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  11. 皇室祭祀
日本大百科全書・改訂新版 世界大百科事典

日本大百科全書
皇室祭祀
こうしつさいし

皇室で執り行われる祭祀で、おもに神道的儀式を基本としている。皇室祭祀には、新嘗祭(にいなめさい)など古代からの祭祀を継承したものや、元始祭(げんしさい)などのように明治維新後の神道(しんとう)国教化政策、神仏分離政策の影響を受けて新たに定められた神道祭祀など多数ある。現行の皇室祭祀は、明治維新後新たに制度化された諸祭祀を踏襲しているが、一括して「皇室祭祀」として法文化、制度化されたのは1908年(明治41)の「皇室祭祀令」においてである。「皇室祭祀令」は3章26条および附式2編からなり、明治維新後実施された皇室での祭祀を整備、条文化し、固定化したものである。皇室祭祀には、以前は大祭と小祭の区別はなかったが、本令によって大小の区別がなされ、また斎戒、服喪や儀服、神事式、および恒例祭以外の祭祀(臨時祭)なども定められた。本令は1947年(昭和22)5月廃止。
 大祭は天皇の親祭で、以下の種類がある。
(1)元始祭(1月3日) 皇位の始源を祝い、宮中三殿(賢所(かしこどころ)、皇霊殿、神殿)で行われる。
(2)紀元節祭(2月11日) 皇霊殿で建国の祖とする神武(じんむ)天皇を親祭。
(3)春季皇霊祭(春分の日) 皇霊殿で歴代天皇などの霊を祀(まつ)る祭儀。
(4)春季神殿祭(春分の日) 神殿で天神地祇(てんじんちぎ)、八百万神(やおよろずのかみ)を親祭。なお秋季皇霊祭、秋季神殿祭(いずれも秋分の日)も春と同様に行われる。
(5)神武天皇祭(4月3日) 神武天皇崩御日として皇霊殿で朝、昼、夕の三度祭典が行われ、昼の儀に親祭がある。
(6)神嘗祭(かんなめさい)(10月17日) 古来から伊勢(いせ)神宮の最重儀である神嘗祭を同日に賢所でも行うもの。
(7)新嘗祭(11月23日) 当年の新穀を皇祖天照大神(あまてらすおおみかみ)に供する祭儀で、皇室第一の重儀。
 なおこのほか、大祭には大正天皇祭など先帝以前3代の式年祭や先后の式年祭などがある。小祭には歳旦(さいたん)祭(1月1日)、祈年祭(2月17日)、明治節祭(11月3日)、賢所御神楽(みかぐら)(12月中旬)、天長節祭(天皇誕生日)などがあり、天皇は拝礼、掌典(しょうてん)長が祭典を行う。
[阪本是丸]



改訂新版・世界大百科事典
皇室祭祀
こうしつさいし

皇室の祭祀は背後に長い伝統をもつが,1908年皇室祭祀令が制定されるに及び定型化し,47年同令が廃止された後も,皇室の私事としてほぼ同令の規定に準拠して行われている。祭祀令は,皇室の祭祀を大祭と小祭に分け,大祭は天皇みずから祭典を行い,小祭は掌典長が祭典を執行し,天皇が拝礼するものと定めている。

大祭

1月3日の元始(げんし)祭,2月11日の紀元節祭,春分の日の春季皇霊祭・同神殿祭,4月3日の神武天皇祭,秋分の日の秋季皇霊祭・同神殿祭,10月17日の神嘗(かんなめ)祭,11月23~24日の新嘗(にいなめ)祭,および先帝祭(毎年の命日),先帝以前3代の式年祭(没後満3,5,10,20,30,40,50,100年,以後100年ごとの命日),先后の式年祭,母后の式年祭が大祭である。このうち神嘗祭と新嘗祭以外は,みな明治以後に創制されたものである。神嘗祭はすでに大宝・養老の神祇令にも載せる祭祀で,新穀を伊勢神宮に奉献するものである。9月16日外宮,17日内宮において行われたが,1871年(明治4)以降宮中の賢所でも祭典が執行され,79年からは10月17日が祭日と定められた。新嘗祭は天皇が諸神を招いて新穀を共食し,収穫を感謝するもので,上古以来11月の2番目の卯日に行われたが,1873年の改暦後,11月23日を祭日と定めた。平安宮では中和院の正殿神嘉殿で行われたが,明治の宮城造営以後は,宮中三殿(賢所,皇霊殿,神殿)の西隣に造立された神嘉殿で行われた。元始祭は1月3日年頭に当たり宮中三殿に皇祖以下祖霊,諸神を祭るもので,1870年に創設された。神武天皇の即位日とされる2月11日の紀元節祭は73年,春秋二季に祖霊を祭る皇霊祭,諸神を祭る神殿祭は78年に新設されたが,紀元節祭は1948年の紀元節廃止により停廃された。

