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新編 日本古典文学全集・日本大百科全書・改訂新版 世界大百科事典・国史大辞典

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新編 日本古典文学全集
枕草子

春はあけぼの。だんだん白んでくっきりとしてゆく山ぎわが、少し赤みを帯び明るくなって、紫がかった雲が細く横になびいているの。
夏は何といっても夜だ。月のあるころは言うまでもない、闇もやはり、蛍がたくさん入り乱れて飛びかっているの。また、たくさんではなく、ただ一つ二つなど、かすかに光って飛んで行くのも、夏の夜の快い趣がある。雨などの降るのもおもしろい。
秋は夕暮。夕日がさして、もう山の端すれすれになっている時に、烏がねぐらへ行くというので、三つ四つ、二つ三つなど、飛んで急いで帰るのまでしみじみとした感じがする。まして雁などの列を作っているのが、ひどく小さく見えるのは、とてもおもしろい。日がすっかり沈んでしまって、風の音や虫の音などが聞えるのもやはり、言いあらわしようもなくよいものである。
冬は早朝。雪が降っているのは、言うまでもない、霜がたいへん白くおいたのも、またそうでなくてもとても寒い時に、火などを急いでおこして、炭火を持って行き来するのも、極めて冬の早朝に似つかわしい。

新編 日本古典文学全集 枕草子 春はあけぼの
一 春はあけぼの
二 ころは
三 正月一日は
四 同じことなれども
五 思はむ子を
六 大進生昌が家に
七 上に候ふ御猫は
八 正月一日、三月三日は
九 よろこび奏するこそ
一〇 今内裏の東をば
一一 山は
一二 市は
一三 峰は
一四 原は
一五 淵は
一六 海は
一七 みささぎは
一八 わたりは
一九 たちは
二〇 家は
二一 清涼殿の丑寅の隅の
二二 生ひさきなく、まめやかに
二三 すさまじきもの
二四 たゆまるるもの
二五 人にあなづらるるもの
二六 にくきもの
二七 心ときめきするもの
二八 過ぎにし方恋しきもの
二九 心ゆくもの
三〇 檳榔毛は
三一 説経の講師は
三二 菩提といふ寺に
三三 小白川といふ所は
三四 七月ばかり、いみじう暑ければ
三五 木の花は
三六 池は
三七 節は
三八 花の木ならぬは
三九 鳥は
四〇 あてなるもの
四一 虫は
四二 七月ばかりに、風いたう吹きて
四三 にげなきもの
四四 細殿に人あまたゐて
四五 主殿司こそ
四六 をのこは、また随身こそ
四七 職の御曹司の西面の立蔀のもとにて
四八 馬は
四九 牛は
五〇 猫は
五一 雑色随身は
五二 小舎人童
五三 牛飼は
五四 殿上の名対面こそ
五五 若くよろしき男の
五六 若き人、ちごどもなどは
五七 ちごは
五八 よき家の中門あけて
五九 滝は
六〇 河は
六一 暁に帰らむ人は
六二 橋は
六三 里は
六四 草は
六五 草の花は
六六 集は
六七 歌の題は
六八 おぼつかなきもの
六九 たとしへなきもの
七〇 しのびたる所にありては
七一 懸想人にて来たるは
七二 ありがたきもの
七三 うちの局
七四 職の御曹司におはしますころ、木立などの
七五 あぢきなきもの
七六 心地よげなるもの
七七 御仏名のまたの日
七八 頭中将のすずろなるそら言を聞きて
七九 返る年の二月二十余日
八〇 里にまかでたるに
八一 物のあはれ知らせ顔なるもの
八二 さてその左衛門の陣などに行きて後
八三 職の御曹司におはしますころ、西の廂に
八四 めでたきもの
八五 なまめかしきもの
八六 宮の五節出ださせたまふに
八七 細太刀に平緒つけて、清げなるをのこ
八八 内は、五節のころこそ
八九 無名といふ琵琶
九〇 上の御局の御簾の前にて
九一 ねたきもの
九二 かたはらいたきもの
九三 あさましきもの
九四 くちをしきもの
九五 五月の御精進のほど
九六 職におはしますころ
九七 御方々、君達、上人など、御前に
九八 中納言まゐりたまひて
九九 雨のうちはへ降るころ
一〇〇 淑景舎、春宮にまゐりたまふほどの事など
一〇一 殿上より
一〇二 二月つごもりごろに、風いたう吹きて
一〇三 はるかなるもの
一〇四 方弘は、いみじう
一〇五 見苦しきもの
一〇六 言ひにくきもの
一〇七 関は
一〇八 森は
一〇九 原は
一一〇 卯月のつごもり方に
一一一 常よりことに聞ゆるもの
一一二 絵にかきおとりするもの
一一三 かきまさりするもの
一一四 冬は
一一五 あはれなるもの
一一六 正月に寺に籠りたるは
一一七 いみじう心づきなきもの
