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  11. 埼玉古墳群
日本国語大辞典

さきたま‐こふんぐん 【埼玉古墳群】

解説・用例

埼玉県行田市埼玉所在の古墳群。分布の中心が旧埼玉村にあるところから称する。武蔵国造(むさしのくにのみやつこ)笠原直使主の一族の墳墓群と推定されている。二子山古墳など九墓が国史跡として指定され、「さきたま風土記の丘」として出土した埴輪、武具、馬具、銅印、純金勾玉などがあわせ保存されている。昭和五三年(一九七八)稲荷山古墳出土品から金象嵌(きんぞうがん)による一一五文字の銘文のある鉄剣(国宝)が発見された。

発音

サキタマコフン〓(グ)ン

〓[フ]


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検索コンテンツ
1. 埼玉古墳群
日本大百科全書
埼玉県行田(ぎょうだ)市埼玉(さきたま)に所在する古墳群。5世紀末から7世紀のころに築造された。現在は8基の前方後円墳(稲荷山(いなりやま)、二子山(ふたごやま ...
2. 埼玉古墳群
世界大百科事典
埼玉県行田市埼玉に所在する古墳群で,かつては大小の古墳数十基からなっていたが,現在は国指定史跡の二子山,稲荷山,将軍山,愛宕山,鉄砲山,中の山,奥の山,瓦塚の8 ...
3. さきたま‐こふんぐん【埼玉古墳群】
デジタル大辞泉
埼玉県行田市にある古墳群。知知夫(ちちぶ)国造の墳墓を含むといい、また、稲荷山(いなりやま)古墳がある。  ...
4. さきたま‐こふんぐん【埼玉古墳群】
日本国語大辞典
埼玉県行田市埼玉所在の古墳群。分布の中心が旧埼玉村にあるところから称する。武蔵国造(むさしのくにのみやつこ)笠原直使主の一族の墳墓群と推定されている。二子山古墳 ...
5. さきたまこふんぐん【埼玉古墳群】
国史大辞典
→稲荷山古墳(いなりやまこふん) [参考文献]埼玉県教育委員会編『埼玉稲荷山古墳』、小川良祐「埼玉古墳群」(大塚初重編『探訪日本の古墳』東日本編所収) (斎藤  ...
6. さきたまこふんぐん【埼玉古墳群】埼玉県:行田市/埼玉村地図
日本歴史地名大系
形態・製作技法ともにきわめて特異な製品である。埴輪に代わるものとして墳丘に並べられた可能性が考えられている。埼玉古墳群は五世紀末に大型前方後円墳である稲荷山古墳 ...
7. いけもりいせき【池守遺跡】埼玉県:行田市/上池守村地図
日本歴史地名大系
。また出土土器は、六世紀中頃から蓋付きの須恵器を模倣し、黒色処理をした坏になるが、同時期の埼玉古墳群に隣接する小針遺跡ではまったく逆の白色系統の坏が出土する。こ ...
8. 稲荷山古墳
世界大百科事典
両棺とも石製模造品の種類に富み,その量の多いことを特徴とする。 埼玉稲荷山古墳 埼玉県行田市埼玉にある埼玉古墳群中の1基で,6世紀前半の前方後円墳である。現状は ...
9. いなりやま‐こふん【稲荷山古墳】地図
デジタル大辞泉
埼玉県行田(ぎょうだ)市の埼玉(さきたま)古墳群にある前方後円墳。全長約120メートル。昭和43年(1968)に発掘された鉄剣から、金象眼の銘文115文字が発見 ...
10. いなりやまこふん【稲荷山古墳】
国史大辞典
埼玉県行田市埼玉(さきたま)に存する。埼玉古墳群の北寄りに位置する。前方部は失われているが、主軸の長さ約一一四メートル、二重の堀をもち、前方部を南東に向けた前 ...
11. 稲荷山古墳出土鉄剣
日本大百科全書
埼玉県行田(ぎょうだ)市埼玉(さきたま)にある埼玉古墳群の一基、稲荷山古墳(前方後円墳)より出土した鉄剣。1968年(昭和43)発掘調査の際、墳頂部の第1主体部 ...
12. いなりやまこふんしゅつどてっけん【稲荷山古墳出土鉄剣】
国史大辞典