小祭

1月1日の歳旦祭,2月17日の祈年祭,11月3日の明治節祭,12月中旬の賢所御神楽,天皇誕生日の天長節祭,先帝以前3代の例祭(命日),先后および母后の例祭,歴代天皇の式年祭が小祭である。このうち祈年祭は神祇令所載の古い祭典で,毎年2月4日豊作を祈願して全国の神社に奉幣するものであるが,宮中三殿においても2月17日に祭典を行うことが皇室祭祀令に定められた。賢所御神楽は平安中期一条天皇のときに始まるといい,賢所の神霊に慰謝する祭典である。そのほかの祭典はみな明治以後に創設されたもので,元旦宮中三殿の神霊に奉謝する歳旦祭は祭祀令制定の際に新設され,明治節祭は1928年明治天皇の偉業をたたえてその誕生日を明治節としたとき新定,天長節祭は1870年天長節制定とともに創設された。しかし1948年の祝祭日改定に際し,明治節は〈文化の日〉と改められたため,祭典は廃止され,天長節は天皇誕生日と改称されたので,祭典は天長祭と改名された。
[橋本 義彦]

[索引語]
大祭 小祭 元始(げんし)祭 紀元節祭 皇霊祭 神殿祭 神嘗(かんなめ)祭 新嘗(にいなめ)祭 先帝祭 式年祭 歳旦祭 祈年祭 明治節祭 賢所御神楽 天皇誕生日 天長節祭 文化の日 天長祭
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1. 皇室祭祀
日本大百科全書
現行の皇室祭祀は、明治維新後新たに制度化された諸祭祀を踏襲しているが、一括して「皇室祭祀」として法文化、制度化されたのは1908年(明治41)の「皇室祭祀令」に ...
2. 皇室祭祀
世界大百科事典
皇室の祭祀は背後に長い伝統をもつが,1908年皇室祭祀令が制定されるに及び定型化し,47年同令が廃止された後も,皇室の私事としてほぼ同令の規定に準拠して行われて ...
3. こうしつさいしれい【皇室祭祀令】
国史大辞典
同)である。附式には第一編は大祭式、第二編は小祭式の式次第が記されている。第二次世界大戦後、皇室祭祀令が廃止されたのちの皇室の祭祀は、大祭・小祭の式次第はそのつ ...
4. あめのいわや【天石屋】
国史大辞典
毎冬宮中で天子の魂を招く鎮魂式の主役をつとめるという風にこの石戸物語に参与したものは、のちに天孫に従い降臨し、皇室祭祀に奉仕する部族たちの祖神となる。天石戸神話 ...
5. あらいみ・まいみ【散斎・致斎】
国史大辞典
祈年祭については「散斎三日、致斎一日」とされたのが、後世では流例となり、明治以降においても、皇室祭祀令(明治四十一年)においてはその第六条に「祭祀ニ奉仕スル者ハ ...
6. かしこどころ‐みかぐら【賢所御神楽】
日本国語大辞典
毎年一二月中旬、賢所で行なわれる神楽。昔は時代により内侍所(ないしどころ)や清暑堂などで行なわれた。*皇室祭祀令(明治四一年)〔1908〕二一条「賢所御神楽 十 ...
7. かむなめ-まつり【神嘗祭り】
全文全訳古語辞典
その年の新稲で造った神酒と神饌が皇太神官(内宮)及び豊受大神官(外官)に献上された。現在、十月十七日の皇室祭祀として継承。  ...
8. きげんせつ‐さい【紀元節祭】
日本国語大辞典
〔名〕紀元節に、神武天皇の即位を記念するため、宮中皇霊殿で行なわれた儀式。*皇室祭祀令(明治四一年)〔1908〕九条「大祭及其の期日は左の如し〈略〉 紀元節祭  ...
9. 宮中三殿
世界大百科事典
称。1月3日の元始祭をはじめ,春秋2期の皇霊祭・神殿祭,および神嘗祭・新嘗祭や先帝祭その他の皇室祭祀がここで行われる。現在の位置は吹上御苑の東南部,上道灌濠をは ...
10. きんだい【近代】画像
国史大辞典
国家神道の祭祀は、明治維新後に新たに整えられた皇室祭祀を基準として定められた。天皇は皇祖神アマテラシマススメオホミカミと一体の現人神であるとともに、皇室祭祀をつ ...
