駒ヶ岳

木曾山脈（中央アルプス）の主峰で、木曾郡と上伊那郡の境にあり、標高二九五六メートル。木曾駒ヶ岳ともいうが、伊那地方では赤石山脈北端の甲斐（かい）駒ヶ岳を東駒ヶ岳とよぶのに対して西駒ヶ岳とよんでいる。本岳近くに前（まえ）岳・中（なか）岳・宝剣（ほうけん）岳などがあり、ほぼ等高度の山峰が連なり、雄大な山容をみせている。山頂東側には千畳敷（せんじようじき）カールや濃（のう）ヶ池（いけ）の氷食地形がみられる。

文献上の初見は、建長三年（一二五一）二月六日の藤原能綱譲状案（工藤文書）で四至境に「こまがたけ」の山名がみえる。

山名の起りは馬との関係が考えられ、山の形、残雪の形、雪解けによる岩肌の形、山頂の岩の形などが馬に似ているところから名付けられたもので、特に残雪の形や雪解けにより現れる岩肌の形が馬に見えるようになることが農事に関係づけられていた。所によっては馬でなくて豆をまいたり稗をまいたりしている爺に見え、それが見えるようになると種まきが行われた。

また宝暦七年（一七五七）の「吉蘇志略」には、

とあり、江戸時代末に編纂された「木曾名跡志」「木曾古事談拾遺」「木曾古道記」などにも「前山に石あり、駒に似たり、故に駒ケ岳と云ふ」と山名の由来を述べている。天文元年（一五三二）には木曾側山頂に駒ヶ岳神社が祀られたと伝えられるし、寛永初期には大田切川上流に木食但唱上人がこもり、今そこを帰命山地蔵平（きめいざんじぞうだいら）という。小出（こいで）村（現伊那市西春近）の百姓が濃ヶ池で雨乞いをした歴史も古く、江戸時代後期には信仰の山として開発された。

寛文四年（一六六四）木曾側では尾張藩の検分が行われ、また中村氏享保五年御状留によれば享保四年（一七一九）六月二二日木曾の山村家給人古畑助三郎以下四〇人の同勢が登山している。高遠藩では元文元年（一七三六）・宝暦六年・天明四年（一七八四）と三度の検分があり、それぞれ「駒ケ岳一覧之記」「後駒ケ岳一覧之記」「登駒ケ岳記」などの記録がある。

しかし御嶽のように信仰のための登山が盛んになるのは、文化年間（一八〇四―一八）頃からで、下諏訪（現諏訪郡）の行者寂本が宝剣岳の山頂へ奉納した鉄の錫杖には「文化八年未年六月吉日、奉納駒岳大権現、行者下諏訪、寂本、世話人小口初左衛門、松本飯田町太兵衛作之」と刻されている。この後、尾張の犬山の心明行者が駒ヶ岳講社を結んで登拝するなど信仰登山が盛んになっていった。

明治二二年（一八八九）駒ヶ岳を主峰とする山脈が木曾山脈と命名され、同二四年には英人ウェストンは木曾側より登頂して伊那側に下山し、駒ヶ岳を世界に紹介した。

中腹以上は国有林であるが、昭和二六年（一九五一）連峰とともに中央アルプス県立公園に指定され、同四二年には中御所谷（なかごしよだに）（現駒ヶ根市）のしらび平（だいら）から千畳敷カールへロープウェーが建設され、伊那側からの登山者や観光客が急増している。

山頂木曾側の駒ヶ岳神社は奥社で、里宮は木曾郡上松（あげまつ）町徳原（とくばら）にあり、五月三日の例祭に奉納される太々神楽は昭和四四年に県の無形文化財に指定されている。