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鳴神

ジャパンナレッジで閲覧できる『鳴神』の新版 歌舞伎事典・世界大百科事典・日本国語大辞典のサンプルページ

新版 歌舞伎事典

鳴神
なるかみ
 歌舞伎狂言。時代物。一幕。本名題《雷神不動北山桜なるかみふどうきたやまざくら》。津打半十郎・安田蛙文・中田万助ら合作。寛保二(1742)年正月大坂・佐渡嶋長五郎座(大西)初演。鳴神上人=二世市川団十郎。題材は謡曲の《一角仙人》。歌舞伎で頼光四天王の世界に採り入れられ、鳴神上人に雲の絶間姫を配し、貞享一(1684)年二月《門松四天王》で、初世市川団十郎が自作自演で大当りをとった。ついで《源平雷伝記げんぺいなるかみでんき》(元禄一一年八月江戸・中村座)、《成田山分身不動なりたさんふんじんふどう》(元禄一六年四月江戸・森田座)などを経て、本作が完成した。この中には《毛抜》《不動》も含まれていたが、のち《鳴神》は分離独立した。七世市川団十郎により歌舞伎十八番の一に制定。朝廷に恨みをもつ鳴神上人は龍神を北山の滝壺に封じ込め、岩屋にこもる。そのため早魃となって民百姓が苦しんだので、朝廷は雲の絶間姫という美女をさしむけ色仕掛で上人を迷わせ、龍神を封じ込めた注連縄しめなわを切る。龍神は天に上り、雨は沛然と降る。欺かれたと知った上人は大いに怒り、姫を追う。道心堅固なはずの鳴神の人間的なもろさを描いた点に興趣があり、また絶間姫が酒をすすめて上人を堕落させる前段に、女方の色気の表現、またのちに上人の怒りの演技として荒事、さらに終幕にみせる柱巻はしらまきの見得など歌舞伎演出の面白さを発揮する。長く上演が中絶していたのを明治四三(1910)年五月二世市川左団次が岡鬼太郎の改訂により復演して以来、今日ではしばしば上演される。
雷神不動北山桜
[菊池 明]


世界大百科事典

鳴神
なるかみ

謡曲《一角仙人》を題材として頼光四天王の世界に採り入れ,鳴神上人に雲の絶間姫を配した歌舞伎狂言の筋の総称。また1幕物の時代劇《鳴神》は歌舞伎十八番の一つ。この題材は寛文期(1661-73)から人形劇では行われていたもので,歌舞伎に移され,1684年(貞享1)2月《門松四天王》で,初世市川団十郎が自作自演で大当りをとった。ついで《源平雷伝記(げんぺいなるかみでんき)》(1698年8月江戸中村座),《成田山分身不動(なりたさんふんじんふどう)》(1703年4月江戸森田座)などを経て,《雷神不動北山桜(なるかみふどうきたやまざくら)》が完成した。この中には《毛抜》《不動》も含まれていたが,のち《鳴神》は分離独立した。7世市川団十郎により歌舞伎十八番の一つとなる。朝廷に恨みをもつ鳴神上人は竜神を北山の滝壺に封じ込め,岩屋にこもる。そのため旱魃(かんばつ)となって民百姓が苦しんだので,朝廷は雲の絶間姫という美女をさしむけ色仕掛けで上人を迷わせ,竜神を封じ込めた注連縄(しめなわ)を切る。竜神は天に上り雨は沛然(はいぜん)と降る。欺かれたと知った上人は大いに怒り姫を追う。道心堅固なはずの鳴神の人間的なもろさを描いた点に興趣があり,また絶間姫が酒をすすめて上人を堕落させる前段に,女方の色気の表現,またのちに上人の怒りの演技として荒事,さらに終幕にみせる柱巻(はしらまき)の見得など歌舞伎演出の面白さを発揮する。ながく上演が中絶していたのを1910年5月2世市川左団次が岡鬼太郎の改訂により復演して以来,今日ではしばしば上演される。なお,鳴神上人を女に書き替えた《女鳴神》がある。
[菊池 明]

[索引語]
源平雷伝記(げんぺいなるかみでんき) 成田山分身不動(なりたさんふんじんふどう) 雷神不動北山桜(なるかみふどうきたやまざくら)


