硬骨魚綱ニシン目に属する海水魚のうち、マイワシ、ウルメイワシ、カタクチイワシの総称、またはこれらの近縁種を含めたものの総称。ときにはマイワシだけをさすこともある。これらの魚種は、一般に漁獲量も多く、日本の水産上重要な種類であるばかりでなく、魚をはじめ多くの海産動物の天然餌料 (じりょう)として、海の生態系で重要な役割を果たしている。
おもな種類
次にイワシ類のおもな種類をあげる。
マイワシjapanese pilchard, sardine/Savdinops melanostictusは、ニシン科に属し、ヒラゴ、ナナツボシなどの地方名がある。体長25センチメートルに達し、体は細長く、腹部はやや側扁 (そくへん)し、下あごは上あごよりわずかに突出し、両あごには微小な歯がある。鱗 (うろこ)は円鱗 (えんりん)で剥 (は)がれやすく側線はない。体色は背側が青緑色、腹側が銀白色で体側に1列の黒点が並び、ときにはその上下に1列ずつの黒点がある。沿岸性の回遊魚で日本各地の沿海に生息し、資源が増大したときは樺太 (からふと)(サハリン)、沿海州、朝鮮半島東岸、東シナ海に分布域が拡大する。植物プランクトンを主食とし、15~18センチメートルで成熟する。産卵期は全国的にみて11月から翌年の6月ごろまでで、産卵場は本州中部以南の日本各地の沿岸で南方ほど産卵期が早い。成長につれて呼び名が変わり、3.5センチメートルまでがシラス、9センチメートルぐらいのものを小羽 (こば)イワシ、12センチメートルぐらいのを中羽 (ちゅうば)イワシ、16~18センチメートル以上を大羽 (おおば)イワシという。
カタクチイワシanchovy/Engraulis japonicaは、カタクチイワシ科に属し、セグロイワシ、ヒシコイワシともよばれ、またタレクチ、ホタレイワシなど多くの地方名がある。体長15センチメートルに達し、体は延長しやや側扁 (そくへん)する。下あごは上あごより短く、上下両あごに1列の小歯がある。鱗は円鱗で剥がれやすく、腹面には稜鱗 (りょうりん)がない。体色は背側が暗青色で、腹側は白色。沿岸性の回遊魚で、プランクトンを主食とする。産卵期はほとんど周年にわたるが、盛期は春から夏と秋の2回、ただし北方では産卵期は遅れ盛期も1回。産卵場は東シナ海、九州から北海道に至る大陸棚海域である。北海道以南の日本各地沿岸、朝鮮半島、中国沿岸に分布。鮮魚、塩干品(煮干し、田作り、稚魚のしらす干し、たたみいわしなど)として食用にされるほか、成魚の活魚はカツオ一本釣り漁業の活き餌 (いきえ)としても重要である。
ウルメイワシround herring, big-eye sardine/Etrumeus teresは、ニシン科に属し、体は円筒形で細長く、目に脂瞼 (しけん)がある。下あごは上あごよりわずかに突出し、微小な歯がある。鱗は円鱗で剥がれやすく、腹面には稜鱗がなく、側線もない。体色は背側は暗青色、腹側は銀白色。体長30センチメートルに達する。マイワシよりも暖海性の沿岸性回遊魚で、本州中部以南の日本沿岸、東シナ海、中国、台湾に分布する。
漁業
イワシ類を対象とした漁業は、九州から北海道に至る日本沿岸各地で行われ、古くから重要漁業となっている。とくにマイワシは資源が卓越したときの漁獲量の莫大 (ばくだい)なことと、変動の大きいことが特徴的である。ウルメイワシは漁獲量は少ないながら比較的安定し(1年に2万~6万トン)、カタクチイワシはその中間といえる(1年に15万~50万トン)。マイワシは巻網、揚繰 (あぐり)網、刺網、定置網などで漁獲され、第二次世界大戦前の1930年代には漁獲の最盛期に160万トンにも達した。その後、紀州沖の冷水塊の発達など環境条件の変化などの影響で漁獲は激減し、65年(昭和40)には1万トンを割る不振となった。しかし、その後、本州の太平洋側を主とする継続的な産卵量の増大傾向により、資源が加速度的に回復し、88年には日本全国で448万トンの漁獲をあげた。しかし、90年代以降は海水の環境変化などにより漁獲量が激減し、2003年(平成15)には5万トンにまで減少した。一方、カタクチイワシは、これとは対照的な変動を示し、マイワシが不振であった時期には1年に40万トン程度の漁獲があったが、80年は15万トンに低下した。しかし、その後漁獲量は変動しながらも増加傾向にあり、2003年には53万トンとなっている。本州沿岸から紀伊半島、日向灘 (ひゅうがなだ)から瀬戸内海、九州西岸、日本海沿岸の四つの群に分かれ、おもに巻網、パッチ網で漁獲される。シラス(稚魚)の多くはカタクチイワシで、本州の太平洋岸や瀬戸内海の河口周辺で多くとれる。ウルメイワシは、三重県から鹿児島県といった日本周辺の太平洋側の南部海域や、九州西岸の暖海域で巻網や敷網によって漁獲される。