一一八 わびしげに見ゆるもの
一一九 暑げなるもの
一二〇 はづかしきもの
一二一 むとくなるもの
一二二 修法は
一二三 はしたなきもの
一二四 関白殿、黒戸より出でさせたまふとて
一二五 九月ばかり夜一夜降り明かしつる雨の
一二六 七日の日の若菜を
一二七 二月、官の司に
一二八 などて官得はじめたる六位の笏に
一二九 故殿の御ために、月ごとの十日
一三〇 頭弁の、職にまゐりたまひて
一三一 五月ばかり、月もなういと暗きに
一三二 円融院の御果ての年
一三三 つれづれなるもの
一三四 つれづれなぐさむもの
一三五 とりどころなきもの
一三六 なほめでたきこと
一三七 殿などのおはしまさで後、世の中に事出で来
一三八 正月十余日のほど、空いと黒う
一三九 清げなるをのこの、双六を
一四〇 碁をやむごとなき人の打つとて
一四一 おそろしげなるもの
一四二 清しと見ゆるもの
一四三 いやしげなるもの
一四四 胸つぶるるもの
一四五 うつくしきもの
一四六 人ばへするもの
一四七 名おそろしきもの
一四八 見るにことなる事なきものの、文字に書きてことごとしきもの
一四九 むつかしげなるもの
一五〇 えせものの所得るをり
一五一 苦しげなるもの
一五二 うらやましげなるもの
一五三 とくゆかしきもの
一五四 心もとなきもの
一五五 故殿の御服のころ
一五六 弘徽殿とは
一五七 昔おぼえて不用なるもの
一五八 たのもしげなきもの
一五九 読経は
一六〇 近うて遠きもの
一六一 遠くて近きもの
一六二 井は
一六三 野は
一六四 上達部は
一六五 君達は
一六六 権守は
一六七 大夫は
一六八 法師は
一六九 女は
一七〇 六位の蔵人などは
一七一 女一人住む所は
一七二 宮仕へ人の里なども
一七三 ある所に、なにの君とかや言ひける人のもとに
一七四 雪のいと高うはあらで
一七五 村上の先帝の御時に
一七六 みあれの宣旨の
一七七 宮にはじめてまゐりたるころ
一七八 したり顔なるもの
一七九 位こそなほめでたきものはあれ
一八〇 かしこきものは
一八一 病は
一八二 好き好きしくて人かず見る人の
一八三 いみじう暑き昼中に
一八四 南ならずは
一八五 大路近なる所にて聞けば
一八六 ふと心おとりとかするものは
一八七 宮仕へ人のもとに来などする男の
一八八 風は
一八九 野分のまたの日こそ
一九〇 心にくきもの
一九一 島は
一九二 浜は
一九三 浦は
一九四 森は
一九五 寺は
一九六 経は
一九七 仏は
一九八 文は
一九九 物語は
二〇〇 陀羅尼は
二〇一 遊びは
二〇二 遊びわざは
二〇三 舞は
二〇四 弾く物は
二〇五 笛は
二〇六 見物は
二〇七 五月ばかりなどに山里にありく
二〇八 いみじう暑きころ
二〇九 五月四日の夕つ方
二一〇 賀茂へ詣る道に
二一一 八月つごもり、太秦に詣づとて
二一二 九月二十日あまりのほど
二一三 清水などにまゐりて、坂もとのぼるほどに
二一四 五月の菖蒲の、秋冬過ぐるまで
二一五 よくたきしめたる薫物の
二一六 月のいと明かきに
二一七 大きにてよきもの
二一八 短くてありぬべきもの
二一九 人の家につきづきしきもの
二二〇 物へ行く道に、清げなるをのこの
二二一 よろづの事よりも、わびしげなる車に
二二二 細殿にびんなき人なむ
二二三 三条の宮におはしますころ
二二四 御乳母の大輔の命婦、日向へくだるに
二二五 清水に籠りたりしに
二二六 むまやは
二二七 社は
二二八 一条の院をば今内裏とぞいふ
二二九 身をかへて天人などはかやうやあらむと見ゆるものは
二三〇 雪高う降りて、今もなほ降るに
二三一 細殿の遣戸をいととう押しあけたれば
二三二 岡は
二三三 降るものは
二三四 日は
二三五 月は
二三六 星は
二三七 雲は
二三八 さわがしきもの
二三九 ないがしろなるもの
二四〇 ことばなめげなるもの
二四一 さかしきもの
二四二 ただ過ぎに過ぐるもの
二四三 ことに人に知られぬもの
二四四 文ことばなめき人こそ
二四五 いみじうきたなきもの
二四六 せめておそろしきもの
二四七 たのもしきもの
二四八 いみじうしたてて婿取りたるに
二四九 世の中になほいと心憂きものは
二五〇 男こそ、なほいとありがたく
二五一 よろづの事よりも情あるこそ
二五二 人の上言ふを腹立つ人こそ
二五三 人の顔にとりわきてよしと見ゆる所は
二五四 古代の人の指貫着たるこそ
二五五 十月十余日の月いと明かきに
二五六 成信の中将こそ
二五七 大蔵卿ばかり耳とき人はなし
二五八 うれしきもの
