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国史大辞典・世界大百科事典・日本大百科全書

国史大辞典
大乗仏教
だいじょうぶっきょう
インドで西暦紀元後に興起した新しい形態の仏教。サンスクリットでマハーヤーナMahāyānaという。Mahāとは「大きい」の意、yānaとは「乗物」を意味する。それ以前からあった保守的な仏教(いわゆる小乗仏教)では修行僧が独善的になる傾きがあったのに対して、ひろく民衆のための仏教であることをめざす。「大乗」の「大」には、大・多・勝の三義があるという。それは(一)偉大な教えであり、(二)多くの人々を救い、(三)勝れた教えであることを標榜する。大乗仏教は、民衆の宗教であり、諸仏・諸菩薩を信仰する。みずからは救われなくてもまず他人を救うという菩薩bodhisattvaの精神が強調された。諸仏・諸菩薩を熱心に信仰して念ずることを強調するために、多数の仏像が製作された。その製作の中心地は、ガンダーラGandhāra(パキスタン北部)とマトゥラーMathurāとであった。最初期の大乗仏教は、ストゥーパを崇拝していた一般民衆および修行僧のあいだから起ったと考えられるが、当時は荘園をもたなかった(当時荘園をもっていたのは、いわゆる小乗仏教だけである)。しかし民衆のあいだに根強かった呪術的要素をとりいれることによって、一般民衆のあいだにひろがった。多数の大乗経典が編纂された。まず多数の般若経典がつくられて、あらゆる事物は空である(一切皆空)ということを説いた。また従前の仏教諸派の超世俗的態度を排斥して、『維摩経(ゆいまきょう)』や『勝鬘経(しょうまんぎょう)』は、世俗的な在家の生活のうちにあって真の仏道を実践すべしという態度を表明している。『華厳経(けごんきょう)』は菩薩の道を説いているが、一切のものは互いに入りまじり影響し合って成立しているという道理をくり返し表明し、唯心説までも述べている。浄土経典(『阿弥陀経』『大無量寿経』『観無量寿経』など)は、阿弥陀仏を信仰することによって極楽浄土に生まれることをすすめる。『法華経』は、その前半においては、仏教のいろいろな仕方の実践がどれも完成に達するための原因であるといって、種々の実践法の存在意義を認め(一乗思想)、後半においては、究極には久遠の本仏が存することを説いている。哲学学派としては、中観派(ちゅうがんは、Mādhyamika)と唯識派(ゆいしきは、Vijñānavādin)とが主なものである。中観派は、竜樹(りゅうじゅ、ナーガルジュナNāgārjuna)に始まるが、種々の論法をもって、あらゆるものが空であるということを論証する。「空」とは、縁起とか中道とかの教えと同じ趣意である。唯識派とは、別名ヨーガ行派Yogācāraともいうが、精神統一によって心を静め、外界の事物はすべて心の顕現したものであると観ずる。その教えは、弥勒(マイトレーヤMaitreya)と呼ばれた哲人に始まるというが、体系的な学説は世親(天親ともいう。Vasubandhu)により完成された。彼によると、われわれの存在の根底にアーラヤ識ālayavijñānaと名づけられる精神的原理があり、万有はそれから顕現したものにほかならない、ということを説いた。それが発展して、中国・日本では法相宗(ほっそうしゅう)となった。唯識説の系統から論理主義的な知識哲学が成立した。仏教論理学(バラモン教系統の古い論理学を「古因明」と呼ぶのに対して、これを「新因明」と呼ぶ)を確立したのは、陳那(じんな、ディグナーガDignāga)であるが、法称(ほっしょう、ダルマキールティDharmakīrti)がこれを大成した。因明は部分的に中国・日本に伝えられ、特に奈良で研学された。三二〇年にグプタGupta王朝が成立し、全インドにわたる集権的な国家体制が確立するとともに、ヒンドゥー教が盛んになったので、仏教も次第にそれに影響されて、ヒンドゥー教的なものに対し妥協適合をせざるを得なくなった。おそらく西ローマ帝国の滅亡に伴う海外貿易の衰退は、インドにおける商業資本の社会的勢威を衰退させ、農村に基盤をおくバラモン教ないしヒンドゥー教を優勢ならしめることとなった。そこで仏教もそれと妥協して真言密教(金剛乗Vajrayānaともいう)を成立させた。民衆の間で行われている多数の呪法を採用し、呪文(陀羅尼dhāra〓ī)を唱えて攘災招福を行なった。根本の仏としては大日如来を想定し、人間の感情欲望を肯定して、即身成仏を期した。それはまた仏教の堕落をひきおこし、密教はヒンドゥー教のうちに没入してしまう傾向があった。十一―十三世紀にわたるイスラム教徒のインド征服とともに、仏教はインドからほとんど消滅してしまった。しかしラダク・ネパール・ブータン・チベット・モンゴル・中国・ベトナム・朝鮮・日本の仏教は圧倒的に大乗仏教を受けている。
[参考文献]
中村元『インド思想史』(『岩波全書』)、竜山章真『インド仏教史概説』、平川彰『インド仏教史』
(中村 元)


