軟体動物門腹足綱ミミガイ科に属する巻き貝のうち、とくに食用に供されるような大形種の総称。
貝殻は螺旋(らせん)が殻口へ向かって急に大きくなるため、通常の巻き貝とは著しく異なり耳形あるいは卵楕円(だえん)形の浅い皿形をなす。螺塔(らとう)は低く後方へ寄っている。肩に相当する所に呼吸孔列があり、成長に従い古くなった呼吸孔はふさがっている。開いている穴は出水孔で、糞(ふん)や生殖物質もここから出される。殻表は螺状肋(らじょうろく)とこぶ状の凹凸や放射状彫刻からなり褐色。殻口内は強い真珠光沢があり、通常の巻き貝のような蓋(ふた)はない。殻軸筋はほぼ中央にあって円柱形。動物体の頭部には目と触角があり、外套膜(がいとうまく)には殻の出水孔列に沿って裂け目がある。えらは1対、心臓の心耳も1対で左右相称の形態をとどめている。足は広く吸着力が優れ、一度岩などにくっつくと容易にはがれない。足の周縁には、刻み目やひげ状突起からなる上足突起がある。
アワビ類(ミミガイ科)は世界におよそ100種知られているが、日本で水産上重要なアワビは、クロアワビNordotis discus discus、エゾアワビN. d. hannai、メガイアワビN. gigantea、マダカアワビN. madakaの3種1型の総称である。もっとも漁獲量の多いのは北海道、東北地方に分布するエゾアワビで、これは房総半島以南に分布するクロアワビの冷水域における生態型と考えられ、暖海域に移植すると成長がよくなり、クロアワビと区別できなくなる。クロアワビ(方言ではオンとかオガイという)は殻長約20センチメートルになり、やや長卵形で殻表のしわは少ない。上足突起は木の枝状に複雑に分岐していて、足裏は暗緑色。エゾアワビは自然分布地ではせいぜい10センチメートルをわずかに上回る程度にしか育たず、殻も薄くて表面の凹凸は激しく、また内唇の幅も狭い。軟体部の特徴はクロアワビと一致する。メガイアワビ(方言でメンともいう)、マダカアワビは房総半島以南の暖海域にすみ、クロアワビより丸みが強くともに足裏が淡黄色で、上足突起が複雑でなく運動力が小さい。メガイアワビは膨らみが小さく著しい放射肋(ろく)があって、殻長17センチメートルぐらい。マダカアワビは最大殻長20センチメートルを超え、アワビ類中世界で一、二の大きさを争う。殻は深く膨れている。以上のアワビ類の日本での南限は九州で、南西諸島以南には分布しない。世界でほかに大形アワビ類を産する所は北アメリカ西岸とアフリカ南部およびオーストラリアに限られ、地中海などには小形種(トコブシ類)しか産しない。
アワビ類はいずれも外洋に面した岩礁の褐藻林を好み、潮間帯から水深50メートルぐらいを分布限度とする。おもに夜間に行動し、褐藻をはじめ藻類やその「落ち葉」を食べている。雌雄異体であるが、外部からは雌雄はわからない。俗に「つの」とよばれる内脚後端に中腸腺(せん)とともにある生殖巣が雄はクリーム色、雌は緑色で、放精あるいは放卵のときもそれぞれ白色と緑色の煙を吐くようにみえ、識別される。産卵は水温20℃ぐらいでもっとも盛んに行われ、北海道で8~9月、三陸地方で10~12月、関東以西で11~12月ごろである。卵は直径0.23~0.28ミリメートルぐらいで、受精して1~1.5日でベリジャー幼生となるが、この時期には巻いた螺旋(らせん)状の殻と蓋(ふた)がある。5~7日後、匍匐(ほふく)期に入り、1年で殻長25~30ミリメートル、2年で50ミリメートル、5年では130ミリメートルぐらいに育つ。
近年人工採苗による稚貝(種苗)の育成が盛んに行われ成功を収めている。温度刺激などにより放卵、放精を促進させ、珪藻(けいそう)などのフィルムで覆った着生板上に幼生を沈着させ、稚貝を育成して天然漁場に放流する。また、エゾアワビのように温度の低い所にすむものを温暖域に積極的に移殖し増肉する方法もある。アワビ類には県により禁漁期間および殻長制限を設け資源保護が行われている。漁獲は主として潜水によるほか、刺網や見突きなどでも漁獲され、年間およそ数千トンに達するが、加工品用は多くを輸入に頼っている。
