図鑑 今昔ものがたり

学習図鑑の過去と今のおもしろトピックスを紹介します。毎月15日ころ更新予定。

第1回 ~そして「メバル」という魚は、いなくなった~

2016-07-15

煮つけや刺身などで人気のあるメバル。東京湾でアジ釣りに興じていると、よく外道でかかってきたりします。でも実は、「メバル」という名前(標準和名)をもつ魚は、もはや存在しないのです!

『日本産魚類検索 全種の同定 第三版』※という魚好きにはたまらない図鑑があります(なにしろ『全種の同定』!)。本書によりますと、「メバルは従来より多型が認められ、細分されたり統合されたりしていた。」とあります。100年以上前から、すでに研究者は「メバル」と呼ばれる魚に複数のタイプが存在することに気づいていたのです。その後、紆余曲折を経て「メバルの3色形態は、形態学的、遺伝学的に調べられ、(中略)それぞれの学名と和名が決定された。」のであります。現在の、「アカメバル」「シロメバル」「クロメバル」の誕生です。

この「メバル」という魚、子ども向けの学習図鑑ではどのように記載されていたのでしょうか。

『小学館の学習図鑑シリーズ③ 魚貝の図鑑』(末広恭雄 黒田新市 監修1956年)には、かわいい標本画とともに、「メバル」という種名が掲載されています(図1,2)。「体長30㎝くらい 体色はすんでいる場所や深さによって、赤から黒までいろいろある。南日本の海に産」とありまして、やはり複数のタイプに分かれていることが記述されています。イラストは微妙ですが、現在のクロメバルか、シロメバルのように見えます。


(図1)『小学館の学習図鑑 ③ 魚貝の図鑑』(末広恭雄 黒田新市 監修1956年)


(図2)「メバル」。細密画というより、愛嬌のある印象。

その後、小学館からは1971年に『小学館の学習百科図鑑シリーズ』が発刊されますが、その第3巻『魚貝の図鑑』(末広恭雄 阿部宗明 菅野徹 監修1972年)には、メバルは「めばる」(なぜか、この図鑑はひらがな表記!)として記載されています(図3,4)。「めばる(かさご科)35㎝。小樽から九州、朝鮮南部へ分布。沿岸性。日本のめばる類の中でいちばんふつう。胎生魚。」とあり、ひときわ大きいイラストで紹介されています。このイラストは、現在のシロメバルでしょうか。


(図3)『小学館の学習百科図鑑 ③ 魚貝の図鑑』(末広恭雄 阿部宗明 菅野徹 監修1972年)


(図4)「めばる」。軟条数を数えると18本あり、どのメバルにも合わないが、通常17本のシロメバルか。

さて、いよいよ現代の学習図鑑を見てみましょう。『小学館の図鑑NEO魚』(井田齊 松浦啓一ほか 監修 2003年)の初版に掲載されているのは、まだ「メバル」です(図5、6)。しかし、初版から8年後の2011年16刷で、「クロメバル」「アカメバル」として2種掲載されました(図7)。


(図5)『小学館の図鑑NEO魚』(井田齊 松浦啓一ほか 監修 2003年)


(図6)まだ「メバル」です。


(図7)『小学館の図鑑NEO魚』16刷。ついに「メバル」という種はいなくなった!

そしていよいよ2015年。『小学館の図鑑NEO新版魚』では、「アカメバル」「シロメバル」「クロメバル」が、写真家・松沢陽士さんのきれいな標本写真とともに、3種揃って掲載されました(図8、9)。その違いは、「胸びれの軟条数」(!)とされていまして、アカメバル15本、クロメバル16本、シロメバル17本となっています。「胸びれの軟条数」……つまり、胸びれの柔らかいトゲの数のことですが、これを1本1本数えるのもひと苦労。でも、魚屋さんで「メバル」を入手したら、ぜひ数えてみてください。ちなみに標本写真では「シロ」よりも「クロ」のほうが白い色をしていまして、ここからも、色だけではなかなか区別できない、見分けの難しい魚であることがわかります。そりゃ、もともと1種と考えられていたのですから!


(図8)『小学館の図鑑NEO新版魚』(井田齊 松浦啓一ほか 監修 2015年)


(図9)「アカメバル」「クロメバル」「シロメバル」の標本写真。なぜか「シロ」より「クロ」の方が白いが、体の色は個体差や標本の状態によって微妙に異なる。

<引用文献>
『日本産魚類検索 全種の同定 第三版』(2013年 東海大学出版会)※
『小学館の学習図鑑 ③ 魚貝の図鑑』(末広恭雄 黒田新市 監修1956年)
『小学館の学習百科図鑑 ③ 魚貝の図鑑』(末広恭雄 阿部宗明 菅野徹 監修1972年)
『小学館の図鑑NEO魚』(井田齊 松浦啓一ほか 監修 2003年)
『小学館の図鑑NEO新版魚』(井田齊 松浦啓一ほか 監修 2015年)