物の顔になって死ぬ(髪梳き(かみすき))。伊右衛門は小平を殺し,お岩の死骸とともに戸板の裏表に釘付けにして川に流す。そのあとお梅と祝言し床入りするが,死霊に祟られてお梅と喜兵衛を殺す。(3)三幕目(砂村隠亡堀の場) 非人に零落した伊藤の後家お弓とお梅の乳母お槙が焚火をしている。お槙は死霊の祟りで川に引き込まれ,お弓は伊右衛門に川へ蹴落とされる。鰻搔き権兵衛になった直助と伊右衛門が出会うが,直助が退場し伊右衛門が釣をしていると戸板が流れてくる。菰をとるとお岩の死骸があらわれ恨みを述べる。戸板を裏返すと小平の死骸があらわれ〈薬を下され〉と言う。伊右衛門は,抜き打ちに死骸を切りつける(戸板返し)。このあと直助,与茂七と3人のだんまり。(4)四幕目(深川三角屋敷の場,小汐田隠れ家の場) 法乗院門前でお袖が香花を売っている。古着屋が湯灌場ものの着物(お岩の死骸に着せてあった着物)を持ってきて洗濯を頼む。お袖は宅悦からお岩の死を知らされ,敵討を頼むため直助に肌をゆるす。そのあと死んだと思っていた与茂七があらわれ,お袖はみずから2人の手にかかって死ぬ。直助はお袖と兄妹だったことを知り自害する。一方,小平の亡霊が持ってきたソウキセイで小汐田又之丞の病が癒える。(5)大詰(夢の場,蛇山庵室の場) 美しい田舎娘と伊右衛門の濡れ事。娘はお岩の亡霊となり伊右衛門を悩ます。伊右衛門は夢から覚めて狂う。お岩の亡霊は,流れ灌頂から出てきて伊右衛門を苦しめ,伊右衛門の母のお熊の喉に食いつき殺す。実父の源四郎も首をくくって死ぬ。伊右衛門は与茂七に討たれる。

 《忠臣蔵》の世界を転倒,解体させながら,巷説の,四谷左門町に住んでいた田宮の娘お岩の怨霊話や,密通した男女が戸板の裏表に釘付けされ神田川に流された話や,隠亡堀に心中者の男女の死体が流れたのを鰻搔きが引きあげた話などを取り込んでいるが,南北自身の先行作品《彩入御伽艸(いろえいりおとぎぞうし)》《阿国御前化粧鏡(けしようのすがたみ)》《謎帯一寸(なぞのおびちよつと)徳兵衛》《法懸松(けさかけまつ)成田利剣》などをふまえている。怪談劇の傑作であるが,たんなる加害(悪)・被害(善)の関係で構想された怪談劇ではない。お岩はグロテスクな顔になると同時に被害者から心のねじけた加害者に転化し,観客に恐怖とともに嫌悪感も与える。小平は忠義者だが陰気でみじめである。義士の与茂七は地獄宿に女を買いに行って許嫁のお袖と出会ってしまう。伊右衛門の悪には色悪の,直助の悪には不逞の魅力がある。小心者の宅悦にも滑稽とふてぶてしさがある。化政期(1804-30)の頽唐を反映しているといえるが,滑稽,グロテスク,残忍,悪,悲哀が重層して,封建社会の崩壊期を生きる下層社会の,鬱積し沈殿したエネルギーを陰画的に舞台化している。お岩の相好が変わっていくとき,その背景にうっとうしい赤子の泣き声を配するなど,怪談と日常的な生活空間が綯交ぜ(ないまぜ)になって,底の深い生世話の怪談劇になっている。

