1. トップページ
  2. >
  3. カテゴリ一覧
  4. >
  5. 文化
  6. >
  7. >
  8. 五節供
  9. >
  10. 七夕
日本大百科全書(ニッポニカ)

ジャパンナレッジは約1500冊以上の膨大な辞書・事典などが使い放題の「日本最大級のオンライン辞書・事典・叢書」サービスです。
七夕
たなばた

7月7日あるいはその前夜の行事。本来は陰暦で行っていたが、現在は陽暦の7月7日に行う所が多い。東北地方などでは月遅れの8月7日に行っている。七夕は織女祭(しょくじょさい)、星祭(ほしまつり)などともいい、中国伝来の行事と、日本古来の伝承、さらに盆行事の一環としての行事など、さまざまな要素が入り混じって今日に伝承されている。
歴史的にみると、奈良時代には宮中の行事として、この日中国伝来の乞巧奠(きこうでん)が行われている。桃、梨(なし)、茄子(なす)、瓜(うり)、大豆(だいず)、干鯛(ひだい)、薄鮑(うすあわび)などを清涼殿の東庭に供え、牽牛(けんぎゅう)・織女の二星を祀(まつ)ったという。『延喜式(えんぎしき)』には織部司(おりべのつかさ)の行事として7月7日に織女祭が行われたというが、いずれも宮廷や貴族の習俗であった。室町時代になると七夕に歌を供える風(ふう)が入り、7という数にあやかって、7種の遊びを行ったという。さらに江戸時代には武家の年中行事としても定着し、五節供の一つに定められている。笹竹(ささたけ)に五色の紙や糸を吊(つ)るして軒端に立てる風も江戸市中にみられ、今日に近い七夕風景になってきた。しかし同じく江戸時代より、長野県松本地方では、各家々の軒端に七夕人形といって、板の人形(ひとがた)に子供の着物を着せて吊るし、その年生まれた子供の無病息災を祈願している風がある。あるいは、小さな紙の人形を紐(ひも)に連ねて吊るしている所もあり、いまも盛んに行われている。同じ七夕行事であるが、農民層には貴族・武家階級とはまた異なった習俗を伝承しているのである。
七夕の名称については、日本では古く神を迎え祀るのに、乙女が水辺の棚に設けた機屋(はたや)にこもり、神の降臨を待って一夜を過ごすという伝承があり、これから棚機女(たなばたつめ)、乙棚機(おとたなばた)、さらに「たなばた」とよぶようになったという折口信夫(おりくちしのぶ)の説がある。七夕には一夜水辺にこもって禊(みそぎ)を行い、翌朝送り神に託して穢(けがれ)を持ち去ってもらうものであったともいい、現に各地に伝承される水浴の習俗はその名残(なごり)であるという。七夕にはかならず洗髪をするとか、食器類を洗うものだという地域は広くある。あるいは、関東地方の北部では、人も家畜(牛馬)も水浴びをし、睡魔(すいま)を川に流す「眠り流し」ということを行っている。観光で有名になっている青森県弘前(ひろさき)地方のねぶた行事も七夕の日であり、ねぶたは「佞武多」という字をあてているが、眠りを追い払う行事である。秋の収穫作業を控え、仕事の妨げとなる睡魔、悪霊を追い払う行事だったのである。
悪霊を祓(はら)うという思想は、水に流す、すなわち雨が降ることを願う習俗にもなっている。七夕には一粒でも雨が降ると豊作だ、反対に七夕に雨が降らぬと、牽牛と織女の二星が会って悪神が生まれ、疫病が流行するとか、作物のできが悪いという伝承もあって、中国伝来の星合せ伝説は日本の民俗のなかでは、禊の思想に包括されている。
中国では、この日、牽牛星(わし座のα(アルファ)星アルタイル)と織女星(こと座のα星ベガ)の二星が、天の川を挟んで年に一度相会う日となっている。牽牛は農時を知る基準となり、織女はその名の示すように養蚕や裁縫をつかさどる星とされていた。陰暦7月の初めころは、この二星が北東から南西に横たわる天の川を挟んで、人々の頭上に明るく見えるところから、擬人化して二星の相会う伝説が生まれたものである。この伝説は、日本の口承文芸のなかにも数多く語られている。
七夕の由来譚(たん)は、室町時代の『天稚彦物語(あめわかひこものがたり)』に、娘が大蛇と結婚する異類婚姻譚となって語られており、現に全国にすこしずつ語り口を変えて伝承されている。その骨子は天人女房の昔話である。
