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ジャパンナレッジで閲覧できる『華厳宗』の辞書・事典・叢書別サンプルページ

国史大辞典・世界大百科事典

国史大辞典
華厳宗
けごんしゅう
南都六宗・日本八宗の一つで、『大方広仏華厳経』(『華厳経』)を所依とする宗派。賢首宗ともいう。本山は奈良市雑司町東大寺。『華厳経』は釈尊成道の第二日目に覚りの教理を開陳したものといわれ、インドにおいては竜樹が『十地論』を作って華厳教理を流布し、中国にあっては仏陀跋陀羅(ブッダバドラ)が六十巻本、実叉難陀(シクシャーナンダ)が八十巻本(新訳)、般若三蔵が四十巻本の『華厳経』を漢訳し、この間多くの学僧が輩出して教理の研究が行われた。すなわち釈尊一代の教を五教十宗に分類し、『華厳経』を最も勝れたものと判定し、十玄門・六相円融の教義を以て、事々無礙・法界縁起の宇宙論を立てた。森羅万象、一見無関係と思われるものでも、互いに相即相入し、円融無礙の相関関係にありとする宗義は、初唐の杜順(法順)・智儼を経て、弟子の法蔵に至って大成し、法蔵をもって中国華厳宗の始祖とする。法蔵は華厳に造詣が深く『華厳経探玄記』『華厳五教章』の大著をはじめ、則天武后のために『華厳金師子章』を著わし、実叉難陀を援けて『八十華厳経』の漢訳を完成し、長安・洛陽にも華厳寺を創建した。武后より賢首大師の号を贈られ、華厳和尚・香象大師とも称せられた。その後澄観・宗密が出で、杜順・智儼・法蔵・澄観・宗密の五人が世に華厳五祖と称せられる。宗密は『禅源諸詮集』の大著で有名で、禅教一致、華厳禅の提唱で知られる。初唐の華厳宗の隆昌は新羅国にも影響を及ぼした。中でも義湘は智儼に華厳を学び、新羅に帰国して元暁とともに華厳宗の流布宣揚につとめ、新羅華厳の創立に大きな足跡をのこした。義湘には『華厳一乗法界図』、元暁には『華厳経疏』『起信論疏』などがあり、法蔵の弟子勝詮も新羅に帰国して宣揚につとめた。奈良時代のわが国華厳教理の研究に新羅華厳は多大の影響を与えたことが注目される。唐・新羅における華厳宗の隆昌は遣唐使・遣新羅使や留学僧によって、わが国にも伝えられ、旧訳の『華厳経』(六十巻本)は早く伝えられていたらしい。新訳の『八十華厳経』は養老二年(七一八)十二月に入唐留学より帰国した道慈により請来されたらしく、同六年十一月の元明天皇の一周忌に書写供養に充てられ、天平八年(七三六)五月に唐僧道〓華厳宗の章疏類を伝えた。同十二年二月に聖武天皇・光明皇后は河内国智識寺にて盧舎那仏像を拝し、同年金鐘山寺の良弁はかつて新羅に留学した大安寺審詳を講師とし、慈訓・鏡忍らを複師にむかえて、『華厳経』(旧訳)の講経を行い、三ヵ年で終講し、以後は後年華厳講師ともいわれた慈訓らが講師となり続行された。いわゆる「知識華厳別供」と称せられたもので、日本の華厳宗では審詳を始祖、良弁を檀主としている。盧舎那大仏の造立は華厳隆昌をもたらし、天平勝宝元年(七四九)閏五月には産金の瑞祥による官大寺への施物の詔に「以〓華厳経〓〓本」とあり、諸大寺での該経転読が指示され、六宗の一つとしてこのころ華厳宗が成立した。華厳教主盧舎那大仏を本尊とした東大寺、華厳院をもった大安寺では以後華厳宗が盛んであったが、平安時代には法相・三論あるいは真言・天台宗に圧倒されて宗勢は衰退したが、天長七年(八三〇)には六本宗書の一つである『華厳一乗開心論』を著述して淳和天皇の請に応じた普機が出で、仁寿元年(八五一)六月に没した道雄は、もと空海の高弟の一人であったが、長歳に華厳を学び、山城国乙訓郡に海印寺を創建した。天暦元年(九四七)に至って光智は東大寺内に尊勝院を創建して御願寺となり、華厳宗の本所として華厳の学僧の育成につとめ、華厳宗の復興を計った。光智の門流には二流が生まれ、一つは尊勝院を中心とする東大寺華厳(本寺華厳)、もう一つは洛西の栂尾高山寺華厳である。鎌倉時代の東大寺復興期には、尊勝院の再建と教学復興にあたった弁暁や、宗性・凝然がおり、中でも凝然は『探玄記洞幽鈔』『五教章通路記』をはじめ、『三国仏法伝通縁起』などを著作して、華厳宗の興隆につとめた。その高足のうち禅爾・湛睿は和泉国久米田寺・鎌倉称名寺においてそれぞれ華厳宗の宣揚につとめた。室町時代には入明して、明の太宗に『華厳経』を説き、普一国師の号をおくられた志玉が輩出している。高山寺系では平安時代末から鎌倉時代に及んで、良覚・景雅が出で、景雅の門に明恵(高弁)が輩出した。建久の初め尊勝院聖詮にも華厳を学び、神護寺の別院を再興して高山寺とし、『華厳唯心義』などを著わすとともに華厳興隆の寺とした。室町時代中期以降両流とも振るわず、江戸時代に至って鳳潭(僧濬)が華厳宗の復興を計り、宝永年間(一七〇四―一一)に江戸の大聖寺で華厳を講じ、享保八年(一七二三)に山城国松尾に華厳寺を建て、『華厳五教章匡真鈔』『起信論義記幻虎録』など多くの章疏を述作し、華厳宗の宣揚につとめた。廃仏毀釈と廃藩置県により東大寺は明治五年(一八七二)九月に浄土宗知恩院派の所轄に入り、同十九年六月に独立して華厳宗本山となり、東大寺住職(別当)が華厳宗管長を兼ねるに至った。
[参考文献]
『三国仏法伝通縁起』(『大日本仏教全書』)、『東大寺続要録』
(堀池 春峰)


