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  11. 王翬
日本大百科全書・世界人名大辞典・世界大百科事典

日本大百科全書(ニッポニカ)
王翬
おうき
[1632―1717]

中国、清(しん)代初期の画家。王時敏(おうじびん)、王鑑(おうかん)、王原祁(おうげんき)、呉歴(ごれき)、惲格(うんかく)とともにいわゆる四王呉惲(しおうごうん)の一人。字(あざな)は石谷、号は耕煙外史、烏目(うもく)山人、清暉(せいき)主人など。虞山(ぐざん)(江蘇(こうそ)省常熟県)出身で、若年より画を学び、20歳のとき虞山に来遊した王鑑に画才を認められ、師事する。のち王鑑の友人王時敏の指導を得た。この二大画家に学んで大成した彼の山水画は清代第一と称され、しばしば皇帝の命を受けて画作し、62歳のとき康煕(こうき)帝の『南巡図』12巻を2年の歳月をかけて完成している。その後故郷に帰り、86歳で没するまでの20年余、画事と弟子の育成に努めた。彼はあらゆる画風を消化し、南宗画(なんしゅうが)と北宗画とを融合し、清朝画院の南宗画化を促し、また清朝南宗画の一大画派として栄えた虞山派を開くなど、後世に大きな影響を残した。
[星山晋也]



王翬『倣李成雪霽図』[百科マルチメディア]
王翬『倣李成雪霽図』[百科マルチメディア]

清(しん)代(1669年) 作品部112.7×35.9cm メトロポリタン美術館所蔵


岩波 世界人名大辞典
おう【王翬】
Wáng Huī
字:石谷; 臞樵; 象文 号:耕煙散人; 清暉主人; 烏目山人; 剣門樵客など
1632.4.10[崇禎5.2.21]~1717.11.15[康熙56.10.13]

中国清初の画家.四王の一人.

常熟(現,江蘇常熟)の虞山の人.虞山に遊んだ王鑑に画才を見出され [1651:順治8],その郷里である婁東(太倉)に至って王時敏呉偉業を知った [52].その後,王時敏に従って常州の唐宇昭(1602~72)ら各地の収蔵家を歴訪,古今の名画に触れてその画嚢を肥やした.王士禛(ししん)周亮工ら当時の著名な文人たちと交友.同年代の惲寿平(うんじゅへい)との親交は有名で,画論を語り合って研鑽を積んだ.同郷の宋駿業(†1713)の推薦で康熙帝の勅を受け,北京で制作を主導 [91-93].郷里に戻り [98],庵に賜書「山水清暉」を掲げて自適した.文人的素養をもつ職業画家であり,〈四王呉惲〉の一人として臨模に優れた.その一方で,青緑山水と水墨の二つながら得意とし,画作を通して董其昌(とうきしょう)が唱えた山水画における南北二宗の流れを統一.楊晋(1644~1728),徐溶,蔡遠,上睿(1634~?)らを育て,後に虞山派の祖と称された.多作でも知られた.

〖主著〗 清暉画跋.清暉贈言.〖主作品〗 康熙帝南巡図, 12巻(合作.北京故宮博物院).



改訂新版 世界大百科事典
王翬
おうき
Wáng Huī
1632-1717

中国,清代初期の画家。虞山(ぐさん)(江蘇省常熟)の人。字は石谷。号は耕烟散人,剣門樵客,烏目山人ほか。四王呉惲(しおうごうん)の一人。文人の家柄に生まれ,幼少より同郷の画家張珂に師事し,元末四大家の黄公望の山水画風を学んだ。のち王鑑に見いだされて門下にはいり,王時敏にもついて江南の収蔵家の古画を臨摹(りんも)した。画法の典拠を古画におき,南宗画(なんしゆうが)風を技巧的にこなし,画聖と称される。60歳のとき,康煕帝の詔により北京にのぼり,《南巡図》12巻を制作。賞により清暉(せいき)主人と号した。のち帰郷して画作と子弟の養育に当たった。門下に王玖(おうきゆう),楊晋(ようしん),李世倬(りせいたく),徐溶,上睿(じようえい),王犖(おうらく),宋駿業(そうしゆんぎよう)らがおり,虞山派と呼ぶ。
[新藤 武弘]