アワビはカジメなどの海藻を食用にしているので、それがない所にはみられない。雌雄異体で、よく青色の貝を雄貝、赤色の貝を雌貝といっているが、これは種類の違う貝で、それぞれの貝に雌雄の別がある。青貝(クロアワビ)は肉が硬いので生食などに用い、赤貝(メガイアワビ、マダカアワビ)は柔らかいので、煮物、焼き物、蒸し物などに用いられる。アワビの一種であるトコブシは、形は小さいがアワビより呼吸孔の数が多い。煮物などに用いられ、塩でもみ、空鍋(からなべ)に入れて熱すると貝から肉が離れる。その汁でさらに煮るとよい。甲府(山梨県)名物の煮貝は、アワビかトコブシをしょうゆ漬けにしたものである。
食用にされたアワビは縄文時代の貝塚から出土しているが、古くから貝殻が装身具に加工されるなど『万葉集』や『延喜式(えんぎしき)』にも多く記されており、伊勢(いせ)神宮では1500年も昔からもっともたいせつな神饌(しんせん)として、生や姿のままの乾アワビ、熨斗鰒(のしあわび)(かんぴょうのように剥(そ)いで乾燥させ、延ばしたもの)がお供えされている。本来贈物につける熨斗は、正式にはアワビの一片を添えるが、現在では略されて印刷されたものが多い。
古代の中国では、アワビは石決明(せっけつめい)の名で不老長寿、延命若返りの霊薬的食物とみなされた。和歌山県熊野地方にも、花山(かざん)天皇(968―1008)が那智(なち)の滝壺(たきつぼ)へ九つの穴をもつ大アワビを沈めたという伝説から、この滝の水を飲むと長生きするという信仰が伝わっている。一方、アワビを食べることをタブーとする地方もある。また大きなアワビが海中で光を放つ話や、以前助けてやったアワビが浸水した舟の底の割れ目をふさいで恩返しをした話などもある。
現在でも愛知県や三重県では、貝殻を門戸につるして中風やはしか除(よ)けの呪(まじな)いとするが、鶏小屋につるしてイタチ除けとするのは各地にみられる。茨城県常陸太田(ひたちおおた)市(旧金砂郷(かなさごう)町地区)の西金砂神社は、アワビを神としているので「鮑形明神」ともいわれている。
ミミガイ科の巻貝のうち大型の3種マダカアワビ(マダカともいう)Nordotis madaka,メカイアワビ(メンガイ,メガイともいう)N.gigantea(=N.sieboldii),クロアワビ(オンガイ,オガイともいう)N.discus(英名Japanese abalone)およびエゾアワビ(クロアワビの亜種)N.d.hannaiの総称。
殻はいずれも大型で10cm以上になり,卵円形または卵楕円形で巻きは低く,最後の巻きがはなはだしく広く大きい。殻頂は後方へ寄っている。また殻頂が巻きに応じて富士山形に盛り上がった穴の列があるが,最後の数個を除いては穴はつまっている。開いた穴は出水孔で糞もここから排出される。殻表は黒青色の殻皮をかぶり,また低い波状のしわがあり,さらに細い肋があるが,個体によっては平滑なこともある。また成長するにつれいろいろな動植物が付着して汚れ,殻が傷んでくる。内面は強い真珠光沢があり,大きく広い殻口となっている。ふたは稚貝のときはあるが成長すると失われる。動物体は殻で覆われるが,大きくまるい貝殻筋で殻に付着して,下面の広く大きい足で地物に付着する。足の周縁には小さい多くの上足突起がある。頭には1対の触角とその基部の外側に眼がある。口には多くの歯が縦横に並んでいる。これで海藻などを削り取って食べる。外套(がいとう)腔内には1対のえらがあり,心臓も1心室2心耳になっている。神経系としては足神経がはしご形に走っている。これらの特徴のように殻が巻いているにもかかわらず,体が左右相称の体制になっているのが多くの巻貝と著しく異なる点で,生きている化石オキナエビスガイ類に似ているので,巻貝中原始的な種類とされる。殻が大きく平らで巻きが著しくないので,二枚貝の片方の殻のように思われて,一方からのみ恋い慕う片思いにかけて,〈磯の鮑の片思い〉ということわざがある。
