ジャパンナレッジは約1500冊以上の膨大な辞書・事典などが使い放題の「日本最大級のオンライン辞書・事典・叢書」サービスです。
➞ジャパンナレッジについて詳しく見る
  1. トップページ
  2. >
  3. カテゴリ一覧
  4. >
  5. 歴史
  6. >
  7. 歴史上の人物
  8. >
  9. 世界史上の人物
  10. >
  11. ナポレオン [改訳]

ジャパンナレッジで閲覧できる『ナポレオン [改訳]』の辞書・事典・叢書別サンプルページ

文庫クセジュ ベストセレクション

ナポレオン[改訳]
文庫クセジュ79 アンリ・カルヴェ / 井上 幸治
歴史・地理・民族(俗)学
第一章 ナポレオンの出身、青年時代
ボナパルト家
 いま知られるところで、ナポレオンのもっとも古い祖先は、十五世紀末にあらわれたフランソワ・ボナパルトである。かれは軍人で、大弓射手から騎兵になった。かれはジェノヴァの傭兵で、再建されてジェノヴァの植民地となったアジャクシオ(イタリア名アャッチョ)に住んでいた。しかしコルシカ人と支配者ジェノヴァ人の接触は、かなりのちにならないとはじまらなかった。十八世紀中期、ナポレオンの生まれる直前、ボナパルト家(イタリア名ブォナパルテ)の血統は、まだ四分の三はリグリア人系(ジェノヴァを中心とする地方)、わずか四分の一がコルシカ人系である。そしてブルジョワ名士(地主・ぶどう栽培者・商人・公証人)の家系で、いく世代もの間、軍人を出していないのである。フランスの支配はようやく一七六八年、ナポレオン出生の一年前に確立したもので、それより前、コルシカに貴族身分はなかったのだから、ボナパルト家は貴族ではないし、貴族になるわけにもいかなかった。しかしごく早い時から出世欲はあらわれており、ボナパルト家は二回にわたって(一六八二年、一七四二年)、コルシカ島でもっとも古い家系の一つ、ボッツィ家と縁組をした。ボッツィ家にはナポレオンという洗礼名がつたえられ、ボナパルト家もこれを採用して、有名にすることになる。この家はついに、フィレンツェでほとんど同名のブォナ・パルテ家を知ったが、この家系の方は貴族身分をみとめられていた。しかしトスカナ大公にたいしておこなわれた両家の血属関係認知の申請は、いつも却下された。ナポレオンの父シャルル・ボナパルト(イタリア名カルロ・ブォナパルテ)は執拗な性質であるというか、むしろ威信や称号を渇望していたように思われるが、一七六九年、法学博士の学位論文を提出するためにピサに行った時、大司教と大学にたいして「フィレンツェ・アジャクシオの貴族」と名のっている。この二年後、かれはコルシカ最高法院に貴族身分証明書を登録させ、一七七九年には系譜調査官オジエに自分の紋章を報告している。それはフィレンツェの古いポデスタ(都市行政官)の紋章で、伯爵の冠をもつものである。シャルルは同じ時期に、フランス式の準貴族の冠辞(フランス語のde)を採用している。

【 5 / 153 】

ジャパンナレッジは、自分だけの専用図書館。
すべての辞書・事典・叢書が一括検索できるので、調査時間が大幅に短縮され、なおかつ充実した検索機能により、紙の辞書ではたどり着けなかった思わぬ発見も。
パソコン・タブレット・スマホからご利用できます。
ナポレオン [改訳]の関連キーワードで検索すると・・・
検索ヒット数 3532
検索コンテンツ
1. ナポレオン(1世)
日本大百科全書
シャルルの次男としてナポレオンが生まれた。 父はフランスに帰順したため、1779年、国王の給費を受けてナポレオンを本土のブリエンヌ兵学校に送り、84年にはパリ士 ...
2. ナポレオン(2世)
日本大百科全書
ナポレオン1世とマリ・ルイーズとの子。誕生以来、ローマ王とよばれた。1815年6月の父の退位にあたり、ナポレオン2世を称したが、即位は実現しなかった。母の実家、 ...