改訂新版 世界大百科事典
華厳宗
けごんしゅう

《華厳経》を所依とする仏教の一派。

中国

中国では5世紀の初めに,覚賢が訳出した60巻本《華厳経》を読誦し,供養することによって,霊験を求める民俗信仰にはじまる。南北朝より隋・唐にかけて,終南山至相寺を中心に,初祖杜順,2祖智儼,3祖法蔵の伝統を確立し,五教十宗の教学体系と,独自の実践,結社の組織化を完成する。天台の実相論に対し,〈一即一切,一切即一〉の縁起を説き,〈縁来れば生ず,縁去れば滅す〉という従来の縁起に対し,〈縁来るも生ぜず,縁去るも滅せず〉という絶対実在の性起を主張する。とくに唐代以後,実叉難陀の80巻本《華厳経》と,般若の〈入法界品〉を合わせて,教義の深化を見ると共に,4祖澄観,5祖宗密が,天台・戒律・禅の思想を総合し,のちに宋学に影響するほか,古くより朝鮮,日本に伝わって,それぞれの民族文化の開花を導いた。
[柳田 聖山]

朝鮮

中国における華厳隆昌の動向は,新羅や日本にも多大の影響を与えた。法蔵の兄弟子に当たる新羅の義湘は,帰国すると慶尚北道大伯山に浮石寺を建て,あるいは元暁などと全羅南道の華厳寺で,当宗の布教や著述に専念した。両者は新羅華厳の基をひらいた学僧として著名である。11世紀中期には高麗の皇子義天も宋より帰国し,華厳・天台などの興隆につとめた。