埼玉県行田市埼玉古墳群中の稲荷山古墳の礫槨内から出土した鉄剣。鉄剣は長さ七三・五センチで、剣身の部分に金象嵌の銘文が、表に五十七文字、裏に五十八文字ある。象嵌 ...
13. 氏文
世界大百科事典
績などを記録したもの。5~6世紀には,すでに祖先以来の氏の系譜を記したものがあったことは,埼玉古墳群の稲荷山古墳より出土した471年と考えられる辛亥年の剣銘に, ...
14. おいねづかはにわようせきぐん・おいねづかこふんぐん【生出塚埴輪窯跡群・生出塚古墳群】埼玉県:鴻巣市/下生出塚村地図
日本歴史地名大系
生出塚工人集団の窯業技術の高さを示している。県指定文化財。埴輪の供給先は生出塚古墳群をはじめ、行田市埼玉古墳群、騎西町小沼耕地一号墳、菖蒲町東浦古墳など、元荒川 ...
15. おみしんかんじこふん【小見真観寺古墳】埼玉県:行田市/小見村地図
日本歴史地名大系
蓋付有脚銅鋺一などが出土し、七世紀後半代と考えられる。後円部の石室はこれにやや先行する時期とされる。埼玉古墳群が、六世紀後半頃の将軍山古墳を最後に、以後大型古墳 ...
16. きゅうじょうとくじあと【旧盛徳寺跡】埼玉県:行田市/埼玉村地図
日本歴史地名大系
床面に接して平瓦・丸瓦など多数検出された。西方の水田中から「矢作私印」と記す大和古印なども発見されている。埼玉古墳群の造営者が奈良時代に入って創建した寺院と考え ...
17. 行田(市)
日本大百科全書
があり、東京の水道、見沼代用水(みぬまだいようすい)その他の用水を分水している。中央にある埼玉古墳群は国指定史跡で、古墳群を中心としたさきたま古墳公園には県立さ ...
18. 行田[市]
世界大百科事典
その沈砂池から直接引水する行田浄水場は1984年に完成,県北の給水事情は改善された。市街地南東方の埼玉古墳群一帯は〈さきたま風土記の丘〉として史跡公園になり,稲 ...
19. ぎょうだ[ギャウだ]【行田】
日本国語大辞典
かやま)」、金象眼銘文のある鉄剣(国宝)出土で知られる「稲荷山(いなりやま)」などの古墳は埼玉古墳群として史跡指定され、一帯は「さきたま風土記の丘」公園になって ...
20. ぎょうだし【行田市】埼玉県地図
日本歴史地名大系
跡が著名である。古墳時代のものは、辛亥銘鉄剣などの出土で有名になった稲荷山古墳を含む国史跡埼玉古墳群がよく知られており、円墳一・前方後円墳八を合せて大型古墳九が ...
21. 古代の鉄剣銘 2[別刷図版]
国史大辞典
 稲荷山古墳は、埼玉県行田市、史跡埼玉古墳群の中に存在する前方後円墳で、5世紀末―6世紀初頭の築造と考えられ、全長120mを数えるが、現状では前方部は失われてい ...
22. こばりむら【小針村】埼玉県:行田市地図
日本歴史地名大系
帯に小針遺跡がある。遺跡が立地するローム台地が沈降し、沖積土が一メートルほど堆積している。埼玉古墳群に最も近い同時期の大集落遺跡。六世紀中頃から白色をした堅焼き ...
23. ごんげんざか・うばがさわはにわようせきぐん【権現坂・姥ヶ沢埴輪窯跡群】埼玉県:大里郡/江南町/千代村地図
日本歴史地名大系
原材として採取している。埴輪はおもに付近の台地上および荒川流域の古墳群へ供給されたが、大型品等は行田市の埼玉古墳群へも送られたと思われる。 ...
24. さいたまぐん【埼玉郡】埼玉県:武蔵国
日本歴史地名大系
国造」(国造本紀)の本拠地であり、行田市の埼玉古墳群はその奥津城であったとされる。「日本書紀」安閑天皇元年条に登場する「国造笠原直使主」も埼玉古墳群を造った一族 ...
25. さいたまごう【〓玉郷】埼玉県:武蔵国/埼玉郡
日本歴史地名大系
「和名抄」所載の郷。同書東急本・元和古活字本に「佐以多万」の訓がある。埼玉古墳群の所在地である現行田市の埼玉を中心として吹上町・羽生市西部にわたる地域とする説が ...
26. さきたまじんじゃ【前玉神社】埼玉県:行田市/埼玉村地図
日本歴史地名大系