11. 元始祭
日本大百科全書
(めんばく)」からとったとされ、73年1月3日から三殿親祭となった。皇室祭祀のなかの重儀とされており、1908年(明治41)制定の「皇室祭祀令」で大祭に編入され ...
12. げんし‐さい【元始祭】
日本国語大辞典
昭和二二年(一九四七)皇室祭祀令廃止後も、皇室の私事として施行されている。*日新真事誌‐明治六年〔1873〕一〇月一七日「年中祭り祝日等の休暇日左の通候条、此旨 ...
13. 皇室神道[宗教]画像
イミダス 2017
る。新嘗祭(11月23~24日)とは、その年の収穫を神に感謝する祭で、1927年に改正された皇室祭祀令により、天皇の親祭する大祭とされた。他の天皇親祭には、皇位 ...
14. こうしつせいど【皇室制度】
国史大辞典
明治二十二年(一八八九)制定の皇室典範をはじめ、皇室令として発布された登極令・立儲令・皇統譜令・皇室祭祀令・皇室成年式令・皇室親族令・皇室財産令・皇室儀制令・皇 ...
15. こうしつれい【皇室令】
国史大辞典
大正十五年(一九二六)までに大部分の公布をみた。皇室令として公布された主なものは、皇族会議令・皇室祭祀令・登極令・皇族身位令・摂政令・華族令・皇室会計令・立儲令 ...
16. こうたいし‐ひ[クヮウタイシ‥]【皇太子妃】
日本国語大辞典
*皇室典範(明治二二年)〔1889〕一八条「皇太子皇太子妃皇太孫皇太孫妃〈略〉の敬称は殿下とす」*皇室祭祀令(明治四一年)〔1908〕二六条「皇后、皇太子、皇太 ...
17. こうれい‐さい[クヮウレイ‥]【皇霊祭】
日本国語大辞典
彼岸の中日に天皇が皇霊殿で行なう皇霊の大祭。春に行なうのを春季皇霊祭、秋に行なうのを秋季皇霊祭という。*皇室祭祀令(明治四一年)〔1908〕九条「大祭及其の期日 ...
18. こうれいさい【皇霊祭】
国史大辞典
第二次世界大戦前は皇室祭祀令(明治四十一年(一九〇八)皇室令第一号、昭和二年(一九二七)同第十二号改正)により、春季皇霊祭(春分日)と秋季皇霊祭(秋分日)との ...
19. こうれい‐でん[クヮウレイ‥]【皇霊殿】
日本国語大辞典
〔名〕宮中三殿の一つ。賢所(かしこどころ)の西に位置し、皇霊をまつる殿舎。*皇室祭祀令(明治四一年)〔1908〕一一条「元始祭は賢所皇霊殿神殿に於て之を行ふ」コ ...
20. 国家神道
日本大百科全書
1900年(明治33)内務省に神社局が設置され、神社行政と宗教行政が分離された。 明治後期には、皇室祭祀を基準として神社祭式が定められ、神官神職は待遇官吏として ...
21. 国家神道[宗教]
イミダス 2017
明治期以降、国家政策の下で伊勢神宮を頂点とした神社の神々の信仰・祭祀と天皇崇拝・皇室祭祀(→「皇室神道」)を結びつけて形成された、天皇制・国体を維持するための ...
22. ご‐こうもん[‥カウモン]【御告文】
日本国語大辞典
主となられて行なわれる祭事の御祭文。皇祖皇宗の神霊につげられる文。ごこくぶん。おつげぶみ。*皇室祭祀令(明治四一年)〔1908〕附式・山陵の儀「次に御拝礼御告文 ...
23. ご‐しんさい【御親祭】
日本国語大辞典
〔名〕(「ご」は接頭語)天皇がみずから神々をおまつりになること。また、その行事。現在は皇室祭祀令によって定められ、元始祭、春秋の皇霊祭、神武天皇祭、神嘗祭、新嘗 ...
24. さいし【祭祀】
国史大辞典
庁から「祭祀規程」その他が出されている。皇室における諸祭儀は、現在もつとめて明治四十一年の「皇室祭祀令」附式に従って行われ、即位関係の諸祭は「登極令」、その他の ...
25. 祭式
日本大百科全書
