この辞典に収録した一七八枚の方言地図は、国立国語研究所編『日本言語地図』全六巻(一九六六~一九七四)の中から、本辞典と関わりの深い項目を選び、略図として新たに作図したものである。作図は『日本言語地図』編集当時のスタッフ、および、その後の担当研究室員が中心となって行った。
『日本言語地図』はわが国最初の、かつ、現行唯一の語彙項目を中心とする全国方言地図集である。同書には北海道から琉球列島に至る全国二四〇〇箇所で現地調査を行った結果に基づいて製作した、二八五の項目に関する三〇〇枚の言語地図が収められている。調査は一九五七年度から一九六四年度にかけて、国立国語研究所員ならびに同地方研究員の手によって行われた。調査対象者は一九〇三年以前に出生した、その土地生え抜きの男性(各地点一名)であった。
『日本言語地図』所載の言語地図のうち、本辞典への収録を割愛した図は次のようなものである。
なお、『日本言語地図』で、語形の種類がきわめて多いために複数の地図に分割されているものについては、本辞典ではそれらをまとめて一枚の略図として作図した。次に、この辞典に収録した略図と『日本言語地図』の原図との関係について述べる。
『日本言語地図』では、調査の結果得られた語形をいくつかのグループに大別し、それぞれのグループに一定の色を与えた上で、さらに、グループ内の諸語形に、語形の類似度を考慮しつつ一定の形の符号を与えている。たとえば、「カボチャ(南瓜)」の図(略図は図154)では、カボチャ類に水色、ボブラ類に赤色、ナンキン類に橙色、トーナス類に緑色、その他の類に紺色を与え、合計一〇〇の語形を見出しとして凡例に示している。
しかしながら、同書で、調査の結果得られたすべての語形(音声変種を含む)を見出しに立てているわけではないことに注意する必要がある。たとえば、「カボチャ」の図の凡例の最初にあるKABOCYAの見出し語形はカボチャのほか、カボツァ、カンボチャ、カボチャーなどの音声変種、語形変種をまとめたものであり、CYOOSENの中にはチョーセンのほか、オチョーセンも含まれている。語形のまとめ方(変種の出し方)の程度は項目の性格によって異なり、一般に、方言形の種類が多い項目ほど一つの見出し語形に含まれる変種の幅は大きくなる。たとえば「おてだま(御手玉)」の原図(略図は図32)には二四三種の見出し語形が示されているが、その中のZAKKUという見出し語形は、ザックのほか、ザク、ザグ、ザグブグロ、ザクザク、ザング、ザンゴの諸語形をまとめて示したものである。
このように『日本言語地図』では、得られた語形をある程度まとめて、それらの代表語形を見出しとして立てているわけであるが、この辞典の略図では原図の見出し語形のいくつかをさらにまとめて示し、また、勢力の著しく小さい語形(原則として原図における分布地点が一〇地点以下の語形)は略図への掲出を省略した。
「カボチャ(南瓜)」の図(図154)を例として、『日本言語地図』の原図と本書の略図との関係を示すと次のとおりである(以下、太字は略図の凡例に示した見出し語形であることを示し、〈 〉内の語形は太字の見出し語形としてまとめた諸語形であることを示す。また、*印を付した語形は略図への掲出を省略した弱小勢力語形であることを示す。なお、原図の見出しはローマ字表記であるが、ここでは仮名にあらためた)。
カボチャ〈カボチャ、カンボチャ、カボジャ、カブチャ〉、(
上に示したように、略図の凡例でボ(ー)ブラのように表示した見出し語形は、原図において、それぞれ一定の勢力で分布するボブラとボーブラとをまとめたものであることをあらわす。ただし、トーナスやユーゴーのように、いくつかの語形をまとめたものであっても、その中の最も原形に近い語形(トーナス=唐茄子、ユーゴー=夕顔の変化形)を代表形として示した場合もある。また、「おてだま(御手玉)」(図32)の図における「ナンゴ、ナンコ、ナンヨ」のように、まとめた語形を併記して見出しとしたケースや、「かたぐるま(肩車)」(図67)の図における「アブ~」「サル~」のように、同一の形態素をもつ異形をまとめて示したケースもある。たとえば、「アブ~」はアブ、アブコ、アブラコ、アブンド、アブノリなどを、「サル~」はサルボンボ、サルマッコ、サルオビ、サルカッカイ、サルコッケー、サルヤマンジュ、サルマンダなどをまとめたものである。
なお、原図で一〇地点以下しか見られない弱小勢力語形は、略図への掲出を原則として省略したが、その場合でも、方言分布の上で、あるいは国語史との関係などでとくに注目すべきと思われた語形については略図にも示した場合があった。たとえば、「カボチャ」の略図で秋田北部に見られるキントは『日本言語地図』における分布地点は五地点であり、奄美諸島の喜界島に見られるトゥッソー(TUSSOO)とトッピョーは原図でもそれぞれ一地点ずつしか見られない語形であった。
なお、『日本言語地図』の中には、具体的な語形をあげてそれを特定の意味で使うかどうか調べた地図があるが、その場合は凡例がきわめて単純であるので原図の見出しを略図にそのまま掲出した。たとえば「オドロクを〈目覚める〉の意味で使うか」(図39)における「使う」「古くは使った」「まれに使う」「使わない」の見出しがそれである。
『日本言語地図』では調査を行った二四〇〇地点のそれぞれに、なんらかの符号を押印してある。言いかえれば、どの地点でどのような語形が得られたかを地図上で検索することができる。しかし、本書の略図に押印されている符号はあくまでも見出し語形のおよその分布地域を示すものであって、その語形の分布する地点を示すものではないことに注意してほしい。たとえば、先に例示した秋田北部のキントは略図では三個の符号しか押印されていないが、『日本言語地図』における表示地点(分布地点)は五地点であった。
この辞典では、いくつかの方言形(異形)を代表見出し語形(本見出し)の下にまとめて示してあるが、方言地図は、それぞれの地図に示した見出し語形のうち、比較的分布領域の広い語形(原則として非標準語形)を一つ選び、その語形と同一、あるいは類似する代表見出し内に参照先項目として掲出してある。たとえば、「かまきり(蟷螂)」の図は「いぼむし」の見出し内に、また、「カボチャ(南瓜)」の図は「ぼーぶら」の見出し内にそれぞれ掲げた。
各図のページは、「方言地図目次」のリンクからも見ることができる。
これらの方言地図はあくまでも『日本言語地図』の略図であって、本辞典に収録された諸語形の分布を示すものではない。両者はその依拠する資料を異にしているから、現れる語形の種類や分布領域に相違が見られるのは当然である。とくに、『日本言語地図』では、一定の質問文によって意味分野を限定して資料を収集したことに留意すべきである。たとえば、「おそろしい(恐)」(図33)の図は「大きな犬が何匹もほえかかって、いまにもかみつきそうになる。そんな時の感じをどんなだと言いますか」という質問文によって得た結果であり、本辞典で「恐ろしい」「怖い」などの語釈の下にまとめられた諸語形との間に意味のずれがありうることに注意しなければならない。『日本言語地図』の分布と本辞典に収録された方言形の分布との関係は、今後の研究課題である。