 〈首が飛んでも動いて見せるわ〉のせりふで知られる《いろは仮名四谷怪談》は,初演の翌年(1826)菊五郎が大坂浅尾与三郎座(角の芝居)で上演したもので,上方ふうに改修補綴されたものである。早替りや,〈髪梳き〉〈戸板返し〉などの仕掛けも,大きい役割を果たしているが,お岩の〈提灯抜け〉のケレンは初演時にはなく,1831年(天保2)8月,市村座上演のときからである。また,配役の都合で演出が変わるということもあった。3世尾上菊五郎は生涯にお岩を9回も演じ,以後,音羽屋の家の芸として伝えられている。近年,映画や新劇でも取りあげられている。
[広末 保]

映画

日本映画には〈怪談映画〉とも呼ぶべきジャンルがあり,ことに夏期興行には欠かせぬものとして〈お化け映画〉が多種多様にスクリーン上に現れ,なかでも鶴屋南北の《東海道四谷怪談》を原作とする〈四谷怪談〉映画は,その代表作として数多くつくられてきた。1910年の横田商会作品《お岩稲荷》が記録に現れる最古のもので,これが〈四谷怪談〉映画の最初と思われ,翌11年の吉沢商店作品《四谷怪談》がそれにつづく。さらに12年には,日本最初の映画監督と映画スターである牧野省三・尾上松之助の《四つ谷怪談》が日活でつくられ,以後,〈四谷怪談〉映画は続出する。著名なものは五月信子主演《四谷怪談》(1925)や鈴木澄子主演《いろは仮名・四谷怪談》(1927)で,〈怪談女優〉〈化け猫女優〉の異名をとった鈴木澄子は4度もお岩役を演じ,その4作目である木藤茂監督の新興キネマ作品《いろは仮名・四谷怪談》(1937)は,〈四谷怪談〉映画のトーキー第1作となった。第2次世界大戦後,それまでの一種きわものめく作品のあり方から脱して,まず松竹作品《四谷怪談》二部作(1949)が木下恵介の監督,上原謙の民谷伊右衛門,田中絹代のお岩役で近代的解釈のもとにつくられ,やがて中川信夫監督の新東宝作品《東海道四谷怪談》(1959)が,きわもの性と現代性とを独自の映画的な美のうちにとかし込んだ傑作として登場した。天知茂の民谷伊右衛門,若杉嘉津子のお岩によるもので,鶴屋南北の原作題名どおりの唯一の映画と思われ,同時に公開された三隅研次監督,長谷川一夫,中田康子主演の大映作品《四谷怪談》とともに,〈四谷怪談〉映画のカラー・ワイド第1作である。つづいて加藤泰監督の東映作品《怪談お岩の亡霊》(1961)が,若山富三郎の民谷伊右衛門,藤代佳子のお岩役で,市井の人間悲劇をリアリズムで描いた。このほか戦後の作品に,豊田四郎監督,岡田茉莉子主演《四谷怪談》(1965),森一生監督,稲野和子主演《四谷怪談・お岩の亡霊》(1969)などがある。
[山根 貞男]

[索引語]
鶴屋南北 仮名手本忠臣蔵 お岩 尾上菊五郎(3世) 伊右衛門 民谷伊右衛門 髪梳き 戸板返し 怪談劇 いろは仮名四谷怪談 お岩稲荷 鈴木澄子 怪談お岩の亡霊


日本国語大辞典
とうかいどうよつやかいだん[トウカイダウよつやクヮイダン] 【東海道四谷怪談】

解説・用例

歌舞伎脚本。世話物。五幕。四世鶴屋南北作。文政八年(一八二五)江戸中村座初演。塩冶家の浪人民谷伊右衛門は、師直方の伊藤喜兵衛の孫娘お梅に恋され、女房お岩を虐待して憤死させ、また家伝の薬を盗んだ小仏小平をも惨殺し、お岩の死体とともに戸板の両面にくくりつけて川へ流す。のち、二人の亡霊が伊右衛門を悩ます。怪談物の代表作で、南北の最高傑作。お岩稲荷。

発音

トーカイドー=ヨツヤカイダン

〓[カ]=[カ]