[現]行田市埼玉 埼玉の北西部、小名富士山に鎮座。旧郷社、祭神は前玉彦命・前玉姫命。鎮座地は埼玉古墳群に隣接し、本殿も浅間塚とよばれる古墳上にある。「延喜式」神 ...
27. さきたまむら【埼玉村】埼玉県:行田市地図
日本歴史地名大系
西は佐間・渡柳・利田の三村。忍城下から中山道鴻巣宿への往還が北西から南東に貫く。洪積層微高地に位置し、埼玉古墳群の地であり、地区内の古代遺跡は三〇ヵ所にのぼる。 ...
28. たかばたけいせき・むらうちいせき・こうちいせき【高畑遺跡・武良内遺跡・鴻池遺跡】埼玉県:行田市/下忍村地図
日本歴史地名大系
鴻池遺跡は微高地上に立地し、古墳時代前期の方形周溝墓や住居跡が発掘されている。以上の三遺跡は、埼玉古墳群から一キロ強の地点にあり、いずれも方形周溝墓や竪穴住居跡 ...
29. ながのむら【長野村】埼玉県:行田市地図
日本歴史地名大系
あげて「是等重清カ子孫ナトニヤ、モシ然ランニハ古ク開ケシ地ナリ」と述べている。水田地帯を隔てた南部は埼玉古墳群一帯の洪積台地にかかっていて、村内には白山古墳があ ...
30. 日本(にほん)
日本大百科全書
羅(しらぎ)・高句麗(こうくり)に対し優位にたとうとする。471年(雄略15)に比定される埼玉古墳群(埼玉県)の稲荷山古墳出土鉄剣銘の「治天下大王」は、そうした ...
31. 日本書紀 342ページ
日本古典文学全集
→[1]八九ページ八行。『和名抄』に「武蔵国埼玉郡笠原郷」。埼玉県鴻巣市笠原付近。埼玉県行田市の埼玉古墳群を笠原直に関係づける説もある。「険阻」の「阻」。けわし ...
32. ひきぐん【比企郡】埼玉県
日本歴史地名大系
行田市の埼玉地方と当地比企地方の対立としてとらえる意見が出されている。すなわち争いに勝った笠原直使主を埼玉古墳群を築造したグループに、敗れた同族の小杵を比企地方 ...
33. ふちゆうし【府中市】東京都地図
日本歴史地名大系
示す大古墳もみられない。武蔵国の中心からかなり南に偏したこの地に国府が設置されたのは、ここが北部の埼玉古墳群(埼玉県行田市)に象徴される旧国造等の勢力圏から外れ ...
34. むさしのくに【武蔵国】埼玉県地図
日本歴史地名大系
これらのうち无邪志国造が五世紀末から六世紀後半にかけて一〇〇メートル級の大型古墳が出現した埼玉古墳群(行田市)を中心とした北武蔵に、知々夫国造が荒川流域一帯の秩 ...
35. 武蔵国造の反乱
日本大百科全書
埼玉(さきたま)古墳群がその墳墓と推定されている。埼玉古墳群は、5世紀後半~7世紀初頭にかけての武蔵地方最大の規模をもつ古墳群である。とくに、埼玉古墳群の稲荷山 ...
36. わかこだまこふんぐん【若小玉古墳群】埼玉県:行田市/若小玉村地図
日本歴史地名大系
[現]行田市藤原町 埼玉古墳群の北約二・五キロに位置し、周囲の水田との比高一メートルのローム台地上に立地する。標高約一八メートル。埼玉古墳群とは東西に走る谷、小 ...
37. わたりやなぎむら【渡柳村】埼玉県:行田市地図
日本歴史地名大系
[現]行田市渡柳 北から東は埼玉村に接し、洪積層微高地上にある。村域は埼玉古墳群地帯にかかっていて、前方後円墳三、奈良・平安期集落三群の遺跡がある。天正一〇年( ...
38. 【総論】埼玉県地図
日本歴史地名大系
。これらと埼玉古墳群とのかかわりについては不明であるが、埼玉古墳群が武蔵統合の一大拠点であったことは、同古墳群中の稲荷山古墳出土鉄剣の金錯銘文からも推測される( ...
「埼玉古墳群」の情報だけではなく、「埼玉古墳群」に関するさまざまな情報も同時に調べることができるため、幅広い視点から知ることができます。
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新原・奴山古墳群(日本歴史地名大系)
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