祭祀令」である。これは「皇室祭祀令」(1908年9月19日、皇室令)、「神宮祭祀令」(1914年1月24日、勅令)、「官国幣社以下神社祭祀令」(同)の三令で、皇 ...
26. さいしき【祭式】
国史大辞典
神社の祭祀に関する規定。神社祭式の略称。神社の国家管理時代には、皇室祭祀令・神宮祭祀令・官国幣社以下神社祭祀令の三祭祀令、その下に、神宮祭式・官国幣社以下神社 ...
27. さいしれい【祭祀令】
国史大辞典
その祭典名を示したもの。他に祭典の次第を示した「祭式」と、その細則たる「行事作法」がある。祭祀令には皇室祭祀令(明治四十一年(一九〇八)九月皇室令第一号)、神宮 ...
28. 祭日
法律用語辞典
皇室で祭事が行われる日。以前はその一部が休日や祝日となっていたが、昭和二二年に皇室祭祀(さいし)令が廃止され、現在は国法上の制度ではなくなった。 →祝日 ...
29. さいせいぶんり【祭政分離】
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しかし古代天皇制が変貌して、封建社会に対応する中世・近世の天皇制へ移行すると、天皇の政治的地位は名目化し、皇室祭祀が天皇の属性として保持された。明治維新によって ...
30. さいたん‐さい【歳旦祭】
日本国語大辞典
五穀の豊穰、皇室の繁栄を祈るもの。宮中では天皇が四方拝の儀式の後、宮中三殿を拝する。《季・新年》*皇室祭祀令(明治四一年)〔1908〕第二三条「歳旦祭祈年祭及天 ...
31. さいたんさい【歳旦祭】
国史大辞典
明治四十一年(一九〇八)に公布された皇室祭祀令によって、それまで行われてきた一月一日の宮中三殿(賢所・皇霊殿・神殿)の祭典が「歳旦祭」と改名されたのを起源とす ...
32. 祭服
世界大百科事典
祭祀(さいし)に用いられる服装。式服,礼服ともいう。 神道の祭服 大きく皇室祭祀の服装と一般神社の神職用の服装とに分けられる。皇室祭祀の服装は天皇6種,皇后3種 ...
33. しき‐ねん【式年】
日本国語大辞典
の年。*布告‐明治三年〔1870〕閏一〇月二八日(法規分類大全)「造営公私或は式年等之別」*皇室祭祀令(明治四一年)〔1908〕一〇条「式年は崩御の日より三年五 ...
34. しきねん‐さい【式年祭】
日本国語大辞典
〔名〕歴代の天皇・皇后の式年の崩御の日に皇霊殿で行なわれる祭祀。*皇室祭祀令(明治四一年)〔1908〕一〇条「神武天皇祭及先帝祭前項の式年に当るときは式年祭を行 ...
35. しほうはい【四方拝】
国史大辞典
座を設け、伊勢神宮、天神地祇、神武・孝明両帝の山陵、諸大社を拝したが、以後これが恒例とされ、皇室祭祀令(明治四十一年公布)には、元日歳旦祭に先立って四方拝を行う ...
36. しゅうき‐こうれいさい[シウキクヮウレイサイ]【秋季皇霊祭】
日本国語大辞典
皇后、皇親などの霊をまつる祭儀。もと国家の祭日であった。現在の国民の祝日「秋分の日」にあたる。*皇室祭祀令(明治四一年)〔1908〕九条「大祭及其の期日は左の如 ...
37. しゅうき‐しんでんさい[シウキ‥]【秋季神殿祭】
日本国語大辞典
〔名〕毎年秋分の日に神殿で、宮中の八神および天神地祇をまつる祭儀。*皇室祭祀令(明治四一年)〔1908〕九条「秋季皇霊祭 秋分日 秋季神殿祭 秋分日 神嘗祭 十 ...
38. しゅうきょう【宗教】 : 近代
国史大辞典
国家神道の祭祀は、明治維新後に新たに整えられた皇室祭祀を基準として定められた。天皇は皇祖神アマテラシマススメオホミカミと一体の現人神であるとともに、皇室祭祀をつ ...
39. 祝祭日
日本大百科全書
山の日(8月11日)が制定されて、合計16日になった。「主権在民」という新憲法の趣旨に即しての全面的改定で、皇室祭祀の定例日を中心に制定された明治期の祝祭日を一 ...