二五九 御前にて人々とも、また物仰せらるるついでなどに
二六〇 関白殿、二月二十一日に、法興院の
二六一 たふときこと
二六二 歌は
二六三 指貫は
二六四 狩衣は
二六五 単衣は
二六六 下襲は
二六七 扇の骨は
二六八 檜扇は
二六九 神は
二七〇 崎は
二七一 屋は
二七二 時奏するいみじうをかし
二七三 日のうらうらとある昼つ方
二七四 成信の中将は、入道兵部卿宮の御子にて
二七五 常に文おこする人の
二七六 きらきらしきもの
二七七 神のいたう鳴るをりに
二七八 坤元録の御屏風こそ、をかしうおぼゆれ
二七九 節分違へなどして、夜深く帰る
二八〇 雪のいと高う降りたるを、例ならず御格子まゐりて
二八一 陰陽師のもとなる小童べこそ
二八二 三月ばかり物忌しにとて
二八三 十二月二十四日、宮の御仏名の
二八四 宮仕へする人々の出であつまりて
二八五 見ならひするもの
二八六 うちとくまじきもの
二八七 右衛門尉なりける者の、えせなる男親を持たりて
二八八 小原の殿の御母上とこそは
二八九 また、業平の中将のもとに
二九〇 をかしと思ふ歌を
二九一 よろしき男を、下衆女などのほめて
二九二 左右の衛門尉を判官といふ名つけて
二九三 大納言殿まゐりたまひて
二九四 僧都の御乳母のままなど
二九五 男は、女親亡くなりて男親の一人ある
二九六 ある女房の、遠江の子なる人を語らひてあるが
二九七 便なき所にて、人に物を言ひける
二九八 まことにや、やがてはくだると言ひたる人に
一本 きよしと見ゆるものの次に
一 夜まさりするもの
二 ひかげにおとるもの
三 聞きにくきもの
四 文字に書きてあるやうあらめど心得ぬもの
五 下の心かまへてわろくて清げに見ゆるもの
六 女の表着は
七 唐衣は
八 裳は
九 汗衫は
一〇 織物は
一一 綾の紋は
一二 薄様、色紙は
一三 硯の箱は
一四 筆は
一五 墨は
一六 貝は
一七 櫛の箱は
一八 鏡は
一九 蒔絵は
二〇 火桶は
二一 畳は
二二 檳榔毛は
二三 松の木立高き所の
二四 宮仕へ所は
二五 荒れたる家の蓬深く
二六 池ある所の
二七 初瀬に詣でて、局にゐたりしに
二八 女房のまゐりまかでには
この草子、目に見え心に思ふ事を

校訂付記
解説
一 諸本
二 作者
三 書名
四 形態と成立
五 作品の内容と背景
おわりに
参考文献
三巻本・能因本 章段番号対照表
付録
枕草子年表
枕草子関係系図
平安京大内裏図
平安京内裏図
京都歴史地図
平安京条坊図
奥付



日本大百科全書
枕草子
まくらのそうし

平安中期の随筆。清少納言(せいしょうなごん)の作。跋文(ばつぶん)によると、清少納言が仕える一条(いちじょう)天皇の中宮定子(ていし)に、正暦(しょうりゃく)5年、長徳(ちょうとく)元年(994、995)のころに、中宮の兄藤原伊周(これちか)が紙を献上したことがあり、中宮から「これに何を書かまし」と尋ねられたので、「枕にこそは侍(はべ)らめ」と答えたところ、「さば、得てよ」とその紙を下賜されたので書いたという。「枕」は寝具の枕ではなく、「歌枕」(歌語辞典)、「枕頭(ちんとう)書」(座右の備忘録)、「枕中書」(宮仕え必携)などの書物を意味するようだが定説はない。
 ほぼ300段(日本古典文学大系本は319段)からなるが、内容によって、「山は」「木の花は」「鳥は」や「すさまじきもの」「にくきもの」「うつくしきもの」のように、「――は」や「――もの」で始まる類聚(るいじゅう)章段、「春は曙(あけぼの)」「生(お)ひさきなく」「野分(のわき)のまたの日こそ」のように、自然や人事に対して独自の観察や感懐を記す随想章段、「大進生昌(なりまさ)の家に」「上にさぶらふ御猫は」「清涼殿の丑寅(うしとら)のすみの」のように、宮仕え中の見聞を回想する日記章段に分類される。堺(さかい)本・前田家本のように、類聚・随想・日記の章段がそれぞれ一まとまりになっている類纂(るいさん)本もあるが、ジャンルを超えて思い付くままに執筆した雑纂本の形をとる能因(のういん)本・三巻本が本来の形に近いと考えられている。北村季吟(きぎん)の注釈書『枕草子春曙(しゅんしょ)抄』により、近世初頭以来、能因本が流布したが、昭和に入って三巻本の優秀さが主張され流布している。しかし、今日なお能因本の優秀さを主張する研究者も少なくない。