日本国語大辞典

なる‐かみ 【鳴神・雷】

解説・用例

【一】〔名〕

かみなり。なるいかずち。いかずち。らい。《季・夏》

*万葉集〔8C後〕一一・二五一三「雷神(なるかみ)のしましとよもしさし曇り雨も降らぬか君をとどめむ〈人麻呂歌集〉」

*十巻本和名類聚抄〔934頃〕一「雷公 霹靂電附兼名苑云雷公一名雷師〈雷音力回反 和名奈流加美 一云以加豆知〉」

*観智院本類聚名義抄〔1241〕「雷 イカヅチ 一云ナルカミ」

*太平記〔14C後〕一〇・鎌倉兵火事「太刀を打振て、鳴雷(ナルカミ)の落懸る様に、大手をはだけて追ける間」

*曾我物語〔南北朝頃〕五・浅間の御狩の事「なるかみおびたたしくして、雨かきくれてふりければ」

*謡曲・道成寺‐間狂言〔1685〕「『今のはなんであったぞ』『されば鳴る神であらうか』」

*鷹〔1938〕〈松本たかし〉昭和一三年「鳴神や暗くなりつつ能最中」

【二】

(鳴神)

歌舞伎十八番の一つ。天和四年(一六八四)に江戸中村座で初演された「門松四天王」(初世市川団十郎作)に始まり、その後諸作品を経て、寛保二年(一七四二)頃大坂大西芝居で初演された「鳴神不動北山桜」によって定着。朝廷に恨みを持つ鳴神上人は、龍神を封じ込めて天下を旱魃(かんばつ)におとし入れるが、朝廷から遣わされた美女雲の絶間姫の容色に迷って呪法を破ってしまう。現行曲は、岡鬼太郎が「鳴神不動北山桜」によって改訂した一幕物で、明治四三年(一九一〇)二世市川左団次が復活したもの。

方言

〔名〕

(1)雷。なるかみ東京都八丈島340島根県石見724広島県054771774山口県792大島801愛媛県840846なるかみさん愛媛県周桑郡844なりかみ青森県南部072秋田県北秋田郡068群馬県吾妻郡012島根県石見724広島県062比婆郡772高田郡779愛媛県840大分県南海部郡939なりかみさま〔─様〕大分県東国東郡・速見郡941なりがみ下北†051岩手県気仙郡101ならかみ島根県那賀郡・江津市725広島県比婆郡772佐賀県887ならかみさん長崎県佐世保市902ならかめ島根県鹿足郡・那賀郡725なりかめ島根県石見724なるかんがなす鹿児島県徳之島975

(2)声の大きい人。なりがみ山形県東田川郡054

(3)二月八日と四月八日の早朝、男児たちが鈴を鳴らしながら笹を束ねたもので各家の雨戸をたたき回る悪魔払いの行事。なりがみ静岡県榛原郡521

発音

〓[0]〓平安〓〓〓〓〓[0]

