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元正天皇

ジャパンナレッジで閲覧できる『元正天皇』の国史大辞典・世界大百科事典・日本人名大辞典のサンプルページ

国史大辞典
元正天皇
げんしょうてんのう
六八〇 - 七四八
七一五―二四在位。草壁皇子の皇女。諱は氷高(日高)。新家(にいのみ)皇女ともいう。母は元明天皇。天武天皇九年(六八〇)に生まれる。霊亀元年(七一五)正月、一品を授けられたが、同年九月二日皇太子首皇子が幼年のため元明天皇の譲りをうけて即位した。中継ぎの意と解される。和風諡号は日本根子高瑞浄足姫天皇。同三年十一月美濃国多度山の美泉の効験によって養老と改元した。養老二年(七一八)藤原不比等らによって『養老律令』が撰修され、翌三年六月皇太子首皇子がはじめて朝政を聴き、四年三月征隼人軍を興し、五月には舎人親王らが『日本書紀』を撰進した。同年八月藤原不比等が没し、翌五年正月長屋王を右大臣に任じたが、十月には藤原房前を内臣として帝業を輔佐させた。同六年閏四月良田百万町歩の開墾を計り、翌七年四月に三世一身の法を発したが、神亀元年(七二四)二月四日皇太子首皇子(聖武天皇)に譲位した。天平二十年(七四八)四月二十一日崩御。六十九歳。佐保山陵に火葬し、天平勝宝二年(七五〇)十月奈保山西陵に改葬した。
[参考文献]
上田正昭『日本の女帝』(『講談社現代新書』三三七)、喜田貞吉「中天皇考」(『喜田貞吉著作集』三所収)、井上光貞「古代の女帝」(『日本古代国家の研究』所収)、岸俊男「元明太上天皇の崩御」(『日本古代政治史研究』所収)
(林 陸朗)

奈保山西陵(なほやまのにしのみささぎ)

 奈良市奈良阪町にあり、市北郊の丘陵を陵所とする。東方約三〇〇メートルにある元明天皇の奈保山東陵と東西相並んでいる。『続日本紀』によると、天平二十年(七四八)四月丁卯(二十八日)佐保山陵に火葬。ついで天平勝宝二年(七五〇)奈保山陵に改葬した。『延喜式』諸陵寮の制は「兆域東西三町、南北五町、守戸四烟」とし遠陵に班する。陵所はのち所伝を失い、小奈辺古墳が陵所に擬せられていたが、幕末修陵の際に現陵に治定された。
[参考文献]
上野竹次郎『山陵』上
(戸原 純一)


改訂新版 世界大百科事典
元正天皇
げんしょうてんのう
680-748(天武9-天平20)

第44代に数えられる奈良前期の女帝。在位715-724年。父は草壁皇子,母は元明天皇,文武天皇の同母姉。諱(いみな)は氷高(ひたか),または新家(にいのみ)。和風謚号(しごう)を日本根子高瑞浄足姫(やまとねこたかみずきよたらしひめ)天皇という。715年9月に元明天皇は譲位を決意したが,皇太子首皇子がまだ若すぎるため,代わって未婚のまま即位,霊亀と改元された。724年(神亀1)2月に首皇子(聖武天皇)に譲位するまでの治世9年の間に,《養老律令》の編纂,隼人の反乱,《日本書紀》の撰進,右大臣藤原不比等や元明太上天皇の死去,三世一身法の制定などがあった。748年4月に平城宮にて没した。佐保山陵に火葬したが,2年後,奈保山陵(〈諸陵式〉奈保山西陵)に改葬。《万葉集》に歌7首所収。
[岸 俊男]



