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  11. 仏教
国史大辞典

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仏教
ぶっきょう
仏陀と称せられる歴史的人物ゴータマの創始した宗教。

〔開祖ゴータマの生涯〕

仏教の開祖は姓をゴータマGotama(瞿曇(くどん))、個人名をシッダッタSiddhatthaという。前四六三年ごろ(他の学説によるとそれよりも約一世紀以前)に釈迦(パーリPāli語でŚākiya、サンスクリットSanskrit語でSākya)族の中心地であるカピラ城Kapilavastuに国王であるスッドーダナŚuddhodana(浄飯王(じょうぼんのう))の長子として生まれた。青年時には王子として現世的な快楽の生活にふけったが、満足できず、ふかく人生の問題に思い悩み、二十九歳で出家し、山にはいって六年間修行し、ブッダガヤーBuddhagayāの菩提樹のもとで悟りを開き、ブッダBuddha(仏陀、「真理を悟ったもの」の意)となった。そののちは中インドの諸地方を遊歴して教化につとめ、八十歳でクシナーラーKusinārāで病死した。尊称して釈迦牟尼Sākiya-muni(釈尊、「釈迦族出身の聖者」の意)と称される。

〔仏教出現の歴史的事情〕

前六世紀ごろにガンジス河流域の中部と東部インドには都市を中心とする多数の小国家が成立した。それらの多くは王制だったが、いくつかの小国家は共和制の政治組織を形成していた。そこではようやく貨幣経済が進展し、商工業が盛んとなり、物質的生活もゆたかとなった。バラモン教は前ほどの権威と勢力とをもたず、旧来の階級制度(カースト)は崩壊しつつあった。これまで農耕社会で最上位の身分を保持していたのはバラモンbrāhma〓a(婆羅門)だったが、この時代には王族が最上位を占めるに至った。また商工業者は多数のギルド(セーニse〓i、プーガpūga)を形成して、富者が社会的勢力をもつに至った。一般民衆はややもすれば物質的享楽にふけり、道徳頽廃の現象がようやく著しくなった。幾多の自由思想家があらわれて、バラモン教の祭祀の意義を否認し、ベーダVeda聖典の権威を拒否した。一部の宗教者は民間信仰と妥協し、または身をさいなむ苦行を実行していた。

〔原始仏教の聖典〕

原始仏教の聖典としては、パーリ語の聖典と、これに相当する漢訳諸経典(阿含経(あごんきょう)など)および少数のサンスクリット聖典の断片とがある。パーリ語聖典は現在スリランカ・ミャンマー・タイ・カンボジアなどの仏教徒のあいだで奉じられ、律蔵(出家した修行者のための戒律の規定および説明)、経蔵(ゴータマおよびその弟子の説法の記録)、論蔵(経蔵に説かれている思想の解説・註釈・研究)という三つの部分(三蔵)から構成されている。

〔原始仏教の思想〕

ゴータマは、そのころ幾多の思想体系が互いに相対立し、矛盾し、抗争している事実に注視した。この現実を客観的通観的視点からみると、どの思想も相対的で一方的である。多くの哲学者たちは、結局解決できない形而上学的問題について争っているのである。世界は有限であるか無限であるか、からだと霊魂とは同一であるか別のものであるか、というような形而上学的問題についての論議は、真実の実践的認識のためには益なきことである、とゴータマは主張した。かれは形而上学のうえでの対立的見解にとらわれず、人間の生きるための真実の道をひとびとに教えようとした。実践的認識の最初に当面した問題は、人生は苦にみちているということであった。「苦」とは、自分の思いどおりにならぬことをいう。では、なぜわれわれの経験が苦であるのか。一切の事物は、もろもろの因縁が合することによってつくられたものであり、常に変遷し、刹那もとどまることがないからである(無常)。したがって、なにものをも「わがもの」とか「われ」とか考えてはならない。われわれ人間の具体的存在を構成している精神的または物質的な要素ないし機能のいずれをも自己(アートマンātman)と解することはできない(無我)。仏教では、最高神や第一原因のようなものを承認しない。迷いの根本は盲目的な欲望だと説く。苦からの離脱をもとめるひとは、苦・無常・無我の理をよく悟って、真実の認識を完成し、迷いの根本である執着・愛欲を断たなければならない。そのためには修行につとめ、戒律をまもり、禅定をおさめる必要がある。それによって一切の束縛から脱することができる。それが解脱の境地であり、涅槃(ねはんnirvā〓a)ともよばれる。実践の基本的立場としては、欲楽と苦行との両極端を排して、不苦不楽の中道を説いた。対他的には慈悲の精神を強調し、人間だけでなく、一切の生きとし生けるものにまで慈悲を及ぼすことを理想とする。