辞書

和名・色葉・名義・文明・伊京・明応・天正・饅頭・黒本・易林・日葡・書言・ヘボン・言海

正式名称と詳細

表記

雷公和名色葉文明伊京明応天正饅頭黒本書言

雷師色葉易林書言

名義ヘボン

雷神豊隆阿香動神書言

鳴神言海


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検索コンテンツ
1. なる‐かみ【鳴神・雷】
日本国語大辞典
たぞ』『されば鳴る神であらうか』」*鷹〔1938〕〈松本たかし〉昭和一三年「鳴神や暗くなりつつ能最中」【二】(鳴神)歌舞伎十八番の一つ。天和四年(一六八四)に江
2. 鳴神
日本大百科全書
禄1)、自作の『門松四天王かどまつしてんのう』で演じ好評を得た鳴神の話を、王朝時代の宮廷騒動に結び付けて脚色。朝廷に不満をもつ鳴神上人は、竜神を滝壺たきつぼに法
3. 鳴神
世界大百科事典
謡曲《一角仙人》を題材として頼光四天王の世界に採り入れ,鳴神上人に雲の絶間姫を配した歌舞伎狂言の筋の総称。また1幕物の時代劇《鳴神》は歌舞伎十八番の一つ。この題
4. なるかみ【鳴神】
国史大辞典
歌舞伎狂言。原拠は能の「一角仙人」。歌舞伎では、竜神を封じこめて天下を旱魃で苦しめる鳴神上人を、雲の絶間姫が色香によって堕落させ、竜神を解き放って雨を降らせる
5. なるかみ【鳴神】
歌舞伎事典
寛保二(1742)年正月大坂・佐渡嶋長五郎座(大西)初演。鳴神上人=二世市川団十郎。題材は謡曲の《一角仙人》。歌舞伎で頼光四天王の世界に採り入れられ、鳴神上人に
6. 鳴神(なるかみ)[三線名器]
古事類苑
樂舞部 洋巻 第2巻 827ページ
7. 鳴神(なるかみ)[雷]
古事類苑
天部 洋巻 第1巻 283ページ
8. 【鳴神】なるかみ
新選漢和辞典Web版
《国》 ①かみなり。 ②歌舞伎(かぶき)十八番の一つ。
9. 鳴神(著作ID:4303768)
新日本古典籍データベース
なるかみ 謡曲 能の本 
10. なるかみ【鳴神】[方言]
日本方言大辞典
(1)雷。 東京都八丈島340八丈島三ッ根村方言集(宮本馨太郎)=趣味叢書221936 島根県石見724島根県に於ける方言の分布(島根県女子師範学校)1932
11. なるかみIIいせき【鳴神II遺跡】和歌山県:和歌山市/河南地区/鳴神村
日本歴史地名大系
[現]和歌山市鳴神 岩橋山塊西麓の標高約五メートル前後の平野部に展開された、古墳時代から平安時代に至る複合遺跡。昭和四五年(一九七〇)遺跡の一部が調査され、井戸
12. なるかみいせき【鳴神遺跡】福島県:郡山市/旧富久山町地区/福原村
日本歴史地名大系
。古くから石鏃が採集されることで知られていたが、縄文時代早期末の住居跡一棟も検出されている。(鳴神・柿内戸遺跡「東北新幹線関連遺跡発掘調査報告V」福島県教育委員
13. なるかみかいづか【鳴神貝〓
国史大辞典
国史跡。 [参考文献]和歌山県文化財研究会編『鳴神貝塚発掘調査概報』、巽三郎・羯磨正信「和歌山県下の縄文式文化大観」(『古代学研究』一八)、石部正志他「鳴神貝塚
14. なるかみかいづか【鳴神貝塚】和歌山県:和歌山市/河南地区/鳴神村
日本歴史地名大系
[現]和歌山市鳴神 花山の西端にある、縄文時代前期から弥生時代前期にかけての遺跡。標高は五―一〇メートル。付近はゆるやかな傾斜地で、東西約四〇メートル、南北約三
15. なるかみしょうにん【鳴神上人】
日本人名大辞典
歌舞伎十八番「鳴神」の主人公。帝の仕打ちに腹をたて,竜神を滝壺(たきつぼ)に封じこめ,地上は干魃(かんばつ)となる。朝廷からつかわされた雲の絶間姫(たえまひめ)
16. なるかみしょうにん【鳴神上人】
日本架空伝承人名事典
もうおゆるし下さりませ。鳴神 拝む〓〓。どうもならぬ。煩悩即菩提、上品のうてなには望みはない。下品下生の下へ救いとらせ給え。絶間 お師匠様、鳴神様、コリャおまえは
17. なるかみちくいせき【鳴神地区遺跡】和歌山県:和歌山市/河南地区/鳴神村
日本歴史地名大系
[現]和歌山市鳴神 花山丘陵の西麓一帯に展開された、弥生時代から中世に至る複合遺跡。昭和五二年(一九七七)より三ヵ年にわたって発掘調査が行われ、調査区全域にわた
18. なるかみ‐づき【鳴神月】
日本国語大辞典
〔名〕(雷鳴が多い月の意)陰暦六月の異称。*蔵玉集〔室町〕「十二月異名〈略〉六 常夏鵜〈略〉鳴電月(なるかみづき)〈略〉夏雨はなほはれやらずなる神の月にも成ぬ夏
19. なるかみふどうきたやまざくら【鳴神不動北山桜】
日本国語大辞典
歌舞伎十八番の一つ「鳴神」の代表的作品。ナルカミフドー=キタヤマザクラ〓[フ]=[ザ]
20. なるかみ‐まつり【鳴神祭】
日本国語大辞典
〔名〕豊作を祝って雷神をまつること。また、その祭。〓[マ]
21. 鳴神三也[文献目録]
日本人物文献目録
【書誌】:0件 【図書】:0件 【逐次刊行物】:2件 『鳴神さんに対する印象』柴崎風岬『鳴神三也氏逝く』-
22. なるかみむら【鳴神村】和歌山県:和歌山市/河南地区
日本歴史地名大系
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23. なるかみ も 桑原(くわばら)に恐(おそ)る
日本国語大辞典
う俗信。強いものでもいやな相手のあることのたとえにもいう。*俳諧・世話尽〔1656〕曳言之話「鳴神(ナルカミ)も桑原(クワバラ)に恐(オソ)る」
24. なるじんじゃ【鳴神社】和歌山県:和歌山市/河南地区/鳴神村
日本歴史地名大系
[現]和歌山市鳴神 日前国懸神宮の東方約一キロに位置する。祭神は速秋津彦神・速秋津姫神。旧村社。「延喜式」神名帳にみえる名草郡「鳴神社」に比定される。「紀伊国名
