時間生物学とは何か5 / 195
文庫クセジュ844 アラン・レンベール著 / 松岡 芳隆訳 / 松岡 慶子訳
自然科学
第一章 基本概念と定義
I 生物リズム(生体リズム)研究の歩み
古代の人びとは、その深い洞察力によって周期性の意味する重要性を捉えていた。天地の創造は光と闇の分離から始まる。聖書には「種を蒔くに時あり、刈り入れに時あり、……生きるに時あり、死するに時あり……」と記されている。古代ギリシアの医師ヒポクラテスは、病理的プロセスの周期変動を研究する時間病理学の父であるといっても間違いなかろう。アリストテレスや古代ローマの自然科学者プリニゥスも、海産動物がリズムを示すことを報告しており、他にも多くの人びとが同様の観察をしている。
一部の物理学者にとって、「時」はもはや実在せず想像上のものになっている。生物学者の場合ばかりでなく、西洋と東洋とでは文化の違いによって時の表現の仕方が異なる。西洋文化では、時を砂時計の砂の流れによって象徴されるような直線的で持続した過程とみるが、東洋文化にとっては、時とは振り子の振動あるいはらせん運動によって象徴されるように、非直線的な周期性の過程である。そのため、中国やインドの伝統医学は実証されなくても生物リズム(生体リズム)の存在を認めていたのである。一方、ヨーロッパでは、生物の周期現象が記述されるのは十八世紀に入ってからであり、観察に加えて信頼性の高い測定機器が利用されるようになったことがその背景にある。一七九〇年のラボァジエの天秤(体重のリズム)、一七七三年のマーチンおよび一八四五年のデイヴィの温度計(体温のリズム)、ホイヘンス(一六七五年)とハリソン(一七三六年)による狂いのない正確で持ち運びのできる時計などがその例である。人類が陸海を自由に往来できたのも、時間の計測が可能になったからである。移動性の生物、なかでも鳥類が生物時計(体内時計)を利用して太陽や星との位置関係からおのれの現在位置を測定するのは(パーマー、ホフマン)、無線通信や衛星のない時代に船乗りがやっていたこととまったく同じである。
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