〔原始仏教における実践〕

信徒の教団をサンガsa〓gha(僧伽)と称する。サンガとは、インド一般には共和国あるいはギルドの呼称であり、仏教はその組織と運営法をとりいれたのである。それは出家修行者と在俗信者とからなり、男性と女性とをともに含んでいる。出家修行者は家から離脱して独身生活をつづけ、世俗の職業から遠ざかり、経済行為を禁止されている。これに対して在俗信者には、家庭をまもり、正しい職業に従事して、他人の利益をはかり、精励努力して名誉財産を得て、死後には天の世界に生まれることをすすめている。個人的な戒律としては、生きものをころすな、ぬすみをするな、邪淫を行うな、虚言をいうな、酒をのむな、という五戒が特に強調されている。呪術・魔法・卜占の類をかたく禁止し、ベーダ聖典の権威を否認して、犠牲を伴う祭祀を排斥している。経済面に関しては、獲得した財貨は、自分が用いるだけでなく、他人にも享受させよと教え、負債は必ず返却せよという。万人の平等を唱え、四姓の身分的区別を否認した。国家は法(dharm′a)によって導かれねばならぬと主張している。またゴータマは共和政体を讃美している。

〔インドにおける仏教の発展〕

前三世紀にアショーカAśoka王がでて、インド全体を統一し、ふるくからのバラモン教的遺制を除去するために仏教を援助したので、仏教はインド全般にひろがった。そのころ伝統的保守的な戒律を遵守しようとする上座部と多少の変更をみとめようとする大衆部とに分かれた。この両派がさらに細かに分派し、前一世紀までに約二十の部派を成立させた(説一切有部・経量部・犢子部・正量部など)。これらの部派はだいたい国王・富商・手工業者などの帰依をうけ、大規模な荘園を寄進され、また寄進された多額の現金をギルドに貸しつけて、荘園からの収穫のいくらかと貸付利子とで教団の維持費にあてていた。各部派はそれぞれ独自の立場から聖典を編纂し、繁瑣な教理研究に従事した。このような教団人の態度は、とかく独善的で民衆の心情からはなれる傾向があったために、反対派の側から「小乗(Hīnayāna、劣った乗物)」と貶称されている。他方民衆の間ではブッダを超人化して崇拝する傾向がますます有力となり、ストゥーパstūpa(塔)の崇拝も盛んに行われた。マウリヤMaurya王朝崩壊(前一八〇年ごろ)ののちには、西北方から異民族の侵入がつづいたが、このような交流の影響をうけて民衆のあいだから大乗仏教Mahāyānaがおこった。これは民衆の宗教であり、諸仏・諸菩薩を信仰する。みずから救われずとも、まず他人を救おうという菩薩bodhisattvaの精神が強調された。ガンダーラGandhāraとマトゥラーMathurāとでは多数の仏像がつくられ、多数の大乗経典が編纂され、竜樹Nāgārjunaなど幾多の仏教哲学者を輩出させた。おそらく西ローマ帝国の滅亡に伴う海外貿易の衰退は、インドにおける商業資本の社会的勢威を減少させ、農村に基盤をおくバラモン教を優勢にさせることとなった。そこで仏教もバラモン教と妥協しないわけにはいかず、民間信仰もとりいれて密教を成立させた。だがそれは仏教の堕落をひきおこし、また密教はヒンドゥー教のうちに没入してしまうかたむきがあった。十二世紀初めにイスラム教徒のインド征服とともに、仏教はインドからほとんど消滅してしまった。