天女が水浴びをしていると、若者がかいまみて、一人の天女の羽衣を隠してしまう。羽衣のない天女は天に帰ることができず男の妻となる。子供が生まれ、その子供の歌から羽衣が穀物倉に隠してあることを知り、天女は羽衣をつけ、子供を連れて天に飛び去ってしまう。天女は別れるとき、瓜の種を残してゆく。男はこの瓜のつるを登って天上へ行く。天帝の難題を天女の援助によって解決するが、禁じられていた瓜を縦に割ってしまい、瓜から流れた水が大洪水となり、男は流されてしまう。この川が天の川で、天女は流されてゆく男に、7日7日に会おうといったのに、男は7月7日と聞き違え、年に一度7月7日にしか会えないようになってしまった。
七夕行事には、盆行事の一環としての要素も多い。この日盆道(ぼんみち)作りをするとか、盆の市(いち)が開かれるなどというもので、7月の満月の盆に対し、朔日(ついたち)との中間、7日ごろを目安として日を設定したもので、これに他の七夕の要素が複合して今日のような形式となったものであろう。中国伝来の乞巧奠は当初貴族に伝わり、それはこの日晴天を祈る星祭となり、乾燥文化圏の行事に属し、一方、日本古来の農神としての七夕は、民間に流布し盆行事とも結合して穢を祓う習俗となり、したがって雨天を望む湿潤文化圏の行事の要素をもっている。七夕はこの二つの複合習俗といえよう。
[鎌田久子]

©Shogakukan Inc.
ジャパンナレッジは、自分だけの専用図書館。すべての辞書・事典・叢書が一括検索できるので、調査時間が大幅に短縮され、なおかつ充実した検索機能により、紙の辞書ではたどり着けなかった思わぬ発見も。
タブレットやスマホからも利用できます。
七夕の関連キーワードで検索すると・・・
検索ヒット数 1632
検索コンテンツ
1.しち‐せき【七夕】
デジタル大辞泉
五節句の一。たなばた。→たなばた(七夕) ... ...
2.しち‐せき【七夕】
日本国語大辞典
たなばた。しっせき。*文明本節用集〔室町中〕「七夕 しちセキ 七月七日之夜謂©之七夕 ... ...
3.しっ‐せき【七夕】
日本国語大辞典
〔名〕「しちせき(七夕)」に同じ。*いろは字〔1559〕「七夕 シッセキ」*天正本節用集〔1590〕「七夕 シッセキ 七月七日」*ロドリゲス日本大文典〔1604 ... ...
4.七夕画像
日本大百科全書
吊(つ)るして軒端に立てる風も江戸市中にみられ、今日に近い七夕風景になってきた。しかし同じく江戸時代より、長野県松本地方では、各家々の軒端に七夕人形といって、板 ... ...
5.七夕[百科マルチメディア]
日本大百科全書
五節供の一つである七夕(たなばた)に、笹竹(ささたけ)に五色の紙や糸を吊(つ)るし(短冊(たんざく)竹ともいう)、軒端に立てる風習は江戸時代から始まったといわれ ... ...
6.七夕
世界大百科事典
の試験での運不運を支配すると信じられたところから,近世の読書人たちは七夕に魁星を祭った。小南 一郎 日本の民俗 日本の七夕の行事はこの夜,天の川の両岸に現れる牽 ... ...
7.たな‐ばた【七夕/棚機/織女】画像
デジタル大辞泉
五節句の一。7月7日の行事。この夜、天の川の両側にある牽牛(けんぎゅう)星・織女星が、年に一度会うといい、この星に女性が技芸の上達を祈ればかなえられるといって、 ... ...
8.たなばた【七夕】画像
国史大辞典
払うために索餅(さくべい)・冷素麺を食べることも行われた。なお遊里では七夕の故事から、きわめてまれにしか来ない客のことを七夕客といった。→乞巧奠(きこうでん) ... ...
9.七夕(たなばた)
古事類苑
歳時部 洋巻 第1巻 1215ページ ... ...
10.たなばた【七夕】
ポケプロ和西
Fiesta de las Estrellas [女性名詞] ... ...
11.たなばた【七夕】
ポケプロ和伊
festa di "tanabata" [女性名詞]〔織女星〕 Vega [女性名詞] ... ...
12.たなばた【七夕】
ポケプロ日中
七夕 Qīxī. ... ...
13.たなばた【七夕】
ポケプロ日韓
칠석 ... ...
