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  11. 平家物語
新編 日本古典文学全集・国史大辞典・日本大百科全書・改訂新版 世界大百科事典

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新編 日本古典文学全集
平家物語
祇園精舎
祇園精舎の鐘の音は、諸行無常の響きをたてる。釈迦入滅の時に、白色に変じたという沙羅双樹の花の色は、盛者必衰の道理を表している。驕り高ぶった人も、末長く驕りにふける事はできない、ただ春の夜の夢のようにはかないものである。勇猛な者もついには滅びてしまう、全く風の前の塵と同じである。遠く外国の例を捜してみると、秦の趙高、漢の王莽、梁の朱异、唐の安禄山、これらの人々は皆、旧主先皇の政治にも従わず、楽しみを極め、人の諫言も心にとめて聞き入れる事もなく、天下の乱れる事も悟らないで、民衆の嘆き憂いを顧みなかったので、末長く栄華を続ける事なしに滅びてしまった者どもである。近くわが国にその例を捜してみると、承平の平将門、天慶の藤原純友、康和の源義親、平治の藤原信頼、これらの人々は驕り高ぶる心も、猛悪な事も、皆それぞれに甚だしかったが、やはり間もなく滅びてしまった者どもである。ごく最近では、六波羅の入道前太政大臣平朝臣清盛公と申した人の驕り高ぶり、横暴なありさまを伝聞すると、なんとも想像もできず十分言い表せないほどで

新編 日本古典文学全集 平家物語 祇園精舎
祇園精舎
殿上闇討

禿髪
吾身栄花
祇王
二代后
額打論
清水寺炎上
東宮立
殿下乗合
鹿谷
俊寛沙汰 鵜川軍
願立
御輿振
内裏炎上
巻第二(扉)
梗概
座主流
一行阿闍梨之沙汰
西光被斬
小教訓
少将乞請
教訓状
烽火之沙汰
大納言流罪
阿古屋之松
大納言死去
徳大寺厳島詣
山門滅亡 堂衆合戦
山門滅亡
善光寺炎上
康頼祝言
卒都婆流
蘇武
巻第三(扉)
梗概
赦文
足摺
御産
公卿揃
大塔建立
頼豪
少将都帰
有王
僧都死去
つじかぜ
医師問答
無文
灯炉之沙汰
金渡
法印問答
大臣流罪
行隆之沙汰
法皇被流
城南之離宮
巻第四(扉)
梗概
厳島御幸
還御
源氏揃
鼬之沙汰
信連

山門牒状
南都牒状
永僉議
大衆揃
橋合戦
宮御最期
若宮出家
通乗之沙汰
ぬえ
三井寺炎上
巻第五(扉)
梗概
都遷
月見
物怪之沙汰
早馬
朝敵揃
咸陽宮
文覚荒行
勧進帳
文覚被流
福原院宣
富士川
五節之沙汰
都帰
奈良炎上
巻第六(扉)
梗概
新院崩御
紅葉
葵前
小督
廻文
飛脚到来
入道死去
築島
慈心房
祇園女御
嗄声
横田河原合戦

解説
一 平家物語の成立
二 構成・内容
付録(扉)
皇室系図
藤原氏系図
平氏系図
源氏系図
平家物語年表
図録
平安京条坊図
平安京大内裏図
平安京内裏図
京都周辺地図
比叡山周辺地図
関東武士分布図
奥付



国史大辞典
平家物語
へいけものがたり
戦記文学。十二巻。作者未詳。十三世紀前半の成立か。『源平盛衰記』四十八巻は、数ある異本の一つ。『保元物語』『平治物語』『承久記』とともに「四部合戦状」といわれる(『蔗軒日録』など)。治承四年(一一八〇)―元暦元年(一一八四)に展開された源平合戦の描写を軸に、その前後の平家一門の興隆と滅亡とを、仏教的な無常観を背景に記している。書名のゆえんもここにある。異本が数多く派生したため、相互に本文転化の過程を追い系統づけられないほど、混淆を示している。したがって、外見上の特徴を把えて大きく分類する方法で整理されている。もと三巻といわれ、それが六巻、十二巻、四十八巻などと倍増されてきたとされるが、原本の形態を具体的に示すことは不可能に近い。作者として伝えられている人々や成立年代についての諸説が、必ずしも広範囲の賛同を得ていないのも、この本文の混淆に一因があるといえよう。

〔語り本系の諸本〕

どの分類に属する本が、原『平家物語』の姿を遺しているかはしばらく措くとして、諸本は、盲人の職能集団であった当道(とうどう)座の琵琶法師の語りのもとになった諸本と、それ以外、つまりはじめから読むために書き写された諸本とに分けられる。前者に属するものには、鎌倉時代中ごろにはすでに分派していたと推定される一方(いちがた)流と八坂流との二系統の本文がある。一方流のもとは、覚一検校(応安四年(一三七一)没)が応安四年に、後白河法皇の大原御幸の話を中心に据え、平清盛の娘で安徳天皇の生母であった建礼門院平徳子の晩年の話を前後に配して一巻となし、これを本篇十二巻の枠外に置き、灌頂巻と名づけ秘曲として伝えようとしたもので、最も流布している本文である(『日本古典文学大系』三二・三三、『日本古典文学全集』二九・三〇など)。一方流の語り手は、「―一」の名をもつ。これに対して、今までどおりの本文を語っていこうとしたのが八坂流で、京の八坂に住んでいた城玄(城元)検校の流れを汲むゆえに八坂流といわれ、また語り手が「城―」と名乗ったため城方流ともいわれた(『屋代本平家物語』、『校定百二十句本平家物語』、『平家物語中院本と研究』(『未刊国文資料』八・九・一一・一二)など)。当道座に属し『平家物語』を語った琵琶法師は、南北朝―室町時代前半には五、六百人もいたといわれ(『碧山日録』)、『平家物語』の本文に節をつけて琵琶法師が語る平曲は、中世を代表する文芸であった。

