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ジャパンナレッジで閲覧できる『白川庄・白川郷』の辞書・事典・叢書別サンプルページ

日本歴史地名大系

日本歴史地名大系
白川庄・白川郷
しらかわのしよう・しらかわごう

北流するしよう川の上流域、現荘川村と白川村を中心とする地域は白川郷と総称される。標高一〇〇〇―二〇〇〇メートル級の山々に囲まれ、狭隘な渓谷に集落が点在する。白川の名称は、白山の白水しらみず谷に源を発して庄川に流入する大白おおしら川の水が、常に白濁していることによるという(斐太後風土記)。平治元年(一一五九)一二月五日の藤原太子解(兵範記裏文書)に「白川御庄」がみえ、大宮右大臣(藤原俊家)家領で、娘の一条殿(藤原師通の妻全子)に譲られた。預所職は俊家より静暹の父に与えられ、子の静暹に伝えられた。したがって俊家の所持したのは領家職で、本家は摂関家と推定される。平治の乱により預所職は国司(源季長か)によって収公されたため、静暹の娘藤原太子が返還を大殿下(前関白藤原忠通、師通・全子の孫)に訴えている。安元二年(一一七六)一〇月二二日、関白藤原基房(忠通の子)白川郷を藤原頼実に与えた(玉葉)

室町時代末期になると、中野なかのにあった照蓮しようれん(現高山市高山別院)を中心に浄土真宗が教線を拡大し、門徒に下付された方便法身尊像に白川善俊門徒・白川照蓮寺・白川郷が多くみられる。蓮光れんこう(現白川村)の明応三年(一四九四)一月一八日本願寺実如下付の方便法身尊像裏書に「白川郷荻町」、同じく宝蔵ほうぞう寺の文亀元年(一五〇一)三月八日付方便法身尊像裏書に「白川郷新淵村」とあるほか、黒谷くろだに三尾河みおご・中野、はと飯島いいじま(現白川村)などが白川郷を冠して記される。近世には元禄飛騨国検地反歩帳に載る四二ヵ村が白川郷に含まれ、幕末まで変わらなかった。



地図・資料
旧郡界図[「岐阜県(旧郡域・現郡市町村域対照図)」(PDF)
自然地名と道筋「岐阜県のおもな自然地名と道筋」(PDF)
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検索コンテンツ
1. 白川郷画像
日本大百科全書
結ぶ国道156号が整備され、石川県に通ずる白山スーパー林道(現在は白山白川郷ホワイトロード)も建設された。さらに東海北陸自動車道の白川郷、荘川の両インターチェン
2. 白川郷
世界大百科事典
近年はスキー場やゴルフ場クアハウスなども開設され,林業地から観光地への転換が進んでいる。1995年〈白川郷・五箇山の合掌造り集落〉として世界文化遺産に登録された
3. しらかわ‐ごう[しらかはガウ]【白川郷】
日本国語大辞典
岐阜県北西部、庄川上流の地帯をいう。長い間、焼畑農業と養蚕業を中心とする孤立した生活を営み、明治時代まで大家族制度を残していた。切妻合掌(きりづまがっしょう)造
4. しらかわごう【白川郷】宮城県:陸奥国/宮城郡
日本歴史地名大系
「和名抄」諸本とも訓を欠く。「日本地理志料」では「志良加波」と読み、田子・岡田・蒲生・福室(現仙台市)などにわたる地とする。「大日本地名辞書」では広瀬・大沢(現
5. しらかわごう【白川郷】宮城県:陸奥国/黒川郡
日本歴史地名大系
「和名抄」諸本とも訓を欠く。「日本地理志料」では大松沢・石原(現大郷町)、桧和田・松坂・相川・蒜袋・舞野(現大和町)などにわたる地とし、粕川村(現大郷町)がその
6. しらかわごう【白川郷】福島県:陸奥国/白河郡
日本歴史地名大系
り、郡衙は郡の中心郷である白川郷に置くのが通常である。出土遺物中に「白」字の墨書土器三一点・三四字がある。白は白河・白川の略称・略記であるから、関和久周辺の地を
7. しらかわごう【白川郷】茨城県:常陸国/茨城郡
日本歴史地名大系
「和名抄」に「白川」と記され、訓を欠く。「新編常陸国誌」に「按ズルニ、白河ノ地名、今亡ビテ其地詳ナラザレドモ、遊方名所略ヲ考フルニ、本郡ニ白河ト云ヘル川アリ」と
