Rosa L.
植物としてのバラ
美しい花をつけ,また香料の原料ともなるバラは,バラ科バラ属Rosaの落葉または常緑の低木やつる性植物から育成されたもので,多数の観賞用園芸品種を含む。この属は約200種の野生種が知られる。茎葉にはとげが多く,互生する葉は通常,奇数羽状複葉,まれに単葉になり,托葉がある。花は茎頂に単生か散房状につき,花弁は5枚,園芸品種では重弁化するものが多い。おしべ,めしべともに多数。瘦果(そうか)は肉質の花床に包まれる。北半球の亜寒帯から熱帯山地にかけて分布し,日本にはノイバラ,テリハノイバラ,ヤマイバラ,タカネバラ,サンショウバラ,ナニワイバラ,ハマナスなど十数種が野生する。
昔の園芸種とその原種
ギリシア・ローマ時代には,西アジアからヨーロッパ域の野生バラや,それの自然交雑と推定される花の目だつ変り物がよく栽培されていた。この古典時代からルネサンス時代にかけて,主としてヨーロッパ南部で栽培されていたバラには次のような種がある。これらはすべて,雑種と断定あるいは推定されているもので,バラはその栽培の初めから複雑な起源をもった園芸植物である。
(1)ローザ・カニナR.canina L.(英名dog rose) 小葉は5~7枚。花は一重で花弁は5枚,花色は薄桃色から桃色。芳香がわずかにある。西アジアからヨーロッパに分布する。(2)ローザ・モスカータR.moschata Herr.(英名musk rose) つる性で,小葉は5~7枚。花は散房状花序に10~30個つく。花は白色の一重で,1日で散る。濃厚な香りがある。南ヨーロッパ,北アフリカに野生する。2n=14。(3)ローザ・センティフォリアR.centifolia L.(英名cabbage rose,Provence rose) 花は英名からもうかがえるように結球キャベツ状の重弁で,60弁以上の多数の花弁をもち,径5~6cmで,茎頂に単生するか2~3花つけ,普通ピンク色。雑種起源(R.bifera×R.alba)で,不稔の四倍体(2n=28)である。この突然変異の枝変りで,針状のとげがやや多く,萼や花托や小花梗に絨毛(じゆうもう)と刺毛とみつ腺の多い特異な形態をしたものをコケバラvar.muscosa Seringe(英名moss rose)と呼ぶ。これは1696年ごろ南フランスで発見され,当時,高価なものであった。(4)ダマスクバラR.damascena Miller(英名Damask rose) 小葉は5~7枚。花は散房状に多数つき,花弁も多数。花色は赤,ピンク。芳香がきわめて強烈で,香油成分に富み,香水の原料ともなる。自然雑種(R.gallica×R.phoenicia)から選抜されたものと考えられ,小アジア地域からヨーロッパには16世紀に導入された。2n=28。(5)ローザ・ガリカR.gallica L.(英名French rose) 直立性の灌木で,長い根茎がある。花は上向きに咲き,濃いピンクから深紅色。栽培されている系統は変異に富み,雑種起源ではないかと考えられている。7世紀になってイスラム教徒のヨーロッパ侵入とともに,西アジア地域からヨーロッパにもたらされたものと考えられている。
ルネサンス時代以降に導入されたバラ,現代のバラの原種
ルネサンス以降,主としてアジアの各地域からヨーロッパに導入された品種改良の原種とされたバラには,次のようなものがある。
(1)コウシンバラ(別名,長春花,長春,月季花)R.chinensis Jacq.(英名China rose,Bengal rose) 常緑または半常緑の灌木。とげは少ない。小葉は3~5枚。花は八重または半八重で,桃色または深紅色,まれに白色。四季咲性。中国西部に野生化している。2n=14,21,28。(2)ローザ・フォエティダR.foetida Herrm.(=R.lutea Mill.)(英名Austrian briar) 小葉は5~9枚。花は濃黄色で,単生する。