ラテン語 (lingua Latīna):―ラテン語は、ギリシア語・ゲルマン語などをはじめ、多くの語派を包含しているいわゆる印欧語族に属する一言語であって、古典ギリシア語とともに、西洋古典語と称されているが、この両古典語は、西洋文化の研究には絶対に欠くことのできない大切な言語である。この両古典語とヨーロッパ近代諸語との関係は、一言で言えば、漢文の日本語に対する関係に似ているが、言語学的にはさらに親密である。ラテン語は、太古以来、イタリア半島中西部のラティウム地方(Latium)に住んでいたラティーニー族(Latīnī)の言語であるが、彼らの一族で、その代表者となったローマ人(Rōmānī)の世界制覇(前250頃‐後400頃)によって、当時のヨーロッパ世界、小アジア、アフリカ北岸などに広まった。これらの地方に伝播されたラテン語(Vulgar Latin、俗ラテン語)と、その各地方の原地語とが合し時とともに融合して、各地で別々に発達し、ついに相互に通じなくなったのが、現代のイタリア語、フランス語、スペイン語、ポルトガル語、ルーマニア語など、いわゆるロマンス語(ローマ人のことばからできたのでこの名称が生じた)各自の初期のもので、それらがそれぞれに発展して現今に及んでいる。すなわち、これらのロマンス諸語はラテン語の娘たちなのである。従って、これらのロマンス諸語の本格的な学習・研究のためには、ラテン語の知識も必須であることは明らかである。
ラテン語は、ギリシア語とは姉妹語であって、決してギリシア語から派生したものではない。しかしギリシア文化がラテン文化より先進的であっただけでなく、その質がすこぶる高く、文学的作品や哲学的作品も優秀で豊富であったため、ラテン文化がその影響を受け、大方の想像以上に、多くのギリシア語がラテン語の中に入っている。
ラテン語が多くのロマンス語を生んで、生活の第一線から引退した、すなわち死語(lingua mortua)となって、日常生活に使用されなくなったのは、大体7世紀の初期であると考えられている。しかしラテン語は、その後もなお、各地方において、聖職者や学者の言語として使用され続け、実に17世紀頃まで、西欧の学者、政治家、聖職者などの共通語であった。従って、その頃までの有力な書物や文書などは、ずっとラテン語で書かれてきたのである。現今でも、ローマン・カトリック教会では、未だラテン語を公用語としている。
ラテン語とゲルマン諸語、例えば英語やドイツ語とは、語派が異なっているので、ラテン語とロマンス諸語との関係ほどには密接ではない。しかしローマの世界制覇やその強大な文化などのために、ラテン語の勢力は、さまざまの原因や経路によって、これらゲルマン諸語の上にも及んでいる。殊に英語においては、それが顕著であって、今それをその語彙について見ても、45%はラテン語系なのである。すなわち英語の単語は、20%がAnglo-Saxon、15%がGreek、45%がLatin、20%がその他という割合なのである。