学習図鑑の過去と今のおもしろトピックスを紹介します。毎月15日ころ更新予定。
2016-10-20
植物の図鑑において、解説とともに大事なのは、なんと言っても図版です。この図版、実はごく最近まで写真でなくイラストが主流だったのです。
(図1)小学館の図鑑NEO『植物』(2002年)より。イラスト主体の誌面。
植物の場合、単体で生えているというのはごく希で、たいていの場合、他の植物と一緒に重なり合って生えています。そのため、写真をそのまま使っても、その形がよくわからなくなってしまいます。これが、図鑑にイラストが使われていた理由のひとつです。写真は夏に見られるヤブカラシですが、この植物、大概はほかの植物に絡みついて生長するため、どこからがヤブカラシで、どこらかが他の植物なのだか、写真だとよくわかりませんね。
また、その辺に生えている草花を見ていますと、その種に「典型的な」状態の個体は意外と少ないことに気づきます。人の顔立ちにいろいろなタイプがあるように、同じ種の植物を見ても、実に様々な個体があるのです。
そこで、その種の「最大公約数」的で典型的な姿を表しているのが、植物図鑑のイラストであります。図を見ますと、もっともヤブカラシらしい個体が、どんな植物にも邪魔されず、もっとも美しい花の最盛期の姿で描かれております(葉っぱが虫に食われているなんて、ありえない!)。
(図4)『植物の図鑑』より「やぶがらし」。ちなみにこの時代の図鑑は、地文のカタカナ表記と区別するため和名をひらがな表記にしていたという戦前の慣例が残っているようで、ひらがな表記が多い傾向にあります。
そして、イラストの表現手法は、年月と共にどんどん細密に、より写実的に進化してゆきました。
(図6)『植物』よりヤブカラシ。単体のヤブカラシが、より細密に描かれるようになってきました。
ところが最近、植物の「白バック写真」の出現を見ます。新鮮で典型的な形の個体が最も「らしい」姿を見せている写真、さらには別の時期に「花」や「実」を別撮りした写真などが現れ、その写真を用いた図鑑が出版されるようになってきました。
(図7)『葉で見わける樹木 増補改訂版』(小学館2010年発行)白バック図鑑の先駆けです。
(図8)『花と葉で見わける野草』(小学館 2010年発行)美しい撮り下ろしの白バック写真が好評です。
白バックの図鑑ははじめ欧米で流行しましたが、その斬新さから日本でもたちまち浸透してゆき、複数の出版社から同様な手法の図鑑が出されるようになります。標本撮影がより簡易にできるデジタルカメラの出現も、白バック写真の普及に大きな役割を果たしました。そしてついに、学習図鑑においても「白バック」写真を掲載した植物図鑑が出現したのです。
(図10)図鑑NEO『花』より。ついに学習図鑑も白バック写真の時代に。
私はひそかにこの「白バック」で植物図鑑の革命が起こったと思っているのですが、いかがでしょうか。
「いやいや、やはりイラストで掲載された図鑑のほうがわかりやすいよ。」という意見も聞かれます。写真で載せるか、イラストか。皆さんは、どちらを支持しますか?
<引用文献>
『小学館の図鑑NEO ② 植物』(畑中喜秋 和田浩志ほか 指導・執筆 2002年)
『小学館の図鑑NEO ⑲ 花 DVDつき』(多田多恵子 監修・執筆 2014年)
『小学館の学習図鑑 ① 植物の図鑑』(本田正次 牧野晩成 監修 1956年)