〔アジア諸国への伝播〕

アショーカ王はアジアだけでなく、ギリシャ人の諸国にも伝道者を派遣した。スリランカにはこのとき上座部がつたえられ、ついでそこからミャンマー・タイ・カンボジアなどの諸地方につたえられた。これらの地方の仏教は南方仏教と称せられ、パーリ語の聖典を遵奉し、現在世界の仏教徒のなかではいちばん原始的な形態の仏教をまもっている。西北インドのカシュミーラKaśmīra・ガンダーラ地方には上座部系統、特に説一切有部の教学が盛んとなり、ついで大乗仏教もおこり、のちにひろく西域諸地方につたわった。ネパールにも大乗仏教、特に密教がつたわって、現在梵語の仏典をつたえ、僧侶は妻帯し、世襲となっている。八世紀からチベットには大乗仏教(特に密教)がつたえられ、多数の大乗仏典がチベット語に逐字的に翻訳され、チベット大蔵経となって今日につたわっている。一般チベット人はラマ僧を生身の仏として崇拝し、絶対帰依を表明している。中国には一―二世紀ごろにはじめて仏教がつたわり、そののち梵語(一部は俗語)から仏典を漢訳した。漢訳大蔵経はほかの言語で書かれた聖典よりもはるかに分量が多い。ただ初期の漢訳仏典は必ずしも忠実な翻訳ではなく、中国人の人間観とか儒教の身分倫理に適合するように、内容をあらためて翻訳し、また冗漫な内容を簡約している。宗派としてはむかしから十三宗と称し、毘曇・成実・律・三論・涅槃・地論・浄土・禅・摂論・天台・華厳・法相・真言の諸宗をかぞえる。近代の中国仏教は禅宗に浄土信仰を混じたもので、道教の俗信とも融合している。

〔日本における仏教〕

日本へは欽明天皇の治世(六世紀なかば)に仏教がつたわった。歴朝皇室の尊崇をうけ、特に推古朝の聖徳太子のときに非常に盛んになった。おもに支配階級の援助をうけてひろまったが、鎌倉時代からのちは民衆のあいだに浸透し、それとともに仏教そのものが、著しく日本的なものにあらたまった。奈良時代には律・成実・倶舎(以上は「小乗」)・三論・法相・華厳の六宗派が大陸から移入されたが、おもに学問的な宗派として支配階級や学僧のあいだに遵奉されていたにとどまり、後代にはおとろえた(いまでは律・法相・華厳の三宗派だけが残っている)。平安時代初期には、伝教大師最澄によって天台宗が、弘法大師空海によって真言宗(密教)がつたえられたが、現実には呪術的儀礼体系として重んじられていた。平安時代末期から鎌倉時代初期にかけて浄土教が盛んとなり、良忍が融通念仏宗を、法然房源空が浄土宗を、親鸞が浄土真宗を、一遍が時宗を創始した。これに対して『法華経』を尊崇する立場から日蓮が日蓮宗をひらいた。また大陸から禅宗が移入され、栄西らが臨済宗を、道元が曹洞宗をつたえた(江戸時代には隠元により黄檗宗がつたえられた)。禅は特に武士に信奉された。室町時代末期の社会変動期に、真宗と日蓮宗とは、一般民衆のあいだに急激にひろまった。江戸時代には、キリシタン禁制のため、仏教は国教として保護をうけたが、また世俗的な政治権力の厳重な統制支配をうけた。明治維新の際に廃仏毀釈の運動のため国教としての地位を失った。そののち僧侶の肉食妻帯は一般化し、生活が変化したが、諸宗派は依然として残っている。

