ジャパンナレッジは約1500冊以上の膨大な辞書・事典などが使い放題の「日本最大級のオンライン辞書・事典・叢書」サービスです。
➞ジャパンナレッジについて詳しく見る
  1. トップページ
  2. >
  3. カテゴリ一覧
  4. >
  5. 歴史
  6. >
  7. 歴史上の人物
  8. >
  9. 天皇
  10. >
  11. 孝謙天皇(称徳天皇)

ジャパンナレッジで閲覧できる『孝謙天皇(称徳天皇)』の辞書・事典・叢書別サンプルページ

国史大辞典

孝謙天皇
こうけんてんのう
七一八 - 七〇
七四九―五八在位。のち重祚して称徳(しょうとく)天皇となり、七六四―七〇在位。養老二年(七一八)聖武天皇の第一皇女として誕生。母は光明皇后。諱を阿倍といい、天平宝字二年(七五八)上台宝字称徳孝謙皇帝の尊号を上られ、また高野(たかの)姫尊・高野天皇とも称された。天平十年(七三八)女性としてはじめての皇太子となり、天平勝宝元年(七四九)聖武天皇の譲りを受けて即位した。在位中の政治は母光明皇太后と寵臣藤原仲麻呂(恵美押勝)の施策によるところが多かったとみられる。聖武太上天皇の崩後、遺詔による皇太子道祖王を廃して、仲麻呂と親しい大炊王(淳仁天皇)を立て、天平宝字二年に位を譲った。同四年光明皇太后が崩じ、翌年天皇とともに近江保良宮に幸したが、そのころから両者の不和が顕在化した。すなわち、保良宮で上皇が看病僧道鏡を寵愛したのが起因であった。平城宮に還御すると、天皇は中宮院に、上皇は法華寺にと別居し、六年六月上皇は百官を集めて、国家の大事、賞罰のことを行うと宣言した。淳仁天皇と結んだ藤原仲麻呂は次第に窮地におちいり、八年九月兵乱(恵美押勝の乱)を起した。上皇はこれを討滅し、道鏡を大臣禅師に任じ、淳仁天皇を廃して淡路に流し、みずから重祚した。称徳天皇という。以後、天皇は道鏡を信任して重く用い、天平神護元年(七六五)には太政大臣禅師、翌二年には法王とした。道鏡は法王宮職をおき、政治を専断したが、やがて宇佐八幡神の託宣と称して皇位につこうとした。しかし和気清麻呂による託宣の否認によってその企ては失敗し、天皇も宝亀元年(七七〇)八月四日崩御した。時に年五十三。大和添下郡高野陵に葬られた。天皇は在位中父聖武天皇発願の東大寺大仏の開眼供養会を行い、また恵美押勝の乱平定を祈願して西大寺を造営し、乱後には三重小塔百万基(百万塔)を造るなど仏教興隆に尽くしたが、他方、仏教は政治と癒着し、道鏡の専制を許すことともなった。
[参考文献]
北山茂夫『日本古代政治史の研究』、同『女帝と道鏡』(『中公新書』一九二)、上田正昭『日本の女帝』(『講談社現代新書』三三七)
(林 陸朗)

高野陵(たかののみささぎ)

奈良市山陵町にあり、成務天皇陵の南に隣接する。形のくずれた前方後円墳で西面し、周囲に幅の狭い堀が階段状にめぐる。『続日本紀』によると宝亀元年(七七〇)八月四日天皇が崩御すると、即日作山陵司等の諸司を任じ、畿内・近国の役夫六千三百人を徴して営陵に供し、同月十七日大和国添下郡佐貴郷の高野山陵に葬った。『延喜式』諸陵寮の制は陵号を高野陵として遠陵に班し、「兆域東西五町、南北三町、守戸五烟」とする。陵所は後世所伝を失い現神功皇后陵に擬されたこともあったが、文久修陵の際に現陵に治定された。
[参考文献]
谷森善臣『山陵考』(『(新註)皇学叢書』五)、上野竹次郎『山陵』上
(戸原 純一)
ジャパンナレッジは、自分だけの専用図書館。
すべての辞書・事典・叢書が一括検索できるので、調査時間が大幅に短縮され、なおかつ充実した検索機能により、紙の辞書ではたどり着けなかった思わぬ発見も。
パソコン・タブレット・スマホからご利用できます。
孝謙天皇(称徳天皇)の関連キーワードで検索すると・・・
検索ヒット数 433
検索コンテンツ
1. 阿倍内親王・孝謙天皇・孝謙太上天皇・称徳天皇
日本史年表
元(7・2) 己丑⑤〉 7・2 天皇 譲位. 阿倍内親王(孝謙天皇) 即位(続紀)。 758年〈天平宝字2 戊戌〉 8・1 孝謙天皇 譲位. 大炊王(淳仁天皇) ...