14.たな‐ばた【棚機・織女・七夕】画像
日本国語大辞典
別に、日本の農村では広く七夕を盆の一部と考えており、精霊(しょうりょう)様を迎える草の馬を飾り、水辺に出て水浴を行ない、墓掃除、衣類の虫干し、井戸さらえなどをす ... ...
15.たなばた(まつり)【七夕(祭り)】
プログレッシブ和英
the Star Festival (celebrated on 「July 7 [August 7]) ... ...
16.Qīxī【七夕】
ポケプロ中日
[名詞]七夕(祭り). ... ...
17.薩摩七夕
デジタル大辞泉プラス
鹿児島県、田崎酒造株式会社が製造する芋焼酎。 2012年05月 ... ...
18.TanabataFestival【七夕】画像
Encyclopedia of Japan
One of Japan's traditional five festivals, or gosekku (see sekku), currently obs ... ...
19.칠석〔七夕〕
ポケプロ韓日
[名詞]七夕. ... ...
20.しちせき【七夕】
国史大辞典
⇒たなばた ... ...
21.七夕の節句(しちせきのせっく)【12か月のきまりごと歳時記】
生活便利帳
7月7日の夕方を意味する五節句の一つ。新暦でも7月7日で、一般に七夕(たなばた)と呼ばれる。これは彦星(牽牛星=わし座のアルタイル)と織姫(織女星=こと座のベガ ... ...
22.しっせきの鞠(まり)
日本国語大辞典
難波両家が毎年七月七日に催す蹴鞠(しゅうきく)の会。*俳諧・増山の井〔1663〕七月「飛鳥井家七夕の鞠」*俳諧・鼻紙袋〔1677〕七月「しっせきの鞠」 ... ...
23.たなばたいけこふん【七夕池古墳】福岡県:糟屋郡/志免町/田富村
日本歴史地名大系
[現]志免町田富三丁目 宇美川右岸の標高約四五メートルの丘陵先端部にある。国指定史跡。昭和四八年(一九七三)から同四九年にかけて調査された。川原石で葺石された三 ... ...
24.たなばたいそ【七夕磯】茨城県:日立市/会瀬村
日本歴史地名大系
別名女夫滝という二筋の滝が、七夕の夜一筋に合さるという話もある(日立市史)。栗田栗隠は「事蹟雑纂」でこの磯の波を「カタヲナミト云テ、四方ヨリ浪ウツナリ」とし、伊 ... ...
25.たなばた‐いち【七夕市】
日本国語大辞典
〔名〕七夕祭の日に立ついち。*浮世草子・新色五巻書〔1698〕二・一「年に一度の七夕市(タナバタイチ)、売買人棚を飾り、声に声を並べて蓮葉・刺鯖」 ... ...
26.たなばた‐うお[:うを]【七夕魚】
日本国語大辞典
〔名〕スズキ目タナバタウオ科の海産魚。全長一二センチメートルに達する。体は黒褐色で、顕著な斑紋はない。南日本以南、インド・西太平洋域に分布する。タイドプールや礁 ... ...
27.たなばた‐うた【七夕歌】
日本国語大辞典
〔名〕七夕にうたう民謡。東北・北海道のものが知られている。©[タ]<2> ... ...
28.七夕歌會(たなばたうたかい)
古事類苑
文學部 洋巻 第2巻 165ページ ... ...
29.たなばた‐うま【七夕馬】
日本国語大辞典
〔名〕東日本の一部で、七夕の行事に藁(わら)でつくる馬。《季・秋》タナバタ©マ ... ...
30.たなばた‐おくり【七夕送り】
デジタル大辞泉
七夕が終わって飾り竹を川や海に流すこと。 ... ...
31.たなばた‐おくり【七夕送】
日本国語大辞典
〔名〕七夕の飾り竹を川や海に流すこと。《季・秋》《たなばたおくり》香川県仲多度郡829 ... ...
32.七夕踊
世界大百科事典
もと旧暦7月7日の七夕の日に行われた踊り。江戸時代初期から享保期(1716-36)にかけて,京都で少女が小町踊を七夕に踊るのが流行した。現在残っているもののうち ... ...
33.七夕踊(たなばたおどり)
古事類苑
樂舞部 洋巻 第2巻 482ページ ... ...
34.たなばた‐おどり[:をどり]【七夕踊】
日本国語大辞典
にあらず。少女の人情に盆を待かねて、七夕よりをどる故の名なるべし」*風俗画報‐九七号〔1895〕人事門「七夕踊一名小町踊〈略〉正保頃の絵巻物に、七夕踊りの図を載 ... ...