〔非仏教国における仏教運動〕

最近代では非仏教国であるインド・ヨーロッパ・アメリカなどにも新しい仏教の運動がおきているが、特に信仰の合理性と徹底した無傷害・平和主義が、ひとびとをひきつけている。
→飛鳥仏教(あすかぶっきょう),→鎌倉仏教(かまくらぶっきょう),→釈迦(しゃか),→小乗仏教(しょうじょうぶっきょう),→大乗仏教(だいじょうぶっきょう),→奈良仏教(ならぶっきょう),→仏教伝来(ぶっきょうでんらい),→平安仏教(へいあんぶっきょう)
[参考文献]
M・ヴィンテルニッツ『仏教文献』(中野義照訳 『インド文献史』二)、平川彰『インド仏教史』、竜山章真『印度仏教史概説』、鎌田茂雄『中国仏教史』(『岩波全書』)、道端良秀『中国仏教史』、圭室諦成『日本仏教史概説』、中村元『東洋人の思惟方法』(『中村元選集』一―四)
(中村 元)
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検索コンテンツ
1. 仏教
日本大百科全書
その後教団の衰滅とともに、インド仏教は1600年余の伝統を閉じた。以下は、初期仏教、部派仏教、大乗仏教、密教に分けて論ずる。三枝充悳初期仏教初期仏教はまた原始仏 ...
2. 仏教
世界大百科事典
カを中心に広まった南伝仏教(南方仏教)で,パーリ語仏典を用いる上座部仏教,(2)はインド北西部から西域(中央アジア)を経て広まった北伝仏教で,漢訳仏典を基本とす ...
3. ぶっ‐きょう【仏教】
デジタル大辞泉
ん)に至ることを説く。前5世紀、インドのガンジス川中流に起こって広まり、のち、部派仏教(小乗仏教)・大乗仏教として発展、アジアに普及した。日本には6世紀に伝来。 ...
4. ぶっ‐きょう[:ケウ]【仏教】
日本国語大辞典
川中流域に止まっていた仏教は、紀元前三世紀のアショカ王によりインド各地のみならず東アジアに広く伝播され、紀元前後に大乗仏教が発生した。ここにそれまでの伝統仏教は ...
5. ぶっきょう【仏教】
国史大辞典
ひきつけている。 →飛鳥仏教(あすかぶっきょう),→鎌倉仏教(かまくらぶっきょう),→釈迦(しゃか),→小乗仏教(しょうじょうぶっきょう),→大乗仏教(だいじょ ...
6. ぶっきょう【仏教】
プログレッシブ和英
Buddhism 仏教の僧a Buddhist priest 小乗仏教Hinayana [Lesser Vehicle] Buddhism 大乗仏教Mahaya ...
7. ぶっきょう【仏教】
ポケプロ和独
Buddhismus 男性名詞 仏教徒 Buddhist 男性名詞  ...
8. ぶっきょう【仏教】
ポケプロ和西
【宗教】budismo [男性名詞] 仏教徒|budista m/f  ...
9. ぶっきょう【仏教】
ポケプロ和伊
buddismo [男性名詞]仏教のbuddista仏教徒buddista [男性名詞] [女性名詞] ...
11. ぶっきょう【仏教】
ポケプロ日中
佛教 Fójiào. ~徒 佛教徒 .  ...
12. ぶっきょう【仏教】
ポケプロ日韓
불교 ~徒 불교도.  ...
13. 仏教[宗教]
イミダス 2016
近代以降は欧米諸国にも広まった。ブッダ(Buddha 仏陀)とは覚者つまり悟った者の意で、そこから仏教の名が起こった。人生を苦ととらえ、修行によって自分を苦から ...
14. 仏教[宗教]
現代用語の基礎知識 2016
開祖自身の宗教からはかなり離れたものも少なくない。大別すれば、南伝(方)仏教(だいたい上座部仏教)、北伝(方)仏教(大乗仏教)に大別することができる。全世界に2 ...
15. ぶっ‐きょう【仏教】
仏教語大辞典
「大聖設教、仏教既存」 2 仏の真意。仏のまことの意趣。 正信偈 「本師源空明仏教憐愍善悪凡夫人」 3 仏のかりの教え、という意かという、仏教の衰微に対する警告 ...
16. 仏教
文庫クセジュ