小学館 全文全訳古語辞典
とうかいだうよつやくゎいだん 【東海道四谷怪談】 〔トウカイドウヨツヤカイダン〕

[作品名]江戸時代の歌舞伎狂言。五幕。四世鶴屋南北作。一八二五年(文政八)江戸中村座初演。塩冶(えんや)家の浪人民谷(たみや)伊右衛門が妻お岩を裏切って死に追いやり、その亡霊に苦しめられる話、またお岩の妹お袖に恋慕する直助権兵衛の話等を、忠臣蔵の世界を大枠としてからみあわせた作品。江戸の下層社会を舞台に、人間の持つ残忍さや猥雑さを写実的方法で描いた、南北怪談物の代表作。

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1. とうかいだうよつやくゎいだん【東海道四谷怪談】
全文全訳古語辞典
[作品名]江戸時代の歌舞伎狂言。五幕。四世鶴屋南北作。一八二五年(文政八)江戸中村座初演。塩冶家の浪人民谷伊右衛門が妻お岩を裏切って死に追いやり、その亡霊に苦し
2. 『東海道四谷怪談』
日本史年表
1825年〈文政8 乙酉〉 7・‐ 鶴屋南北作 『東海道四谷怪談』 、江戸中村座で初演(歌舞伎年表)。
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日本大百科全書
歌舞伎(かぶき)脚本。世話物。5幕。通称「四谷怪談」。4世鶴屋南北(なんぼく)作。1825年(文政8)7月江戸・中村座で、3世尾上(おのえ)菊五郎のお岩・小平(
4. 東海道四谷怪談
世界大百科事典
には欠かせぬものとして〈お化け映画〉が多種多様にスクリーン上に現れ,なかでも鶴屋南北の《東海道四谷怪談》を原作とする〈四谷怪談〉映画は,その代表作として数多くつ
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6. とうかいどうよつやかいだん【東海道四谷怪談】
国史大辞典
歌舞伎狂言。世話物。五幕。四代目鶴屋南北作。文政八年(一八二五)七月江戸中村座初演。通称『四谷怪談』。初演の配役は、お岩・小仏小平・佐藤与茂七(三代目尾上菊五
7. とうかいどうよつやかいだん【東海道四谷怪談】
歌舞伎事典
 歌舞伎狂言。世話物。五幕。四世鶴屋南北作。初演の絵本番付には《あづまかいどうよつやかいだん》。通称《四谷怪談》。《いろは仮名四谷怪談》をはじめ、多くの別名題が
8. 東海道四谷怪談(著作ID:1069745)
新日本古典籍データベース
とうかいどうよつやかいだん 当三升四谷聞書 鶴屋南北四世(つるやなんぼく4せい) 脚本 文政八初演
9. 東海道四谷怪談(著作ID:1069756)
新日本古典籍データベース
とうかいどうよつやかいだん 絵本番附 
10. あい‐ながや[あひ‥]【相長屋】
日本国語大辞典
互(あいたがひ)、〈略〉御病人の御不自由なに、不調法ながらお手伝ひ申しましょ」*歌舞伎・東海道四谷怪談〔1825〕大詰「イヤモウ合長屋(アヒナガヤ)だけ、親切な
11. あう たり 叶(かな)うたり
日本国語大辞典
逢(アフ)たり叶(カナフ)たりと悦びてつかはし祝言(ことぶき)目出度とりおこなひ」*歌舞伎・東海道四谷怪談〔1825〕二幕「重ね重ねの不埒千万。併(しか)し、そ
12. あおり[あふり]【煽】
日本国語大辞典
させようと、おだてたり、そそのかしたり、またはおどしたりすること。→煽を食う。*歌舞伎・東海道四谷怪談〔1825〕序幕「うまく頼んだ、あほりが肝腎だよ」*人情本