2. 孝謙天皇
日本大百科全書
第46代とされる天皇(在位749~758)。女帝。重祚(ちょうそ)して第48代称徳(しょうとく)天皇(在位764~770)となった。編集部 ...
3. 孝謙天皇
世界大百科事典
718-770(養老2-宝亀1) 第46代に数えられる奈良後期の女帝。在位749-758年。のち重祚して第48代に数えられる称徳天皇。在位764-770年。聖武 ...
4. こうけん‐てんのう【孝謙天皇】
デジタル大辞泉
[718〜770]第46代天皇。女帝。在位749〜758。聖武天皇の第2皇女。母は光明皇后。名は阿倍(あべ)。橘奈良麻呂(たちばなのならまろ)の乱後、淳仁天皇に ...
5. こうけん‐てんのう[カウケンテンワウ]【孝謙天皇】
日本国語大辞典
第四六代天皇。聖武天皇の第二皇女。母は光明皇后。名は阿倍(あべ)。高野姫尊。天平勝宝元年(七四九)即位。在位一〇年。聖武天皇発願の東大寺の大仏を開眼した。藤原仲 ...
6. こうけんてんのう【孝謙天皇】
国史大辞典
七一八―七〇 七四九―五八在位。のち重祚して称徳(しょうとく)天皇となり、七六四―七〇在位。養老二年(七一八)聖武天皇の第一皇女として誕生。母は光明皇后。諱を ...
7. 孝謙天皇(こうけんてんのう)
古事類苑
帝王部 洋巻 第1巻 14ページ ...
8. こうけんてんのう【孝謙天皇】
日本人名大辞典
718−770 奈良時代,第46代天皇。在位749-758。養老2年生まれ。聖武(しょうむ)天皇の皇女。母は光明(こうみょう)皇后。父の譲位をうけて,天平勝宝( ...
9. こうけんてんのう【孝謙天皇】
日本架空伝承人名事典
七四九(天平勝宝一)三二歳で即位した。政権を助けたのは光明皇太后の甥、当時四四歳の藤原仲麻呂だった。孝謙天皇は奔放なところがあり、妻子のある仲麻呂と恋に落ちた。 ...
10. 孝謙天皇[文献目録]
日本人物文献目録
止男『孝謙太上天皇勅願鏡について』斎藤孝『孝謙天皇』田口卯吉『孝謙天皇と藤原百川』中村孝『称徳・道鏡政権の構造とその展開』中川収『田口氏の「孝謙天皇」論』鳳蕭蟫 ...
11. Kōken, Empress 【孝謙天皇】
Encyclopedia of Japan
718−770 The 46th and 48th sovereign (tenno) in the traditional count (which inc ...
12. 孝謙天皇簪 (見出し語:孝謙天皇)
古事類苑
器用部 洋巻 第1巻 435ページ ...
13. 孝謙天皇親儛五節舞 (見出し語:孝謙天皇)
古事類苑
神祇部 洋巻 第2巻 313ページ ...
14. 稱孝謙天皇高野天皇 (見出し語:孝謙天皇)
古事類苑
帝王部 洋巻 第1巻 942ページ ...
15. 和氣廣蟲與孝謙天皇出家 (見出し語:和氣廣蟲)
古事類苑
封祿部 洋巻 第1巻 105ページ ...
16. あいだぐん【英田郡】
国史大辞典
『拾芥抄』に「英田」とあるから、のち英田郡と書き現在に至ったものと思われる。『日本霊異記』には孝謙天皇の時代、郡内に官営の鉄山があった記事がある。『文徳実録』嘉 ...
17. あいだぐん【英田郡】岡山県
日本歴史地名大系
南西麓の道仙寺(現東粟倉村)が本坊となった。英田町真神の真言宗御室派長福寺は、天平宝字元年(七五七)孝謙天皇の勅願所として鑑真が開山したと伝える。弘安八年(一二 ...
18. 安積親王
世界大百科事典
不破内親王がある。聖武天皇の正妻光明子は藤原不比等の女で718年(養老2)阿倍内親王(のちの孝謙天皇)を,727年閏9月29日に基親王を生んだ。基親王は同年11 ...
19. あさかしんのう【安積親王】
日本人名大辞典
脚の病気のため恭仁京(くにきょう)にひきかえし,13日に没した。17歳。光明皇后の生んだ姉阿倍内親王(のちの孝謙天皇)が皇太子にたてられていたが,親王が唯一の男 ...