[索引語]
Wáng Huī 耕烟散人 清暉(せいき)主人 虞山派
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象文 号:耕煙散人; 清暉主人; 烏目山人; 剣門樵客など〔1632.4.10[崇禎5.2.21]~1717.11.15[康熙56.10.13]〕 中
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5. うんじゅへい【惲寿平】(Yùn Shòupíng)
世界人名大辞典
,売画で父を養った.四王の一人王翬(おうき)と親しく交友したが,生涯極貧で死後王翬がこれを葬ったという.山水画は,はじめ王蒙①を学んだ.王翬の絵を見て山水で名を
6. おうげんき【王原祁】(Wáng Yuánqí)
世界人名大辞典
継ぎ,実景山水画,倣古山水画ともに,山水の正統を踏まえながらも緻密な描写と大胆な構図を生み出したことにある.王翬(おうき)の虞山派に対して,婁東派を形成し,唐岱
7. おうじびん【王時敏】(Wáng Shímǐn)
世界人名大辞典
自在に扱うことで新意を加えた画風で知られた.〈四王呉惲〉のうち王原祁(おうげんき)は孫にあたり,王翬(おうき)や惲寿平(うんじゅへい)を育てた.書は八分に通じた
8. れき【呉歴】(Wú Lì)
世界人名大辞典
亡くす.学問を陳確,詩を銭謙益に学び,古琴もよくした.画は王鑑に入門するが,多く王時敏に師事した.王翬(おうき)とは同年生まれの同郷,同門.師の画風を基礎に宋元
9. ちょうそうそう【張宗蒼】(Zhāng Zōngcāng)
世界人名大辞典
部主事[54]の時,すでに70歳に近かったといい,老齢を理由に帰郷した.王原祁(おうげんき)・王翬(おうき)の画法を受け継いだ黄鼎の門下に学び,淡墨にかすれた筆
10. ばいせい【梅清】(Méi Qīng)
世界人名大辞典
.宣城(現,安徽宣城)出身.梅庚の兄ともいう.挙人[1654:順治11].学者・詩人の家系で,王翬(おうき)等の文人墨客と交友した.特に1667年[康熙6]から
11. 惲格
日本大百科全書
在野の画家として一生を過ごし、清貧のうちに56歳で没した。詩文とともに書もよくした。王翬と親交を結び、王翬の山水に優れているのをみて、山水画を断念して花鳥画に専
12. 惲寿平 【うん・じゅへい/ユン・ショウピン】
世界文学大事典
南田はその号。董其昌の唱えた南宗画派の嫡系として唯一の正統画派を自負する清朝初期の六大家(王時敏,王鑑,王翬,呉歴,王原祁)の一人。科挙の業につかず,生涯在野の
13. 王鑑
日本大百科全書
中国、明(みん)末清(しん)初の画家。王時敏(おうじびん)、王翬(おうき)、王原祁(おうげんき)、呉歴(ごれき)、惲格(うんかく)とともにいわゆる四王呉惲(しお
14. 王原祁
日本大百科全書
「芸林三絶」と称され、著書に『兩窓漫室(りょうそうまんしつ)』『麓台跋画録(ばつがろく)』各1巻などがある。王翬(おうき)の虞山(ぐざん)派に対し彼の一門を婁東
15. 王時敏
日本大百科全書
明(みん)末清(しん)初の文人画家。いわゆる四王呉惲(しおうごうん)(ほかに王鑑(おうかん)、王翬(おうき)、王原祁(おうげんき)、呉歴(ごれき)、惲格(うんか
16. 王時敏
世界大百科事典
学び,元末四大家ことに黄公望の画風を慕い,よく山水画を描き,清初の文人画壇の指導的役割を果たした。門下の王翬(おうき)や孫の王原祁(げんき)らとともに四王呉惲(
17. 書筌(著作ID:4412009)
新日本古典籍データベース
がせん 笪重光(たんじゅうこう) 王翬(おうき) 惲格(うんじゅへい) 
18. 呉歴
日本大百科全書
没年は一説に1719年。清代初めに活躍した6人の大画家、いわゆる四王呉惲(しおうごうん)(王時敏、王鑑、王翬(おうき)、王原祁(おうげんき)、呉歴、惲格(うんか
19. 山水画画像
日本大百科全書
人画の系統の優位性が説かれ、四王呉惲(しおうごうん)(王時敏(おうじびん)、王鑑(おうかん)、王翬(おうき)、王原祁(おうげんき)、呉歴(ごれき)、惲格(うんか
20. 四王呉惲
世界大百科事典
から南宗山水画法を受け継ぎ,〈二王〉の弟子の王翬は一時期清朝宮廷にのぼり,王時敏の孫の王原祁は内廷供奉となり,宮廷画院の形成に貢献した。呉歴は王翬と同郷,同年,
21. 清画像
日本大百科全書
明以来の南画であるが、清初に明末の董其昌(とうきしょう)の流れをくむ王時敏、王鑑(おうかん)、王翬(おうき)、王原祁(おうげんき)、呉歴、惲寿平(うんじゅへい)
22. 清代美術
世界大百科事典
していた王時敏は,同郷の友人王鑑を好伴侶とし,孫の王原祁(おうげんき),王鑑の発見した王翬(おうき),王翬の同郷の友人呉歴,親友の惲寿平(うんじゆへい)(四王呉
23. 中国美術画像
日本大百科全書
き画壇の主流となったが、その典型主義もともに受け継いだ。この派は、王時敏(おうじびん)、王鑑、王翬(おうき)、王原祁(おうげんき)、呉歴、惲格(うんかく)らいわ
24. 董其昌 【とう・きしょう/ドン・チーチャン】
世界文学大事典
は,彼の影響を大きく受け,大胆な造形的冒険が行われた。一方,清初の四王(王鑑,王時敏,王原祁,王翬)は,董其昌の様式を統合,整理する方向にむかったが,この系統は
25. 南宗画
世界大百科事典
によれば,南宗は元の四大家ののち沈周(しんしゆう),文徴明,董其昌,清初の四王(王時敏,王鑑,王翬(おうき),王原祁(おうげんき))と続き,北宗は南宋画院の馬遠
「王翬」の情報だけではなく、「王翬」に関するさまざまな情報も同時に調べることができるため、幅広い視点から知ることができます。
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