〔読み本系の諸本〕

これら当道座内に伝来した本文に対し、今日、略本系・広本系とよばれている本文がある。前者は、四部合戦状本(『四部合戦状本平家物語』)、源平闘諍録本(『源平闘諍録と研究』(『未刊国文資料』二期一四))、南都本(『南都本南都異本平家物語』(影印))などであり、相互に異同があるが、一括して分類されている。この略本系に較べ、後者は、より広範囲の記述を含んでいるゆえに広本系とよばれるが、延慶本(『応永書写延慶本平家物語』)、長門本(『平家物語長門本』、『岡山大学本平家物語』)や『新定源平盛衰記』(新人物往来社)がある。当道座系統の本文が、京都ないしは貴族社会から生まれたものと思われるのに対して、これらの略本系・広本系の本文は、源頼朝の挙兵以降の記述などに、その真偽の判定はしばらく措くとしても、東国すなわち武家社会から得たと思われる資料をもとにしている部分が多くみられる。しかも、これらには琵琶法師が語るには適さないような文体と思われる部分が多いので、読物として扱われてきたものとされている。なお広本系の三本は、同一の祖本から派生した近い関係にある本文である。

〔成立年代〕

これら諸本のうち、どの本が原『平家物語』に近いかについては、前後関係を推測する説は数多いが、本文系統が確立していないため、定かではない。このような状況であるから、内部徴証によって成立時代を決めようとしても、はたしてその部分が原『平家物語』の本文であるかどうか、簡単には決定しにくい。諸本のなかでは、延慶本が延慶三年(一三一〇)書写の本奥書を有していて、確実な最古の書写年代を示す本であるが、仁治元年(一二四〇)の園城寺僧頼舜の書状(東山御文庫本『兵範記』紙背文書)にみえる「治承物語六巻号平家」は、おそらく『平家物語』の存在を外部から示した最古の言及であろう(『治承物語』と書名扱いにするか、「治承年間の物語」と読むかは不明)。したがって、この仁治元年以前に成立年代を置き、以降、それぞれに増補されたと考えられているが、さらにさかのぼって承久年間(一二一九―二二)以前の成立として考えようとする人々もいる。

〔作者・素材〕

作者としては、信濃前司藤原行長が天台座主慈円の庇護下に琵琶法師生仏の協力を得て作ったとする説(『徒然草』)が、幾つかの状況証拠にも支えられて有力ではあるが、確証は得られない。作者はどのような材料を使って叙述したかという典拠論になるが、これも原『平家物語』の本文と増補部分の本文とが明確になっていないことが多いため、立場立場でそれぞれに考えるよりほか仕方がないが、このような場合には水戸藩が編輯した『参考源平盛衰記』(『(改定)史籍集覧』篇外三―五)が諸本の本文や平安時代末期・鎌倉時代初期の貴族の日記などを対比させているので便利である。近年、作者の座右に年代記が置かれていたに相違ないという考えから、その年代記がどのようなものであるかに関心が向けられているが、『愚管抄』における『簾中抄』帝王御次第などのように、最略の年代記を使ってでも、抄節という古来伝統的に受け継いできた技術を以てすれば、大部の書物を完成できるのではないか、との指摘もある。なお、諸本については、主な翻刻のみを掲げた。
[参考文献]
『平家物語』(『増補国語国文学研究史大成』九)、市古貞次編『平家物語研究事典』
(益田 宗)

天草本平家物語(あまくさぼんへいけものがたり)

 外国人宣教師の日本語教科書。ローマ字日本文。文禄元年(一五九二)イエズス会天草学林刊。大英図書館蔵。原典本文を抄出、口語訳し対話体に改めたもの。四巻。所拠本は巻二初まで覚一本系統、以下百二十句本系統という。当時の貴重な口語資料。影印(吉川弘文館・勉誠社)、亀井高孝・阪田雪子翻字『(ハビヤン抄キリシタン版)平家物語』(吉川弘文館)、近藤政美他編『天草版平家物語総索引』(勉誠社)がある。
[参考文献]
清瀬良一『天草版平家物語の基礎的研究』、鈴木博「天草本平家物語小考」(『国語国文』四三ノ九)
(森田 武)


日本大百科全書
平家物語
へいけものがたり

中世初期の軍記物語。12巻。
[梶原正昭]