イラン,イラク,アフガニスタン原産で,1542年ころヨーロッパに導入された。2n=14,28。花弁の表が鮮やかな朱色のものをvar.bicolor Willm.といい,これが後年,現在のバラの黄色,かば色,朱色,花弁の表裏変色のもととなった。(3)ローザ・オドラータR.odorata Sweet(英名tea rose) つる性または半つる性で,小葉は5~7枚で,照葉(てりは)。花は単生か2~3個頂生し,白色や淡いピンク色など。中国西部に点在し,交雑された種で,園芸品種と考えられる。1768年から1810年にかけてヨーロッパに入り,ティー・ローズの母種となった。2n=14。(4)ローザ・ギガンテアR.gigantea Collett et Hemsl. つる性で,花は乳白色または黄色。中国南西部に自生する。2n=14。(5)モッコウバラR.banksiae R.Br.(英名Bank's rose) 常緑のつる性で,とげは少ない。小葉は3~5枚。花は小輪で白か黄色。中国西部~中部に自生し,19世紀にヨーロッパに紹介された。2n=14。
以上の種のほかに,日本にも自生するノイバラの多花性と強健性,テリハノイバラのつる性と耐寒性,ハマナスの美しさなどが近代の品種改良におおいに貢献した。
ヨーロッパで育成されたバラの諸系統
ヨーロッパで育成されたバラの諸系統ヨーロッパではこれらの東洋の原種とヨーロッパ在来の系統との人工交雑で,数々の新系統がつくり出された。なかでもハイブリッド・パーペチュアル・ローズHybrid Perpetual Roseとティー・ローズTea Roseの系統が,19世紀後期から作り出され,最も重要な園芸バラの系統となった。ハイブリッド・パーペチュアル・ローズは,ハイブリッド・チャイナHybrid Chinaと呼ばれた四季咲性のコウシンバラ系とダマスクバラの自然交雑種や,コウシンバラ系とローザ・ガリカの交雑種,あるいはコウシンバラ系とダマスクバラの自然交雑によってできたブルボン・ローズBourbon Roseなど,さまざまな雑種起源系統がさらに育成された。性質はそれまで少なかった大輪咲きの多花性で,木は強健で,耐寒性や耐病性にすぐれ,春の一番咲きのあと,返り咲きもする品種が出たので,perpetual(四季咲性)と名付けられたが,実際は秋まで咲き続ける真の四季咲きではない。中国には古くからコウシンバラ系とローザ・ギガンテアの自然交雑種があり,これが18世紀にヨーロッパに渡った。四季咲性にすぐれ,中輪でやや房咲きではあるが,花色が多く,花型もよく,紅茶に似た香りをもつので,さらにヨーロッパ在来品種が交配され,ティー・ローズと名付けられた。1867年フランスのギヨーGuillotがティー・ローズとハイブリッド・パーペチュアル・ローズを交雑してラ・フランスLa Franceという品種を作り出した。これはティー・ローズの四季咲性とハイブリッド・パーペチュアル・ローズの大輪咲きと強健さをもっていたので,以後次々とティー・ローズとハイブリッド・パーペチュアル・ローズ,さらにローザ・フォエティダが交雑されるようになり,ハイブリッド・ティー・ローズHybrid Tea Roseと呼ばれるこれらの品種群は現代バラ(モダン・ローズ)の基本となった。また,1900年にフランスのペルネ・デュシェJ.Pernet-Ducherは黄バラのローザ・フォエティダの八重咲種とハイブリッド・パーペチュアル・ローズの一季咲大輪との人工交配によって濃黄あんず色の中大輪ソレイユ・ドールSoleil d'Orを作り出した。これ以後,この系統を親とする黄色,橙色,かば色,あんず色などの黄色系の花色をもつ品種群が生まれた。これらをペルネシアナ・ローズPernetiana Roseと呼ぶ。また,つる性のバラも19世紀後期に品種改良が進められた。1875年,ギヨーが東洋産のノイバラ系のものとコウシンバラ系のヒメバラR.chinensis var. minima Voss(英名fairy rose)との人工交配によって作った品種は,四季咲小輪房咲きの特徴をもっていた。この系統はポリアンサ・ローズPolyantha Roseと名付けられたが,きわめて多花性で耐病性がある。また北欧でも育つような耐寒性のある品種もあり,今日でも寒地でもてはやされている。