利用
イワシ類は、従来食用としてのみでなく飼料や肥料として利用され、油はせっけんなどの材料として用いられてきたが、近年とくにマイワシ漁獲の増大につれて利用状況も著しく変化した。2003年(平成15)のイワシ類全漁獲量のうち、食用は生鮮食料7%、塩干品や缶詰などの加工食品11%、非食用は飼料・肥料13%、魚類養殖など漁業用餌料69%の利用状況となっており、直接食用への利用割合が少なくなっている。このようにイワシ類の非食用利用は、一般に需要の強い、より高価格の魚肉や畜肉などの食料生産の餌料として、いわゆる迂回 (うかい)的生産の重要な役割を果たしていることが特徴的といえる。
栄養成分
イワシのタンパク質は非常に良質で価値が高い。脂質は、マイワシが14%程度でもっとも多く、ついでカタクチイワシ12%、ウルメイワシ5%程度となっている。マイワシは、季節により脂質含有量の変動が大きく、とくに冬には増加する。またイワシの脂肪中には、EPA(エイコサペンタエン酸。国際標記はIPA=イコサペンタエン酸)とよばれる血栓防止の効果をもつ多価不飽和脂肪酸を多く含む。しかし多価不飽和脂肪酸は空気に触れると酸化しやすいため、塩、干魚に加工したものは油の酸化が早く、黄褐色になりやすい。ビタミンではナイアシンを多く含む。
料理
イワシの郷土料理は各地にあり、おもにマイワシとカタクチイワシが用いられる。石川県金沢市には「ぬか漬けのイワシ」がある。イワシの頭、腸 (わた)を取り去り、1か月くらい塩漬けにしてから、ざるにあげて水けをとり、ぬか3、塩2、麹 (こうじ)2分の1、トウガラシ少々を混ぜ合わせたものを桶 (おけ)の底に薄く敷き、イワシを並べる。その上にさらに、ぬか、塩などを加え、何段か積み重ね、上に重石 (おもし)を置き、3~4か月後に用いる。また紀伊半島では貝塚煮がつくられる。小魚を酢煮して柔らかくして用いる料理で、イワシに限らずいろいろの魚を利用する。香川県のいりこ飯は、イワシをしょうゆ漬けにして飯に加えたもの。福岡県にはイワシのちり鍋 (なべ)がある。長崎県のいわし餅 (もち)は、イワシの骨をとり、すり鉢でよくすって塩少々を加え、小さいサトイモぐらいに丸め、ごま油で揚げたもので、吸い物の種にしたり、もう一度煮て用いることもある。
稚魚を集めて薄く平らに干し上げたものをたたみいわしといい、神奈川県大磯 (おおいそ)、静岡県産のものには佳品が多い。ゆでて干したものを「しらす干し」または「ちりめんじゃこ」という。やや大きい稚魚を素干しにしたものを「ごまめ」、または「田作り」という。田作りの名は、田植どきに豊作を祈願するのに用いる魚の意からきている。小さいカタクチイワシをヒシコといい、これを呼び売りする声はヤシコと聞こえた。
民俗
イワシは日本人にとって古くからもっともなじみの深い魚で、漁獲量が多く大衆魚であったことから、タイなどに比べて卑しい魚とされたが、庶民の重要なタンパク源であった。平城宮跡から発見された木簡 (もっかん)や『延喜式 (えんぎしき)』にもイワシの名がみられ、節分の夜に焼いたイワシの頭とヒイラギなどを戸口にさす風習は『土佐日記』にも記されている。これは全国的なもので、節分に訪れる鬼がヒイラギのとげで目をさし、イワシを焼くときの強烈なにおいを嫌がるとして古くから魔除 (まよ)けにされた。「鰯の頭も信心から」ということわざも、この節分の行事に由来している。また「にらみイワシ」とか「すわりイワシ」といって、元旦の朝の御膳 (ごぜん)に1尾をつける風習もあり、田作り、ごまめなどは田植の祝いや、祝儀の肴 (さかな)とされた。