日本人名大辞典
元正天皇
げんしょうてんのう
680−748
奈良時代,第44代天皇。在位715-724。
天武天皇9年生まれ。草壁(くさかべの)皇子の娘。文武天皇の同母姉。母の元明(げんめい)天皇の譲位をうけ即位。「養老律令」を制定し,「日本書紀」を完成させた。按察使(あぜち)をおいて国内の治安をはかり,衣服の襟(えり)をはじめて右前にさせ,四等官以上の官吏に笏(しゃく)をもたせたり,三世一身法を施行するなど,律令体制の強化・浸透をはかった。天平(てんぴょう)20年4月21日死去。69歳。墓所は奈保山西陵(なほやまのにしのみささぎ)(奈良市)。別名は氷高(日高)皇女,新家(にいのみの)皇女,日本根子高瑞浄足姫天皇(やまとねこたかみずきよたらしひめのすめらみこと)。
【格言など】橘(たちばな)のとをの橘弥(や)つ代にも吾(あれ)は忘れじこの橘を(「万葉集」)
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2. 元正天皇
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680-748(天武9-天平20) 第44代に数えられる奈良前期の女帝。在位715-724年。父は草壁皇子,母は元明天皇,文武天皇の同母姉。諱(いみな)は氷高( ...
3. げんしょう‐てんのう【元正天皇】
デジタル大辞泉
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4. げんしょう‐てんのう[ゲンシャウテンワウ]【元正天皇】
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第四四代天皇。草壁皇子の皇女。母は元明天皇。名は飯高のちに氷高。日本根子高瑞浄足姫天皇(やまとねこたかみずきよたらしひめのすめらみこと)。霊亀元年(七一五)即位 ...
5. げんしょうてんのう【元正天皇】
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六八〇―七四八 七一五―二四在位。草壁皇子の皇女。諱は氷高(日高)。新家(にいのみ)皇女ともいう。母は元明天皇。天武天皇九年(六八〇)に生まれる。霊亀元年(七 ...
6. 元正天皇(げんしょうてんのう)
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7. げんしょうてんのう【元正天皇】
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680−748 奈良時代,第44代天皇。在位715-724。天武天皇9年生まれ。草壁(くさかべの)皇子の娘。文武天皇の同母姉。母の元明(げんめい)天皇の譲位をう ...
8. 氷高内親王・元正天皇・元正太上天皇
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715年〈霊亀元(9・2) 乙卯〉 9・2 天皇 譲位. 氷高内親王(元正天皇) 、平城宮大極殿にて即位.霊亀と改元(続紀)。 724年〈神亀元(2・4) 甲 ...
9. 元正天皇即位 (見出し語:元正天皇)
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11. あさいじんじゃ【浅井神社】富山県:西礪波郡/福岡町/赤丸村
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12. あさくちぐん【浅口郡】
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13. あぜち【按察使】
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14. 阿閇皇女・元明天皇
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藤原宮大極殿に即位(続紀)。 715年〈霊亀元(9・2) 乙卯〉 9・2 天皇 譲位. 氷高内親王(元正天皇) 、平城宮大極殿にて即位.霊亀と改元(続紀)。 7 ...
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16. いさやまむら【諫山村】大分県:下毛郡/三光村
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17. いずみのみや【和泉宮】
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18. 出雲国風土記(風土記) 132ページ