25. 鳴神鐘入桜(著作ID:1523097)
新日本古典籍データベース
なるかみかねいりざくら 浄瑠璃/常磐津 
26. 鳴神社御祈禱御代参之節其外神事勤之覚(著作ID:4379652)
新日本古典籍データベース
なるかみしゃごきとうごだいさんのせつそのほかしんじつとめのおぼえ 
27. 鳴神之鼓(著作ID:395824)
新日本古典籍データベース
なるかみのつづみ 荒巻 中行(あらまき なかゆき) 
28. 阿玉台式土器[図版]画像
国史大辞典
鳴神山貝塚 (c)Yoshikawa kobunkan Inc. 
29. なるかみそー【鳴神草】[方言]
日本方言大辞典
植物ねなしぐさ(根無草)。 日光※063常野採薬記(小野蘭山)1801
30. なるかみつけ【鳴神漬】[方言]
日本方言大辞典
(かむ音から)白瓜しろうりや胡瓜きゅうりの一夜漬けを、らせん状につながるように切り、日に干した漬け物。雷干し。 仙台※058浜荻(匡子)=仙台1813頃
31. 【鳴神月】なるかみ づき
新選漢和辞典Web版
《国》陰暦六月。
32. 女鳴神
世界大百科事典
ねこのこねこ)》。1696年(元禄9)11月江戸中村座初演。荻野沢之丞所演。《鳴神》を女に書き替えたもので,鳴神尼が雲の絶間之助の容色に迷い破戒堕落するという筋
33. おんななるかみ[をんななるかみ]【女鳴神】
日本国語大辞典
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34. おんななるかみ【女鳴神】
歌舞伎事典
このこねこ)》。元禄九(1696)年一一月江戸・中村座初演。荻野沢之丞所演。《鳴神》を女に書き替えたもので、鳴神尼が雲の絶間之助の容色に迷い破戒堕落するという筋
35. 吉備津神社の釜鳴神事[図版]画像
国史大辞典
諸国里人談 (c)Yoshikawa kobunkan Inc. 
36. 愛着鳴神上人(著作ID:595175)
新日本古典籍データベース
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37. 男哉女鳴神(著作ID:747251)
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38. 男鳴神(著作ID:747284)
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おとこなるかみ 黄表紙 
39. 女鳴神瀬川帽子(著作ID:125155)
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40. 女鳴神名歌短冊(著作ID:125166)
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41. 恋競色鳴神(著作ID:947422)
新日本古典籍データベース
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43. 濡衣女鳴神(著作ID:402631)
新日本古典籍データベース
ぬれごろもおんななるかみ 為永 瓢長(ためなが ひょうちょう) 鶴亭 秀賀(かくてい しゅうが) 作 歌川 国貞 二世(うたがわ くにさだ 2せい) 画 合巻 
44. 濡衣女鳴神(著作ID:4363745)
新日本古典籍データベース
ぬれごろもおんななるかみ 濡衣女鳴神/近江八勇の内 歌川 豊国 三世(うたがわ とよくに 3せい) 画 歌川 国久(うたがわ くにひさ) 画 絵画 
45. 風流化物鳴神(著作ID:1657198)
新日本古典籍データベース
ふうりゅうばけものなるかみ 富川 吟雪(とみかわ ぎんせつ) 画 黄表紙 安永五刊
46. 桜艶色鳴神(著作ID:1789408)
新日本古典籍データベース
ゆめみぐさいろになるかみ 浄瑠璃/清元 天保七初演
47. 土御門家譲状(著作ID:3442113)
新日本古典籍データベース
つちみかどけゆずりじょう 紀伊国鳴神社半分并文書等事 文書 正和二
48. あが・る【上・揚・挙・騰】
日本国語大辞典
高く発せられる。「歓声が上がる」*妾の半生涯〔1904〕〈福田英子〉一一・二「それと同時に大雨篠を乱しかけ、鳴神おどろおどろしく、はためき渡りたる其刹那に、児の
49. あげ まし た
日本国語大辞典
いただきました。頂戴いたしました。酒宴でのあいさつことば。*歌舞伎・鳴神(日本古典全書所収)〔1742か〕「戴かう。(ト黒雲坊、一杯受け)上げました。よい酒でご
50. あずま‐くだり[あづま‥]【東下】
日本国語大辞典
(アヅマクダリノ) コトヲモ ヲカタリアレ」*虎寛本狂言・靫猿〔室町末~近世初〕「とどろとどろと鳴神も、ここは桑原よも落じ、よも落じ、吾妻下りのとのは持たねど、
「鳴神」の情報だけではなく、「鳴神」に関するさまざまな情報も同時に調べることができるため、幅広い視点から知ることができます。
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歌舞伎(日本大百科全書・改訂新版 世界大百科事典)
歌舞伎という表記は当て字であるが、歌(音楽)、舞(舞踊)、伎(伎芸)をそれぞれ意味し、日本独自の様式的演劇の特質を巧まずして表現しているため、今日では広く用いられている。かつて江戸時代には「歌舞妓」と書かれるのが普通であったが、もっと古くは「かぶき」と仮名で書かれた
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