インドで仏教以前に支配的であったヴェーダ教やバラモン教の状況をはじめ、仏陀の生涯をたどりながら、悟りと説法、ニルヴァーナやヨーガなどの教理、教団の礼拝活動につい ...
17. ぶっきょうのでんらいとじゅよう【仏教の伝来と受容】 : 古代
国史大辞典
和銅三年(七一〇)、都が奈良に遷ると律令国家は最盛期を迎え、仏教文化の花を咲かせた。前代以来の国家仏教の隆盛とともに、いわゆる民間仏教が成長して当代仏教に独特の ...
18. Fójiào佛教
ポケプロ中日
[名詞]仏教.  ...
19. ぶっきょう【仏教】[標準語索引]
日本方言大辞典
ぶっきょう:仏教信者ありがたや ...
20. Buddhism 【仏教】
Encyclopedia of Japan
According to tradition, the founder of Buddhism, Gautama Siddhartha, was born ab ...
21. 佛〓徒與耶蘇〓宗論 (見出し語:佛〓
古事類苑
宗教部 洋巻 第4巻 1148ページ ...
22. 佛〓總載【篇】 (見出し語:佛〓
古事類苑
宗教部 洋巻 第1巻 1ページ ...
23. 儒〓〓相混 (見出し語:佛〓
古事類苑
文學部 洋巻 第2巻 812ページ ...
24. 太上天皇信〓而出家 (見出し語:佛〓
古事類苑
帝王部 洋巻 第1巻 861ページ ...
25. 支那僧來朝弘〓 (見出し語:佛〓
古事類苑
宗教部 洋巻 第2巻 531ページ ...
26. 朝鮮僧來朝弘〓 (見出し語:佛〓
古事類苑
宗教部 洋巻 第2巻 529ページ ...
27. 百濟傳〓 (見出し語:佛〓
古事類苑
外交部 洋巻 第1巻 191ページ ...
28. 皇后信〓而出家 (見出し語:佛〓
古事類苑
帝王部 洋巻 第1巻 904ページ ...
29. 神祇護佛法 (見出し語:佛〓
古事類苑
神祇部 洋巻 第2巻 1349ページ ...
30. 仏教医学
世界大百科事典
れる医学的な記事を便宜的に〈仏教医学〉と呼ぶ。特別なまとまった体系があるわけではなく,基本的にはインド古典医学(《アーユル・ベーダ》)と異なるわけではない。元来 ...
31. 仏教音楽
日本大百科全書
紀元前6世紀の初期仏教時代から今日に至るまで伝承・生成されてきた仏教にまつわる音楽の総称。仏教発祥の地インドに始まり、アジア各地に広まったが、ここでは各国・各宗 ...
32. 仏教音楽
世界大百科事典
,修行による風格が表現されうることから,仏教音楽とされる。 源流 起源は当然仏教の興起以後ということになるが,音楽史としての前史があるわけで,とくに仏教音楽の場 ...
33. ぶっきょう‐おんがく【仏教音楽】
デジタル大辞泉
仏教の祭儀などに用いる音楽。声明(しょうみょう)・和讚(わさん)・講式・御詠歌など。  ...
34. ぶっきょう‐おんがく[ブッケウ:]【仏教音楽】
日本国語大辞典
〔名〕仏教の法要などで用いる音楽。僧侶の声明(しょうみょう)のほか、信者の唱える御詠歌・念仏、また管弦・舞楽など仏教と関連をもった音楽的なもの一般をさす。ブッキ ...
35. ぶっきょう‐か[ブッケウ:]【仏教家】
日本国語大辞典
〔名〕仏教を信仰する人。また、仏教を研究する人。ブッキョーカ〓[0] ...
36. ぶっきょう‐かいが【仏教絵画】
デジタル大辞泉
仏の像や経典の内容など、仏教に関する題材を扱った絵画。仏画。  ...
37. ぶっきょう‐かいが[ブッケウクヮイグヮ]【仏教絵画】
日本国語大辞典
〔名〕仏教に関する内容を表現した絵画。仏画。ブッキョーカイ〓 ...
38. ぶっきょう‐がく[ブッケウ:]【仏教学】
日本国語大辞典
〔名〕仏教について研究する学問。*異形の者〔1950〕〈武田泰淳〉「初歩の仏教学から、鐘の叩き方、木魚の調子〈略〉引導のわたし方まで、それらの人々は熱心に学習し ...
39. 仏教建築
日本大百科全書
ンドゥー教やジャイナ教が盛んとなり、仏教はしだいに衰微し、13世紀からイスラムの支配となって仏教建築はほとんどつくられなくなった。 インドの近隣諸国にも仏教隆盛 ...