 中宮に執筆を命じられた「枕」は、中宮にかわって書く性質のものであったが、実際に執筆したのは、中宮の父藤原道隆(みちたか)が没して政権が弟の道長(みちなが)に移り、中宮の兄弟伊周・隆家(たかいえ)が大宰権帥(だざいのごんのそち)・出雲権守(いずもごんのかみ)に左遷され、清少納言が道長方に内通しているといった噂(うわさ)をたてられて私邸に籠居(ろうきょ)した996年(長徳2)4月以後のことである。政争に巻き込まれて苦しむ作者が執筆したものは、政治と一線を画し、次元を異にする私的な好尚の記録となったであろうが、こうした初稿本が、作者の私邸に出入りしていた源経房(つねふさ)によって中宮のもとに届けられて賞賛を博し、まもなく再出仕した作者は人々の慫慂(しょうよう)を受けて改稿に着手。改稿本は998年10月23日より1001年(長保3)8月25日の間にいちおうの完成をみ、跋文が添えられるが、その後の加除訂正もあったと考えてよかろう。『枕草子』は、書き続けるうちにしだいに独自の文学を形成した作品であり、作品の完成度は章段ごとに異なるが、読者を強く意識して読者の驚嘆や哄笑(こうしょう)を求める章段や、詩人の眼(め)や心を借り、あるいは逆に、自己の世界に沈潜して自己の観察を記し、新たな美を提示しようとする章段はその到達点を示している。日記章段には改稿時の作も多く、自賛談のようにみえる章段も、草稿本で獲得したものを発展させて、中宮と中宮を取り巻く人々が失意の時代にあっても、天皇の恩寵(おんちょう)を受けて政治とは無縁に美と好尚の世界に生きたことを主張している。『源氏物語』とともに、王朝女流文学を代表する傑作である。
[上野 理]


改訂新版・世界大百科事典
枕草子
まくらのそうし

平安中期,996年(長徳2)ころから1008年(寛弘5)ころの間に成立した日本最初の随筆文学。作者は清少納言。一条天皇の中宮定子(藤原定子)に仕えていた清少納言は,996年秋,中宮の一家と対立し容赦ない圧迫の手を加える左大臣藤原道長方に内通しているとのうわさにいたたまれず,中宮のそばを離れて長期の宿下がりに閉じこもった。そして,たまたま中宮から賜った料紙に,木草鳥虫の名や歌枕などを思いつくままに書き続けることによって気を紛らせた。これが原初狭本類纂型の《枕草子》である。偶然,と記されているが,半ばは意識的に右近中将源経房の手を経てこれが世人の目にとまり,意外な好評を受けて,次々と書き続けていった。ところが,1000年(長保2)12月16日定子が亡くなるに及んで,その3人の遺児修子,敦康,媄子は道長の手に引き取られて中宮彰子(上東門院)の庇護の下に育てられることとなった。定子生前につらく当たった道長方の人々の,3人の遺児に対する手厚い待遇を願って,亡き定子のすばらしい人柄を筆を尽くして書き上げたのが,完結広本雑纂型の《枕草子》である。《枕草子》の文章は,〈回想〉〈随想〉,物名類聚的な〈類想〉の三つの様式に大別することができるが,類想に始まって随想・回想に移るもの,随想の中に回想を交じえるもの,年代の先後を問わず自由に回想するものなど,きわめて自由な連想のおもむくままに書き続けられたものが多い。各章段の間にも,微妙な連想の糸筋が貫いているので,やはり雑纂形式のものを,作者が最終的に世に問うた作品とみなければならない。

 今日に伝わる《枕草子》の証本は,雑纂型の3巻本と伝能因所持本,類纂型の前田本と堺本の四つに分けられるが,上述のような作者清少納言の自由な連想の糸筋と緻密な文章構成が見られるのは,3巻本ことにその第1類の証本においてである。伝能因所持本,前田本,堺本などは,後世の者の手によって改編され,増補や除去,改訂の加えられた不純な本文でしかない。3巻本《枕草子》によってみる限り,作者清少納言は,自然と人生とに対して実に鋭い観察と深い理解,限りない愛着と容赦ない批判とを表明したまれにみる天才であったといえよう。内大臣藤原伊周(これちか)が一条天皇と中宮定子とに美麗な料紙を献上したとき,天皇方ではそれに《史記》を書写したが,何を書けばよかろうかとの中宮の質問に対し,〈枕にこそは侍らめ〉と答えてその料紙を賜ったと,《枕草子》成立の由来を清少納言自身が跋文に書き残しているが,それは跋文にありがちな虚構にすぎない。ただそこに,経房の手を通じてはからずも世上に流布したとあることだけが真実であって,清少納言が,経房を通して左大臣道長の目にこの作品が触れることを願い,中宮方から道長方へ転身することを期待していたとしたら,やはり世間のうわさにはなにがしかの根拠があったといわねばならない。しかし道長は清少納言を召そうとはせず,したがって結果的にこの作品は現在の3巻本にみる完結広本雑纂型《枕草子》にまで成長発展しえたのである。
[萩谷 朴]

[索引語]
清少納言

国史大辞典
枕草子
まくらのそうし