雌雄異体であるが外部生殖器はないので外観的には区別できない。軟体の巻きの先端部(ふんどし,またはつのわたといわれる部分)に生殖腺があり,これが黄白色なのが雄,緑色なのが雌である。産卵期は水温20℃内外のときで,北海道では8~9月,岩手県で10~11月,房総半島で11~12月。卵は緑色,直径0.23mm(クロアワビ),0.28mm(メカイアワビ)など。殻は1年で2.5cm,2年で5cm,5年で12cmくらいになる。アラメ,ワカメ,カジメなどの褐藻を好んで食べるので,本来は分布しないが褐藻の多い内浦湾有珠へ幼貝を放養したところよりよく成長したという報告がある。
マダカアワビは殻は卵円形で膨らみ強く,水孔は高く盛り上がり水孔列に沿って肋がある。腹面の殻口上端は平らになる。分布は北海道南部西岸~九州,朝鮮半島南部。メカイアワビは殻は前種に似て卵円形であるが膨らみ弱く,水孔の高まりは低く,水孔列に沿って肋はない。分布は北海道南部西岸~九州,朝鮮半島南部。クロアワビは殻が卵楕円形で殻口上端は平らにならず,水孔の高まりは弱く,水孔列に沿って肋がある。分布は北海道南部西岸~九州,朝鮮半島南部,中国山東半島。エゾアワビはクロアワビの北方型で殻表に波状のひだが多いが連続的に変化する。
漁獲は北海道,岩手,千葉,宮城,三重,長崎などで多いが,幼貝の移植放養のほか人工授精による養殖技術が進歩して幼貝まで飼育槽で飼育して,その後に放養されるようになった。アワビの漁獲の50%はクロアワビである。
鰒,鮑,蚫,石決明,あるいは鰒魚,鮑魚などと書かれた。《和名抄》が〈乾して食う可し〉としているように,古代には多く乾燥品にされ,次いで塩辛などにされたようである。それらは加工法,形状などによってさまざまに呼ばれ,その名称はきわめて多い。生食はあまり行われなかったが,《延喜式》によると,秋~春の季節には生鮮品が志摩の御厨(みくりや)から貢進されている。乾燥品の代表ともいうべきものが,伸鰒,長鰒などと書く〈熨斗(のし)鮑〉で,かんぴょうをつくるように外縁部から長くむいて乾燥したものである。古くから酒のさかななどとして多用されたが,いまでは祝儀用の飾物になってしまった。
アワビは,ふつう種類によって使い分ける。肉がしまっていてかたいオガイ(クロアワビ)とエゾアワビは水貝に向き,やわらかいマダカアワビとメガイ(メカイアワビ)は塩蒸し,酒蒸し,煮物などにする。水貝はさいの目に切った肉を冷水に浮かべ,ワサビじょうゆなどで食べるが,まず肉の表面にたっぷり塩をあててよく洗ってから,殻からはずして包丁する。肉をはがすには,殻の薄いほうを手前に置き,その中央やや左よりからおろし金の柄などを差し込み,貝柱を殻からはがす。中央右よりから入れると内臓を破ることが多い。蒸物や煮物の場合は表面を軽く洗う程度でよい。現在行われている加工品には前記の熨斗鮑(のし)や干鮑があり,後者は乾鮑(カンパオ)と呼ばれ中国料理の重要な材料である。なお,アワビに似て小型のトコブシは蒸物や煮物にして美味である。
《延喜式》にアワビの加工品の名が多く見え,多くの料理に利用されていた。アワビは乾燥して中国にも輸出され,貝殻は細工用となるほか眼病の薬ともなり,真珠も採取されるなど古来海人(あま)と呼ばれた漁民の生活の対象であった。加工品の中でも〈熨斗鮑〉は貴人や神祭の食物として供された。また,武士の出陣,帰陣にも吉例としてこれを出した。アワビは海産の食物として代表的であり,また常時準備しておくことが可能なものだったからであろう。このことから他の人への贈物としてもアワビは貴重であり,品物に添えて形ばかりでもこれを供したのが,現今の熨斗紙の起りである。また,各地にアワビを祭る神社のあることが知られているが,南方熊楠は,アワビが一枚貝で内面の真珠質の部分に光線のぐあいで神仏の像に似た模様が浮き出るのを神秘と見た結果ではないかと論じた。
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