▲成立の過程

平清盛(きよもり)を中心とする平家一門の興亡を描いた歴史物語で、「平家の物語」として「平家物語」とよばれたが、古くは「治承(じしょう)物語」の名で知られ、3巻ないし6巻ほどの規模であったと推測されている。それがしだいに増補されて、13世紀中ごろに現存の12巻の形に整えられたものと思われる。作者については、多くの書物にさまざまな伝えがあげられているが、兼好(けんこう)法師の『徒然草(つれづれぐさ)』(226段)によると、13世紀の初頭の後鳥羽院(ごとばいん)のころに、延暦寺(えんりゃくじ)の座主慈鎮和尚(じちんかしょう)(慈円)のもとに扶持(ふち)されていた学才ある遁世者(とんせいしゃ)の信濃前司(しなののぜんじ)行長(ゆきなが)と、東国出身で芸能に堪能(たんのう)な盲人生仏(しょうぶつ)なる者が協力しあってつくったとしている。後鳥羽院のころといえば、平家一門が壇ノ浦で滅亡した1185年(寿永4)から数十年のちということになるが、そのころにはこの書の原型がほぼ形づくられていたとみることができる。この『徒然草』の記事は、たとえば山門のことや九郎義経(よしつね)のことを詳しく記している半面、蒲冠者範頼(かばのかじゃのりより)のことは情報に乏しくほとんど触れていないとしているところなど、現存する『平家物語』の内容と符合するところがあり、生仏という盲目の芸能者を介しての語りとの結び付きなど、この書の成り立ちについて示唆するところがすこぶる多い。ことに注目されるのは、仏教界の中心人物である慈円(慈鎮)のもとで、公家(くげ)出身の行長と東国の武士社会とのかかわりの深い生仏が提携して事にあたったとしていることで、そこに他の古典作品とは異なる本書の成り立ちの複雑さと多様さが示されているといってよい。
[梶原正昭]

▲語物としての流布

本来は琵琶(びわ)という楽器の弾奏とともに語られた「語物(かたりもの)」で、耳から聞く文芸として文字の読めない多くの人々、庶民たちにも喜び迎えられた。庶民の台頭期である中世において、『平家物語』が幅広い支持を得ることができたのもこのためで、国民文学といわれるほどに広く流布した原因もそこに求めることができる。『平家物語』をこの「語物」という形式と結び付け、中世の新しい文芸として大きく発展させたのは、琵琶法師とよばれる盲目の芸能者たちであったが、古い伝えによると『平家物語』ばかりでなく、当初は『保元(ほうげん)物語』や『平治(へいじ)物語』も琵琶法師によって語られていたらしく、また承久(じょうきゅう)の乱を扱った『承久記』という作品もそのレパートリーに加えられていたといい、これらを総称して「四部の合戦状」とよんだ。しかし他の軍記作品は語物としては発展せず、『平家物語』がその中心とされるようになり、やがて琵琶法師の語りといえば『平家物語』のそれをさすようになっていった。この琵琶法師による『平家物語』の語りのことを「平曲(へいきょく)」というが、この平曲が大きな成熟をみせるのは鎌倉時代の末で、この時期に一方(いちかた)流と八坂(やさか)流という二つの流派が生まれ、多くの名手が輩出した。これらの琵琶法師たちが平曲の台本として用いたのが、語り本としての『平家物語』で、一方流系と八坂流系の二つの系統に大別される。これらに対して、読み物として享受されたのが読み物系の諸本で、『延慶(えんぎょう)本平家物語』6巻、『長門(ながと)本平家物語』20巻、『源平盛衰記(げんぺいじょうすいき)』48巻などがある。
以上のように本書には多くの伝本があり、テキストによってその内容や構成がかなり違うが、もっとも世に流布した一方流の語り本では、1131年(天承1)に清盛の父忠盛(ただもり)が鳥羽院の御願寺(ごがんじ)得長寿院(とくちょうじゅいん)を造進した功績により昇殿を許されたときのエピソードを描いた「殿上闇討(てんじょうのやみうち)」に始まり、1199年(建久10)に清盛の曽孫(そうそん)六代(ろくだい)が逗子(ずし)の田越(たごえ)河畔で処刑されて平家の子孫が絶滅するという終章の「六代被斬(ろくだいきられ)」まで、5世代(忠盛―清盛―重盛(しげもり)―維盛(これもり)―六代)約70年間に及ぶ平家一門の興亡がその対象とされている。このうちもっとも集中的に語られているのは、1167年(仁安2)に清盛が50歳で太政(だいじょう)大臣に昇進し、栄華の絶頂を極めてから、1185年(寿永4)に平家一門が壇ノ浦で滅亡するまでの18年間で、その運命の変転の目覚ましさを描き出すことが、この物語の大きな眼目となっている。
[梶原正昭]

