図鑑 今昔ものがたり

学習図鑑の過去と今のおもしろトピックスを紹介します。毎月15日ころ更新予定。

第10回 ~昔の図鑑のイラスト表現③~

『小学館の学習図鑑シリーズ 昆虫の図鑑』より

2017-05-18

さて今月は、イラスト検証の第3回。「昆虫」であります。昆虫は、今も昔もとくに男の子を魅了する不思議なジャンル。多くの子が、幼少期に何らかの昆虫体験をするのではないでしょうか。今も『昆虫』は子ども向けの図鑑シリーズの中でもトップクラスの人気を誇っていますが、かつては1巻で200万部、さらには300万部以上も発行されるという、桁違いの状況だったようです。


(図1)『小学館の学習図鑑シリーズ② 昆虫の図鑑』昭和31年刊

この時代の図鑑の特色は、何と言っても「細密画」。今でも、「動物」や「鳥」、「恐竜」などで細密画を用いたジャンルが見られますが、当時は「昆虫」や「魚」といった図鑑にも、手描きの標本画が使われていました。


(図2)上記『昆虫の図鑑』より、細密に描かれた標本画。


(図3)アゲハの拡大。よく見ると、体の細かい毛まで丁寧に表現されていて、手間暇をかけて描かれているのが判ります。

そして標本画の1点1点がまことに素晴らしい。体やはねの毛、模様の細部が完璧に再現されています。これらの細密画を描くには、細密画家だけでは手に負えず、専門家の監修者、そして編集者がしつこいほどのチェックを重ねて1点ずつ再現していったものと推察されます(今の時代の図鑑でも同様の作業が繰り返されています)。下の「タテハチョウのなかま」の見開きもすごい。細密に描かれたタテハチョウのなかまたちが、所狭しとレイアウトされています。


(図4)「タテハチョウのなかま」

そして学習図鑑の真骨頂。ページの随所に遊び心が滲み出ます。


(図5)「ヒョウモンチョウのなかま」の冒頭に「ヒョウ」!


(図6)「シジミチョウのなかま」の冒頭に「シジミ」!


(図7)「シャチホコガのなかま」の冒頭に「しゃちほこ」!

ヒョウモンチョウの模様を覚えるのに、「ヒョウ」のイラスト。シジミチョウの大きさと形を覚えるのに「シジミ」のイラスト。そして幼虫の形から名付けられたシャチホコガを覚えるのに「しゃちほこ」のイラスト。一見おふざけのようにも見えますが、子どもたちはこれらのイラストを見て、その名前の意味を理解し、覚えていったに違いありません。

そしてさらに・・・。


(図8)ドビンワリ!

シャクトリムシを木の枝と間違えて土びんをかけたところ、重みに耐えきれず土びんを落として割ってしまったという逸話を、イラストで再現しております。「本当にシャクトリムシに土瓶をかけて割った人がいたのか?」という疑問はさておき、いかにシャクトリムシが木の枝に似ているか、ということをよく表した表現です。


(図9)ヒトリガのなかま

「ヒトリガのなかま」の見開きは、標本が整然と並んでいる様式でなく、灯火に集まるヒトリガたちが舞っている様子が描かれていて豪華。見ているだけで楽しくなります。そして見出しは「ヒトリガ(火取りガ)のなかま」。光に集まる習性が強いこのグループの特徴を、見出しで表現しているのです。


(図10)キリギリスのなかま


(図11)スズムシなどはかめで飼う!

そして「キリギリスのなかま」。こちらもレイアウトは自由。カヤキリやコロギス、クツワムシ、キリギリスなどがこれでもかと詰め込まれております。そして、スズムシなどはかめで飼う! 家庭に「かめ」が普通にあった時代ならではの飼い方です。


(図12)こん虫採集法


(図13)標本の作り方

そして巻末には、モノクロページの「こん虫採集法」に「標本の作り方」。小学生の夏休みの自由研究の現場で「昆虫標本」は、もはやほとんど見られなくなった絶滅危惧種であります。何しろ今の時代、とくに都会で虫が見られない。田舎に行っても、実は期待したほど見られない。全国的に、昆虫が極めて少なくなっているのを実感します。そして、少ない昆虫をわざわざ殺して標本にするとは何事か、ということでありましょう。私の小学生時代(うん十年前)には、立派なカブトムシ(間違っても店で買ったものではない)やノコギリクワガタ、オオミズアオやタマムシなど、夏のヒーロー達のいかに立派な標本を提出するかを競ったものでした。しかし残念ながら現代の図鑑で、「標本の作り方」を掲載しても、子ども達には決して響かないページになってしまうと思われます。

紹介したヒトリガやキリギリスのなかまなどの「昆虫が群舞する」様子が描かれたような夢の光景は、果たして今後も見ることが出来るのか。実際にそのような光景があったであろう昔の図鑑のイラストを眺めるにつけ、明るいとはとても思えない昆虫たちの行く末を憂慮せざるを得ないのであります。