改訂新版 世界大百科事典
大乗仏教
だいじょうぶっきょう

仏教の二大流派の一つ。釈迦が主唱した,みずみずしい初期仏教も,200年,300年たつうちに,その明快な教えは,アビダルマの発達にともない哲学化し,繁雑化して清新な宗教としての生命を失い,その信仰も枯渇化するようになった。紀元前後ごろから,主として在俗信者たちを中心として,新しい仏教復興運動が展開された。その運動には,彼らの意気ごみに賛同し,旧仏教にあきたりないで,そこを飛び出してきた出家者たちの参画も見のがしてはならない。彼らのうちにはその運動の理論的指導者となった者もいたであろうし,また大乗経典の制作に関して重要な示唆を与えた者もいたと思われる。

 これらの人々は,インド各地に散在する仏塔(ストゥーパ)を中心に集まり,仏陀を鑽仰(さんごう)し,仏陀への熱烈な信仰をもっていた。彼らは仏陀の前生における呼称である〈菩薩〉(ボーディサットバbodhisattva。悟りを求める者)を理想的な人間像とみなし,またこの運動に邁進する者を,老若男女を問わず,〈菩薩〉と呼んだ。その信仰集団は,在来の出家者中心の教団である〈僧伽〉(サンガsaṅgha)に対して,〈菩薩ガナ〉(ボーディサットバ・ガナbodhisattva-gaṇa)と呼ばれる。

 彼らはやがて,自らの思想を表明する手段として,新しい経典を次々と作り出していった。《般若経》《法華経》《華厳経》《阿弥陀経》などの経典群である。これらの経典のなかで,彼らは自らの新しい仏教運動を,〈あらゆる人々の救いをめざす大きな乗り物〉という意味をこめて〈大乗〉(マハーヤーナMahāyāna)と称し,従来の旧仏教を〈限られた出家者だけの小さな乗物〉という意味で〈小乗〉(ヒーナヤーナHīnayāna)と貶称した。注目すべきは,〈この経典の四行詩でも,受持・読誦(どくじゆ)・解説(げせつ)し,さらに書写すれば非常な功徳がある〉という旧仏典には見られなかった〈経典崇拝〉を強く打ち出していることである。

 大乗仏教の基本的理念は,〈慈悲〉に裏打ちされた〈空(くう)〉--理論的には,あらゆるものはそれ自体の固有の実体をもたない〈無自性〉なるものであり,それゆえ実践的には,なにものにもとらわれない心で行動する〈無執着〉であれ--の立場にあるといわれる。また仏に絶対的に帰依し,かつ自己のうちに仏となりうる可能性(仏性)を認め,それを体現することを彼らは目ざした。そのためには〈般若(はんにや)の智慧〉と〈方便の慈悲〉とを兼ね備えることを目ざし,特に他人に対する善きはからい(利他行(りたぎよう))を第一の眼目と考えた。