▲粗筋

その粗筋を述べると、「祇園精舎(ぎをんしゃうじゃ)の鐘の声、諸行無常(しょぎゃうむじゃう)の響(ひびき)あり、沙羅双樹(しゃらさうじゅ)の花の色、盛者必衰(じゃうじゃひっすい)の理(ことはり)をあらはす」の冒頭句で知られる序章に始まり、前半部(巻1~6)では、平家一門の興隆と栄華、それに反発する反平家勢力の策謀などが語られる。刑部卿(ぎょうぶきょう)忠盛の昇殿によって宮廷社会に地歩を築いた平家は、清盛の世になって大きな飛躍をみせ太政大臣の栄位に上るが、権勢を掌握した清盛はやがて世を世とも思わぬ悪行の限りを尽くすようになる。そうした平家のふるまいは人々の反発を招き、その反感がやがて平家打倒の陰謀として結集されて行く。巻1後半から巻3にかけて展開する鹿ヶ谷(ししがたに)陰謀の物語、巻4の1巻を費やして語られる源三位頼政(げんざんみよりまさ)の挙兵譚(たん)がそれで、いずれも事前に発覚して惨めな失敗に終わるが、頼政の奉じた以仁王(もちひとおう)の令旨(りょうじ)が諸国の源氏の決起を促し、源頼朝(よりとも)、木曽義仲(きそよしなか)の挙兵となり、その騒然とした情勢のなかで熱病にかかり清盛が悶死(もんし)を遂げる。
後半部(巻7~12)は、源氏勢の進攻と源平合戦、そして平家の滅亡を内容とするが、まず信濃(しなの)に兵をあげた木曽義仲が北陸から都に向かって快進撃を開始、この木曽勢の進攻によって平家はついに都を捨てて西海へ逃れ去る。しかし、都入りした義仲はその勢威を維持することができず、後白河(ごしらかわ)法皇との確執から東国の頼朝の介入を招き、東国勢の猛攻を受けてあえなく滅び去る。一方、木曽義仲を撃ち破った東国勢は、時を移さず一ノ谷に拠(よ)る平家の攻略に立ち向かう。ここから本格的な源平の対戦となるが、一ノ谷、屋島と敗北を重ねた平家は長門(ながと)の壇ノ浦に追い詰められ、幼帝安徳(あんとく)天皇は祖母二位尼(にいのあま)に抱かれて入水(じゅすい)、一門の大半はここで自決する。物語はこのあと、捕虜となった宗盛(むねもり)や平家の遺児たちの末路を語り、平家の嫡流6代の処刑を描いて、「それよりしてこそ平家の子孫は永く絶えにけれ」と結ぶが、一方流系統の語り本は、戦後洛北(らくほく)の大原に遁世(とんせい)した建礼門院(けんれいもんいん)(清盛の娘で安徳天皇の生母)の消息を伝える「灌頂巻(かんじょうのまき)」を特立、その求道と鎮魂の祈りを通してこの悲劇的な物語に仏教文学としての締めくくりを与えている。
[梶原正昭]

▲『平家物語』の価値と後代への影響

以上のように『平家物語』が描き出しているのは、滅亡する平家の悲劇的な運命であったが、その叙述の基調となっているのは、序章「祇園精舎」に示されているように「盛者必衰の理」を踏まえての無常の思いで、それがこの物語に深い哀感をしみ込ませ、合戦を主題とする勇壮な軍記でありながら、きわめて陰影に富む「あわれの文学」として独自の趣(おもむき)をつくりだすことになっている。
語物として広く流布したことから後代の文学に影響するところがきわめて大きく、中世の謡曲や御伽草子(おとぎぞうし)、近世の浄瑠璃(じょうるり)、歌舞伎(かぶき)、小説などに多く取り入れられ、近代文学にもこの物語を踏まえた多くの作例をみいだすことができる。
[梶原正昭] 

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改訂新版・世界大百科事典
平家物語
へいけものがたり

平安末期から鎌倉初期にかけての源平争乱を描いた軍記物語。

成立

承久の乱(1221)以前に3巻本が成立したとする説があるが定かでない。現存史料によるかぎり,遅くとも1240年(仁治1)当時,《治承物語》とも称した6巻本が成立していたことは確かである。吉田兼好の《徒然草》226段によれば,九条家の出身で天台座主にも就任した慈円に扶持されていた遁世者信濃前司行長が,東国武士の生態にもくわしい盲人生仏(しようぶつ)の協力をえて《平家物語》を作り,彼に語らせ,以後,生仏の語り口を琵琶法師が伝えたという。信濃前司行長については実在が確認できないが,慈円の兄九条兼実の邸に,その家司として仕えた下野守行長がいたし,青〓院門跡に入った慈円が,保元の乱以来の戦没者の霊を弔うために大懺法(だいせんぽう)院をおこし,その仏事に奉仕させる,もろもろの芸ある者を召しかかえたことが確かなので,《徒然草》の伝える説には,単なる伝承としてしりぞけられないものがあるだろう。