3. ナポレオン(3世)
日本大百科全書
フランス皇帝(在位1852~70)。ナポレオン1世の弟、オランダ王ルイ・ボナパルトの第3子として生まれ、ルイ・ナポレオンとよばれた。ナポレオン1世の没落後、少年 ...
4. ナポレオン(ブランデー)
日本大百科全書
ブランデーの貯蔵年数の古いものにつける表示記号。フランス皇帝ナポレオン1世に待望の男子が生まれた1811年はブドウの豊作で、優良なワイン、ブランデーが得られたた ...
5. ナポレオン(映画)
日本大百科全書
督が、D・W・グリフィスの『国民の創生』(1915)に影響を受けてつくった歴史大作。当初はナポレオンの全生涯を描く全6部の映画が企画されたが、資金不足もあってイ ...
6. ナポレオン
世界大百科事典
しかし,《ナポレオン》と同年にアメリカでは《ジャズ・シンガー》(1927)が公開され,それとともに映画はトーキー時代に突入し,大スクリーン方式への投資は顧みられ ...
7. ナポレオン
日本国語大辞典
一種。ナポレオン軍と連合軍が、とった絵札の数を競うもの。前者が宣言した枚数以上とれば勝ち、とれない時は後者の勝ちとなる。(2)ナポレオン一世が鋳造させた二〇フラ ...
8. ナポレオン [改訳]
文庫クセジュ
者が、これまでの成果をもとに、独自の文献調査を加えて著した興味深いナポレオン伝。本書は、ドイツ軍占領下に執筆され、ナポレオンの支配の成立と没落の過程を検討するこ ...
9. ナポレオン[1世](Napoléon Ⅰ)
世界大百科事典
得られなかったために,シエイエスら政治家はナポレオンの軍事力をもってブリュメール18日(11月9日)のクーデタを議会にかけ,総裁政府を倒した。これがナポレオンの ...
10. ナポレオン[3世](Napoléon Ⅲ)
世界大百科事典
フランスの第二帝政の皇帝。在位1852-70年。ナポレオン1世の弟オランダ王ルイ・ボナパルトの第3子で,フルネームはシャルル・ルイ・ナポレオン・ボナパルトCha ...
11. 『ナポレオン,一名百日天下』
世界文学大事典
1831年成立,1895年初演。エルバ島を脱出したナポレオンがワーテルローの戦いで敗れるまでの経過を,小場面をダイナミックに続けながら,劇場の常識を破って構成し ...
12. ナポレオン金貨
世界大百科事典
値と大差ない価格で取引されてきた。ナポレオン金貨は,ナポレオン1世の金貨をさすと解する説もあるが,現在では,1852年から70年にかけて発行されたナポレオン3世 ...
13. ナポレオンジャケット[ファッション]
イミダス 2017
19世紀のフランスの皇帝ナポレオン・ボナパルトの帝政時代の軍服からヒントを得たジャケット。幅広の立ち襟や胸の飾りひもなどが特徴。2006~07年秋冬にドルチェ& ...
14. ナポレオンジャケット[カタカナ語]
イミダス 2017
[Napoleon jacket]【服飾】19世紀のフランス皇帝ナポレオンの帝政時代の軍服に着想を得たジャケット.幅広の立ち襟や胸の飾りひも,金ボタンなどが特 ...
15. ナポレオン戦争
日本大百科全書
って、ナポレオンの進軍は、ナポレオン法典および1789年の革命原理の侵入によって旧支配体制を破壊させるものと理解された点からも、戦争が持続する理由があった。そこ ...
16. ナポレオン戦争
世界大百科事典
得たためでもある。第2に,ナポレオン戦争は当時の国際環境のなかで二重の意味をもっていた。大陸諸国では領主貴族層の封建的支配が行われ,ナポレオン軍は国民にとってナ ...
17. ナポレオン‐せんそう[‥センサウ]【─戦争】
日本国語大辞典
ナポレオン一世が一七九六年のイタリア遠征をはじめとして、第一執政(一七九九〜一八〇四)および皇帝に在位している間(一八〇四〜一四)に指揮した戦争の総称。ナポレオ ...
18. ナポレオン戦争(1810年のフランス帝国)[百科マルチメディア]
日本大百科全書
〓Shogakukan ...