今日のバラのおもな系統
バラの栽培の歴史は古く,種々の原種が交配され,今日では1万をこえる品種が栽培されている。バラの国際登録局およびアメリカのバラ協会発行の《モダン・ローゼズⅧ》(1980)は,それまでに作り出された品種を45系統に分類しているが,これらの系統のうち今日栽培されているおもな系統はわずか数系統にすぎない。また各系統間の交配が頻繁に行われ,その中間のタイプが続出し,きれいに各系統に分けにくくなってきている。そのため最近では今までの系統にこだわらず,系統を大別してゆくことになった。(1)ブッシュ・タイプBush type(木バラ,株バラ,叢生(そうせい)バラ),(2)クライミング・タイプClimbing type(つるバラ),(3)シュラブ・タイプShrub type(木バラとつるバラの中間型)の3系統に分けられる。これらはさらにその花の大きさや花のつき方および植物体の特性によって系統分類されている。
(1)ブッシュ・タイプ このタイプは普通の栽培品種が最も多く,したがって系統も多い。(a)四季咲大輪系(ハイブリッド・ティー・ローズHybrid Tea Rose) 19世紀に,ティー・ローズとハイブリッド・パーペチュアル・ローズ,さらにローザ・フォエティダが交雑された品種群で,これにペルネシアナ・ローズの黄色系(カロチノイド色素系)の花色も導入された。ブッシュ・タイプの中心的系統で,本来は1茎に1花の大輪をつけるが,品種によっては1~数個の側蕾(そくらい)をつけるものもある。グランディフローラ・ローズGrandiflora Roseと称し,房咲きが後からすぐ続いて咲く系統も含まれている。花色,花型の多様性,強健,大輪などの点ですぐれ,現在の世界のバラ品種の6~7割がこの系統であり,品種数も最も多い。花壇用,切花用,鉢植用と用途も広い。(b)四季咲中輪房咲系(フロリバンダ・ローズFloribunda Rose) 1911年に,デンマークのポールゼンS.Poulsenがポリアンサ・ローズにハイブリッド・ティー・ローズを交雑して,耐寒性と四季咲性をもつ中輪房咲きの品種を作り出した。この系統はハイブリッド・ポリアンサ・ローズHybrid Polyantha Roseと名付けられた。その後,さらに改良が進み,花房は大きく,花弁も多く重ねられ,アメリカでフロリバンダ・ローズと呼ばれるようになった。1茎に数花,ときに10花以上の中輪の花を房状につける。多花性で樹型が整っており,色彩も豊富で耐寒性も耐病性も強いので,花壇用として価値が高い。とくにヨーロッパではよく栽培され,国や地方によってはハイブリッド・ティー・ローズよりも栽培数が多い。(c)四季咲大輪房咲系(グランディフローラ・ローズGrandiflora Rose) ハイブリッド・ティー・ローズとフロリバンダ・ローズの中間タイプで,1茎に数花をつける大輪房咲きとなる。1954年に作り出された品種クイーン・エリザベスQueen Elizabethに代表され,1950年代にアメリカで命名された系統である。現在ではフロリバンダ・ローズとハイブリッド・ティー・ローズの交雑が盛んになり,グランディフローラ・ローズに似たものは多く,房咲きの花が大輪となり,ハイブリッド・ティー・ローズも側蕾の発生する品種が多くなり,ハイブリッド・ティー・ローズの系統に入れてしまう結果になっている。(d)四季咲小輪矮性(わいせい)系(ヒメバラ,ミニアチュア・ローズMiniature Rose) 矮性の原種を親に,ポリアンサ・ローズやハイブリッド・ポリアンサ・ローズを交雑したもので,第2次世界大戦前にオランダやスペインで品種改良がすすんだ。1茎に数花の小輪を房咲きにし,樹高は低い。