作者と諸本

成立当時の物語がどのような形態の作品であったかは明らかでないが,遅くとも13世紀末には《保元物語》《平治物語》とともに,琵琶法師が琵琶に合わせて語っていた。その語りの曲節が天台の声明(しようみよう)の影響を受けている事実も,《徒然草》の伝える説の信憑性を証明している。ともあれ,成立後,琵琶法師や寺院の説経師たちの語りが,その原動力となって多様な複数の本文を生み出した。作者として多くの説が古くから行われたのもこのことと関連があろう。すなわち,下野守行長(藤原氏の一流,中山家)の従兄弟にあたる時長をあてる説があるほか,藤原高藤流の吉田資経(すけつね),鎌倉幕府の信任が厚く歌人としても知られ,《源氏物語》の校訂にも参加した清和源氏の光行,文章博士にもなった菅原為長,《太平記》や狂言の作者にも擬せられる天台の学僧玄慧(げんえ),さらには延暦寺の説経の家安居院(あぐい)の人々をあてる説など,いずれも琵琶法師らによって行われた説である。これらすべての人々が物語にかかわったといえるかどうかはわからないが,このようにさまざまな説が行われた背景には,物語がもともと複数の人々によって合作され,さらにそれらに筆を加えて改作が行われたという事情があるだろう。その間の消息を示すかのように,6巻の本文や,さらに2巻の補巻を加えた本のあったことを示す記録があり,現に6巻本の形態を残す延慶本(応永年間(1394-1428)転写)が存在するし,各種12巻本のほか,長門の赤間神宮ゆかりの長門本20巻,さらには48巻の《源平盛衰記》など種々の本文が伝わる。これら諸本の巻数がそのまま記事の量の大小を示すとはいえないが,各編者,伝承者が増補や整理を行ったものと思われる。現在伝わる諸本は,琵琶法師が平家琵琶興行のために寺社を拠点として結成した当道(とうどう)座が,その語りの本文として定めた当道系語り本と,それ以外の非当道系読み本とに大別される。後者の非当道系諸本は,さらに,記事の多い広本系と少ない略本系とに分かれる。当道座では,南北朝期に琵琶法師の巨匠覚一(かくいち)が登場するに及んで一方(いちかた)流と八坂(やさか)流(城方(じようかた)流とも)の分派が生じ,それぞれ異なる本文を持つに至った。一方流の本文は,巻十二の後に,高倉天皇の中宮建礼門院(平清盛の娘)の生涯を六道の体験に擬して語る,物語の総集編ともいうべき〈六道の沙汰〉を中心にすえ,この女院が安徳天皇をはじめ,滅んだ平家一門の亡魂を弔うという〈灌頂(かんぢよう)巻〉を別巻として立てる。八坂流の本文は,このような特別な巻を立てず古い構成を伝え,平家の嫡孫,六代御前(ろくだいごぜん)の処刑,平家断絶をもって物語を閉じる。非当道系の読み本は,東国の資料をとり入れ,伊豆にいた源頼朝の挙兵の経過をくわしく記している。たとえば《源平闘諍(とうじよう)録》は,東国で成立した一異本であるし,《源平盛衰記》ともども,平家の滅亡のみならず,源氏再興の経過をもくわしく記す。それにこれら非当道系諸本には,時衆を含む仏教集団がその成立や伝承に参加したようで,それらが関与する寺院関係の資料や地方の合戦談を大量にとり込んでいる。《平家物語》はこのようにさまざまな諸本の総和としてあるわけで,この点,日本文学の古典として他に例を見ない。

物語の流伝

当道系・非当道系諸本のいずれが成立当初の形態をもっとも濃く伝えるかは,説が分かれていてまだ定説を見るに至っていないが,この両系統が早くから存在し,相互に交流しつつ流伝を重ねたことは確かである。そしてこの物語は鎌倉期を通じて,貪婪(どんらん)に外に向かってもろもろの資料や伝承をとり込みつつ変化を重ね,南北朝期に覚一が当道座の組織を確立するとともに,物語としても定着を見るに至った。以後,特に当道系の物語は,一方流(語りの曲節・墨譜を付した江戸期の譜本を含む),八坂流とともに,物語の内部構成や表現を緻密(ちみつ)にする方向をたどった。しかしその後も《平家物語》によりながら,物語にゆかりのある土地ではさまざまな伝承を生み続けたようで,その断片的な抜書が現在も伝わるし,能や室町時代の物語などにも《平家物語》に見られない伝承や叙述がある。しかし現在では,これら種々の諸本や伝承のうち,覚一らが定めた語り本系,特に一方流の本文を《平家物語》と呼ぶのが一般である。以下,この通行の物語に即して述べる。

内容

物語の巻一は,四十数年にわたって,天皇と院,摂関家と院側近,延暦寺と南都の寺院など,諸勢力が対立葛藤する複雑な状況の中で,いかに平家が登場したかを描く。巻二から巻十一までは,平家のおごれるふるまいと,木曾義仲,源義経の登場による滅亡の経過を描く。巻十二と灌頂巻は,平家滅亡後の後日談で,建礼門院をはじめ生き残った一門の人々の結末を描く。物語はほぼ年代順に進行し,年代記的な記録の文が核となって,時代の変化を力強く描くが,これに説話や合戦談などがからみ合って展開する。それらが琵琶法師の語りとして語られることにより,説話文学に通う構想と文体(和漢混淆文)を獲得している。また,軍記物語にふさわしく,時代の変革を推し進めた源平両氏の武将,彼らをとりまく群小の英雄,延暦寺や三井寺,興福寺などの僧兵たちの行動を躍動的に語る一方,この変革の波に呑まれた人々の悲劇をもあわせ語り,物語に王朝物語を思わせる抒情性を加味している。

 物語の枠組みは,序章〈祇園精舎(ぎおんしようじや)〉の段に,おごれる者の典型として登場する清盛,この清盛の亡き後平家を都から追い出す木曾義仲,この義仲や平家を滅ぼす源義経など,彼らがそれぞれ時代の転換を推し進める過程が軸になっている。しかもそのいずれもが急速に滅んでゆかねばならなかった。そこにある盛者必衰の無常感が物語を貫く大きな縦糸となっている。さらに清盛ら平家一門のおごれるふるまいの犠牲となって悲惨な最期をとげねばならなかった藤原成親(なりちか)や俊寛(しゆんかん)らの怨念が,平家を滅ぼしたとするのも,物語のいま一本の糸である。また平家一門の亡魂を弔うことも,物語を語る重要な契機となっている。この鎮魂の語りは,琵琶をもって霊界との媒介を行っていた琵琶法師にふさわしいものであった。《平家物語》が生仏という琵琶法師の参加をえて作られたとする説の行われたゆえんである。

