図鑑 今昔ものがたり

学習図鑑の過去と今のおもしろトピックスを紹介します。毎月15日ころ更新予定。

第8回 ~昔の図鑑のイラスト表現~

2017-03-24

昔の図鑑を読み返してみますと、ついのめりこんでしまうことがあります。理由の多くは、その表現が「写真」でなく「イラスト」だから。学習図鑑草創期の昭和30年代の図鑑はほとんどすべてが細密画で生き物を表現していました。それは言うまでもなく、カラー写真がまだ十分普及しておらず、イラストのほうがはるかに多くの情報を伝えることができたからです。今回も『小学館の学習図鑑シリーズ③魚貝の図鑑』を見てゆきます。


(図1)『小学館の学習図鑑シリーズ③魚貝の図鑑』扉

まずは扉ページ。このシリーズに共通するのですが、扉ページでは「子どもが何かをしている」光景が描かれています。本書では、「磯で生き物採集をしている子ども」。4人の子どもたちが楽しそうに生き物を獲っている光景がほのぼのとしていて、こちらまで幸せになってくるような心和むイラストです。しかし、このイラストひとつとってみても、現代の編集者が見ると「ありえない」ポイントがいくつかあるのです。


(図2)『小学館の学習図鑑シリーズ③魚貝の図鑑』扉より

子どもだけで磯遊びをしている!

イラストの感じでは、おそらく小学校低学年かそれ以下の子どもたちでしょう。今の児童書でこのような光景を描くときは、必ず一人でも大人を入れて、「大人といっしょにあそびましょう」などと注意書きのひとつでも入れたくなります。

裸足で磯遊びをしている!

微妙に砂地っぽくはありますが…。一度でも磯あそびをした経験のある人には自明でありますが、磯では貝や鋭利に尖った岩で、裸足の足ではたちまち切り傷を負ってしまいます。今の図鑑ではこの表現はあり得ない。

帽子をかぶっていない!

炎天下の磯あそびで、最近は日射病や熱中症にならないよう、必ず「海で遊ぶときは帽子をかぶりましょう」と「指導」するのが慣例となっています。今の図鑑では写真で掲載していますが、モデルのお子さんには必ず帽子をかぶせています。

ライフジャケットを着ていない!

そもそもこの時代はライフジャケットはなかったわけで…。

そのほかにも、「磯あそびの場所が意外と外洋に面していて危なそう。」「スカートで磯あそびをする?」「男の子が使っている湯飲みのような容器は何?」などなど。今の図鑑担当者が編集長にこのイラストを持ってきたら、真っ先に突っ込みを入れられてしまうのは間違いありません。当時の、まだ編集者の意識が緩やかだった出版の気風が垣間見えます(ある意味うらやましい…)。

さて、本文に進んでいきましょう。まずは巻頭。今の図鑑にもつながりますが、特に巻頭口絵では、背景に生き物が組み込まれた「パノラマ画」が掲載されることが多いです。パノラマ画ですと、その世界の全体を俯瞰して見ることができ、図鑑の世界観を表現するのにぴったりだからです。そして限られたスペースの中、表層に棲む魚、海岸に棲む魚、深海に棲む魚が一緒の背景に収まり、ありえない密度でひしめいています。


(図3)いろいろな魚がひしめく巻頭パノラマ

次のような水平分布図も、昔の図鑑ではよく見られました。海流と魚の分布の概要がひと目でわかります。寒流系の魚と暖流系の魚は違うのだとか、外洋には大型の回遊魚が多いのだなあとか、マダイは全国的に分布しているのか。などなど。


(図4)こちらも巻頭パノラマの水平分布図

そして図鑑ページ。よく描きこまれた標本画に、生態や利用を解説する小カットが載っています。

鵜飼いの図…鵜飼い漁は夜に篝火をしながら行われ、使われる「ウ」は複数が綱でつながれている。


(図5)鵜飼いの図

アンコウの摂餌…吻にある疑似餌で小魚をおびき寄せる様子がひと目でわかる(小魚はカタクチイワシに見えますが、底魚のアンコウと表層魚の代表のようなカタクチイワシが野生で出会う場面はあるのか?という疑問はさておき…)。


(図6)アンコウの摂餌

さまざまなウミウシの図…一か所に10種類ものウミウシがひしめく、ウミウシ好きにとってはたまらない光景。捕食シーンが話題の「ムカデメリベ」もいます。ありえない密度。


(図7)ウミウシの図

タコとイカの見開き…やはりタコとイカが狭いスペースにひしめく図や、タコツボに入ってゆく様子。そしてイカ釣りの図!自動ではなく手で釣っています。木造の古そうな釣り船、そして黙々と釣り上げている漁師さんたち。人々の生活の貴重な記録であります。


(図8)タコとイカのページ


(図9)イカ釣りの図

小舟に乗った漁師さんにによる「ナマコ突き漁」の様子。


(図10)ナマコ突き

やはり小舟に満載された「海綿」。「フロリダ地方」とあります。


(図11)カイメンを運ぶフロリダ地方の小舟

「魚のたたかい」…イワナに飲み込まれたヘビが、肛門から顔を出している(!)


(図12)魚のたたかい

クジラのどてっ腹に穴をあける(!)カジキ。


(図13)クジラとカジキのたたかい

このように、昔の図鑑には今の図鑑には決してみられない発想の生物表現が至る所に見られます。絵を眺めているだけで、面白くて次から次へとページを繰ることができるのです。イラストの図鑑ならではの味わいです。見方によっては「編集者によるチェックが甘い」と批判を受けてしまいそうなイラストもありますが、それ以上に自由闊達な時代の空気を感じることができます。それは出版が最も元気だった時代の空気でもあります。雑誌であれ、書籍であれ、そして図鑑であれ、このニュアンスはとても大事で、今に生きる編集者である私たちも、今一度、見直してみる必要を感じざるを得ないのです。

<引用文献>
『小学館の学習図鑑 ③ 魚貝の図鑑』(末広恭雄 黒田新市 監修1956年)