近年,この系統から二つのグループが派生した。一つはマイクロ・ローズMicro Roseで,アメリカで作り出された樹高5~15cmの極矮性の品種系統。光量がひじょうに少なくても栽培でき,太陽光線にあてたほうがよいが,電灯下でも開花する。室内の鉢植用として開発された。もう一つはメイアンディナMeillandinaで,フランスのメイアン社Meillandの開発した鉢植用の系統。樹高はフロリバンダ・ローズとミニアチュア・ローズの中間で,花径は6cmぐらいとミニアチュア・ローズのなかでは大きい。約2週間は退色しにくいという花もちのよさと多花性が特徴である。
(2)クライミング・タイプ つるバラと呼ばれ,垣根やアーチ,ポールなどに用いられる。(a)小輪房咲一季咲系(ランブラーRambler) テリハノイバラなどを親として改良された品種。現在はあまり作り出されていないが,日本中どこでもよく見かける。ローズ色の小輪房咲きのつるバラ,ドロシー・パーキンスDorothy Perkinsが代表品種である。支柱がないと地面に伏せるから,垣根用に最もよい。(b)大輪つるバラ系(Large Flowered Climber) ランブラーと同様テリハノイバラを親として作り出された大輪咲きの系統。(c)枝変り性つるバラ系(Climbing Sport) ブッシュ・タイプのものが突然変異によってつる性となった品種。花はもとの品種とまったく同じである。大輪つるバラ系とこの系がともに現在のつるバラの主流として栽培されている。
(3)シュラブ・タイプ ブッシュ・タイプおよびクライミング・タイプのいずれにも分けられないいわば中間の系統。原種間交雑品種およびその改良品種を便宜上,シュラブ・タイプと呼んでいる。耐病性が強く,栽培管理が楽で剪定(せんてい)の必要がなく,造園用として利用される。近年ヨーロッパではグランドカバー用として小輪系の品種が道路ののり(法)面,傾斜地,分離帯などに用いられている。これにはただ,はって伸びるだけでなく,こんもりと盛り上がるグループも評価されている。
以上のタイプのもののほか,切花用品種の開発がめざましく,本来の系統から多少違った形態をもつ品種が現れてきた。とくにフロリバンダ・ローズでは,房咲性をなくして単花咲きとしたもの(日本ではベビー・ローズBaby Roseと呼ばれ,マリー・デ・ボアMary De Vor,ミニュエットMinuetなどが代表品種)や,房咲きの特徴を最大限に発揮させたもの(スプレー・タイプSpray typeと呼ばれ,ミミ・ローズMimi Roseが代表品種)である。これはカーネーションのスプレー咲きと同じように切花の営業用としてのグループである。
栽培法
営利的な切花生産以外は,露地で栽培される。環境に対する適応性は強く,世界中で広く栽培されており,日本でも北海道から九州,沖縄までいたるところで栽培されている。排水がよく保水力のある土地ならば,灌水,施肥などの栽培管理をきちんとすれば,どんな土地でも作ることができる。
苗木は芽接ぎまたは切接ぎして殖やすが,春,秋の2回入手できる。春のものを新苗と呼び,4月中旬より6月上旬が植付けの適期である。秋の苗木は,大苗または2年苗と呼ばれ,葉はなく太い枝が2~3本出ている。10月中旬から翌年の3月下旬が植付適期であるが,厳寒期はさける。新苗,大苗とも,通常直径50cm,深さ50cm以上の植穴を掘って植え付ける。植穴には堆肥,有機質肥料を穴の半分くらい入れ,土とよく混ぜ合わせて元肥とする。肥料成分は窒素,リン酸,カリの比が1:2から3:1くらいになるようにする。植付け後は十分に灌水を行い,乾燥防止のため敷きわらを行う。植付けの間隔は木バラ(ミニアチュア・ローズを除く)は1mくらい,つるバラは2mくらいにする。
追肥は速効性の化学肥料を用い,春の芽出し後から月に1~2回の割合で行うが,つぼみが着色したら一時施肥を控える。冬季12~2月にかけ,木の周囲に深さ30cmくらいの穴を掘り,植付時と同様の堆肥および有機質肥料を十分に施す。これは翌年の元肥となる。