後代への影響

この物語は南北朝期に一応完成をとげた後も,各ジャンルの文学に影響を与え続けた。たとえば,同じ軍記物語の《太平記》は,しばしば《平家物語》を念頭において,場面や人物像を構成している。《義経記(ぎけいき)》は,義経をめぐる《平家物語》の続編ともいうべき室町期の語り物であり,《曾我物語》は,その流動の過程で《平家物語》から構成上の影響を受けている。さらに能や狂言,幸若(こうわか)舞曲,室町期の物語,江戸期の各種小説,浄瑠璃,歌舞伎から近代の小説や劇に至るまで,直接もしくは間接的に《平家物語》の影響を受けている。その平家琵琶(平曲ともいう)としての音曲は,能,浄瑠璃,幸若舞曲などの中世芸能から,近世・近代の邦楽にも影響を与えた。
→語り物 →軍記 →平曲
[山下 宏明]

史料としての価値

《平家物語》は,1177年(治承1)~85年(文治1)の間は特に年代記的叙述が徹底しており,物語が一種の史書として書かれたことを示している。その年代記的性格が目立たないのは,収められた種々の説話がふくらんでいるからである。軍記物語の中でも《平家物語》はもっとも文学的で,このふくらみが著しい。したがって《平家物語》は史実を完全に忠実には記しておらず,虚構や誇張が少なくないから,史料としての取扱いには慎重でなければならない。しかし合戦の実状などの記述は,従軍者の談話に基づくと見られ,虚構を含むとはいえ,文書・記録類に比べて遥かに詳細で内容的にも優れている。また延慶本《平家物語》などには,他に見られない貴重な原史料が収められており(偽文書も含まれるが),史料的価値が高い。当時の思想や生活を知る史料として《平家物語》が重要なことはいうまでもない。厳密な史料批判を行った上で,もっと積極的に史料として活用されるべきものである。
[上横手 雅敬]