19. ナポレオン伝説
日本大百科全書
ナポレオン1世の偉大さとその帝政の栄光をたたえた伝説で、ナポレオン神話ともいわれる。ナポレオンの英雄的存在や劇的生涯は、文学者や思想家のみでなく、民衆によっても ...
20. ナポレオン伝説
世界大百科事典
民間伝説として,とくにナポレオンを保護者とみる農村に流布していった。30年以降になると,セント・ヘレナ文学のナポレオン像とともにボナパルト派に利用され,ルイ・ナ ...
21. ナポレオンの生涯
文庫クセジュ
「不可能」を口にしない男、ナポレオンは、いかにしてわずか10年の間にヨーロッパの半分までも支配する帝国を築いていったのだろうか? 簡にして要を得た、ナポレオン伝 ...
22. ナポレオン‐ひげ【─髭】
日本国語大辞典
〔名〕ナポレオン三世がはやしていたような口ひげ。左右に長くのばした、八字ひげをいう。*新聞雑誌‐明治七年〔1874〕八月四日「世に所謂る那波列翁(ナポレオン)ひ ...
23. ナポレオン法典
日本大百科全書
今日ではこの名称を用いるほうが普通である。 また、ナポレオンの制定した五つの法典(民法典のほか、商法典、民事訴訟法典、刑法典、刑事訴訟法典)を総称してナポレオン ...
24. ナポレオン法典
世界大百科事典
初め〈フランス人の民法典Code civil des Français〉と題されたが,07年9月3日の法律でナポレオンの名を冠することとなった。法典の正式名称は ...
25. ナポレオンほうてん[ナポレオンハフテン]【ナポレオン法典】
日本国語大辞典
ナポレオン一世の制定したフランスの民法典。一八〇四年公布。全文二二八一か条、身分編、財産編、財産取得編の三部からなる。法の前の平等、私的所有権の不可侵、個人の自 ...
26. ナポレオン法典
法律用語辞典
Napoléonと改称された。現在は、Code civilの名称が公に用いられている。その他ナポレオンによって制定された他の法典をも指す場合がある。 ...
27. ナポレオン‐ぼう【─帽】
日本国語大辞典
・七「縁広のナポレオン帽を被って」*銀座細見〔1931〕〈安藤更生〉一五・オムニバスと鉄道馬車「馭者の服装はビロオド服にナポレオン帽」ナポレオンボー ...
28. 『那波列翁伝』
日本史年表
1837年〈天保8 丁酉〉 この年 小関三英 『那波列翁伝』 成る。  ...
29. ナポレオン戦争史(年表)
日本大百科全書
月 パリ開城18144月 ナポレオン退位18145月 ナポレオン、エルバ島に流される。フランス、第一王政復古181410月 ウィーン会議開く18153月 ナポレ ...
30. サクランボ(ナポレオン)[百科マルチメディア]
日本大百科全書
〓Shogakukan ...
31. ナポレオン[1世] : 図2-ナポレオン一族
世界大百科事典
 ...
32. ルイ・ナポレオン
日本大百科全書
ナポレオン(3世) ...
33. ILO
世界大百科事典
5年9月現在)。 沿革と目的 ILOの創設には100年の前史があった。ロバート・オーエンがナポレオン戦争後の列強会議に提出した覚書(1818),フランスの工場主 ...
34. 愛国心
世界大百科事典
とによって成立した。そこでは市民の自由と愛国心とは一致するものと考えられた。フランス革命とナポレオン戦争は,西欧に選挙権と愛国心,市民と軍人のワン・セットを同時 ...
35. 愛書趣味
世界大百科事典
いわれてきた。名だたる愛書家・書物収集家の中には,フランソア1世,アンリ3世,ルイ14世,ナポレオン1世など歴代の国王・皇帝,マザラン枢機卿,グロリエJean  ...
36. 愛書趣味 49ページ
文庫クセジュ
〈ルソー〉さえある。それらは印刷史上の傑作であるが、残念ながら読みづらい。  第二帝政下でナポレオン三世の信任が大そう篤かったプロン社が小十六折判の可愛い〈皇太 ...
37. 愛書趣味 69ページ
文庫クセジュ
=ヘレナ回想録』(一八四二年、二巻、シャルレの挿絵あり) ・ローラン・ド・ラルデーシュ著『ナポレオン皇帝伝』(一八三九年、ヴェルネの挿絵あり)〔第二版は彩色版画 ...