咲き終わった花は,種子の着生を防ぎ次の花をよく咲かせるために,本葉を2~3枚着けて切り取る。梅雨あけ後の高温で木が衰弱するため,7月中旬以後は開花させず摘蕾(てきらい)し,木の衰弱を防ぐ。根もとから出る太い茎はシュート(苗条)と呼ばれ,次年度以後の主幹となるので,この先につぼみが見えたときにその枝の2/3から1/2を残して切り取る。8月下旬から9月上旬にかけて,秋の整枝を行う。秋の整枝は細枝,枯枝などを取り除き,その年に伸びた枝の1/3~1/4ほどを切り込む。10月下旬前後が満開となるよう,逆算して整枝の時期を決める。この時期は品種により多少異なるが,整枝後約50~60日くらいかかるので,遅咲きのものは早めに整枝を行い開花時期がそろうようにする。
剪定(せんてい)は通常2~3月に行う。その方法は第1に枯枝や細い枝を取り除き,次に木の内側に伸びて込み合った枝は,基部から切って全体の枝数を制限する。残った枝は前年に伸びた長さの1/2~1/3を残し,外側に向いた芽の上5mm~1cmくらいで切り去る。以上はブッシュ・タイプの剪定法である。つるバラは前年に長く伸びた枝を残し,4年以上たった古い枝は基部から切る。また弱い枝や枯枝は取り除き,残された枝は先端を少し切り込み,枝をできるだけ水平になるように支持物に誘引する。シュラブ・タイプは,枯枝および3~4年以上たった古い枝を基部から切り取る以外は,剪定は原則として行わない。
敷きわら(マルチング)は夏季および冬季に乾燥防止,根の凍結防止のために行う。稲わら,もみがら,堆肥などを5cmくらいの厚さで株の周囲に敷く。台木に接木または芽接ぎによって繁殖された苗木は,根もとより台木の芽が出ることがあるため,見つけしだいかきとる。鉢栽培は素焼鉢がよいが,プラスチック鉢,おけ,樽,プランターなどでも栽培できる。鉢の大きさは新苗で5号鉢(直径15cm),大苗で6~7号(直径18~21cm)を標準とするが,根の大きさにより多少増減する。保水力があり,しかも排水のよい肥料分を含んだ土を用いる。植付けは鉢底に赤玉土を入れ,その上に苗をおき,培養土を入れる。灌水は土が乾いたら行う。夏季の乾燥時には朝夕2回行う。鉢植えの場合は用土が少ないため,追肥によって肥料分を補う必要があるので,週1回灌水がわりに化学肥料を薄く水に溶かして与える。植替えは毎年または隔年(木の生育状態による),冬季の休眠期に行う。冬季の鉢管理は,地面に鉢全体を埋め込んでおくとよい。剪定は露地植えのものより多少刈り込む。
実生による繁殖は新品種の作出・台木の育成以外は行わない。接木による繁殖が普通である。早春ノイバラを台木として切接ぎを行うが,最近は芽接ぎによる繁殖法も増えてきている。台木(ノイバラ)の生育中ならいつでも芽接ぎできるが,普通6~10月である。芽接ぎは接いだあとの管理が簡単で,芽接ぎ後は春までそのままでよい。
栽培上の最大の悩みは病害虫の防除であるが,最近は病害に対しては抵抗性のある品種が作り出されてきている。また,日当り,通風などの環境をよくし,過湿にならないよう注意すること,発病前に定期的に薬剤散布を行い,予防につとめるのがよい。
香料としてのバラ
バラはヨーロッパで香料としても古くから貴ばれ,テオフラストスの《植物誌》や大プリニウスの《博物誌》には,バラ水rose waterやバラ油rose oilの記述がある。バラ水とは半開のバラの花を蒸留し,この蒸気を冷やして凝縮したものである。現在でも料理の香料として使われる。また,バラ油はこのバラ水を再蒸留し,上層の精油をすくいとったものである。生の花4tから普通1kgのバラ油がとれるという。現在では冷浸法,有機溶媒による抽出法など,種によってバラ油の抽出法を変えている。種としてはダマスクバラをはじめ,ローザ・ガリカ,ローザ・アルバ,ローザ・センティフォリアがよく用いられた。とくにダマスクバラは芳香がよく,現在でも用いられている。主成分としてはゲラニオールgeraniol,シトロネロールcitronellol,フェニルエチルアルコール,ネロールnerol,リナロールlinaloolなどを含む。種や品種によって芳香はさまざまに異なり,ローザ・モスカータは麝香(じやこう)に似た香り,ティー・ローズは紅茶の香り,また果実や薬味風の香りをもつもの,葉にニッケイのようなにおいのあるバラなどがあり,微量精油成分も少しずつ違う。バラの花のジャムや花弁の砂糖漬などの利用法もある。