13. あかがね‐だらい[‥だらひ]【銅盥】
日本国語大辞典
〔名〕銅製のたらい。*歌舞伎・東海道四谷怪談〔1825〕二幕「あかがねだらひにて、小ばんをあらひ」アカ
14. あご を 吊(つ)るす
日本国語大辞典
粉頭「何ぞといやァがったら思入れふてて腮(アゴ)をつるさせてみせうと思ったら」*歌舞伎・東海道四谷怪談〔1825〕四幕「馬鹿な事を云ふぞ。鰻掻きが殺生(せっしょ
15. 顎(あご)を吊(つる)す
故事俗信ことわざ大辞典
)粉頭「何ぞといやァがったら思入れふてて腮(アゴ)をつるさせてみせうと思ったら」歌舞伎・東海道四谷怪談(1825)四幕「馬鹿な事を云ふぞ。鰻搔きが殺生(せっしょ
16. あざと・い
日本国語大辞典
三「矢口の渡しでやみやみと、愚人原があざとき方便(てだて)に討れさせ給ひしは」*歌舞伎・東海道四谷怪談〔1825〕大詰「それをあざとい女の恨み、舅も嫁もおれが手
17. あし【足・脚】
日本国語大辞典
洒落本・白狐通〔1800〕粉頭「あんなあまァあしにしてはおめへの男もすたるぜ」*歌舞伎・東海道四谷怪談〔1825〕四幕「女房に飽きが来て、外(ほか)の女を足にし
18. あちこち する
日本国語大辞典
*玉塵抄〔1563〕一七「錦に詩を二百首作ており付たぞ。あちこちしてめぐりまわいて織たぞ」*歌舞伎・東海道四谷怪談〔1825〕二幕「その手を留めんとして、あちこ
19. あね‐き【姉貴】
日本国語大辞典
ぢきと云同心」*歌舞伎・傾城壬生大念仏〔1702〕上「あねきは奥へ入り、姫と中よふし給へ」*歌舞伎・東海道四谷怪談〔1825〕四幕「成る程、気が揉めるも無理はな
20. あふ・れる【溢】
日本国語大辞典
木〔1780〕三「サア此木はあぶれたから買ってくれろと、仲間などへ突出しては」*歌舞伎・東海道四谷怪談〔1825〕四幕「イヤ大さうに稼ぐな。それに引かへ、おらア
21. あぶら‐つぎ【油注】
日本国語大辞典
633〕一七「白き物こそ黒くなりけれ 取かへよ古かはらけのあふらつぎ〈貞徳〉」*歌舞伎・東海道四谷怪談〔1825〕二幕「ト油注(アブラツ)ぎを取って『まだまだ、
22. あまち-しげる【天知茂】
日本人名大辞典
昭和26年新東宝に入社,32年「暁の非常線」で俳優としての地位を確立し,のち大映,東映で活躍。代表作に「東海道四谷怪談」など。テレビでは「非情のライセンス」「明
23. あら‐に【粗煮】
日本国語大辞典
*洒落本・後編遊冶郎〔1802〕発語「鯛の身どころを捨(すて)て、あら煮(ニ)と差礼(しゃれ)」*歌舞伎・東海道四谷怪談〔1825〕序幕「鯛も野暮(やぼ)に身ば
24. あら‐りょうじ[‥レウヂ]【荒療治】
日本国語大辞典
しかしちっとあらりゃうじだ』」*雑俳・柳多留‐二〇〔1785〕「たてつけて品川通ひ荒りゃうじ」*歌舞伎・東海道四谷怪談〔1825〕四幕「『わしゃァ、足力(そくり
25. あわれ‐しょう[あはれシャウ]【哀性】
日本国語大辞典
〔名〕他をあわれがる性質。他に同情しやすい性質。情け深いたち。*歌舞伎・東海道四谷怪談〔1825〕序幕「せふ事なしにほめそやし、いなした跡へ旅人の、客は一としほ
26. あんま‐ぼうず[‥バウズ]【按摩坊主】
日本国語大辞典
〔名〕(按摩は、髪をおろしていたところから)按摩を卑しめていう語。あんまぼう。*歌舞伎・東海道四谷怪談〔1825〕二幕「オオ、それそれ、あの按摩坊主(アンマバウ
27. いけ‐あたじけな・い
日本国語大辞典
