1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。
イギリス人外交官が見抜いた 日本の神道の本質とは |
仮にこのコラムの10倍、1万字を費やしたとしても、アーネスト・サトウ(1843~1929)が投げかけた問題に答えることはできないと思うが、この本が言わんとしていることは何か、そのとば口くらいには立ちたいと思う。
当コラムでも、サトウの自著『明治日本旅行案内 東京近郊編』、『日本旅行日記 1、2』、伝記『アーネスト・サトウ伝』とすでに何度も取りあげてきたのでここで詳しい説明はしない(ご興味がある方は検索して読まれたい)。イギリスの外交官でありながら、日本を最も良く知る外国人のひとりと言うにとどめよう。
明治時代の駐日外国人が、なぜ神道を語るのか。実はこの頃、「神道は宗教ではない」という見立てがあった。いわく、道徳律もなければ、創造主も欠落している。いわく、日本人が説明する天地創造の歴史はインドや中国からの移入である。いわば中身が空っぽなのである。サトウも、神道が国民を国に隷属させるための明治政府の道具だと見抜いていた。
宗教でないとするならば、神道とは何なのか。サトウは「カミ」という言葉に注目する。
〈ただ単に敬うべきこと、善いこと、あるいは偉大な所為により卓越していることのみを意味するものではなく、悪いあるいは奇異な性質で恐ろしいものなどもみな「カミ」というのである〉
実際、ジャパンナレッジ『日本国語大辞典』で「神」を引くと、〈宗教的、民俗的信仰の対象〉〈神話上の人格神〉〈天皇、または天皇の祖先〉〈人為を越えて、人間に危害を及ぼす恐ろしいもの〉〈神社〉〈God の訳語〉〈雷〉〈恩恵を与え、助けてくれる人〉など、10もの意味が掲載されている。キリスト教やイスラム教などの一神教では「神」といえば、ひとつだが、日本では雷や蛇も神になってしまう。ここに日本の神の特異性がある。
サトウの詳細な分析をみていくと、荷田春満、賀茂真淵、本居宣長、平田篤胤ら国学者によって神道が形になってきたといえる。思うに、彼らに共通するのは、「日本は素晴らしいはずだ」という信念だった。平田篤胤にいたっては、日本が世界の頂点にあるからノアの洪水も免れたと主張。今に通ずる「日本、いいね!」の原型である。
サトウは神道の理解は、平田ら国学者の難解な著作を読むことだという。そのための方法は、『源氏物語』→『万葉集』→『古事記』→本居らの著作、だというのだから、申し訳ないがここで脱帽である。
ジャンル | 思想/宗教 |
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時代・舞台 | 明治時代の日本 |
読後に一言 | 〈近代文学の日本語は、なかば本居(宣長)によって生み出された〉というサトウの指摘は、示唆に富んでいる。ここは大きな鉱脈とみた。 |
効用 | 日本人以外の視点を通すことで、むしろ神道の姿が見えてくる。 |
印象深い一節 ・ 名言 | 日本語の「カミ」は単なる称号にすぎなかったのだが、漢字の「神」の訳に使われるようになった結果、本来は持っていなかった意味が付加されるようになったのだ。(「古神道の復活」) |
類書 | 「日本学」の代表的作品『日本事物誌(全2巻)』(東洋文庫131、147) 神々の本地説話集『神道集』(東洋文庫94) |
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(2024年5月時点)