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『欽明紀』十四年六月の「上件色人」の「件」の古訓、クタムノ。奈良時代の仮名書き確例はない。七一五年。九月二日に元正天皇即位、改元。「式」は弘仁格序に「式は則ち闕 ...
19. 出雲国風土記(風土記) 192ページ
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20. いずもの-はたやす【出雲果安】
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21. いずもの-ひろしま【出雲広嶋】
日本人名大辞典
−? 奈良時代の豪族。出雲果安(はたやす)の子。出雲国造(くにのみやつこ)。養老8年(724)元正天皇に神賀詞(かんよごと)(出雲の神からの祝詞)を奏上。神亀( ...
22. いせじんぐう【伊勢神宮】三重県:伊勢市
日本歴史地名大系
平城遷都を決した元明天皇は、まず幣帛を神宮に奉じて、平城宮の造営のことを告げた(続日本紀)。元正天皇の養老二年(七一八)斎宮寮公文に初めて寮印が用いられた。聖武 ...
23. いせひがしかいどう・いせにしかいどう【伊勢東街道・伊勢西街道】岐阜県:不破郡/関ヶ原町
日本歴史地名大系
れる。伝承に、日本武尊が伊吹山から伊勢に帰るとき通過したといい、また霊亀三年(七一七)などの元正天皇の養老行幸、天平一二年(七四〇)の聖武天皇の美濃行幸にも東街 ...
24. いそのかみのまろ【石上麻呂】
国史大辞典
やがて和銅元年(七〇八)正月正二位、同三月左大臣となり、養老元年(七一七)三月三日七十八歳で没した。元正天皇はその死を惜しみ廃朝し従一位を贈った。百姓も追慕して ...
25. 逸文参考(風土記) 579ページ
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断。(神宮文庫本『帝王編年記』第十、元正天皇養老七年癸亥条)竹生島 又云。霜速比古命之男、多々美比古命、是謂 ...
26. いわしみず‐ほうじょうえ[いはしみづハウジャウヱ]【石清水放生会】
日本国語大辞典
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27. いわまでら【岩間寺】滋賀県:大津市/南部地域/内畑村
日本歴史地名大系
胎内に念持仏の金銅千手観音像を納めて本尊とし、一寺を建立したのが始まりという。寺伝では養老六年(七二二)元正天皇の勅命で行脚の途中、岩間山で桂の大樹より千手観音 ...
28. いわやじ【岩屋寺】愛知県:知多郡/南知多町/岩屋寺村
日本歴史地名大系
空海撰と伝える巌窟寺儀軌(岩屋寺蔵)によれば、須佐村の長須佐長春が同村海中から金銅千手観音を得、元正天皇勅願により霊亀元年(七一五)行基を開山として七堂一二坊の ...
29. うさかじんじゃ【鵜坂神社】富山県:婦負郡/婦中町/鵜坂村
日本歴史地名大系
旧県社。社伝によれば、崇神天皇の代に四道将軍大彦命により創建、白雉年間(六五〇―六五四)社殿再興、元正天皇の代に行基が七堂伽藍・二四院を造立したと伝える。「延喜 ...
30. 宇治拾遺物語 406ページ
日本古典文学全集
どんどん進みに進んで。学問・学識のある人間。ここは、天皇をさす。「ひきのまき人」が吉備真備とすれば、元正天皇の霊亀三年(七一七)三月、第八次遣唐使の留学生として ...
31. 江戸繁昌記 3 84ページ
東洋文庫
奈良末期の学者。廷臣。本姓は下道(しもみち)真吉備とも書き、世に吉備大臣ともいう。吉備津彦命の喬。元正天皇の朝、霊亀二年遣唐留学生として入唐、天平七年帰国。中国 ...
32. 江戸繁昌記 3 248ページ
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弓矢の神として尊崇されているが、これはのちの変化である。『大和事始』躯備に、「按ずるに、吉備公は、元正天皇養老元年に入唐し、聖武天皇天平七年に帰朝せらる。又孝謙 ...
33. えんじょうじ【縁城寺】京都府:中郡/峰山町/橋木村
日本歴史地名大系
平安時代の作で重要文化財。草創については明確にしがたいが、縁城寺千手院縁起(寺蔵)は、当山ハ元正天皇ノ御宇、印度善無畏三蔵来朝シ紫雲ノ霊瑞ヲ尋ネテ当山ニ来リ、梵 ...
34. 大鏡 338ページ
日本古典文学全集
贈太政大臣にならせたまへり。元明天皇・元正天皇の御時二代。一、不比等大臣の二郎、房前、宰相にて二十年。大炊天皇の御時、天平宝字四年庚子八月七日、贈太政大臣になり ...