8. しらかわのしょう・しらかわごう【白川庄・白川郷】岐阜県:大野郡/荘川村
日本歴史地名大系
方便法身尊像裏書に「白川郷新淵村」とあるほか、黒谷・三尾河・中野、鳩ヶ谷・飯島(現白川村)などが白川郷を冠して記される。近世には元禄飛騨国検地反歩帳に載る四二ヵ
9. しらかわごう【白川郷】[標準語索引]
日本方言大辞典
しらかわごう:白川郷の北部地方やまが
10. 相倉集落(あいのくらしゅうらく)[イミダス編 文化・スポーツ]
イミダス 2018
1995年12月には同じく五箇山地区にある菅沼集落、及び岐阜県大野郡白川村の荻町集落とともに「白川郷・五箇山の合掌造り集落」として、ユネスコの世界文化遺産に登録
11. あかぎ【赤木・赤城】
日本国語大辞典
一つ。信濃国筑摩郡赤木郷を本貫地とした中世の武士。武蔵七党の秩父氏の流れをくみ、はじめ筑摩郡白川郷に居を構えた忠兼は、白川氏を称したが、その三男親忠が同郡内の赤
12. 秋山記行・夜職草 18ページ
東洋文庫
あらず。元来日本の土地の気にて起る病にもあらざる証拠は、信濃国木曾の御嶽、同国秋山郷、飛騨の白川郷、美濃の岩村領、伊豆の八丈島、越後の妻有庄、紀伊の熊野、周防の
13. あらぶちむら【新淵村】岐阜県:大野郡/荘川村
日本歴史地名大系
昔ここに天台宗の寺があったとき十王堂淵と称したためと伝える。宝蔵寺の文亀元年(一五〇一)実如下付の本尊裏書に「白川郷新淵村願主釈道悦」とみえる。元禄飛騨国検地反
14. あんにょうじ【安養寺】岐阜県:郡上郡/八幡町/八幡町
日本歴史地名大系
天文元年(一五三二)八世了円の代に大島村野里(現同上)に移った後、天正(一五七三―九二)の初め飛騨白川郷へ移り、同三年再び野里へ帰った。一一世了誓の代に八幡城主
15. いいじまむら【飯島村】岐阜県:大野郡/白川村
日本歴史地名大系
[現]白川村飯島 庄川左岸にあり、北部の下田は枝村。白川街道が通り、鳩谷・荻町両村とともに白川郷の中心部にあり、古来大郷とよばれた地域(斐太後風土記)。東方対岸
16. 石川(県)画像
日本大百科全書
北陸本線の金沢―直江津間は第三セクターに移管され、石川県部分はIRいしかわ鉄道となった。白山麓では白山白川郷ホワイトロードが岐阜県に通じ、福井県への国道も整備さ
17. いっしきむら【一色村】岐阜県:大野郡/荘川村
日本歴史地名大系
庄川の支流一色川流域に開けた村。東は寺河戸村、南は鷲ヶ岳を境に美濃国郡上郡、西は庄川を挟んで惣則村。ツガ峠は白川郷と郡上郡を結ぶ重要な交通路であった。文明年中(
18. いまみちごえ【今道越】滋賀県:大津市/中部地域/山中村
日本歴史地名大系
結ぶ最短ルートとして、琵琶湖の水路と今道越を重視していたことがわかる。信長は同三年二月、今道の京都側の修復を白川郷・吉田郷(現京都市左京区)、また近江側を山中郷
19. いわぜむら【岩瀬村】岐阜県:大野郡/荘川村
日本歴史地名大系
には家数一三・人数九六(「宗門改帳」高山別院照蓮寺蔵)。街道沿いにハカセガノとよぶ地があり、白川郷の毛坊主たちが住んでいたと伝える(荘川村史)。枝村の下滝では文
20. うちがしま-うじまさ【内ケ島氏理】
日本人名大辞典
?−1586* 戦国-織豊時代の武将。飛騨(ひだ)(岐阜県)白川郷帰雲城主。天正(てんしょう)13年豊臣秀吉の家臣金森長近に攻められ降伏してゆるされたが,同年1
21. 越中五箇山菅沼集落[百科マルチメディア]画像
日本大百科全書
の製造、養蚕の遺構としても貴重である。国指定史跡 重要伝統的建造物群保存地区 世界文化遺産「白川郷・五箇山の合掌造り集落」の一部(1995年登録) 富山県南砺な
22. えま-みえこ【江馬三枝子】
日本人名大辞典
昭和9年思想弾圧をさけて夫の故郷岐阜県高山にうつる。柳田国男に師事し,10年雑誌「ひだびと」を創刊,白川郷を調査,紹介した。昭和58年5月10日死去。80歳。北
23. 椀飯振舞