40. 祝祭日
世界大百科事典
は海の日を7月の第3月曜日,敬老の日を9月の第3月曜日に改めるという法改正がなされている。→皇室祭祀 →節会萩原 龍夫+編集部 中国 前3世紀にすでに統一帝国が ...
41. しゅんき‐こうれいさい[‥クヮウレイサイ]【春季皇霊祭】
日本国語大辞典
となる。《季・春》*幼学読本〔1887〕〈西邨貞〉六「此の日は春季くゎうれい祭の当日なり」*皇室祭祀令(明治四一年)〔1908〕九条「紀元節祭 二月十一日 春季 ...
42. しゅんき‐しんでんさい【春季神殿祭】
日本国語大辞典
八神(はっしん)・天神(あまつかみ)・地神(くにつかみ)をまつるために、春分の日に神殿で行なう祭。*皇室祭祀令(明治四一年)〔1908〕九条「春季皇霊祭 春分日 ...
43. しょう‐さい[セウ‥]【小祭】
日本国語大辞典
賢所御神楽、天長節祭、先帝以前三代の例祭、先后の例祭など。明治四一年(一九〇八)の皇室祭祀令で規定されたもの。*皇室祭祀令(明治四一年)〔1908〕二条「祭祀は ...
44. しょうてんしょく【掌典職】
国史大辞典
掌典および内掌典が置かれ、皇居内の宮中三殿および各地にある御陵などにおける皇室の祭儀をほぼ旧皇室祭祀令にのっとって行なっている。→宮中三殿(きゅうちゅうさんでん ...
45. しん‐でん【神殿】
日本国語大辞典
神殿〓」*皇室祭祀令(明治四一年)〔1908〕一一条「元始祭は賢所皇霊殿神殿に於て之を行う」 ...
46. しんでん‐さい【神殿祭】
日本国語大辞典
宮中の神殿で行なわれる春秋二季の大祭。春分・秋分の日に、旧八神殿祭神と天神・地祇をまつる祭祀。*皇室祭祀例(明治四一年)〔1908〕一三条「春季神殿祭及び秋季神 ...
47. じんむてんのう‐さい[ジンムテンワウ‥]【神武天皇祭】
日本国語大辞典
皇霊殿で行なわれた。神武祭。《季・春》*日新真事誌‐明治六年〔1873〕一〇月一七日「神武天皇祭 四月三日」*皇室祭祀令(明治四一年)〔1908〕九条「神武天皇 ...
48. たい‐さい【大祭】
日本国語大辞典
天皇みずからとり行なう祭典。元始祭・紀元節祭・皇霊祭・神殿祭・神武天皇祭・神嘗祭・新嘗祭など。*皇室祭祀令(明治四一年)〔1908〕八条「大祭には天皇皇族及官僚 ...
49. たましずめ の 式(しき)
日本国語大辞典
「たましずめ(鎮魂)の祭(2)」に同じ。*皇室祭祀令(明治四一年)〔1908〕一六条「新嘗祭を行ふ前一日綾綺殿に於て鎮魂の式を行ふ」 ...
50. てんちょうせつ【天長節】
国史大辞典
これが慣例となった。また翌三年から神祇官の八神殿で、明治五年からは宮中三殿で天長節祭が行われる皇室祭祀となった。明治時代には四方拝(元日)・紀元節とともに祝日と ...
「皇室祭祀」の情報だけではなく、「皇室祭祀」に関するさまざまな情報も同時に調べることができるため、幅広い視点から知ることができます。
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朝見(日本国語大辞典)
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(1)天皇や皇族が、文書や作品を書いたり、ことばを賜わったりすること。また、その文書。*正倉院文書‐天平勝宝八年〔756〕六月二一日・東大寺献物帳(寧楽遺文)「太上天皇、捨国家珍宝等、入東大寺願文。皇太后御製」*続日本紀‐神護景雲三年〔769〕一〇月癸亥「長岡避
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