35.七夕御遊(たなばたおんあそび)
古事類苑
樂舞部 洋巻 第1巻 91ページ ... ...
36.七夕笠懸(たなばたかさがけ)
古事類苑
武技部 洋巻 第1巻 555ページ ... ...
37.たなばた‐かさがけ【七夕笠懸】
日本国語大辞典
*笠掛全記〔1758〕七夕笠掛之部(古事類苑・武技九)「一七夕笠掛は、七月七日、七所にて笠掛を一度づつ射るを云也」*笠懸之矢沙汰并日記之付様(古事類苑・武技九) ... ...
38.七夕飾り【12か月のきまりごと歳時記】画像
生活便利帳
祓うため、七夕飾りを川や海に流す風習がある。これを七夕送り、七夕流しともいう。[図・式]図:七夕飾り ... ...
39.七夕梶葉流[図版]画像
国史大辞典
拾遺都名所図会 (c)Yoshikawa kobunkan Inc.  ... ...
40.七夕帷(たなばたかたびら)
古事類苑
服飾部 洋巻 第1巻 418ページ ... ...
41.たなばた‐きゃく【七夕客】
日本国語大辞典
びに来ない客。多く遊里でいう。たなばたさん。たなばた。*浄瑠璃・甲賀三郎窟物語〔1735〕三「七夕客(タナバタキャク)には梶の葉に」*洒落本・浪花花街今今八卦〔 ... ...
42.たなばた‐さま【七夕様・棚機様】
日本国語大辞典
〔名〕(「さま」は接尾語)「たなばた(七夕)」を敬っていう語。*狂歌・狂歌活玉集〔1740〕上「秋の風雲の通路吹とぢよ七夕さまをとうそまひと夜」*古今集遠鏡〔1 ... ...
43.たなばた‐さん【七夕様・棚機様】
日本国語大辞典
〔名〕(「さん」は接尾語)(1)「たなばたさま(七夕様)」に同じ。*歌謡・粋の懐〔1862〕三・二・大津絵節「一年一度が七夕(タナバタ)さんで」(2)「たなばた ... ...
44.たなばた‐ぜっく【七夕節供】
日本国語大辞典
〔名〕七月七日。たなばた。《たなばたぜっく》和歌山県日高郡054 徳島県美馬郡054 ... ...
45.たなばた‐たけ【七夕竹】
日本国語大辞典
〔名〕七夕の飾り竹。五色の短冊(たんざく)に和歌や文字を書いて葉竹につけるもの。短冊竹。《季・秋》*俳諧・文政句帖‐五年〔1822〕八月「涼しさは七夕竹の夜露か ... ...
46.たなばた‐づき【七夕月】
デジタル大辞泉
陰暦7月の異称。 ... ...
47.たなばた‐づき【七夕月】
日本国語大辞典
〔名〕(七夕祭の月にあたるところから)陰暦七月の異称。《季・秋》*蔵玉集〔室町〕「十二月異名〈略〉七〈略〉七夕月〈略〉家隆 かささきのよりはの橋も心せよ七夕月の ... ...
48.たなばたなす【七夕茄子】
日本国語大辞典
除いた全面に光沢のある紫黒色釉を施し、胴に沈線一本をめぐらし、底は糸切で、灰赤色のこまかい土からなる。底に「七夕」の二字が墨書されている。 ... ...
49.たなばた‐にんぎょう[:ニンギャウ]【七夕人形】
日本国語大辞典
〔名〕長野県松本地方で、七夕に作る紙の人形。タナバタニン©ョー ... ...
50.たなばたの御遊(おんあそび)
日本国語大辞典
七夕の際、七夕の字にちなんで、七に関係ある遊びをすること。七百首の歌、七調子の管弦、七献の御酒など。また、鞠(まり)・碁・花・貝おおい・楊弓・香などの七種類の遊 ... ...
