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  11. 物真似狂言尽

ジャパンナレッジで閲覧できる『物真似狂言尽』の辞書・事典・叢書別サンプルページ

歌舞伎事典・日本国語大辞典

新版 歌舞伎事典
物真似狂言尽
ものまねきょうげんづくし
 歌舞伎用語。若衆歌舞伎が禁じられ、承応二(1653)年野郎歌舞伎として再興するに当たり、〈物真似狂言尽〉を演じることを条件の一つとして許可されたという。ただしこの許可条件を証明する同時代記録はなく、後世の資料によっている。当期の用例では単に〈狂言尽〉であり、〈物真似狂言尽〉の使用例は、《男色大鑑》(貞享四年刊)に「物まね。狂言づくし」、《鸚鵡籠中記》(元禄九年九月一八日の条)に「江戸大操物まね狂言つくしと有」などが早い。〈狂言尽〉とは、若衆歌舞伎時代までの、役者の芸より色気を強調するような内容の舞台ではなく、演劇としての本道に徹した芝居だけを見せるという意味に使われたようである。許可条件としての〈物真似狂言尽〉もほぼ同じ意であるが、〈物真似〉についての解釈には、通説の〈写実的な〉と解する以外に〈歌舞伎物真似〉の連中によるものの意とも解される。
野郎歌舞伎
[鳥越 文蔵]


日本国語大辞典
ものまねきょうげん‐づくし[ものまねキャウゲン‥] 【物真似狂言尽

解説・用例

〔名〕

歌舞伎芝居の異称。江戸時代、承応元年(一六五二)の若衆歌舞伎禁止以後に興行を許可された野郎歌舞伎で、写実風の演劇的要素の濃いもの。猿若の物真似狂言尽しを主とするという名目で許可されたことに由来する呼称。狂言尽し。物真似狂言。

*浮世草子・男色大鑑〔1687〕五・一「大哥舞妓御法度の後、村山又兵衛が物まね狂言(キャウゲン)づくしに仕掛、太夫子あまた集めしに」

*歌舞妓事始〔1762〕二・梵天「歌舞妓の名目を物真似狂言尽(ヅク)しと成しより」

発音

モノマネキョー〓ンズクシ

〓[ズ]


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検索コンテンツ
1. 物眞似狂言盡(ものまねきょうげんづくし)
古事類苑
樂舞部 洋巻 第2巻 23ページ
2. ものまねきょうげんづくし【物真似狂言尽】
歌舞伎事典
歌舞伎用語。若衆歌舞伎が禁じられ、承応二(1653)年野郎歌舞伎として再興するに当たり、〈物真似狂言尽〉を演じることを条件の一つとして許可されたという。ただしこ
3. ものまねきょうげん‐づくし[ものまねキャウゲン‥]【物真似狂言尽】
日本国語大辞典
承応元年(一六五二)の若衆歌舞伎禁止以後に興行を許可された野郎歌舞伎で、写実風の演劇的要素の濃いもの。猿若の物真似狂言尽しを主とするという名目で許可されたことに
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6. かぶき【歌舞伎】
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7. きょうげん‐づくし[キャウゲン‥]【狂言尽】
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11. 東海道名所記 2 185ページ
東洋文庫
幕 府はほぼ目的を達するや、あらたに衆道対策上から禁止した。これに対し、前髪を剃り落として 物真似狂言尽しのみを演ずるという条件で、翌年から興行が再開された。し
12. どうとんぼりしばいがわ【道頓堀芝居側】大阪府:大阪市/南区地図
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14. 男色大鑑(井原西鶴集) 455ページ
日本古典文学全集
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15. ぶたい【舞台】
歌舞伎事典
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16. ぼん‐てん【梵天】画像
日本国語大辞典
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17. むらやままたべえ【村山又兵衛】
国史大辞典
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18. ものまね【物真似】
国史大辞典
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19. ものまね【物真似】
歌舞伎事典
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20. ものまね‐きょうげん[‥キャウゲン]【物真似狂言】
日本国語大辞典
〔名〕「ものまねきょうげんづくし(物真似狂言尽)」に同じ。*ある敵打の話〔1917〕〈菊池寛〉「鴨川にかかる四条、五条、三条の橋を日に日に幾度も越えて歩いて居た
21. 野郎歌舞伎
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22. やろうかぶき【野郎歌舞伎】
歌舞伎事典
ふつうに野郎歌舞伎時代と呼ぶ。若衆歌舞伎の少年の前髪を剃り落とされたので、以後は成人男子の役者による、〈物真似狂言尽(ものまねきょうげんづくし)〉として歌舞伎の
「物真似狂言尽」の情報だけではなく、「物真似狂言尽」に関するさまざまな情報も同時に調べることができるため、幅広い視点から知ることができます。
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