日本

日本では華厳宗は八宗および南都六宗の一つである。新羅華厳の隆昌は日本にも影響を与え,入新羅留学僧などにより,旧訳の60巻本の《華厳経》が伝えられ,新訳の80巻本は,道慈(大安寺)により請来されたし,736年(天平8)の遣唐船で来日した唐僧道璿(どうせん)によりもたらされた。教理の研究は740年に金鐘寺(東大寺の前身)において良弁が新羅で華厳を学んだ大安寺の審祥を講師とし,慈訓,鏡忍を複師として開始し,大仏造顕の教理の基を開いた。749年(天平勝宝1)には15大寺に対して〈華厳を以て本と為す〉の勅旨が示され,752年4月には大仏開眼供養会が行われた。奈良時代には東大寺,大安寺,薬師寺,西大寺などに華厳専攻の学僧が止住し研究に当たったが,政治社会の動向で衰退していった。819年(弘仁10)に道雄は山城国に海印寺を建て,955年(天暦9)に光智は東大寺に尊勝院を創建し,華厳宗の本所とし,宗の復興宣布に務めた。12世紀末には景雅,弁暁が出て,弁暁は当院の再興を図るとともに,その門下より明恵,さらに宗性,凝然などの学僧が輩出した。しかし以後宗風は振るわず,江戸時代中期に鳳潭や普寂が復興を図った。明治維新に際し,東大寺は1873年に浄土宗に属し,1886年に華厳宗大本山として独立,現在に至っている。
[堀池 春峰]