時の勤(つとめ)の勘定をしろと催促するやつよ。いけあたじけねへ、誰がやる物か」*歌舞伎・東海道四谷怪談〔1825〕二幕「それ見たか、エエ、いけあたじけねえ」
28. いちざ‐まわし[‥まはし]【一座回・一座廻】
日本国語大辞典
〔名〕遊女を一座客に回すこと。一人の遊女を、連れ立って来た客に順に回すこと。*歌舞伎・東海道四谷怪談〔1825〕序幕「おきゃアがれ、とんだものを一座廻(いちざマ
29. いちど の 途端(とたん)
日本国語大辞典
その瞬間同時に行なわれることを表現する脚本用語。*歌舞伎・東海道四谷怪談〔1825〕大詰「上の方のせうじへとんとこけ懸る。せうじたをれると、一度のとたん、此内、
30. 一日(いちにち)が又兵衛取(またべいと)り
故事俗信ことわざ大辞典
職人などで定収入がなく、その日その日の稼ぎしかないこと。 歌舞伎・東海道四谷怪談(1825)大詰「お前方も二本差して二百石も取った衆だが、今では一日(ニチ)が又
31. いちにち が 又兵衛(またべえ)取(ど)り
日本国語大辞典
浮世絵の始祖と称せられる。浪人生活中、絵で生計を立てていたこともあるところからいったものか。*歌舞伎・東海道四谷怪談〔1825〕大詰「お前方も二本差して二百石も
32. いち‐らつ【一埒】
日本国語大辞典
1729〕一「使者の一埒(イチラツ)相済めども、外に某今一応頼み上る仔細あり」*歌舞伎・東海道四谷怪談〔1825〕四幕「この一埒(ラツ)を大星殿へ、演舌(えんぜ
33. いっそ の 腐(くさ)れ
日本国語大辞典
下「ここはおやま屋と見へるが、いっそのくされに、こよひはここにとまりはどふだ」*歌舞伎・東海道四谷怪談〔1825〕四幕「こいつ質にやるより、いっそのくされ、大家
34. いっその腐(くさ)れ
故事俗信ことわざ大辞典
・下「ここはおやま屋と見へるが、いっそのくされに、こよひはここにとまりはどふだ」歌舞伎・東海道四谷怪談(1825)四幕「こいつ質にやるより、いっそのくされ、大家
35. いっぱい 参(まい)る
日本国語大辞典
12頃〕二「敵討との口上はしゃかでも一ぱい参ること、まんまとわたしをたばかり」*歌舞伎・東海道四谷怪談〔1825〕二幕「さうとは知(し)らいでうかうかと、一ぱい
36. 一杯(いっぱい)参(まい)る
故事俗信ことわざ大辞典
712頃)二「敵討との口上はしゃかでも一ぱい参ること、まんまとわたしをたばかり」歌舞伎・東海道四谷怪談(1825)二幕「さうとは知(し)らいでうかうかと、一ぱい
37. いとおし‐なげ[いとほし‥]
日本国語大辞典
四「いとをしなげに若君を見すてて帰り給ひなば。おさな心に恋したいお命も候まじ」*歌舞伎・東海道四谷怪談〔1825〕四幕「オオ、いとほしなげに、年端(としは)もゆ
38. いらざる我慢(がまん)も貧(ひん)から
故事俗信ことわざ大辞典
必要のない我慢も貧乏がそうさせる。やせ我慢も貧乏から。 歌舞伎・東海道四谷怪談(1825)序幕「いらざる我慢(ガマン)も貧(ヒン)からと、イヤハヤ、馬鹿な女では
39. いれ‐かえ[‥かへ]【入替・入代・入換】
日本国語大辞典
1780〕文の手に葉を飾る幽霊「入替への壱つも引く時は見せの鼻へも来たれども」*歌舞伎・東海道四谷怪談〔1825〕二幕「これからは入れ替への代物、蚊帳と蒲団を持
40. いれかえ‐もの[いれかへ‥]【入替物】
日本国語大辞典
〕「ウウなにか、堀の内へ朝参りにいくから、入かへものをかしてくれろと言ふのか」*歌舞伎・東海道四谷怪談〔1825〕二幕「おれも今夜は身のまはりがいるから、入替(