20. あずまのとねり【東舎人】
国史大辞典
設置には藤原氏の政策も働いていた。天平勝宝元年(七四九)の聖武天皇譲位の宣命に、「東人」に刀を授けて汝(孝謙天皇)の親衛隊とすると記される東人(『続日本紀』神護 ...
22. あまがさき【尼崎】
国史大辞典
渡来人系統の工匠集団と思われる猪名部の民が住んでいた。常吉・上ノ島に条里制の跡がある。天平勝宝八歳(七五六)孝謙天皇の寄進で、猪名荘(東大寺領)が成立。猪名寺に ...
23. あわのくに【阿波国】徳島県
日本歴史地名大系
内部に達していないことに示されるように、「ソラ」の世界が歴史の舞台に登場してくるのは遅れる。孝謙天皇・道鏡の政治に象徴される律令政治の行詰りのなかで、桓武天皇に ...
24. あんいじあと【安位寺跡】奈良県:御所市/倶尸羅村
日本歴史地名大系
ど、古い石造遺物がある。創建については、菅家本「諸寺縁起集」に「件寺者、疫行者修行所也、寺者孝謙天皇位下給後、令出家住給時、建立云々、其後又号称徳天皇即位也、再 ...
25. あんどうむら【安堂村】大阪府:柏原市地図
日本歴史地名大系
現在の安堂町字観心寺にみつかっている。家原寺は「続日本紀」天平勝宝八年(七五六)二月二五日条にみえる、孝謙天皇巡拝の河内六寺の一つ。家原寺に関連して家原里もこの ...
26. あんようじ【安養寺】岡山県:和気郡/和気町/野吉村
日本歴史地名大系
当寺のこととも考えられる。天和四年(一六八四)の由来書上(寺蔵文書、以下同文書)など近世の寺伝によると、孝謙天皇の勅願で報恩大師が備前国に創建した四八ヵ寺の一つ ...
27. いがのくに【伊賀国】三重県
日本歴史地名大系
あり、他の用法に照らし名墾の横河以西は畿内であった。天平勝宝七年(七五五)一二月二八日の存疑孝謙天皇勅施入文案(東大寺文書)の名張郡板蠅杣の四至に「東限名張河  ...
28. いずもの-おとやま【出雲弟山】
日本人名大辞典
う)を建立,天平(てんぴょう)18年(746)出雲国造(くにのみやつこ)となる。天平勝宝2年孝謙天皇の世を祝して神賀詞(かんよごと)(出雲の神からの祝詞)を奏し ...
29. いせじんぐう【伊勢神宮】三重県:伊勢市
日本歴史地名大系
その他内人・物忌等男四五人・女一六人にも各各位を授けられた。この年伊勢大神宮の境界が定められている。孝謙天皇(称徳天皇)はさらに仏教護持の姿勢を強めたので、神宮 ...
30. いたはえのそま【板蠅杣】
国史大辞典
のち黒田杣とも呼ばれた。現在の三重県名張市から奈良県山辺郡にかけての地域。天平勝宝七歳(七五五)十二月、孝謙天皇により造寺および伽藍修理の木材を得る用地として東 ...
31. いたばえのそま【板蠅杣】奈良県:山辺郡/山添村
日本歴史地名大系
山辺郡の東北部から名張市西北部にかけての山地一帯にあった東大寺領の杣。天平勝宝七年(七五五)一二月二八日の孝謙天皇勅施入文案(東大寺文書)には「東限名張河 南限 ...
32. いたふりの-かまつか【板振鎌束】
日本人名大辞典
途上,暴風にあう。原因が異国の婦女らの乗船にあるとして4人を海になげこみ,帰国後投獄される。孝謙天皇のとき笛譜「清瀬宮経」をつたえた板持(いたもちの)鎌束と同一 ...
33. いなのしょう【猪名庄】兵庫県:尼崎市/旧川辺郡地区
日本歴史地名大系
月一七日の摂津国河辺郡猪名所地図写(尼崎市教育委員会蔵)に「猪名所地」とみえ、同年六月一二日孝謙天皇によって同寺に施入され成立したという。同図は平安時代末期以降 ...
34. いなのしょう【猪名荘】
国史大辞典
西岸にあった東大寺領の荘園。現在の兵庫県尼崎市東南部を中心とする地域。天平勝宝八歳(七五六)孝謙天皇より施入された。初期の状態を伝える絵図によると、東西は川境、 ...