38. 愛書趣味 98ページ
文庫クセジュ
・ラス・カサス著『セント=ヘレナ回想録』(八巻、八折判、一八二三年) ・『ナポレオンの口述によりセント=ヘレナにおいてナポレオン治下のフランスの史料たるべく著述 ...
39. 愛書趣味 99ページ
文庫クセジュ
も記述している驚くべき一書がある。 ・トゥールヌー著『フランス大革命下パリの文献目録』(五巻、四折判)  ナポレオンについてはダヴォワが一九〇七年から一九一一年 ...
40. 愛書趣味 141ページ
文庫クセジュ
版画四枚) ・ラレ著『軍事外科覚書』(一八一二 ― 二一年、補遺二巻をもって完結)〔著者はナポレオン従医、本書の内容は感動的である〕  ついで、十九世紀には〈ベ ...
41. 愛書趣味 160ページ
文庫クセジュ
三大時期と言われる十六世紀中葉と十八世紀中葉と幻想に満ちたロマン派時代との作品に及ばない。  ナポレオン治下ではボズリアンが虫跡装飾のある非常に繊細な金箔塗りを ...
42. 愛書趣味 166ページ
文庫クセジュ
エール〉を、当時の所有者であった有力者の証拠とともに、入手することはできないであろう。一方ナポレオンの家紋は駅馬舎用の本や皇帝用の暦や『若いアナカルシスのギリシ ...
43. 愛書趣味 208ページ
文庫クセジュ
ナポレオン NAPOLÉON BONAPARTE 78, 110, 127, 132   ―― 三世 NAPOLÉON III 39 ニ ニエドレ NIÉD ...
44. 愛書趣味 275ページ
文庫クセジュ
Nana 63, 64 ナポレオン皇帝伝 Histoire de l'Empereur Napoléon 55 ナポレオンの口述によりセント=ヘレナにおいてナポ ...
45. アイヒェンドルフ ヨーゼフ・フォン
世界文学大事典
ンに赴く。ヴィーンではフリードリヒ・シュレーゲルやその妻ドロテーア・シュレーゲルと交わる。ナポレオン戦争で軍務に動員されたが,無事帰還し,1815年に結婚。16 ...
46. アイルランド 106ページ
文庫クセジュ
アイリッシュメンの残存者たちは、相変わらずフランスと連携して蜂起を企てようとしていた。だがナポレオンは当時、イギリスに正面攻撃をしかけることを考えていた。この一 ...
47. アウステルリッツの戦い
日本大百科全書
ナポレオン1世が皇帝戴冠(たいかん)1周年記念日にあたる1805年12月2日、オーストリア皇帝フランツ1世(神聖ローマ帝国皇帝としてはフランツ2世)とロシア皇帝 ...
48. アウステルリッツ‐の‐たたかい[‥たたかひ]【─戦】
日本国語大辞典
一八〇五年一二月、アウステルリッツで、ナポレオン一世指揮下のフランス軍がオーストリア、ロシアの連合軍を大破した戦い。これで第三回対仏大同盟は崩壊した。ナポレオン ...
49. 青木周蔵自伝 46ページ
東洋文庫
終に彼の大革命〔フランス革命〕を誘致して社会の秩序を破壊したりしが、其の反動として那翁一世〔ポナパルト・ナポレオン〕其の国に帝たるに至りては、頓に専制政治を現出 ...
50. 青木周蔵自伝 51ページ
東洋文庫
(農   地改革)、都市条例・近代内閣制を推進した。そののち、ナポレオン一世に追放され、ロシア   皇帝の顧問を勤め、ナポレオン打倒に努力した。スタインの改革は ...