歴史の中のバラ
聖書ではアダムとイブがエデンの園を追放されるとき,〈いばらの道をわけていく〉と書かれている。このエデンの園はバビロニア付近をさし,またこのあたりはバラの原産地に近い。しかし聖書に出てくる〈バラ〉とは,確実にバラと言明できなくて,むしろきれいな花をさすぐらいのものと考えられている。
前16世紀ごろのものとされるクレタ島のクノッソス宮殿の壁画にバラの絵が残っている。このバラはダマスクバラやローザ・ガリカであろうといわれている。またエーゲ海地方はバラが生育しやすく,前3000年ごろローザ・ガリカ,ローザ・センティフォリア,ダマスクバラがあったと考えられている。前6世紀になると,女流詩人サッフォーが詩にバラをうたっている。その後,アナクレオンの詩,ヘロドトス,プラトン,アリストテレス,テオフラストス,大プリニウスなどの著作にバラが出てくる。テオフラストスの《植物誌》のバラはピンクから白まであり,八重のバラも描かれている。アレクサンドロス大王は遠征の際,アリストテレスやテオフラストスから教わった植物を持ち帰っている。このときの記録からも,当時,ローザ・ガリカやローザ・センティフォリアがあったことがはっきりしている。ギリシアやローマではバラはすでに栽培され,宴会のたびに花をさしたり,花びらを部屋にまいたという。おそらく香りを楽しんだのであろう。また,エジプトからの風習として,バラを蒸留して香水としてふろに入れたり,化粧に使ったり,贈物とした。当時は花の価値もさることながら,香料としてのバラの価値が高く,バラ水やバラ油がもっぱら王侯貴族の間で珍重された。また蒸留してバラ精油をかためて練物のようにしたものを,シルクロードを経由して中国の絹と交換した。
7世紀になり,ムハンマドがイスラム教の布教を始めるようになって以後,イスラム教はスペインやフランスまで勢力をのばした。この布教の際,バラもまたともに広まったと記録に残っている。
11世紀末からの十字軍の遠征の際には,バラの紋章を使うことがはやった。ルネサンスになると,イタリアの画家ボッティチェリが盛んにバラを描いた。これはフィレンツェのメディチ家に植えられていたバラを写生したものといわれている。ナポレオンの妃ジョゼフィーヌはマルティニク島に生まれた。フランスへ渡ってからは,寒くて花の少ないことから,世界中から植物を集めた。とくにバラが好きで,マルメゾンの邸宅の庭園には約250品種のバラを集めた。ジョゼフィーヌは宮廷画家で植物画を描いていたルドゥーテPierre-Joseph Redouté(1759-1840)にこのマルメゾン邸のバラを描くように依頼した。ルドゥーテの《バラ図譜Les Roses》は1817年から24年にかけて刊行され,約170図が収録された。ジョゼフィーヌは1814年に死ぬが,その後,パリのバガテールのバラ園で品種改良を行ったのがN.デスポルトで,29年のカタログには2562品種も載せている。当時いかにたくさんの品種を作り出したかがわかるだろう。
日本の文献では,《万葉集》の防人歌に〈道の辺の(うまら)の末(うれ)に這(は)ほ豆のからまる君を別れか行かむ〉にある〈〉が,バラの最初らしい。《古今和歌集》には紀貫之が〈さうび〉の題の下に〈我はけさうひにぞみつる花の色をあだなる物といふべかりけり〉とうたっている。この〈さうび〉はバラをさし,中国から渡来したコウシンバラであると考えられている。《枕草子》や《源氏物語》の中にも〈さうび〉の記述があり,身近に咲いているバラをめでたことがわかる。《明月記》にも〈長春花〉の名でコウシンバラのことが出てくる。また《栄華物語》や《源平盛衰記》にもバラの記述がある。