[索引語]
治承物語 慈円 信濃前司行長 生仏 琵琶法師 覚一検校 一方(いちかた)流 八坂(やさか)流 源平闘諍(とうじよう)録 太平記 義経記(ぎけいき) 曾我物語
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検索コンテンツ
1. 『平家物語』
日本史年表
1592年〈文禄元(12・8) 壬辰〉 この年 天草で 『ドチリナ=キリシタン』 『平家物語』 刊行される。 ... ...
2. 平家物語
日本大百科全書
しかし他の軍記作品は語物としては発展せず、『平家物語』がその中心とされるようになり、やがて琵琶法師の語りといえば『平家物語』のそれをさすようになっていった。この ... ...
3. 平家物語
世界大百科事典
たどった。しかしその後も《平家物語》によりながら,物語にゆかりのある土地ではさまざまな伝承を生み続けたようで,その断片的な抜書が現在も伝わるし,能や室町時代の物 ... ...
4. へいけものがたり【平家物語】
デジタル大辞泉
鎌倉時代の軍記物語。流布本は12巻に灌頂巻(かんじょうのまき)を加えたもの。信濃前司行長(しなののぜんじゆきなが)が作ったと徒然草にはあるが、作者・成立年ともに ... ...
5. へいけものがたり【平家物語】
日本国語大辞典
、室町時代末の口語を用いて書き直され、ローマ字で記された平家物語。不干ハビアン訳。文祿元年(一五九二)成立。天草学林刊。天草本平家物語。ヘ ... ...
6. へいけものがたり【平家物語】
国史大辞典
め城方流ともいわれた(『屋代本平家物語』、『校定百二十句本平家物語』、『平家物語中院本と研究』(『未刊国文資料』八・九・一一・一二)など)。当道座に属し『平家物 ... ...
7. 平家物語(へいけものがたり)
古事類苑
樂舞部 洋巻 第1巻 727ページ ... ...
8. 平家物語
デジタル大辞泉プラス
森村誠一の歴史大河小説。1994~96年刊行。 2012年12月 ... ...
9. 平家物語
日本古典文学全集
〈祇園精舎(ぎおんしょうじゃ)の鐘の声、諸行無常の響あり……〉の書き出しで始まる、全12巻の軍記物語。1180~1184年に展開された源平合戦の描写を軸に、平清 ... ...
10. Heike monogatari 【平家物語】
Encyclopedia of Japan
The most important of the Kamakura (1185−1333) and Muromachi (1333−1568) period ... ...
11. 勸進平家 (見出し語:平家物語)
古事類苑
宗教部 洋巻 第3巻 335ページ ... ...
12. 平家物語作者 (見出し語:平家物語)
古事類苑
樂舞部 洋巻 第1巻 716ページ ... ...
13. 語二平家一 (見出し語:平家物語)
古事類苑
樂舞部 洋巻 第1巻 718ページ ... ...
14. へいけものがたりひょうしゃく【平家物語評釈】
デジタル大辞泉
内海弘蔵の著作。大正4年(1915)刊行。 ... ...
15. あまくさぼんへいけものがたり【天草本平家物語】 : 平家物語
国史大辞典
影印(吉川弘文館・勉誠社)、亀井高孝・阪田雪子翻字『(ハビヤン抄キリシタン版)平家物語』(吉川弘文館)、近藤政美他編『天草版平家物語総索引』(勉誠社)がある。 ... ...
16. 新・平家物語
日本大百科全書
吉川英治の代表的な歴史長編小説。1950年(昭和25)6月~57年3月『週刊朝日』連載。1951~57年朝日新聞社刊。全24巻。源平二氏の興亡に材をとった叙事詩 ... ...
17. 新・平家物語
デジタル大辞泉プラス
1972年放映のNHKの大河ドラマ。原作は、吉川英治の同名小説。平清盛による政権掌握から、壇ノ浦の戦いまでの平家の盛衰を描く。脚本:平岩弓枝。音楽:冨田勲。出演 ... ...
18. 新・平家物語
デジタル大辞泉プラス
1955年公開の日本映画。監督:溝口健二、原作:吉川英治、脚色:依田義賢ほか、撮影:宮川一夫。出演:市川雷蔵、久我美子、林成年、木暮実千代、大矢市次郎、進藤英太 ... ...
19. 新・平家物語
デジタル大辞泉プラス
仲代達矢主演のNHK大河ドラマ「新・平家物語」(1972)、NHK人形劇「平家物語」(1993-95)の原作。その他映画化されたものとして、溝口健二監督・市川雷 ... ...
20. 新・平家物語・静と義経
デジタル大辞泉プラス
1956年公開の日本映画。監督:島耕二、原作:吉川英治、脚色:八尋不二、撮影:宮川一夫。出演:淡島千景、菅原謙二、香川京子、船越英二、勝新太郎、上原謙、三益愛子 ... ...
21. 新・平家物語 義仲をめぐる三人の女
デジタル大辞泉プラス
1956年公開の日本映画。監督・脚色:衣笠貞之助、原作:吉川英治、脚色:成澤昌茂ほか、撮影:杉山公平、録音:海原幸夫。出演:長谷川一夫、京マチ子、山本富士子、高 ... ...
22. あまくさぼんへいけものがたり【天草本平家物語】
国史大辞典
⇒平家物語(へいけものがたり) ... ...
23. あい‐いたわ・る[あひいたはる]【相労】
日本国語大辞典
あひいたはらんと思ふ心やある』と仰せられしに」【二】〔自ラ四〕病気で苦しむ。病気にかかる。*平家物語〔13C前〕七・経正都落「十三で元服仕り候までは、あひいたは ... ...
24. あい‐かまいて[あひかまひて]【相構】
日本国語大辞典
〔副〕「あいかまえて(相構)」の変化した語。*天草本平家物語〔1592〕四・一四「ショウシャウドノノ ヲカタニ イテ、aicamaite aicamaite ( ... ...
25. あい‐かまえて[あひかまへて]【相構】
日本国語大辞典
日・隆玄書状(鎌倉遺文二・一〇五八)「又来月御影供之比は、相構て参せはやと思給候」*平松家本平家物語〔13C前〕一・義王「相構て念仏怠り給ふなと、互に心をいまし ... ...
26. あいかわ‐おんど【相川音頭】
デジタル大辞泉
佐渡市の民謡。平家物語に取材した口説(くどき)形式の歌詞による盆踊り歌。 ... ...
27. あいかわ‐おんど[あひかは:]【相川音頭】
日本国語大辞典
