国語学書。3巻。石塚龍麿(たつまろ)著。1799年(寛政11)以前に成立したが、未刊のまま伝わり、1929年(昭和4)に刊行された。本居宣長(もとおりのりなが)の『古事記伝』総論の記述に示唆されて、記紀万葉などの上代文献を精査し、エ、キ、ケ、コ、ソ、ト、ヌ、ヒ、ヘ、ミ、メ、ヨ、ロ(『古事記』ではチ、モも含む)の各音節が、万葉仮名によって2群に書き分けられ、混用されていないことを明らかにした。これは上代特殊仮名遣いの甲類、乙類の区別に相当する。龍麿はこの区別を「仮名遣い」の問題ととらえ、国語音韻上の区別とは考えていなかったらしい。1917年(大正6)橋本進吉によって世に紹介され、上代特殊仮名遣い研究の濫觴(らんしょう)として脚光を浴びた。
[沖森卓也]
江戸後期の国学者石塚竜麿(1764-1823)の著した語学書。3巻。1798年(寛政10)ころに成る。本居宣長がその著《古事記伝》巻頭の〈仮字の事〉の項に記したことを受けて,万葉仮名の用法を《古事記》《日本書紀》《万葉集》の3書を中心に調査し,従来知られていなかった事実を明示した書。約1000におよぶ万葉仮名がいかなる語の,どの音節に用いられるかを細かく研究し,従来同一の類と思われていた仮名の内部に2類の区別があるもののあったことを明らかにし,万葉仮名で擬古文を書く場合にそれを用い分けるべきであることを主張した。たとえば,〈こ〉の万葉仮名としては許,去,拠,居,虚,挙,古,胡,固,故,顧などが用いられているが,〈こころ〉〈ところ〉〈ここ〉などの〈こ〉の場合には許,去,拠などしか用例がなく,〈こ(子)〉〈みやこ〉などの〈こ〉には古,胡,固,故などしか用例がない。つまり,許,去,拠などの類と古,胡,固,故の類との区別があったことを示した。このような区別がエ,キ,ケ,コ,ソ,ト,ノ,ヒ,ヘ,ミ,メ,ヨ,ロ,チ,モに存在すると述べたが,それが古代の音韻の別によることは気づかず,説明が不足で一般の理解が得られなかった。また当時は本文批判,文法,方言の研究が進んでいなかったので誤りも少なくない。しかし明治時代末期に,橋本進吉が別途に同一の事実を明らかにしてのち,本書の真価を知り世に紹介して一躍国語学界の注目を集め,古代日本語の音韻を知るうえに重要な書物とされるようになって,新しい古代日本語研究の道を開く端緒となった。《日本古典全集》に収められている。
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