随筆。清少納言作。古く、正しくは「まくらそうし」と呼ぶ。もともとは普通名詞(ただしその実態は必ずしも明らかでない。『栄花物語』わかばえの巻に用例があり、分厚い草子―綴じ本―であったことは明らか)。『清少納言枕草子』(清少納言の書いた枕草子の意)、『枕草子』(おそらく上記の書名の略称)が標準的書名。現在伝わるテキストには、三巻本・能因本・堺本・前田家本の四種がある。三巻本・能因本は、章段の配列が一見雑然としているので雑纂本と呼ばれ、堺本・前田家本は、章段の性質によって類別されているので類纂本と呼ばれる。類纂本は後人による編纂本であって、雑纂本が原形であろう。雑纂本である三巻本と能因本のうち、三巻本の方が原形に近いであろうとするのも学界の大勢である。能因本には、後人の恣意による改訂が認められ、かつ、口頭語的性格の強い無造作な三巻本の本文を雅文的に修正したかと思われる点がある。以下、三巻本によって説明する。巻頭に「春は曙」の段を置き、巻尾に作者の自記によると見られる跋文を置く。もと三巻に分冊されていたのでこの系統の本を三巻本と呼ぶが、元来は二巻に分冊されていたものと考えられる。跋文の分析によって、成立は長保三年(一〇〇一)正月―八月のころかと考えられる。全体で三百余の長短さまざまな章段から成る。その章段を一応分類すると、「山は」「川は」など、「……は」形式、「すさまじきもの」「うつくしきもの」など、「……もの」形式、いずれも、そのものを列挙する形式の文章で、この二つを一括して類聚章段と呼ぶ。文章の形式の点で、この作品を特徴づける章段群である。次に、作者の仕えた一条天皇の中宮定子の動静を中心とする記録、これを日記的章段と呼ぶ。内容の点でこの作品を特徴づける章段群である。第三に、感想文的な性格の章段群、これを随想章段(随筆的章段)と呼ぶ。ちなみに巻頭の「春は曙」の段は、類聚章段の形式によって形を整えた随想章段である。これらの随想章段は、作者の感性がもっとも鮮明にうかがえる章段であり、のちの『徒然草』にも大きな影響を与え、この作品の高い文学的評価も主としてこれらの章段に基づく。『枕草子』が、『徒然草』の先蹤として、文学史上、随筆文学として処理されているのも、随想章段の存在が大きくかかわっている。しかし、『枕草子』を全体として見る時、根幹を成すのは、類聚章段と日記的章段であって、随想章段は、類聚章段から派生したものと考えるべきである。類聚章段の中に感想を付け加えた部分があるが、それの独立したもの、ある場合には拡大されたものが随想章段であり、また、類聚章段の形を借りた冒頭章段のような例もある。類聚章段の文章形式は、作者の発明したものではなく、「歌枕」(平安時代に行われた歌語解説書)や『和泉式部集』にその先蹤があり、元来が、女房仲間の知的遊戯であったのではあるまいかと思われる。おそらくは定子の後宮の好尚を反映したものであろう。跋文によると、定子の兄藤原伊周が、一条天皇と中宮定子に草子を献上したところ、中宮が「帝はこれに『史記』を書写なさった、私はこれに何を書こうか」とたずねたので、それに対して清少納言が「(それは)枕でございましょう」(「枕」は「枕草子」の略称と見るほかない。書名はこれに基づく)と答えると、「それならお前にあげる」といわれて下賜された、という。帝の『史記』の場合、当然、しかるべき能筆の書写者が想定される。『枕草子』の場合も、しかるべき記録者が必要とされる。その記録者として選ばれたのが、中宮の信任の厚い清少納言であったと考えられる。『枕草子』は作者の私的著作ではなく、女房としての作者のなかば公的な著作であり、その本質は、紫式部の書いた女房日記『紫式部日記』と変わるところはない。精細な観察と鋭い感性が実に生き生きと定子の後宮の風儀と好尚を伝える点で稀有の記録というべきである。『日本古典文学大系』一九、『岩波文庫』、『角川文庫』などに収められる。→清少納言(せいしょうなごん)
[参考文献]
田中重太郎編『校本枕冊子』、金子元臣『枕草子評釈』、池田亀鑑『全講枕草子』、林和比古『枕草子の研究』、楠道隆『枕草子異本研究』、萩谷朴『枕草子解環』
(石田 穣二)
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1. 『枕草子』
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とる能因(のういん)本・三巻本が本来の形に近いと考えられている。北村季吟(きぎん)の注釈書『枕草子春曙(しゅんしょ)抄』により、近世初頭以来、能因本が流布したが ...