35. おおくぼじ【大窪寺】香川県:大川郡/長尾町/奥山村
日本歴史地名大系
として名高い。御詠歌は「南無薬師諸病なかれと願いつつ詣れる人は大窪の寺」。大窪密寺記によると元正天皇の時に行基が創建、空海が諸堂を建立し、真済が方一〇〇町を結界 ...
36. おおたきさん【大滝山】山梨県:東山梨郡/勝沼町
日本歴史地名大系
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37. おかのみやてんのう【岡宮天皇】
日本人名大辞典
662−689 飛鳥(あすか)時代の追尊天皇。文武天皇・元正天皇の父。死後70年,天平宝字(てんぴょうほうじ)2年天皇の尊称を贈られた。別名に長岡天皇。墓所は真 ...
38. おばまし【小浜市】福井県
日本歴史地名大系
寺院も古い伝承を有するものが多く、若狭一宮の神願寺であった神宮寺は和銅年中(七〇八―七一五)元正天皇の勅願で創建されたと伝え、霊亀二年(七一六)行基の開基という ...
39. 改訂 京都民俗志 159ページ
東洋文庫
不思議に思って翌朝その木を切ると、木の中に千手観世音の尊影が現われていた。そこで、その影現の姿を彫刻し、元正天皇御下賜の、厄除開運の千手観音を体内に納めた。これ ...
40. 神楽歌 32ページ
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山人の持つ杖。削り掛けなどの特殊な飾りがついて、呪力のあるものと信じられたらしい。『万葉集』に、元正天皇が大和国添上郡の山村に行幸した時に「あしひきの山行きしか ...
41. かさの-かなむら【笠金村】
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?−? 奈良時代の歌人。山部赤人とならぶ宮廷歌人として元正天皇,聖武天皇につかえ,吉野,難波,播磨(はりま)への行幸にしたがった。「万葉集」に霊亀(れいき)元- ...
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その寺院跡は柏尾廃寺跡として県指定史跡。跡地から集められた一千二〇〇余の石仏を祀った千体仏がある。山中には元正天皇養老行幸の時に水を汲んで馬に与えたという秣滝が ...
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立てること,釘貫(くぎぬき)(木戸)をたて四面に溝を掘ることを記している。また奈良時代には,元正天皇が自らの厚葬を禁じて,火葬地と埋葬地とを別にせぬように詔して ...
44. かたがたぐん【方県郡】岐阜県:美濃国
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(正倉院文書)により、当郡に牟下都氏が居住していたことが知られるが、養老元年(七一七)九月の元正天皇の美濃行幸に際し、その行宮に供奉したとして務義郡とともに当郡 ...
45. 甲子夜話三篇 5 93ページ
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Oめいしうとかけれど、」みやうじうとよむと云り。されども本のごとくよむべきにや。明州と云。(三〕 仲麻呂は、元正天皇の御宇、霊亀二年八月遣唐使大伴山守同船して、 ...
46. 甲子夜話続篇 1 38ページ
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左に録す。一、白山は殊に大山にして、その趾、越前、加賀、飛騨、美濃に亘る。 『和漢三才図』に云。元正天皇養老中、泰澄大師初 開二当山岨四時有レ雪。故呼日二越之白 ...
47. 甲子夜話続篇 8 152ページ
東洋文庫
、在二日傍一〕、而白虹貫レ之。五者皆順抱、撃レ之勝など有て、吾邦には、『類聚国史』祥瑞部に、元正天皇養老五年二月癸巳、日量。如二 白虹一貫レ暉、南北有レ現など見 ...
48. かんぎこう‐じ[クヮンギクヮウ:]【歓喜光寺】
日本国語大辞典
〔一〕奈良市菅原町にある法相宗の寺。山号は清涼山。養老五年(七二一)元正天皇の勅願により行基が創建。はじめ菅原寺と称したが、天平二〇年(七四八)聖武天皇が歓喜光 ...
49. かんごうじんじゃ【漢国神社】
国史大辞典
推古朝に大神君(おおみわのきみ)白堤が園神(そのかみ)の大物主命(大己貴(おおなむち)命の和魂)を祀り、のち元正天皇の養老年間(七一七―二四)藤原不比等がさらに ...
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