琉球諸方言、つまり鹿児島県奄美地方および沖縄県下の島々で使われてきた伝統的な方言は、全国的視野のもとで、特に異彩を放っている。また、その内部の方言差も、津軽方言と薩摩方言の違いと同じく、あるいはそれ以上に甚しい。音声上の特色も、まことに著しい。
この辞典の見出しの表記は検索の便宜を考えて「かな」によっている。しかし琉球諸方言を代表として、「かな」によって各方言語形の厳密な表音的表記を期待することは、理論的に困難である。資料とした文献の表記の方針もまちまちであった。したがって「かな」による表記は、ほぼ原音を正確に伝えているとはいうものの、近似的なものにとどまっていることをことわっておかねばならない。
琉球諸方言に関する表記それぞれが、たとえば下表に示したような音声を代表している(場合のある)ことをみてほしい。
例示からもわかるように、元来は同一方言内で区別のある音声を、「かな」では区別して表記できない場合がある。
他方、別方言間でほとんど同一の音声なのに、もとの資料の表記に影響されたりして、音声を粗く示した「かな」にもかかわらず、ことさら区別して表記しているようにみえる場合も考えうるので注意してほしい。
つまり、「かな」表記の内容は矛盾を含みうるものなのである。
この辞典が資料として用いた琉球諸方言関係のおもな文献は、次の通りである。
このうち「南島方言資料」と「八重山語彙」は、それぞれ独特の「かな」表記によっている。ここではいったんそれぞれの表記から実際の音声をできるだけ推定復原して、その音声を近似的に示すと考えられる「かな」表記に改めて表示することにした。
「採訪南島語彙稿」は、正確な音声表記をめざしているから特に問題はなさそうにみえるが、その多彩な変異は、「かな」表記の困難さをひしひしと体験させてくれた。
「沖縄語辞典」はいわゆる音韻表記によっているので、いったん実際の音声を復原して、その音声を近似的に示すと考えられる「かな」表記に改めて示すことにした。