3. 枕草子
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4. まくらのそうし【枕草子】
デジタル大辞泉
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6. まくらのそうし【枕草子】
国史大辞典
[参考文献]田中重太郎編『校本枕冊子』、金子元臣『枕草子評釈』、池田亀鑑『全講枕草子』、林和比古『枕草子の研究』、楠道隆『枕草子異本研究』、萩谷朴『枕草子解環』 ...
7. 枕草子
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〈春はあけぼの……〉で始まる、日本を代表するエッセイ。作者は、一条天皇の中宮定子(ていし)に仕える女房・清少納言。「をかし」の美を基調にして、人事や季節感を独創 ...
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Encyclopedia of Japan
The first example of the zuihitsu (random jottings) genre, written by a court la ...
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鎌倉後期(14世紀初期)の絵巻。清少納言(せいしょうなごん)の『枕草子』を絵画化したもの。現在、詞(ことば)・絵各七段からなる一巻(重文、個人蔵)であるが、配列 ...
10. 枕草子絵巻
世界大百科事典
鎌倉時代末期の絵巻。清少納言の《枕草子》を絵画化し7段1巻にまとめたもの。詞書が2筆であることや,内容が2種に大別できることなどから,もと2巻の絵巻であったもの ...
11. まくらのそうし‐えまき【枕草子絵巻】
デジタル大辞泉
鎌倉後期の絵巻。1巻。枕草子の一部を繊細な白描で描く。絵・詞書(ことばがき)各七段が現存。  ...
12. まくらのそうしえまき[まくらのサウシヱまき]【枕草子絵巻・枕草紙絵巻】
日本国語大辞典
絵巻物。一巻。紙本白描。鎌倉末期の作。詞書(ことばがき)後光厳院、絵は女筆。吹抜屋台、引目鉤鼻(かぎはな)の手法を用い、線は非常に繊細で毛髪や調度の濃い部分は焦 ...
13. まくらのそうしえまき【枕草子絵巻】
国史大辞典
鎌倉時代後期の代表的白描絵巻。浅野家所蔵(重要文化財)。清少納言の『枕草子』の中から物語的要素の濃厚な回想録的章段を抽出して詞書としこれに絵を加えたもので、現 ...
14. まくらのそうししゅんしょしょう【枕草子春曙抄】
デジタル大辞泉
枕草子の注釈書。12巻。北村季吟著。延宝2年(1674)成立。本文に傍注・頭注・校合・考証などを付したもの。  ...
15. まくらのそうししゅんしょしょう[まくらのサウシシュンショセウ]【枕草子春曙抄】
日本国語大辞典
枕草子」の注釈書。一二巻。北村季吟著。延宝二年(一六七四)成立。本文に傍注・頭注・校合・考証を付したもの。注釈は穏健妥当で信頼され、広く流布した。本文は三巻本 ...
16. まくらのそうししゅんしょしょう【枕草子春〓抄】
国史大辞典
枕草子』の注釈書。北村季吟著。十二巻十二冊。延宝二年(一六七四)成立。はじめに簡単な解題があって、作者清少納言の伝記、題号、諸本、注釈に参考とした文献などに ...
17. 『枕草子春曙抄』
日本史年表
1674年〈延宝2 甲寅〉 この年 北村季吟 『枕草子春曙抄』 成る。  ...
18. まくらのそうしひょうしゃく【枕草子評釈】
デジタル大辞泉
金子元臣による枕草子の注釈書。大正10年(1921)と大正13年(1924)に上巻・下巻をそれぞれ刊行。  ...