[索引語]
華厳経 尊勝院 弁暁
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検索コンテンツ
1. 華厳宗画像
日本大百科全書
その地論宗の教義が華厳宗成立の学問的基礎となった。 一方、『華厳経』を信仰するグループもつくられ、華厳宗成立の基盤が成熟した。そこに現れたのが神秘を現ずる杜順で
2. 華厳宗
世界大百科事典
11世紀中期には高麗の皇子義天も宋より帰国し,華厳・天台などの興隆につとめた。 日本 日本では華厳宗は八宗および南都六宗の一つである。新羅華厳の隆昌は日本にも影
3. けごん‐しゅう【華厳宗】
日本国語大辞典
所謂小乗教始教終経頓教円教是也」*歩船鈔〔1362〕本「華厳宗の心は、五教をたてて一切の仏教を摂す」*七十一番職人歌合〔1500頃か〕六九番「華厳宗 御えいぐの
4. けごんしゅう【華厳宗】
国史大辞典
述作し、華厳宗の宣揚につとめた。廃仏毀釈と廃藩置県により東大寺は明治五年(一八七二)九月に浄土宗知恩院派の所轄に入り、同十九年六月に独立して華厳宗本山となり、東
5. 華嚴宗(けごんしゅう)【篇】
古事類苑
宗教部 洋巻 第1巻 500ページ
6. 【華厳(嚴)宗】けごんしゅう
新選漢和辞典Web版
《仏教》仏教の一派。「華厳経」の主旨を教えの根本とした宗派。わが国では東大寺を本山とする。
7. Kegon sect 【華厳宗】
Encyclopedia of Japan
One of the schools that flourished in the early centuries of Japanese Buddhism a
8. 華嚴宗寺院數 (見出し語:華嚴宗【篇】)
古事類苑
宗教部 洋巻 第3巻 10ページ
9. 華厳宗/略系図[百科マルチメディア]画像
日本大百科全書
©Shogakukan
10. 華厳宗祖師絵伝
日本大百科全書
絵巻。6巻。国宝。京都・高山寺蔵。新羅しらぎ国(朝鮮)華厳宗の祖師義湘ぎしょう・元暁がんぎょう両大師の伝記を描いたもので、『華厳縁起』ともよばれている。義湘・元
11. けごんしゅうそしえでん[ケゴンシュウソシヱデン]【華厳宗祖師絵伝】
日本国語大辞典
「けごんえんぎ(華厳縁起)」に同じ。
12. けごんしゅうそしえでん【華厳宗祖師絵伝】
国史大辞典
華厳宗の祖師、義湘と元暁の伝記を描いた絵巻。『華厳縁起』ともいう。六巻。鎌倉時代初期の制作。京都高山寺蔵。国宝。京都栂尾の高山寺を開いた明恵上人は華厳宗を興隆
13. 華厳宗決(著作ID:2481176)
新日本古典籍データベース
けごんしゅうけつ 仏教 
14. 華厳宗祖師伝(著作ID:2481392)
新日本古典籍データベース
けごんしゅうそしでん 宗性(そうせい) 仏教 
15. 華厳宗判教玄叙(著作ID:77747)
新日本古典籍データベース
けごんしゅうはんきょうげんじょ 仏教 
16. 華厳宗要抄(著作ID:332230)
新日本古典籍データベース
けごんしゅうようしょう 仏教 
17. 華厳法界義鏡(著作ID:24691)
新日本古典籍データベース
けごんほっかいぎきょう 華厳宗要 凝然(ぎょうねん) 仏教 
18. 良辨弘華嚴宗 (見出し語:良辨)
古事類苑
宗教部 洋巻 第1巻 514ページ
19. き【基】(Jī)
世界人名大辞典
の宗を掲げるものは全盛を極めたが,玄奘滅後,法相宗の掲げる三時教判,五性各別説などに対して,華厳宗や天台宗などから批判がなされ,法相宗の教勢は次第に衰退していっ
20. しせん【子璿】(Zǐxuán)
世界人名大辞典
(嘉興)の霊光寺で法敏に《華厳経》を学んだ.後に琅邪の慧覚のもとで悟りを得,慧覚に勧められて華厳宗の復興に励んだ.雍熙年間[984-87]の初めに,長水(嘉興)
21. しゅうみつ【宗密】(Zōngmì)
世界人名大辞典
諡号:定慧禅師〔780[建中1]~841[会昌1]〕 中国唐代の仏僧,華厳思想家.「すみつ」とも読む.中国華厳宗の第五祖.果州西充(現,四川西充)の出身で,俗姓