40. 仏教考古学
日本大百科全書
宗教考古学の一分科。とくにわが国において独自な発展を遂げつつある。仏教関係の遺跡および遺物を考古学的な方法によって研究し、仏教の展開過程を具体的に究明することを ...
41. ぶっきょうこうこがく【仏教考古学】
国史大辞典
必ずしも仏教考古学としての一貫性のある構成ではなかった。それを補い、仏教考古学の体系化を進めたのは石田茂作である。石田は「仏教関係の遺跡・遺物を研究調査し、過去 ...
42. ぶっきょうしゅつげんのれきしてきじじょう【仏教出現の歴史的事情】 : 仏教
国史大辞典
仏教出現の歴史的事情〕 前六世紀ごろにガンジス河流域の中部と東部インドには都市を中心とする多数の小国家が成立した。それらの多くは王制だったが、いくつかの小国 ...
43. ぶっきょうじ【仏教寺】岡山県:久米郡/久米南町/仏教寺村
日本歴史地名大系
[現]久米南町仏教寺 誕生寺川右岸の山地にある高野山真言宗寺院。医王山と号し、本尊は薬師如来。「作陽誌」に載せる寺伝などによれば、和銅六年(七一三)肩野物部乙麻 ...
44. ぶっきょうじむら【仏教寺村】岡山県:久米郡/久米南町
日本歴史地名大系
[現]久米南町仏教寺 東をのぞく三方を下二ヶ村に囲まれ、中世には弓削庄に含まれた(永享五年仏教寺鐘鼓銘)。正保郷帳・天保郷帳では下二ヶ村の内。元禄一〇年(一六九 ...
45. 仏教図像
世界大百科事典
ために表現上の共通の規範が求められ,ここに仏教図像が成立した。大乗仏教の隆盛に伴い,多種多様の仏・菩薩が派生し,各諸尊間の異同を弁別させるべく,仏教図像は複雑な ...
46. ぶっきょう‐ずぞうがく[ブッケウヅザウガク]【仏教図像学】
日本国語大辞典
〔名〕仏教諸尊の彫像・絵像、また、曼荼羅、ないし仏教的主題を扱った絵画・彫刻の図像などに関する解釈学。イコノグラフィー。ブッキョーズゾー ...
47. ぶっきょう‐せつわ【仏教説話】
デジタル大辞泉
説話の分類の一。仏・菩薩(ぼさつ)の奇跡、高僧の逸話、世俗における因果応報の理などを記したもの。日本霊異記(にほんりょういき)・今昔物語集・発心集・沙石集(しゃ ...
48. 仏教説話集
世界大百科事典
その内容も物語風な構成のものが多いが,そのままでは仏教説話集とは呼ばない。あくまで経である。現在われわれが仏教説話集と呼んでいるものは2種ある。第1は,中国その ...
49. 仏教大学
日本大百科全書
翌1913年(大正2)仏教専門学校を経て1949年(昭和24)新制大学となる。2010年(平成22)時点で、仏教学部、文学部、歴史学部、社会学部、教育学部、社会 ...
50. ぶっきょう‐だいがく【仏教大学】地図
デジタル大辞泉
京都市北区にある私立大学。江戸時代に江戸増上寺に開設した浄土宗の十八檀林を起源とする。仏教専門学校を経て、昭和24年(1949)新制大学として発足。  ...
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Buddhism 【仏教】(Encyclopedia of Japan)
Tradition of Chinese origin said to have been known in Japan since the 5th century. Confucianism has religious aspects but is mainly a philosophical, ethical, and political teaching. In Japan it assumed particular importance during the 6th to 9th centuries and from the Edo period (1600−1868)
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