 このような大乗仏教運動は,のちに竜樹,無著(むぢやく),世親(せしん)らによって,その思想が組織され体系化された。5世紀ごろから密教が盛んになり,ついで7世紀ごろからヒンドゥー教が勢力を盛り返す。そして1203年ベンガルの仏教の中心であったビクラマシラー寺が,イスラムの軍隊に破壊されるにいたり,中央インドから仏教はその姿を消すことになる。

 生れ故郷のインドを追われることになった大乗仏教ではあるが,国境を越えてチベットに伝播し,また中央アジアを経て中国,朝鮮,日本に伝わり,それぞれの地で麗しい華を咲かせた。
→仏教
[阿部 慈園]

[索引語]
菩薩 ボーディサットバ bodhisattva 僧伽 サンガ(仏教) saṅgha 菩薩ガナ ボーディサットバ・ガナ bodhisattva-gaṇa 大乗 マハーヤーナ Mahāyāna 小乗 ヒーナヤーナ Hīnayāna 経典崇拝 空(仏教) 利他行


日本大百科全書(ニッポニカ)
大乗仏教
だいじょうぶっきょう

大乗はサンスクリット語のマハーヤーナmahāyānaの訳語で、「多数の人々を乗せる広大な乗り物」の意。すなわち一切衆生(いっさいしゅじょう)の済度(さいど)を目ざす仏教という趣旨。仏滅後数百年(紀元前後ごろ)インドにおこった新しい仏教運動は、それまでの諸部派に分かれて各自の教理体系を固めていたあり方を鋭く批判しつつ、幅広い諸活動を展開し、やがて新しい諸経典が成立するなかで、『般若経(はんにゃきょう)』以来この自称が確定した。従来の出家者中心の仏教を一般民衆に開放し、在家(ざいけ)信者を主とする進歩的な考えの仏教徒の間からこの運動はおこり、異民族に支配されて混乱していた、当時の悲惨な社会状勢や、仏教遺跡のストゥーパ崇拝などとも関連が深い。その最大の特徴は、現在多方仏(げんざいたほうぶつ)を認めて利他に向かう多くの菩薩(ぼさつ)をたて、また多くの大乗経典が生まれたことにある。3世紀以降インドに栄えたが、7世紀からは密教化が著しく、それは大乗よりも金剛乗(こんごうじょう)と称した。大乗仏教は、のち中国、日本など、またチベットに伝わり、その主流となる。なお部派仏教に対する小乗(ヒーナヤーナ)の貶称(へんしょう)は、インドには顕著でなく、大乗仏教を根拠とした中国や日本で盛んであった。

[三枝充悳]