江戸時代になると,水野元勝の《花壇綱目》に長春花のことが,伊藤伊兵衛の《花壇地錦抄》には〈棘(いばら)のるい〉として〈はまなす,長春,ろうざ,白長春,猩々(しようじよう)長春,牡丹(ぼたんばら),ごや,箱根,はと,ちょうせん,山枡(さんしよう),唐(とうばら)など〉の花形が述べてあり,元禄時代(1688-1704)にはバラが一般的な花木として愛培されていたことがわかる。さらに《大和本草》には〈薔薇,金沙羅,月季花,金罌子(なにわいばら),牡丹イハラ,野薔薇(のいばら)〉が解説されている。このうち月季花はコウシンバラを,牡丹イハラはローザ・センティフォリアをさし,中国やヨーロッパから渡来の外来種である。
文化史
西欧世界ではほとんど文明の歴史が始まって以来,バラは花の代表であった。そのため西欧の文学では,ちょうど日本の文学においてサクラがそうであるように,多層的,多義的な象徴として広く用いられてきた。例えばそれは美の化身であるから,そこから正・負の意味合いが,こもごも生じてくる。赤いバラは勝ち誇る美と愛欲の女神ビーナス(ギリシア神話のアフロディテ,ローマ神話のウェヌス)と容易に結びつくし,白いバラは聖母マリアの純潔と霊的な愛を表しえた。しかし,美しい花はうつろいやすく,人の世の愛もまたうつろいやすい。となればバラは,ちょうどサクラがそうであったように,現世のはかなさの象徴ともなる。ただし西欧の場合,いさぎよい諦念(ていねん)という倫理は導かれず,かえって刹那主義的な快楽主義をさそう。〈カルペ・ディエムcarpe diem〉(時をとらえよ。楽しめるうちに楽しめ)のモットーは,詩的表現としては〈カルペ・ロサスcarpe rosas〉(バラを摘め)となる。性的快楽の奨励だが,これは神秘主義思想の一部で,バラが女陰象徴であることともつながっているだろう。そして女陰に集中する神秘思想は,曼荼羅(まんだら)志向とも重なり合う。薔薇十字団の神秘主義哲学においても,またたくさんの詩人や作家たち(例えばリルケ)の想念においても,バラは曼荼羅である。これは東洋思想におけるハスの花と呼応する。だから,ちょうどハスが東洋思想の楽園の最終的ビジョンと結びつくように,ダンテ《神曲》最終場面は真っ白い巨大な一輪の白バラのビジョンと変わる。キリスト教会堂建築のばら窓rose windowも,同じ考え方が根底にある。また西洋の室内の天井中心に付けられるばら飾りroseは,バラが秘密を暗示する伝統から生じた。ギリシア神話でこの花が沈黙の神ハルポクラテスHarpokratēsに与えられた故事に基づくといわれるが,昔から会議室の天井中央に1輪のバラの花をつけ,会議の内容を外部に漏らさない誓いの印とした。〈スブ・ロサsub rosa〉(バラの下で,秘密裏に)なる成語の語源である。
神話,伝承,民俗
バラは古代から美と愛,喜びと青春の象徴だった。ギリシア神話では美と愛の女神アフロディテや恋の神エロスに捧げられている。とくにアフロディテとその恋人アドニスに関する神話や伝説には,バラにまつわるものが多い。神々や女神はバラを貴んだので,さまざまの機会にバラの花で冠を編んでは勝利や結婚の祝いに贈った。ギリシアやローマでは実際に結婚式のある家や凱旋将軍の車,出帆したり帰帆する船,またいけにえの動物をバラで飾った。世界史上バラが惜しみなく絢爛豪華な宴会につかわれた例として,クレオパトラは床に30cmもバラの花を敷きつめたというし,皇帝ネロは食事の間,周りの壁を機械仕掛けでたえず客の周りを回転するようにつくらせ,その壁で四季を表し,あられや雨の代りにバラの花を思うさま舞わせたという。