35. いなばのくに【因幡国】鳥取県
日本歴史地名大系
勤め、これにより郡司以下百姓男女にまで絹が与えられた(「日本書紀」同年一一月三〇日条)。以後孝謙天皇即位時の天平勝宝元年、光仁天皇即位時の宝亀二年にも当国は大嘗 ...
36. うさじんぐう【宇佐神宮】大分県:宇佐市/旧宇佐町地区/宇佐村
日本歴史地名大系
という。この産金を祝って同年四月天平感宝と改元。同年七月、聖武天皇は譲位して太上天皇となり、孝謙天皇が即位、合せて天平勝宝と再度改元している。同年大仏鋳造は終了 ...
37. 宇佐八幡宮神託事件
世界大百科事典
天位につけることを断念した。その後天皇が没すると道鏡も失脚した。横田 健一 道鏡 称徳天皇 孝謙天皇 弓削浄人 和気広虫 和気清麻呂 ...
38. うづえ【卯杖】
国史大辞典
作り生気(しょうげ)の方角の獣形を作って卯杖に含ませる。正倉院宝物に天平宝字二年(七五八)正月六日に孝謙天皇が使用されたとみられる卯杖二本(焼椿と皮付の椿)があ ...
40. 栄花物語 31ページ
日本古典文学全集
と実頼との和歌贈答はみられない。四十六代孝謙天皇。高野天皇、高野姫天皇とも称した。七五三年。藤原清輔の『袋草子』はこの箇所を引き、『万葉集』は孝謙天皇の時代に聖 ...
41. 栄花物語 32ページ
日本古典文学全集
るに、今はさやうのことに堪へたる人なくて、口惜しく思しめしけり。 〔二二〕 昔、高野の女帝(孝謙天皇)の御代、天平勝宝五年には、左大臣橘卿(諸兄)はじめ諸卿や大 ...
42. 江戸繁昌記 3 248ページ
東洋文庫
『大和事始』躯備に、「按ずるに、吉備公は、元正天皇養老元年に入唐し、聖武天皇天平七年に帰朝せらる。又孝謙天皇天平勝宝四年に入唐し、同六年に帰朝せらる。かく二度ま ...
43. 江戸繁昌記 3 249ページ
東洋文庫
本姓は下道真吉備とも書き、世に吉備大臣ともいう。吉備津彦命の喬。霊亀二年遣唐留学生として入唐、天平七年帰国、孝謙天皇の信任を受け、遣唐副使として再び渡唐、中国の ...
44. 恵美押勝の乱
世界大百科事典
企てて怪死し,新しく道鏡が大臣禅師に任ぜられて政権を掌握した。岸 俊男 恵美押勝 藤原仲麻呂 淳仁天皇 道鏡 孝謙天皇 藤原久須麻呂 藤原良継 佐伯伊多智 ...
45. おうぜんじ【王禅寺】神奈川県:川崎市/麻生区/王禅寺村地図
日本歴史地名大系
本尊は聖観音。創建の時期は不明。慶安三年(一六五〇)の聖観世音菩薩略縁起(県史八)によれば、孝謙天皇の勅命により某大徳が都筑郡二本松に出現の聖観音銅像を当地に移 ...
46. 大炊王・淳仁天皇
日本史年表
758年〈天平宝字2 戊戌〉 8・1 孝謙天皇 譲位. 大炊王(淳仁天皇) 即位(続紀)。 764年〈天平宝字8 甲辰〉 10・9 淳仁天皇 を廃して淡路国に ...
47. 大鏡 336ページ
日本古典文学全集
高野姫。聖武天皇は宮廷の政争が原因で、天平勝宝元年(七四九)七月二日に、わが子孝謙天皇(女帝)に譲位した。第四十六代の孝謙天皇。孝謙上皇は淳仁天皇を廃して、第四 ...
48. 大鏡 345ページ
日本古典文学全集
姉の宮子の子なので甥になる。安倍内親王。天平勝宝元年(七四九)七月二日に践祚。孝謙天皇。→三三六ページ注二。淳仁天皇。淡路廃帝。孝謙天皇が今度は四十八代称徳天皇 ...
49. おおがしまじ【大賀島寺】岡山県:邑久郡/邑久町/大ヶ島村
日本歴史地名大系
本尊は行基作と伝える千手観音立像。もと金山寺(現岡山市)末。正徳二年(一七一二)の当寺由緒書上によると、孝謙天皇の時代、報恩大師によって創建されたと伝える備前四 ...
50. おおがたむら【大県村】大阪府:柏原市地図
日本歴史地名大系
とみられている。「続日本紀」天平勝宝八年(七五六)二月二五日条によれば、難波への行幸の途次、孝謙天皇は智識寺など六寺に参詣しているが、その一寺大里寺は当地の字大 ...