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検索コンテンツ
1. 大乗仏教
日本大百科全書
う)と称した。大乗仏教は、のち中国、日本など、またチベットに伝わり、その主流となる。なお部派仏教に対する小乗(ヒーナヤーナ)の貶称(へんしょう)は、インドには顕
2. 大乗仏教
世界大百科事典
常な功徳がある〉という旧仏典には見られなかった〈経典崇拝〉を強く打ち出していることである。 大乗仏教の基本的理念は,〈慈悲〉に裏打ちされた〈空(くう)〉--理論
3. だいじょう‐ぶっきょう[‥ブッケウ]【大乗仏教】
日本国語大辞典
〔名〕「だいじょう(大乗)(1)」に同じ。*古寺巡礼〔1919〕〈和辻哲郎〉一五「大乗仏教は著しく古昔の波羅門神話を取り入れてゐるのである」ダイジョーブッキョー
4. だいじょうぶっきょう【大乗仏教】
国史大辞典
それは(一)偉大な教えであり、(二)多くの人々を救い、(三)勝れた教えであることを標榜する。大乗仏教は、民衆の宗教であり、諸仏・諸菩薩を信仰する。みずからは救わ
5. 大乗仏教と上座部仏教【2019】[宗教【2019】]
現代用語の基礎知識
その後も分裂は続き(部派仏教 )、それぞれの教えの解釈が展開された。さらに紀元前後のころ、大衆部の系統から大乗仏教が成立。その特色は、空(くう)の立場から縁起説
6. 仏教の系統(大乗仏教)[百科マルチメディア]画像
日本大百科全書
©Shogakukan
7. えおん【慧遠】(Huìyuǎn)
世界人名大辞典
り,多数の経論の注釈書を著した.師の法上の著作と同名の《大乗義章, 26巻》(20巻現存)は大乗仏教に関する百科辞典の性格を有する.他に地論宗関連の著作として,
8. きちぞう【吉蔵】(Jízàng)
世界人名大辞典
特色とし,南北朝時代の散逸した資料の引用が多く貴重.またその論述はきわめて論理的で明晰である.大乗仏教の重要な概念について論じた《大乗玄論》は,吉蔵以後に朝鮮ま
9. しるかせん【支婁迦讖】(Zhīlóujiāchèn)
世界人名大辞典
り少し前に安世高が部派仏教系の経典を漢訳したのに対し,大乗系経典伝訳の嚆矢(こうし)とされ,大乗仏教初期の重要な諸経典を漢訳した.
10. どんらん【曇鸞】(Tánluán)
世界人名大辞典
という.すでに50歳を過ぎていたとされる.主著《往生論註》では,阿弥陀(アミターバ)浄土教を大乗仏教の極致と位置づける.無仏の悪世において解脱を得るには難行道と
11. あくにんしょうき‐せつ[アクニンシャウキ‥]【悪人正機説】
日本国語大辞典
悪人こそ受けられるものであるという説。浄土真宗の真髄とされる。悪人の成仏の問題は大乗仏教の「仏性論」にはじまり、天台宗は「悉有仏性」説、法相宗は「五性各別」説(
12. 阿含
世界大百科事典
が今日まで保存されている。中国にも伝えられて4種の阿含経が漢訳されたが,中国,日本では北伝の大乗仏教が優勢であったため,南伝の阿含経典は小乗として軽視された。ヨ
13. アサンガ(〔梵〕Asaṅga)
世界人名大辞典
頃〕 インドの唯識学派の仏教学者.初め部派仏教を学んだがこれに満足せず,マイトレーヤについて大乗仏教を学び,空観と唯識の学説に精通した.ナーガールジュナ(龍樹)
14. 阿閦画像
世界大百科事典
大乗仏教の初期に考えだされた仏。サンスクリットAkṣobhya(〈不瞋恚(ふしんい)〉の意)の音訳。147年漢訳の《阿閦仏国経》によると,過去世に一比丘が東方の
15. あしゅくにょらい【阿〓如来】
日本人名大辞典
大乗仏教の仏。東の浄土で怒りをたつことで悟りをえた仏。密教では左手で袈裟(けさ)の端をもち,右手の先を地にふれた座像としてあらわされる。8世紀ごろ日本につたわり
16. 阿閦仏
日本大百科全書
大乗仏教の如来(にょらい)の名。サンスクリット語の、アクショービヤAk〓obhyaの訛(か)音写で、正しくは阿閦婆あるいは阿閦鞞(べい)また無動
17. あじあしょこくへのでんぱ【アジア諸国への伝播】 : 仏教
国史大辞典
方には上座部系統、特に説一切有部の教学が盛んとなり、ついで大乗仏教もおこり、のちにひろく西域諸地方につたわった。ネパールにも大乗仏教、特に密教がつたわって、現在