さてキリスト教の普及とともに,古代には愛と美の女神に捧げられた多くのものがマリア崇拝に移され,バラも処女マリアを象徴するものとなった。ユリがマリアの清らかさを象徴するなら,バラはその優美さと聖なる愛を表している。このため多くの画家はマリアをバラとともに描いているのである。一方,イギリス史上1455年から30年間におよぶばら戦争は,バラが血なまぐさい戦争に結びついたいたましい事件であった。ランカスター家は紅バラ,ヨーク家は白バラを紋章とし,両家が王位をめぐって激しく争い合った。結局この戦いはランカスター家のヘンリー7世の勝利をもって終わることになる。
バラと結びついた民間習俗でとくにあげなければならないのがバラ祭で,ドイツ,フランスその他の国々では今日でも盛大に行われる。バラ祭では両親に最も従順で行儀のよい娘が〈バラの女王〉に選ばれ,バラの冠で飾られて敬意を払われ,祭りで中心的な役割を果たす。バラはこのほかさまざまな習俗と結びついている。西ボヘミアでは生まれた赤ん坊の最初の産湯はバラの茂みに注ぐ。すると赤い健康なほおをさずかるという。ドイツでは洗礼のときに名付け親に渡されたバラのつぼみが長いこと新鮮であれば,それだけ子は長生きするといわれた。また相愛の男女が小川にバラの花びらを投げ,それが離れず水面を流れていくと二人は結婚できるという。
一方,秋に白バラが咲くのは死を意味するという俗信もある。病人が白バラの夢を見るとまもなく死ぬと伝えられ,このため病室に白バラをもっていくことは好まれない。また墓や死者にバラの花を供える風習もギリシア・ローマ時代からあり,今でもスイスの一部では,共同墓地のことを〈バラの庭園Rosengarten〉と呼んでいる。
バラ科Rosaceae
双子葉植物。約100属3000種におよぶ大きな科で,バラ,イチゴ,リンゴ,ナシ,モモ,サクラなど人間に有用な植物が多い。高木,低木,多年草,一年草と,生活型はさまざまで,南極を除いたすべての大陸に分布しているが,北半球の暖帯から温帯に多い。
通常,葉は互生し,単葉か掌状複葉か羽状複葉で,多くは托葉がある。花序はさまざまで,花は多くのもので両性,放射相称である。萼片があり,しばしば副萼片もある。花弁は5枚または多数,おしべは4,5,10,20または多数,めしべは多数~少数,まれに1本である。果実は多様で,袋果(たいか),瘦果,核果,ナシ状果,バラ状果,イチゴ状果などである。
日本のものは,次の四つの亜科に分けられる。(1)シモツケ亜科 子房は上位で,数個のめしべは通常離生し,胚珠は多数,果実は袋果または瘦果,一般に托葉は退化する。ホザキナナカマド属,シモツケ属,ヤマブキショウマ属,コゴメウツギ属などが含まれる。(2)バラ亜科 子房は上位または周位で,めしべは通常数個から多数,胚珠は普通1個,果実は瘦果,または集合果(バラ状果,イチゴ状果,キイチゴ状果)をつくる。シロヤマブキ属,ヤマブキ属,キジムシロ属,イチゴ属,チョウノスケソウ属,ダイコンソウ属,ヘビイチゴ属,キイチゴ属,ワレモコウ属,シモツケソウ属,バラ属が含まれる。(3)サクラ亜科 子房は上位で,めしべ1個,胚珠は2個であるが,成熟するのは1個,果実は核果(モモ状果)。サクラ属のみ含まれる。(4)ナシ亜科 子房は下位で,めしべ(心皮2~5個で合生)は1個,果実はナシ状果。サンザシ属,ビワ属,ボケ属,クサボケ属,ナシ属,リンゴ属,テンノウメ属,シャリンバイ属,カナメモチ属,ナナカマド属,ウシコロシ属,ザイフリボク属が含まれる。
バラ科には有用植物が多く,果実が食用とされる重要な果樹に,アーモンド,サクランボ類,キイチゴ類,ウメ,アンズ,スモモ,ネクタリン,モモ,イチゴ,リンゴ,ナシ,ビワや,多くの野生種がある。観賞用の花木には,いろいろなサクラやウメ,バラの園芸品種をはじめとして,ボケ,シャリンバイ,カリン,ピラカンサ,コトネアスター,ヤマブキ,ユキヤナギ,コデマリ,ナナカマドなどがある。山草として,キンロバイ,ウラジロキンバイ,チシマキンバイなどが栽培される。また,薬用として,クサボケ,サンザシ,ハマナス,ワレモコウなど,多くのものが利用されている。