「孝謙天皇(称徳天皇)」の情報だけではなく、「孝謙天皇(称徳天皇)」に関するさまざまな情報も同時に調べることができるため、幅広い視点から知ることができます。
ジャパンナレッジの利用料金や収録辞事典について詳しく見る

孝謙天皇(称徳天皇)と同じ天皇カテゴリの記事
舎人親王(日本大百科全書(ニッポニカ))
天武天皇の第三皇子。母は天智天皇の娘新田部皇女。知太政官事穂積親王の亡きあとは皇親の長老として重んぜられ、新田部親王とともに皇太子首親王(聖武天皇)を輔翼する責務を負った
天皇(改訂新版・世界大百科事典)
日本国憲法に定める日本国および日本国民統合の象徴。天皇の歴史前近代の天皇オオキミとスメラミコト〈天皇〉は〈オオキミ〉とも〈スメラミコト〉とも呼ばれた。しかしこの二つの日本語は決して同義ではなく,むしろ両者の質の違い,それぞれの用いられる次元の相違に注目することが
皇位継承(改訂新版・世界大百科事典)
7世紀末までの皇位継承を《古事記》《日本書紀》によってみると,16代の仁徳天皇まではほとんどが父子間の直系相続であり,仁徳以後持統までは,父子間相続6,母子間1,兄弟間10,姉弟間2,叔父・甥間1,夫婦間2,三親等以上をへだてた相続3の計25例で
摂政(国史大辞典)
天皇に代わって万機を摂り行う者、または摂り行うことをいう。関白に類する職として関白とともに摂関といい、関白と同じく、摂ろく・執柄・博陸などの唐名があり、その地位に因んで一の人・一の所などと称され、殿下ともいわれた
関白(国史大辞典)
万機に関与する重職で摂政に類似する。したがって摂政と合わせて摂関・摂ろく・一の人・一の所などと称し、執柄・博陸・殿下などの唐名がある。関白の語は『漢書』霍公伝に、宣帝が諸事まず霍光に関白してから奏上せしめたとみえているが
天皇と同じカテゴリの記事をもっと見る


「孝謙天皇(称徳天皇)」は天皇に関連のある記事です。
その他の天皇に関連する記事
赤色袍(国史大辞典)
束帯の袍の一種。(一)黄櫨(はじ)と茜(あかね)を染材とする赤白の橡(つるばみ)の袍をいう。位袍でないので、天皇・上皇以下、諸臣の参議以上が時宜によって着用した。天皇は内宴の際に、上皇は束帯を着用するときの尋常の料。諸臣は特殊の行幸啓の供奉に用いた
太上天皇(国史大辞典・日本国語大辞典)
譲位した天皇の称。「だいじょうてんのう」とも訓む。略して上皇あるいは太皇ともいい、また御在所を意味する院の称も用いられ、さらにその御在所を神仙の居所に擬して仙院・仙洞・藐姑射山(はこやのやま)・茨山(しざん)などとも称された。
上皇(日本大百科全書・改訂新版 世界大百科事典)
譲位した天皇の尊称。正式には太上(だいじょう)天皇と称する。中国の太上皇(たいじょうこう)、太上皇帝の称に始まり、太上は最上または至上の意。日本では697年(文武天皇1)譲位した持統(じとう)天皇が初めて太上天皇と称し、大宝令(たいほうりょう)
昭和天皇(国史大辞典・日本大百科全書・改訂新版 世界大百科事典)
一九〇一 - 八九 一九二六―八九在位。明治三十四年(一九〇一)四月二十九日午後十時十分、東宮御所に生誕。皇太子明宮嘉仁親王(のちの大正天皇)と皇太子妃節子(のちの貞明皇后)の第一皇子。五月五日明治天皇より裕仁(ひろひと)と命名され
大正天皇(国史大辞典・日本大百科全書・日本人名大辞典)
一八七九 - 一九二六 一九一二―二六在位。明治十二年(一八七九)八月三十一日午前八時十二分、東京青山御所内御産所にて生誕。明治天皇第三皇子、生母権典侍柳原愛子。九月六日、嘉仁(よしひと)と命名、明宮(はるのみや)と称した
天皇に関連する記事をもっと見る


ジャパンナレッジは約1500冊以上(総額600万円)の膨大な辞書・事典などが使い放題の「日本最大級のインターネット辞書・事典・叢書サイト」です。日本国内のみならず、海外の有名大学から図書館まで、多くの機関で利用されています。
ジャパンナレッジの利用料金や収録辞事典について詳しく見る