22. じょうげん【浄源】(Jìngyuán)
世界人名大辞典
字:伯長 号:潜叟 別名:晋水法師〔1011[大中祥符4]~88[元祐3]〕 中国北宋の仏僧.華厳宗の中興者.晋江(現,福建晋江)の出身で,俗姓は楊氏.五台山で
23. ぞくほう【続法】(Xùfǎ)
世界人名大辞典
 字:柏亭 号:灌頂〔1641[崇徳6]~1728[雍正6]〕 中国清代の仏僧,華厳宗の中興者.仁和(現,浙江杭州)の出身で,俗姓は沈氏.徳水明源に華厳教義を受
24. たんねん【湛然】(Zhànrán)
世界人名大辞典
浙江紹興)の曇一に律を学び,呉郡(江蘇蘇州)の開元寺で《摩訶止観》を講義した.玄朗の没後は,華厳宗,法相宗,禅宗などに対抗して,大いに天台教観を鼓吹,天台宗の中
25. ちごん【智儼】(Zhìyǎn)
世界人名大辞典
至相〔602[仁寿2]~68[乾封3]〕 中国隋-唐代の仏僧.中国華厳宗の第二祖で,同宗の実質的な確立者.天水(現,甘粛)の出身で,俗姓は趙氏.12歳の時に杜
26. ちょうかん【澄観】(Chéngguān)
世界人名大辞典
字:大休 勅号:清涼国師〔738[開元26]~839[開成4]〕 中国唐代の仏僧,華厳思想家.中国華厳宗の第四祖.越州山陰(現,浙江紹興)の出身で,俗姓は夏侯氏
27. じゅん【杜順】(Dù Shùn)
世界人名大辞典
 別名:法順 諡号:帝心〔557[孝閔帝1]~640[貞観14]〕 中国隋-唐代の仏僧,華厳宗の初祖.雍州(現,陝西西安)の出身で,俗姓は杜氏.18歳で出家し,
28. ぶっだばっだら【仏駄跋陀羅】(Fótuóbátuóluó)
世界人名大辞典
寺に止住[413:義熙9].《摩訶僧祇律, 40巻》を法顕(ほっけん)とともに訳し,隋,唐の華厳宗の所依の経典となる《大方広華厳経, 60巻》も訳出.
29. ほうぞう【法蔵】(Fǎzàng)
世界人名大辞典
康蔵法師〔643[貞観17]~712[太極1]〕 中国唐代の仏僧,華厳思想家.中国華厳宗の第三祖.先祖は康居国(サマルカンド)の出身で,俗姓は康氏.若くして洛
30. あずちのしゅうろん【安土宗論】
国史大辞典
各四人が左右に対坐し、南禅寺の鉄叟景秀とその伴僧の華渓正稷、たまたま安土に来ていた因果居士(華厳宗の学者か)・法隆寺の仙覚坊(法相宗の学僧)の四人を判者とし、十
31. 安倍文殊院画像
日本大百科全書
格本山。当院は安倍倉橋磨呂くらはしまろ(阿倍内麻呂)の創建といわれ、もと安倍寺崇敬寺と称し、華厳宗と真言宗を擁していた。盛時には法隆寺式伽藍がらん配置の壮大さで
32. あべ‐もんじゅいん[‥モンジュヰン]【安倍文殊院・阿部文殊院】
日本国語大辞典
奈良県桜井市阿部にある華厳宗の寺。山号は安倍山。大化年間(六四五~六五〇)阿倍倉梯麻呂の創建。本尊の文殊菩薩は知恵授けの文殊として著名。日本三大文殊の一つ。安部
33. あべもんじゅいん【安倍文殊院】奈良県:桜井市/安倍・多武峯地区/阿部村
日本歴史地名大系
[現]桜井市大字阿部 安倍山崇敬寺文殊院と号し、華厳宗。法人名は文殊院。崇敬寺・安倍寺ともいう。本尊文殊菩薩は「和漢名数」に「本朝三文殊大士、奥州永井、丹州切戸
34. 阿弥陀寺
世界大百科事典
く衰運に傾いていった。江戸時代前期寛文年間(1661-73)に毛利氏の後援により再興された。華厳宗(真言宗御室派兼宗)。永村 真 華宮山 重源
35. あみだじ【阿弥陀寺】山口県:防府市/牟礼村
日本歴史地名大系
[現]防府市大字牟礼 坂本 大平山の西麓、牟礼平野の北奥の地にあり、華厳宗、華宮山と号し、本尊阿弥陀如来。東大寺再建にあたり、その大勧進職として周防に下った俊乗
36. 有田川[町]
世界大百科事典
キュウリの抑制栽培が行われる。北東部の生石ヶ峰一帯は生石高原県立自然公園に属する。鎌倉前期の華厳宗の高僧明恵の誕生地で,明恵が草庵を結んだ明恵上人筏立遺跡,明恵
37. ありだぐん【有田郡】和歌山県
日本歴史地名大系