新潟県佐渡相川の盆踊り唄。寛文年間(一六六一〜七三)末期に起こり、文政、天保年間(一八一八〜四四)に「平家物語」に取材した歌詞ができた。 ... ...
28. あいくおうじ【阿育王寺】
国史大辞典
。明洪武元年(一三六八)崇祐これを復興し、同十五年名を育王禅寺と改め禅宗五山の第五とした。『平家物語』に平重盛が育王山(いおうさん)に黄金を寄進したことがみえ、 ... ...
29. あい‐ぐ・す[あひ:]【相具】
日本国語大辞典
*今鏡〔1170〕四・伏見の雪のあした「その御母は贈二位讚岐守俊遠とあひぐし給へりければ」*平家物語〔13C前〕四・若宮出家「この中納言は、女院の御めのと子、宰 ... ...
30. あい‐しゅう[:シフ]【愛執】
日本国語大辞典
*源氏物語〔1001〜14頃〕夢浮橋「もとの御契りあやまち給はで、あいしふの罪をはるかし聞え給て」*平家物語〔13C前〕一〇・首渡「閻浮(ゑんぶ)愛執の綱つよけ ... ...
31. あい‐しら・う[あひしらふ]
日本国語大辞典
*源氏物語〔1001〜14頃〕末摘花「いと深からずとも、なだらかなるほどにあひしらはむ人もがな」*高野本平家物語〔13C前〕一・祇王「今更人に対面してあそびたは ... ...
32. あい‐・する【愛】
日本国語大辞典
「ちちのみやみ給て、まろをおきて若宮はあしくよみ給かなどあいし申給けるとぞ人のかたり侍し」*平家物語〔13C前〕九・二度之懸「是程の大勢の中へただ二人いったらば ... ...
33. あい‐ず[あひヅ]【合図・相図】
日本国語大辞典
〔名〕(1)何事かをしようとするための、あらかじめの取り決め。約束。*平家物語〔13C前〕八・鼓判官「残り六手(むて)は、各々が居たらむ条里小路より川原へ出でて ... ...
34. あい‐ずり[あゐ:]【藍摺】
日本国語大辞典
兵範記‐保元三年〔1158〕八月一七日「御厩舎人装束四具〈略〉山吹引倍木、藍摺帷、布下袴」*平家物語〔13C前〕九・樋口被討罰「藍摺の水干、立烏帽子でわたされけ ... ...
35. あいだ[あひだ]【間】
日本国語大辞典
〔965頃〕二五「やうやう、朱雀(すざか)のあひだに、この車につきて、なほ歌ひゆきければ」*平家物語〔13C前〕一一・勝浦「塩の干(ひ)て候時は、陸(くが)と島 ... ...
36. あい‐びき[あひ:]【相引・合引】 画像
日本国語大辞典
スル」(2)(─する)互いに弓を引き合うこと。敵が矢を射かけてくるのに応戦して弓を引くこと。*平家物語〔13C前〕四・橋合戦「馬には弱う、水には強うあたるべし。 ... ...
37. あいべつり‐く【愛別離苦】
日本国語大辞典
唯し願(ねがはく)は我が出家・学道を聴(ゆる)し給へ。一切衆生の愛別離苦を皆解脱(げだつ)せしめむや」*平家物語〔13C前〕一二・平大納言被流「昨日は西海の波の ... ...
38. あい‐もよお・す[あひもよほす]【相催】
日本国語大辞典
若君御方〓」*平家物語〔13C前〕一一・鶏合壇浦合戦「一門の物どもあひもよをし、都合其勢二千余人、二百余艘の舟にの ... ...
39. あい‐れん【哀憐】
日本国語大辞典
一二「国に返り住むと云ければ、守、『糸よき事也』と云て、物など取(とら)せて哀憐しければ」*平家物語〔13C前〕二・教訓状「民のためにはますます撫育の哀憐をいた ... ...
40. あ・う[あふ]【合・会・逢・遭】
日本国語大辞典
おぼろけの上達部なんどもあふべくもなかりけり」*平家物語〔13C前〕四・大衆揃「これらは力のつよさ、打物もっては鬼にも神にもあはうどいふ、一人当千のつはもの也」 ... ...
41. あえ ず
日本国語大辞典
び)に神籬(ひもろき)立てて斎(いは)へども人の心はまもり不敢(あへぬ)もの〈作者未詳〉」*平家物語〔13C前〕四・鼬之沙汰「此よし申されたりければ、ききもあへ ... ...
42. あえな‐さ[あへな:]【敢無─】
日本国語大辞典
その度合。*夜の寝覚〔1045〜68頃〕二「まち聞く心地のあへなさ、いふかぎりぞなきや」*延慶本平家物語〔1309〜10〕一本・義王義女之事「其義も無くて打捨て ... ...
43. あおいのまえ【葵の前】
日本人名大辞典
平安時代後期の女官。高倉天皇(在位1168-80)の中宮(ちゅうぐう)建礼門院につかえた。「平家物語」によると天皇の寵愛(ちょうあい)をうけたが,のちとおざけら ... ...
44. あおぎ‐ねがわく‐は[あふぎねがはく:]【仰願─】
日本国語大辞典
0〕六月一九日「仰ぎ願は、一代教主尺迦牟如来、平等大会、法花経御願、一々に哀愍内受し給て」*平家物語〔13C前〕五・富士川「仰願くは大明神、伏乞(ふしてこふ)ら ... ...
45. あお・ぐ[あふぐ]【仰】
日本国語大辞典
うしなふ上に神慮又はかりがたし。ただ聖断をあをぐべし。ふして神の告をまつとて、すなはち座をたたれにけり」*平家物語〔13C前〕五・富士川「孤嶋の幽祠に詣で、瑞籬 ... ...
46. 青侍
世界大百科事典
用例は《中右記》《明月記》をはじめとする院政期以降の古記録や,《今昔物語集》《古今著聞集》《平家物語》《宇治拾遺物語》等々の文学作品にみられる。女性に関しては青 ... ...
47. あおざむらい【青侍】
国史大辞典
し、青年および同じく官位の低い侍をいう。『中右記』『明月記』『古今著聞集』『宇治拾遺物語』『平家物語』などにみえ、井原西鶴の『好色一代男』には「はしたなくいやし ... ...
48. あお‐た[あを:]【青田】
日本国語大辞典
〔名〕(1)(「あおだ」とも)稲が茂って青々と見える田。通常、七月下旬、土用前後のころの田をいう。《季・夏》*平家物語〔13C前〕八・鼓判官「賀茂、八幡の御領と ... ...
49. あお‐だ[あを:]【〓輿】 画像
日本国語大辞典
り輿(ごし)。進物の釣り台のように、日覆いがない。編み板。あんだ。あんぽつ。おうた。*長門本平家物語〔13C前〕一三・北国所所合戦事「我等、今は生きても何かはせ ... ...
50. あお‐つづら[あを:]【青葛】
日本国語大辞典
*宇津保物語〔970〜999頃〕俊蔭「あおつづらを大なる籠にくみて、いかめしき栗、橡を入れて」*平家物語〔13C前〕灌頂・大原御幸「峯に木づたふ猿のこゑ、しづが ... ...
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