18. アノーヤター(Anawrahta)
世界大百科事典
中部ビルマへ連行した。この遠征によってパガンに上座部仏教とモン文化とが伝えられ,密教的色彩の濃い既存の大乗仏教や部族神崇拝,竜神信仰を土台とする固有の信仰は衰退
19. 阿弥陀
世界大百科事典
が,阿弥陀はおそらくこの前半部amita(無限)の方言であろう(他にも説がある)。阿弥陀仏は大乗仏教の仏としてクシャーナ時代の初期(1~2世紀)に登場したらしい
20. あみだ【阿弥陀】
日本架空伝承人名事典
が、阿弥陀はおそらくこの前半部amita(無限)の方言であろう(他にも説がある)。阿弥陀仏は大乗仏教の仏としてクシャーナ時代の初期(一~二世紀)に登場したらしい
21. 阿弥陀経
世界大百科事典
阿弥陀仏信仰を説く大乗仏教経典の一つ。サンスクリット名スクハーバティービューハSukhāvatīvyūha(極楽の荘厳)。《大無量寿経》のサンスクリット名も同名
22. あみだにょらい【阿弥陀如来】
日本人名大辞典
大乗仏教の仏。西方の極楽浄土の教主で,生あるものすべてをすくう仏。日本には7世紀初めごろつたわる。念仏により浄土に往生できるという阿弥陀信仰が鎌倉時代にさかんに
23. 阿弥陀仏
日本大百科全書
大乗仏教における諸仏のなかでもっとも代表的な重要な仏。阿弥陀如来(にょらい)ともいい、略して「弥陀」ともいう。この仏の信仰を中心として成立したのが浄土(じょうど
24. 阿羅漢
日本大百科全書
仏とは区別して使われるようになった。これ以上学修すべきものがないので「無学(むがく)」ともいう。大乗仏教においては、阿羅漢は小乗の聖者をさし、大乗の求道者(菩薩
25. あらかん【阿羅漢】
国史大辞典
供(おうぐ)と訳される。原始仏教では仏の尊称で仏の十の称号(如来十号)の一つに数えられたが、大乗仏教が興ると小乗の声聞(しょうもん)と呼ばれる部類の人が到達する
26. アラカン国
世界大百科事典
ー遺跡出土のサンスクリット碑文によると,アラカン国では5~6世紀にはシバ神が,7~8世紀には大乗仏教が信仰されていた。当時の国王名はすべてチャンドラという名称で
27. アンコール踏査行 253ページ
東洋文庫
反映し、王が信奉する宗教に強く影響された。いつも諸宗が混在したが、だいたい初期はバラモン教、後期は大乗仏教の勢力がつよく、現代カンボジア人の宗教は、いわゆる南方
28. 安慧
日本大百科全書
インド大乗仏教瑜伽行(ゆがぎょう)派の学僧。サンスクリット名はスティラマティSthiramati。西インドのバラビー地方(現、グジャラート州内)において、同地の
29. 安慧
世界大百科事典
470?-550? インドの大乗仏教の学僧。一説に510-570年ころの人ともいう。瑜伽行唯識派(ゆがぎようゆいしきは)の所属で十大論師の一人。サンスクリット名
30. 十六夜日記(中世日記紀行集) 293ページ
日本古典文学全集
ぐったりして生気を失った感じ。前二回の経験から、三回目の発作が起りそうな予感がした日。『妙法蓮華経』。大乗仏教の代表的経典。八巻、二十八品。瘧病の全快を「おちる
31. 意識
世界大百科事典
識vijñāna〉という語が用いられ,それによって了別の働きや個性化の原理が意味されていた。大乗仏教の時代には,十二縁起のうちの〈識〉によっていっさいを説明しよ
32. 一乗
日本大百科全書
真の教えはただ一つであり、その教えによってすべてのものが等しく仏になると説くことをいう。この主張はインドの初期大乗仏教において成立したもので、とくに『法華経(ほ
33. いちぶつ‐じょうどう[‥ジャウダウ]【一仏成道】
日本国語大辞典
一仏がさとりを開くと、人間や動物をはじめ、山川や草木に至るまですべてがその徳により成仏するとする大乗仏教の教説。*謡曲・野守〔1435頃〕「土砂、山河、草木も、
34. いっさいきょう【一切経】
国史大辞典
仏教の聖典の編纂は、仏陀の入滅直後に始まり、その後幾回かの編纂会議を経て、経・律・論の三蔵が成立した。しかし、大乗仏教になると、従来の三蔵を小乗の聖典とみなし、
35. 一心
日本大百科全書