41. 色悪
世界大百科事典
かけまつなりたのりけん)》(《色彩間苅豆(いろもようちよつとかりまめ)》)の与右衛門,《東海道四谷怪談》の民谷伊右衛門である。この二つの役がともに4世鶴屋南北の
42. いん‐か[‥クヮ]【陰火】
日本国語大辞典
)もゆる。下の方に狐火むらがる」*歌舞伎・東海道四谷怪談〔1825〕四幕「小平の着物の裾に陰火(インクヮ)燃え立ち」
43. うき‐しがい【浮死骸】
日本国語大辞典
〔名〕水に浮いた死体。水死体。*歌舞伎・東海道四谷怪談〔1825〕三幕「今日聞けば、女と男の浮き死骸、戸板に打ち附け流るると、きつい評判」ウキシ
44. う・く【浮】
日本国語大辞典
(かたち)なり」*歌舞伎・東海道四谷怪談〔1825〕序幕「『ちょっぴり酒で』『さうサ』『こいつは浮いて来たわえ』」*人情本・春色辰
45. うじ[うぢ]【氏】
日本国語大辞典
九「氏も器量も勝れた子何として此様に」【二】〔接尾〕名字に添えて敬意を表わす。*歌舞伎・東海道四谷怪談〔1825〕三幕「ヤア、民谷氏(ウヂ)。爰にござったか」(
46. うす‐どろどろ【薄─】
日本国語大辞典
ほうのいろ里よりあつまりたる文まくらより、うすどろどろにて運気たつとひとしく」*歌舞伎・東海道四谷怪談〔1825〕三幕「凄き合ひ方。薄ドロドロ。このとき、両方の
47. う・せる【失】
日本国語大辞典
エエ無念な。少将めは恋の敵(かたき)なれば、今宵討たんと思ひしに、うせなんだ」*歌舞伎・東海道四谷怪談〔1825〕二幕「今夜向うから花嫁を連れて来る。お岩がうせ
48. 嘘(うそ)をつけば舌(した)を抜(ぬ)かれる〈俗信・俗説〉
故事俗信ことわざ大辞典
百屋お七(1731頃か)上「うそつけば獄卒が鉄(かね)の鋏(はさみ)で舌をぬく」歌舞伎・東海道四谷怪談(1825)序幕「『天晴れ嘘の上達、来世は必ず、閻魔に舌を
49. うなぎ‐かき【鰻掻】
日本国語大辞典
万句合‐宝暦一二〔1762〕義五「うなきかきせなかて舟をあいしらい〈かふと〉」*歌舞伎・東海道四谷怪談〔1825〕三幕「鰻掻(ウナギカ)きに何やらかかりしゆゑ、
50. うり‐き・る【売切】
日本国語大辞典
*虎寛本狂言・河原太郎〔室町末~近世初〕「定て酒ももはやうり切たで有うとおもふて迎に参た」*歌舞伎・東海道四谷怪談〔1825〕四幕「こりゃ、まだ売り切らずに持っ
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歌舞伎(日本大百科全書・改訂新版 世界大百科事典)
歌舞伎という表記は当て字であるが、歌(音楽)、舞(舞踊)、伎(伎芸)をそれぞれ意味し、日本独自の様式的演劇の特質を巧まずして表現しているため、今日では広く用いられている。かつて江戸時代には「歌舞妓」と書かれるのが普通であったが、もっと古くは「かぶき」と仮名で書かれた
下座音楽(新版 歌舞伎事典・国史大辞典・改訂新版 世界大百科事典)
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野郎歌舞伎(新版 歌舞伎事典・国史大辞典)
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若衆歌舞伎(新版 歌舞伎事典・国史大辞典)
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