「七夕」の情報だけではなく、「七夕」に関するさまざまな情報も同時に調べることができるため、幅広い視点から知ることができます。
ジャパンナレッジの利用料金や収録辞事典について詳しく見る

七夕と同じ五節供カテゴリの記事
七夕(日本大百科全書(ニッポニカ))
7月7日あるいはその前夜の行事。本来は陰暦で行っていたが、現在は陽暦の7月7日に行う所が多い。東北地方などでは月遅れの8月7日に行っている。七夕は織女祭、星祭などともいい、中国伝来の行事と、日本古来の伝承、さらに盆行事の一環としての行事など、さまざまな要素が入り混じって今日に伝承されている
七草(改訂新版・世界大百科事典)
七種とも書き,春の七草と秋の七草がある。春の七草〈せり,なずな,ごぎょう,はこべら,ほとけのざ,すずな,すずしろ,これや七草〉とうたわれたように,これらを春の七草と称し,この,ごぎょうはハハコグサ,はこべらはハコベ,ほとけのざはタビラコ,すずなはカブ,すずしろは大根とされる。後世これらを七草粥にして正月7日に食べた。
重陽(改訂新版・世界大百科事典)
9月9日の節供。陽数(奇数)の極である9が月と日に重なることからいい,重九(ちようきゆう)ともいう。中国行事の渡来したもので,邪気を避け,寒さに向かっての無病息災,防寒の意味もあった。菊花宴ともいい,685年(天武14)を起源とするが,嵯峨天皇のときには,神泉苑に文人を召して詩を作り,宴が行われていることが見え
端午(改訂新版・世界大百科事典)
中国にはじまり,朝鮮,日本でも行われる旧暦5月5日の節供。中国 蒲節,端節,浴蘭節などともいう。〈端〉は〈初〉の意味で,元来は月の最初の午の日をいった。十二支の寅を正月とする夏暦では,5月は午の月にあたり,〈午〉が〈五〉に通じることや陽数の重なりを重んじたことなどから,3世紀,魏・晋以後
雛祭(日本大百科全書(ニッポニカ))
毎年3月3日に雛人形を飾り、桃花や雛菓子を供えて、白酒で祝う習俗で、「桃の節供」ともいう。婦女子主体の祭りで、男子の五月節供と対置されてもいるが、雛人形主体の節供習俗の歴史は案外に新しい。江戸時代初頭(1630ころ)に宮廷や幕府で三月節供に雛人形にかかわる行事があった記録が現れ、やがて寛文年間(1661~73)以降に
五節供と同じカテゴリの記事をもっと見る


「七夕」は五節供に関連のある記事です。
その他の五節供に関連する記事
五節供(日本大百科全書(ニッポニカ))
1月7日の七草、3月3日の雛祭、5月5日の端午、7月7日の七夕、9月9日の重陽の五つの節供をいう。これらの節日はいずれも中国伝来の要素がみられる。1月7日は中国で人日という。これは東方朔の占書に、正月1日に鶏を占い、2日には狗を占い、3日には羊を占い、4日には猪を占い、5日には牛を占い、6日には馬を占い
節供(句)(改訂新版・世界大百科事典)
年中行事を構成する日。年に何回かある重要な折りめのことで,基本的には神祭をする日である。迎えた神に神饌を供して侍座し,あとで神人共食することによってその霊力を身につけようとするもので,氏神祭や正月,盆も重要な節供といえよう。小豆粥を食べる正月15日を粥節供,あとで神人共食することによって
雛祭(日本大百科全書(ニッポニカ))
毎年3月3日に雛人形を飾り、桃花や雛菓子を供えて、白酒で祝う習俗で、「桃の節供」ともいう。婦女子主体の祭りで、男子の五月節供と対置されてもいるが、雛人形主体の節供習俗の歴史は案外に新しい。江戸時代初頭(1630ころ)に宮廷や幕府で三月節供に雛人形にかかわる行事があった記録が現れ、やがて寛文年間(1661~73)以降に
端午(改訂新版・世界大百科事典)
中国にはじまり,朝鮮,日本でも行われる旧暦5月5日の節供。中国 蒲節,端節,浴蘭節などともいう。〈端〉は〈初〉の意味で,元来は月の最初の午の日をいった。十二支の寅を正月とする夏暦では,5月は午の月にあたり,〈午〉が〈五〉に通じることや陽数の重なりを重んじたことなどから,3世紀,魏・晋以後
重陽(改訂新版・世界大百科事典)
9月9日の節供。陽数(奇数)の極である9が月と日に重なることからいい,重九(ちようきゆう)ともいう。中国行事の渡来したもので,邪気を避け,寒さに向かっての無病息災,防寒の意味もあった。菊花宴ともいい,685年(天武14)を起源とするが,嵯峨天皇のときには,神泉苑に文人を召して詩を作り,宴が行われていることが見え
五節供に関連する記事をもっと見る
ジャパンナレッジは約1500冊以上(総額600万円)の膨大な辞書・事典などが使い放題の「日本最大級のインターネット辞書・事典・叢書サイト」です。日本国内のみならず、海外の有名大学から図書館まで、多くの機関で利用されています。
ジャパンナレッジの利用料金や収録辞事典について詳しく見る