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日本人名大辞典

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大橋鎮子
おおはし-しずこ
1920-2013
昭和後期-平成時代の出版経営者。
大正9年3月10日生まれ。日本読書新聞勤務をへて,昭和21年女性に役だつ出版をめざし,花森安治らと衣裳研究所(のち暮しの手帖社)を設立して社長となり,シリーズ「スタイルブック」をだす。23年「美しい暮しの手帖」(28年「暮しの手帖」と改称)を創刊し,53年花森安治のあとを継いで編集長。戦後社会に暮らしの思想を定着させた。平成6年東京都文化賞。平成25年3月23日死去。93歳。東京出身。日本女子大中退。著作に「すてきなあなたに」(1)~(5),「「暮しの手帖」とわたし」。


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1. おおはし-しずこ【大橋鎮子】
日本人名大辞典
1920−2013 昭和後期-平成時代の出版経営者。大正9年3月10日生まれ。日本読書新聞勤務をへて,昭和21年女性に役だつ出版をめざし,花森安治らと衣裳研究所 ... ...
2. 暮しの手帖
日本大百科全書
1948年(昭和23)花森安治(やすじ)、大橋鎮子(しずこ)によって創刊された生活雑誌。当初は季刊、現在は隔月刊。暮しの手帖社(株)発行。花森がもっぱら編集面を ... ...
3. はなもりやすじ【花森安治】
国史大辞典
産む。二十三年『美しい暮しの手帖』(のち『暮しの手帖』と改称)を創刊、自分は戦犯だからと若い大橋鎮子を社長にした。以後広告を一切載せず商品テストを誌面に公表して ... ...
4. はなもり-やすじ【花森安治】 画像
日本人名大辞典
東京帝大在学中に「帝国大学新聞」を編集。第二次大戦中は大政翼賛会の宣伝部員となる。昭和23年大橋鎮子(しずこ)と「美しい暮しの手帖」(のち「暮しの手帖」と改題) ... ...
「大橋鎮子」の情報だけではなく、「大橋鎮子」に関するさまざまな情報も同時に調べることができるため、幅広い視点から知ることができます。
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大橋鎮子(日本人名大辞典)
昭和後期-平成時代の出版経営者。大正9年3月10日生まれ。日本読書新聞勤務をへて,昭和21年女性に役だつ出版をめざし,花森安治らと衣裳研究所(のち暮しの手帖社)を設立して社長となり,シリーズ「スタイルブック」をだす。23年「美しい暮しの手帖」(28年「暮しの手帖」と改称)を創刊し


「大橋鎮子」は暮しの手帖に関連のある記事です。
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暮しの手帖(改訂新版・世界大百科事典)
花森安治(1911-78)が設立した衣裳研究所,のち暮しの手帖社から刊行されている隔月刊の婦人家庭雑誌。1948年9月《美しい暮しの手帖》という誌名で創刊。54年3月から《暮しの手帖》と改称されたが,〈暮しの変革を理念よりも日常生活の実践を通して〉行おうとする編集方針は当初より一貫している
花森安治(日本大百科全書(ニッポニカ))
ジャーナリスト。明治44年10月25日神戸市に生まれる。東京帝国大学在学中から『帝国大学新聞』で活躍し、新聞のレイアウトに異才を発揮した。1940年(昭和15)大政翼賛会に入り、宣伝部で戦時スローガン制作などの仕事に携わった。戦後、戦時中の自己の活動に対する厳しい反省を基礎に
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