19. 絵巻物に見る直衣姿[図版]
国史大辞典
夏の冠直衣 引直衣 浮線綾の直衣の前後 源氏物語絵巻 信貴山縁起絵巻 春日権現霊験記 扇面法華経冊子 枕草子絵巻 紫式部日記絵巻 (c)Yoshikawa ko ...
20. 『枕草子』[百科マルチメディア]
日本大百科全書
古活字版(能因本) 巻1 清少納言(せいしょうなごん)著 寛永年間(1624~1644)刊 国立国会図書館所蔵 ...
21. Arthur David Waley【ウェーリー】[人名]
能・狂言事典
『李白』(一九五〇)などの研究書がある。日本文学の古典では一九二五年から三三年にかけて『源氏物語』を全訳し、『枕草子』の抄訳(一九二八)も刊行している。それに先 ...
22. píllow bòok
ランダムハウス英和
枕元で読むのにふさわしい本;(特に)エロ本.◇タイトル名[文学・著作物]The Pillow Book『枕草子』清少納言の随筆集. ...
23. いびきをかく(鼾をかく)[方言の地図帳]
日本方言大辞典
地図に見える諸表現形の中では比較的新しい発生であろう。ただし、新しいといっても、九~一〇世紀頃の『新撰字鏡』『枕草子』などにイビキの例が見えるので、近畿中央部で ...
24. 愛
世界大百科事典
用いたこと,たとえば〈にくむ〉の反対語として動詞〈おもふ〉をあげた《枕草子》第71段の記事によってもうかがうことができよう。《枕草子》と並んで,《源氏物語》にも ...
25. あい[あゐ]【藍】
日本国語大辞典
8〕〈山口鋭之助〉「Ai Indigo 〈略〉藍」(3)「あいいろ(藍色)」に同じ。*能因本枕草子〔10C終〕七二・たとしへなきもの「あゐときはだと」*世俗諺文 ...
26. あい‐ぎょう[:ギャウ]【愛敬】
日本国語大辞典
大将の児(ちご)なりし時かくやありけむと美しげにはづかしき顔の、ゑみ給はぬにあいぎゃういとにほひやかなり」*枕草子〔10C終〕三七・木の花は「梨の花、よにすさま ...
27. あいぎょう‐づ・く[アイギャウ:]【愛敬付】
日本国語大辞典
3〕「右の歌を、帝ののたまはせけるやう、『眼をするする、花を見けむぞ、あい行づいたるや』」*枕草子〔10C終〕一二〇・正月に寺にこもりたるは「七つ八つばかりなる ...
28. あいぎょう‐な[アイギャウ:]【愛敬無】
日本国語大辞典
感動表現に用いる。*落窪物語〔10C後〕一「かかるままに、『あいぎゃうなの雨や』と腹だてば」*枕草子〔10C終〕二六二・文ことばなめき人こそ「あな、にげな、あい ...
29. あいた‐どころ【朝所】
日本国語大辞典
〔名〕(「あしたどころ」の変化した語)「あいたんどころ(朝所)」に同じ。*枕草子〔10C終〕一六一・故殿の御服のころ「官のつかさのあいた所にわたらせ給へり」*色 ...
30. 朝所
世界大百科事典
朝食所,朝膳所とも記す。《大内裏図考証》では東西16丈(48.5m),南北11丈と推定し,《枕草子》には瓦ぶきと見える。儀式書や記録には列見(れつけん)・定考( ...
31. あいたんどころ【朝所】
国史大辞典
建物は『大内裏図考証』に詳しく、東西十六丈(約四八・五メートル)、南北十一丈と推定しており、『枕草子』には狭い瓦葺の古屋とみえる。列見・定考(こうじょう)の儀に ...
32. あい‐な・し
日本国語大辞典
2)そのことが見当違いである。筋違いなことで当惑する。不当である。いわれのないことである。*枕草子〔10C終〕八七・職の御曹司におはします頃、西の廂にて「一日の ...
33. あ・う[あふ]【合・会・逢・遭】
日本国語大辞典
去来〉 ゆがみて蓋のあはぬ半櫃〈凡兆〉」(ロ)ある物事に他の物事が加わる。いっしょになる。*枕草子〔10C終〕一四二・なほめでたきこと「声あはせて舞ふほどもいと ...
34. あえ‐な・い[あへ:]【敢無】
日本国語大辞典
けない。*竹取物語〔9C末〜10C初〕「これを聞きてぞ、とげなき物をばあへなしと言ひける」*枕草子〔10C終〕一八四・宮にはじめてまゐりたるころ「あへなきまで御 ...
35. あ・える【零】
日本国語大辞典
。流れる。*落窪物語〔10C後〕一「まだしくは、血あゆばかり、いみじくのむらむとおぼして」*枕草子〔10C終〕二二二・祭のかへさ「ひさしく待つもくるしく、汗など ...