最後にしだいに凋落し、南朝、次いで後南朝方の一勢力として余影をとどめるにすぎなくなる。鎌倉時代前期、華厳宗の高僧で山城国栂尾高山寺の再興者として著名な明恵高弁は
38. あんねん【安然】画像
国史大辞典
仏一代の教法を分類位置づけること)を立てた。その教判は真言宗、仏心宗(禅宗のこと)、法華宗、華厳宗の順位であるが、真言宗といっても空海の開いた真言宗ではなく、安
39. いい‐じょうぶつ【位位成仏】
仏教語大辞典
菩薩の修行階位のそれぞれにおいて成仏がえられること。 華厳宗要義 第六 「因人成就一法果海即顕位位成仏」
40. いいんじ【為因寺】京都市:右京区/善妙寺村地図
日本歴史地名大系
善妙寺は高山寺(現右京区)の別院で、貞応二年(一二二三)に禅恵を開基として建立。明恵が再興した時の高山寺と同じ華厳宗で、善妙明神を守護神として祀る(高山寺縁起・
41. いけのしょう【池庄】滋賀県:愛知郡/湖東町/池庄村
日本歴史地名大系
良大安寺領庄園。建長年間(一二四九―五六)と推定される鯰江庄百姓等申状(東大寺所蔵建治元年跋華厳宗香薫抄草裏文書)に「大安寺御領池庄」とみえ、隣庄の奈良興福寺領
42. 石山寺
世界大百科事典
そののち平安時代,醍醐寺を開創した聖宝(しようぼう)が初代の座主(ざす)になって,当寺はこれまでの東大寺末の華厳宗の寺から,真言密教の寺院となった。このころすで
43. いずのくに【伊豆国】静岡県
日本歴史地名大系
、かつ山城国乙訓郡海印寺(現京都市長岡京市、九世紀半ばに権少僧都道雄が鎮護国家のため建立した華厳宗道場)の別院となった大興寺(「文徳実録」斉衡二年九月二八日条)
44. い‐そう[‥サウ]【異相】
日本国語大辞典
三世にわたって生滅変化させるものを生、往、異、滅と分けた、その一つ。異。現在の位で変異させるものをいう。(ハ)華厳宗で説く六相円融の教義に見える六相(総相・別相
45. いちいん‐まんか【一因満果】
仏教語大辞典
一切の存在は清浄心を本源として生じたものであって、清浄心は一切に遍満することをいう。 華厳宗要義 第六 「一因満果、遍通普周」
46. 一乗
世界大百科事典
明らかにしたので有名。これを《法華経》の〈一乗開会(かいえ)〉という。中国唐代以来,天台宗・華厳宗と法相宗との間で,三乗・一乗の方便・真実を争う議論がくりかえさ
47. いちじょう‐いっさいじょう[イチジャウイッサイジャウ]【一成一切成】
日本国語大辞典
〔名〕仏語。華厳宗(けごんしゅう)の説く教えで、ある一つのものが完成するとき、一切すべてのものが完成し、一人が成仏するとき、一切の人が成仏するということ。*華厳
48. いちじょう‐いっさいじょう【一成一切成】
仏教語大辞典
華厳宗の説く教えで、ある一つのものが完成するとき、一切すべてのものが完成し、一人が成仏するとき、一切の人が成仏するということ。 天台法華宗義集 教門四教義 「譬
49. いちじょう‐えんぎょう【一乗円教】
仏教語大辞典
一乗円融の教え。『法華経』『華厳経』の教えをさす。 華厳宗要義 第三 「五一乗円教。華厳一乗四種法界、事事無碍、円明自在、具徳無尽、主伴具足、帝網重重、如是等也
50. いちじょう‐ふき【一乗普機】
仏教語大辞典
一乗真実の完全な教えを理解し、修行できる人。 →普機 華厳宗要義 第一 「此経必為一乗普機演説一切円極普法」
「華厳宗」の情報だけではなく、「華厳宗」に関するさまざまな情報も同時に調べることができるため、幅広い視点から知ることができます。
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極楽浄土にいて衆生を救済するとされる仏。弥陀とも略称される。《無量寿経》によれば,過去世に法蔵比丘が世自在王如来のもとで四十八の誓願をたて,長期間の修行を果たし,現在では阿弥陀仏となり,極楽浄土の主となって,その浄土へ往生を願う衆生を摂取するという
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