万有の事象の基底にある絶対的真実を一心と考えてよい。仏教の最初期の文献には、このような意味の一心はなかったが、大乗仏教の文献に頻繁にみられるようになった。そこで
36. インド画像
世界大百科事典
建設した(~3世紀初め)。クシャーナ朝は漢とローマを結ぶ東西交通路の中央をおさえて繁栄し,またこの王朝のもとで大乗仏教の確立とガンダーラ美術の開花とがみられた。
37. インド音楽画像
日本大百科全書
前3世紀のアショカ王の時代は小乗仏教で、戒律により音楽、舞踊は遠ざけられていたが、紀元後に北インドを中心に大乗仏教が発展するに及んで、音楽と舞踊は供養の一部とし
38. インド教 49ページ
文庫クセジュ
インド教の名残が見られる。しかしながら上座部(Theravādin)仏教はインド教と同時に「大乗仏教」に代わった。過去のサンスクリット語の碑銘だけがインドの受け
39. インドシナ
世界大百科事典
ナの上座部仏教化の波は東漸してスコータイにタイ人の仏教王国が建設される。かつてヒンドゥー教,大乗仏教文化の華を咲かせたカンボジアのアンコールにおいてさえ,14世
40. インドシナ問題
日本大百科全書
く、西側では仏教(小乗仏教・上座部(じょうざぶ)仏教)への信仰があつく、東側では儒教、道教、大乗仏教、ヒンドゥー教などが信仰されている。タイには王朝政治、ミャン
41. インド哲学
日本大百科全書
 大乗経典中『般若経』は空(くう)を強調するが、龍樹(りゅうじゅ)(ナーガールジュナ)は空に大乗仏教の本質をみいだし、説一切有部の法実有論を徹底的に攻撃し、空こ
42. インド哲学
世界大百科事典
2派に分裂しており,それがさらに分裂し20の部派が成立したといわれる。前1~後2世紀ころには大乗仏教が興起し,多数の大乗経典が作成された。この時期は仏教が宗教界
43. いんどにおけるぶっきょうのはってん【インドにおける仏教の発展】 : 仏教
国史大辞典
ののちには、西北方から異民族の侵入がつづいたが、このような交流の影響をうけて民衆のあいだから大乗仏教Mahāyānaがおこった。これは民衆の宗教であり、諸仏・諸
44. インドネシア画像
世界大百科事典
ャワ期)の中心はジャワ島中部にあり,この地域には8~9世紀にかけてシャイレンドラ王国が栄え,大乗仏教(密教)のチャンディ建築が多く建てられた。これらの遺構はジョ
45. インドの哲学 53ページ
文庫クセジュ
a)におけるラーマ(Rāma)はともにヴィシュヌ神の化身で信仰の対象である。  仏教にも変化が起こった。大乗仏教(Mahāyāna)がだんだん仏教の古い伝統にと
46. インドの文学 81ページ
文庫クセジュ
インドの原典がこれらの外国語訳を通してのみ再建される場合もある。これらの全体は北方仏教ないしマハー・ヤーナ(大乗仏教)と呼ばれ、セイロンの南方仏教の伝統と対照的
47. 宇宙画像
世界大百科事典
の現れである。三浦 国雄 仏教の宇宙観 仏教の宇宙観は二つに分けることができよう。小乗仏教と大乗仏教のそれである。前者は須弥山宇宙観と呼ばれるもので,素朴な実在
48. うてん【于闐】
仏教語大辞典
中国漢代の西域の地。今の新疆省天山南路のホータン(和闐)。シルクロードの要地として繁栄した。古くから大乗仏教が行われ、中国に渡来した経典はほぼこの地を経由したも
49. うばそくかいきょう[ウバソクカイキャウ]【優婆塞戒経】
日本国語大辞典
大乗経典の一つ。曇無讖(どんむしん)が四二六年に漢訳。大乗仏教の在家信者の守るべき戒律を説く。養生経。
50. うよ‐ねはん【有余涅槃】
日本国語大辞典
て残っていることをさし、死によって無余涅槃に至るとし、これを灰身滅智(けしんめっち)という。大乗仏教では、この世の生死の因が尽きることをいい、生死の果てが尽きて
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鎌倉仏教は新仏教の成立と南都仏教の復興に分けて論ぜられる。新仏教は法然の浄土宗、親鸞の浄土真宗、一遍の時宗、栄西の臨済宗、道元の曹洞宗、日蓮の日蓮宗であるが、その成立の原因については仏教思想の変遷を主軸とする研究と、社会・経済の変遷に即して見る研究と
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