36. あお[アヲ]【襖】
日本国語大辞典
*宇津保物語〔970〜999頃〕国譲下「中納言は赤色の織物のあを、にびのさしぬき〈略〉頭の中将は青色のあを」*枕草子〔10C終〕一一九・あはれなるもの「三月、む ...
37. あお‐あお[あをあを]【青青・蒼蒼・碧碧】
日本国語大辞典
【一】〔形動〕いかにも青いさま。*前田本枕草子〔10C終〕二九二・硯きたなげに「水うち流してあをあをなる硯がめの、口はかけてくびのかぎりあるが」【二】〔副〕(多 ...
38. アオイ
日本大百科全書
カツラ(桂)の枝に結び付けられて諸葛(もろかずら)として用いられることもあり、『古今和歌集』『枕草子(まくらのそうし)』や『源氏物語』にも取り上げられて、現代ま ...
39. あおい[あふひ]【葵】
日本国語大辞典
3頃〕夏・一六一「ゆきかへるやそうぢ人の玉かづらかけてぞたのむ葵てふ名を〈よみ人しらず〉」*枕草子〔10C終〕六六・草は「草は 菖蒲。菰。あふひ、いとをかし」* ...
40. あおい‐かつら[あふひ:]【葵鬘・葵桂】
日本国語大辞典
970〜999頃〕楼上下「四月まつりの日、あふひかつらいといつくしう、うるはしきさまにて」*枕草子〔10C終〕二二二・祭のかへさ「祭のかへさ、いとをかし。汗など ...
41. あお‐いろ[あを:]【青色】
日本国語大辞典
〔名〕(1)本来は黒と白との中間の範囲を示す広い色名で、おもに青、緑、藍をいう。*枕草子〔10C終〕一七・淵は「あを色の淵こそをかしけれ。蔵人などの具にしつべく ...
42. あおいろ‐すがた[あをいろ:]【青色姿】
日本国語大辞典
〔名〕青色の袍(ほう)をつけた姿。*枕草子〔10C終〕八八・めでたきもの「めでたきもの〈略〉六位の蔵人。いみじき君達なれど、えしも着給はぬ綾織物を、心にまかせて ...
43. あおいろのほう【青色袍】
国史大辞典
として用い、浮線綾や藻勝見文様の綾で仕立てた。非蔵人は無文、極臈は御料下賜の理由で用いた。『枕草子』に「六位の蔵人こそなほめでたけれ」とあるのもこれがためである ...
44. あお‐うま[あを:]【青馬・白馬】
日本国語大辞典
5頃〕承平五年一月七日「七日になりぬ。同じみなとにあり。けふはあをむまを思へど、かひなし」*枕草子〔10C終〕三・正月一日は「七日は白馬見にとて、里人は車きよげ ...
45. あおうまのせちえ【白馬節会】
国史大辞典
再び御覧になった(『花園天皇宸記』など)。時刻は初めは夜だったが中ごろは昼、再び夜となる。『枕草子』に「白馬見にとて、里人は車清げにしたてて見に行く」とあり、建 ...
46. あおぎ‐ちら・す[あふぎ:]【扇散】
日本国語大辞典
〔他サ五(四)〕あおいで物を散乱させる。扇をやたらにあおぐ。*枕草子〔10C終〕二八・にくきもの「まづ扇してこなたかなたあふぎちらして」*源氏物語〔1001〜1 ...
47. あお‐くさ[あを:]【青草】
日本国語大辞典
0〜999頃〕国譲下「北方は、あをくさの色になりて、〈略〉涙を流して伏しまろび給ふ」*能因本枕草子〔10C終〕六七・草は「雪間のあを草」*俳諧・炭俵〔1694〕 ...
48. あお‐くちば[あを:]【青朽葉】
日本国語大辞典
*宇津保物語〔970〜999頃〕祭の使「あなたの北の方よりはじめたてまつりて、廿の人はあをくちば」*枕草子〔10C終〕五・四月、祭の頃「祭ちかくなりて、あをくち ...
49. あお‐ざし[あを:]【青─】
日本国語大辞典
いり、臼でひいて糸状にひねった菓子。後には、青茶をいって糸状にひねったものもある。《季・夏》*枕草子〔10C終〕二三九・三条に宮におはしますころ「いとをかしきく ...
50. あお‐じ[あを:]【青瓷】
日本国語大辞典
上上「檜皮(ひはだ)をばふかで、あをじの濃き薄き、黄ばみたるを、〈略〉ふかせ給へり」*能因本枕草子〔10C終〕二一九・硯きたなげにちりばみ「あをじのかめの口落ち ...
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