日本大百科全書
戚しんせきが年頭に際して本家の当主のもとに集まり供応を受けるのをさすようになった。飛騨ひだの白川郷では、毎年正月3日に各戸から名主の宅へ祝いの初穂と称する鏡餅か
24. おおくぼむら【大窪村】富山県:氷見市
日本歴史地名大系
小境の大栄寺鐘楼門をはじめ、能州鹿島郡や鳳至郡・石川郡・珠洲郡のほか、遠く飛越国境近くの五箇山や飛騨国白川郷にも作例が残る。文化五年一月一五日金沢城二の丸より出
25. おおししやま【大獅子山】富山県:東礪波郡/上平村
日本歴史地名大系
さらに庄川の支流に沿う草谷をぬって西赤尾町村に至り、庄川の本流沿いに南下して飛騨白川郷(現岐阜県白川村)に通じる。五箇山や白川郷産の塩硝もこの道を通り、峠越えを
26. おおのぐん【大野郡】岐阜県
日本歴史地名大系
宝治年間(一二四七―四九)嘉念坊善俊が白川郷に留錫したのに始まるという。長享(一四八七―八九)頃には飯島(現白川村)の正蓮寺を中心に真宗教団の勢力が増大し、白川
27. おかみごうむら【尾上郷村】岐阜県:大野郡/荘川村
日本歴史地名大系
[現]荘川村尾上郷 庄川の支流尾上郷川の流域にあり、東は海上村、西と北は白山山系に囲まれ、両川の合流地点向いは白川郷尾神村(現白川村)。尾上郷川は海上谷・大シウ
28. おぎまちむら【荻町村】岐阜県:大野郡/白川村
日本歴史地名大系
越えて吉城郡小鷹利郷天生村(現河合村)にも通じた。白川郷中でも恵まれた土地柄で、「飛騨国中案内」に「平地にて地面も飯島・鳩谷両村同様の土地也、白川郷の内にて此三
29. おぜむら【小瀬村】富山県:東礪波郡/上平村
日本歴史地名大系
らの登りは牛になる。赤尾口留番所で役銀を払って通過した米・塩などが遠く飛騨高山までも送られ、白川郷(現白川村)の産物は小白川口と赤尾口の口留番所を通りこの峠を越
30. 落人伝説(おちゅうどでんせつ)
日本大百科全書
。有名なのは、かつて日本の三大秘境といわれた徳島県祖谷いや、熊本県五家荘ごかのしょう、岐阜県白川郷だが、瀬戸内海沿岸地方にも存在している。地元では、平家一族の子
31. 隠田集落
日本大百科全書
県)、米良めら荘、椎葉しいば(宮崎県)、祖谷いや(徳島県)、十津川郷とつかわごう(奈良県)、白川郷(岐阜県)、五箇山ごかやま(富山県)などはその代表である。明治
32. 隠田集落
世界大百科事典
,奈良県の十津川(とつかわ),富山県の五箇山(ごかやま)などの地域に含まれる山村や,岐阜県の白川郷は代表的な隠田集落とされている。山田 安彦 隠田百姓村 隠遁百
33. かえりくもじょうあと【帰雲城跡】岐阜県:大野郡/白川村/保木脇村
日本歴史地名大系
れる。白川郷は山岳地で守るに適するうえ北陸道の裏街道が通り、また産金地でもあった。内ヶ島氏は寛正(一四六〇―六六)頃向牧戸城(現荘川村)を構え、さらに帰雲城を築
34. かずらむら【加須良村】岐阜県:大野郡/白川村
日本歴史地名大系
東方加須良川下流は椿原村、西方峠越えで越中国桂村(現富山県東礪波郡上平村)。もとは加豆良と記し、白川郷内でも僻遠の地で住民は葛カズラ・藤カズラなどで布を織って生
35. かつらむら【桂村】富山県:東礪波郡/上平村
日本歴史地名大系
[現]上平村桂 庄川の支流境川の上流山間に位置し、対岸は飛騨国白川郷加須良村(現岐阜県白川村)。かつてはカズラともよび、この両カズラ村は一村のように共同体をつく
36. かなもりしげより【金森重頼】
国史大辞典
重頼は特に領内の鉱山開発に力を注ぎ、宮嶋平左衛門を飛騨西方半国の金山奉行に任命し、川上・小島・白川郷に鉱山十余ヵ所を開かせ、また金山師茂住宗貞に鉱脈を調査させ、
37. かみおどりむら【上小鳥村】岐阜県:大野郡/清見村
日本歴史地名大系
集落はここに集中する。夏厩から南進する高山街道は当村をさらに南進し、松ノ木峠(標高一一二八メートル)を越えて白川郷六厩村(現荘川村)に通ずる。弘誓寺の明応四年(
38. 上平画像
日本大百科全書