「ナポレオン [改訳]」の情報だけではなく、「ナポレオン [改訳]」に関するさまざまな情報も同時に調べることができるため、幅広い視点から知ることができます。
ジャパンナレッジの利用料金や収録辞事典について詳しく見る

ナポレオン [改訳]と同じ世界史上の人物カテゴリの記事
ナポレオン [改訳](文庫クセジュ ベストセレクション)
ナポレオン[改訳] 文庫クセジュ79 アンリ・カルヴェ著/井上 幸治訳 歴史・地理・民族(俗)学 第一章 ナポレオンの出身、青年時代 ボナパルト家 いま知られるところで、ナポレオンのもっとも古い祖先は、十五世紀末にあらわれたフランソワ・ボナパルトである。
マッカーサー(国史大辞典・日本大百科全書・改訂新版 世界大百科事典)
一八八〇 - 一九六四 アメリカ合衆国軍人、日本占領連合国最高司令官(昭和二十年(一九四五)―二十六年)。一八八〇年一月二十六日アーカンソー州リトル=ロックに生まれる。父親アーサー=マッカーサーは陸軍中将。一九〇三年陸軍士官学校卒業後
范寛(世界人名大辞典・世界大百科事典)
名:中正 字:中立(仲立)中国北宋の画家.華原(現,陝西銅川)の人.性格が温厚で度量が大きかったことから「寛」とあだ名されるようになったという.在野の山水画家で,天聖年間 [1023-32]には,なお在世していたとされる
イブン・スィーナー(世界人名大辞典・世界大百科事典)
イスラーム哲学者,医学者.ブハラ(現ウズベキスタン)でサーマーン朝のペルシア人官吏の子として生まれ,イスラーム,ギリシア,インドの諸学,特に哲学,医学,数学,天文学などを極めた.サーマーン朝の王子を治療して宮廷に出入りし
ウィリアム1世(世界人名大辞典・世界大百科事典)
1027(28)~87.9.9イングランド王 [1066/87].ノルマンディー公ロベール1世(悪魔公)(Robert I le Diable †1035)の庶子.父が没するとノルマンディー公ギヨーム2世(Guillaume II)となり [1035-87],ハロルド2世がイングランド王に即位する [66]と,先王エドワード(証聖王)による
世界史上の人物と同じカテゴリの記事をもっと見る


「ナポレオン [改訳]」は人物に関連のある記事です。
その他の人物に関連する記事
武田耕雲斎(国史大辞典・世界大百科事典・日本大百科全書)
一八〇四 - 六五 幕末尊攘派の水戸藩士。文化元年(一八〇四)同藩士跡部正続の嫡男として生まれる。正続の兄正房の養子となり本家を継いだが、のち跡部の旧姓武田に復す。名は正生。通称は彦太郎、彦九郎、のち修理。字は伯道。号は如雲、致仕後に耕雲斎。文化十四年
高島秋帆(世界大百科事典・国史大辞典)
幕末の長崎会所調役頭取で砲術家。名は茂敦,通称は四郎太夫,秋帆は号。長崎防備のため,はじめ荻野流砲術を学び,のち出島のオランダ人から西洋砲術を学んで,これを高島流砲術と名づけた。西洋近代砲術を最初に紹介したものといえる。アヘン戦争が起こった1840年
菅義偉(日本大百科全書)
政治家。秋田県の生まれ。秋田県立湯沢高等学校を卒業後、上京し就職するがほどなくして帰郷。二浪して法政大学法学部政治学科に進学する。空手道部に4年間在籍し空手道二段。1973年(昭和48)3月同大学卒業。1975年政治家を志し大学OBで自由民主党
石川丈山(日本大百科全書・国史大辞典・世界大百科事典)
江戸初期の漢詩人。名は凹 (おう)。丈山は字 (あざな)。六六山人、四明山人、凹凸窠 (おうとつか)などと号した。代々徳川氏に仕える三河武士の家に生まれたが、大坂夏の陣のとき軍律を犯してとがめを受けたため武士を捨て、藤原惺窩 (せいか)に入門
清水次郎長(日本架空伝承人名事典・日本大百科全書・国史大辞典)
江戸後期・維新期の侠客。駿河国有渡郡清水湊の海運業三右衛門の三男として生まれ、のち母の弟である米屋山本次郎八の養子となる。山本長五郎が本名で次郎長は通称。幼年期より粗暴の性質であった。一八三五年(天保六)に養父が死去し、家業を相続した。四一年に博徒
人物に関連する記事をもっと見る


ジャパンナレッジは約1500冊以上(総額600万円)の膨大な辞書・事典などが使い放題の「日本最大級のインターネット辞書・事典・叢書サイト」です。日本国内のみならず、海外の有名大学から図書館まで、多くの機関で利用されています。
ジャパンナレッジの利用料金や収録辞事典について詳しく見る