菅沼集落)は国指定史跡で、重要伝統的建造物群保存地区(歴史的街並保存地区)に選定され、また「白川郷・五箇山の合掌造り集落」として世界遺産(世界文化遺産)に登録さ
39. かみたいらむら【上平村】富山県:東礪波郡
日本歴史地名大系
天保一〇年(一八三九)以降は赤尾谷組。おもな道として福光からブナオ峠越で西赤尾町村に至り飛騨白川郷(現白川村)へ通じる道(通称西赤尾町道)と城端から小瀬峠を越え
40. 軽岡峠
日本大百科全書
岐阜県北部、高山市荘川しょうかわ町地区の東部にある峠。古くから高山と白川郷を結ぶ交通路(白川街道)にあたり、標高1149メートル。新緑と紅葉が美しく、北アルプス
41. 合掌造[百科マルチメディア]画像
日本大百科全書
高い切妻きりづま屋根と、採光のための明障子あかりしょうじが、独特な外観をみせる。世界文化遺産「白川郷・五箇山ごかやまの合掌造り集落」の一部(1995年登録) 岐
42. 木
世界大百科事典
され,またマンサク類はねじって薪やものを縛るねそとして用いられるが,とくに五箇山(富山県)・白川郷(岐阜県)の合掌造の骨組みの結合には最良の材料とされた。 樹木
43. きよみむら【清見村】岐阜県:大野郡
日本歴史地名大系
石余、田一九六石余・畑三一一石余、物成高一二六石余。同一八年郷帳では白川郷に所属する小鳥村高五〇〇石に含まれ、森茂村は白川郷に所属した。高山を起点に三日町を経て
44. ギド・ベール・ジャポン(ミシュラン・グリーンガイド・ジャポン)[イミダス編 文化・スポーツ]
イミダス 2018
姫路城(兵庫)、宮島(広島)、屋久島(鹿児島)、川平湾(沖縄・石垣島)、伊勢神宮(三重)、高山(岐阜)、白川郷(同)、五箇山(富山)、松島(宮城)イミダス編20
45. 岐阜[県]画像
世界大百科事典
家の重厚な町屋建築,豪華な屋台を繰り出す春秋の高山祭などの文化遺産,明治まで大家族制のあった白川郷の合掌造の民家などがその代表的なものである。高橋 百之+関根
46. 岐阜(県)画像
日本大百科全書
また正月には、のし餅もち、お鏡餅、花餅がつくられ、花餅は花のない正月を明るく飾るものである。飛騨の西部、白川郷には、かつて大家族集落が中切なかぎり地区(白川村)
47. くろかわぐん【黒川郡】宮城県
日本歴史地名大系
新田・白川・駅家の三郷から成立っている。新田郷は大和町・富谷町方面に比定され、白川郷は大郷町方面に比定される。駅家郷は新田郷と白川郷との中間の地とみられ、大和町
48. くろだにむら【黒谷村】岐阜県:大野郡/荘川村
日本歴史地名大系
南は寺河戸村、東は高山街道で三尾河村に続く。浄念寺の文亀二年(一五〇二)実如下付の方便法身尊像裏書に「白川郷黒谷願主釈浄念」とある。元禄飛騨国検地反歩帳に村名が
49. 下呂画像
日本大百科全書
文化財である。同地区には合掌村があり、旧大戸家住宅おおどけじゅうたく(国指定重要文化財)など白川郷から移築した民家が並び、紙漉すきなどの体験ができる工房がある。
50. こいわとむら【小岩戸村】茨城県:東茨城郡/美野里町
日本歴史地名大系
巴川の左岸に位置し、西南は川を隔てて堅倉村。塔ヶ塚古墳群・中峯古墳・鹿久保古墳など古墳が多い。古くは白川郷に属し、中世小鶴庄に入る。のち佐竹氏の支配下となり、慶
「白川庄・白川郷」の情報だけではなく、「白川庄・白川郷」に関するさまざまな情報も同時に調べることができるため、幅広い視点から知ることができます。
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[現]相川町宗徳町町部中心街約一・五キロ東方の標高一一〇メートルの山中の宗徳(そうとく)町にある。町北部へ注ぐ北沢(きたざわ)川上流の右(みぎ)沢と左沢の渓谷の間に突出た台地上で、東は白子(しらこ)嶺と青野(あおの)嶺、南は中山(なかやま)嶺
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