フグ目フグ科Tetraodontidaeに属する海産魚の総称。広義にはフグ目のイトマキフグ科Aracanidae,ハコフグ科Ostraciontidae,ハリセンボン科Diodontidaeなどの魚を含めていう場合もあるが,以下,狭義のフグ科魚類について述べる。
関西以西ではフクと呼ぶ地方が多い。体の全長はクサフグが10cm内外,ほかの種類はほとんど20~40cmのものが多いが,トラフグは70cmに及ぶものがある。体は一般に丸みを帯び,ひれは比較的小さい。腹びれはなく,腰骨もない。また背びれには棘条(きよくじよう)がない。皮膚にはうろこがまったくなくて体表が滑らかなものと,うろこの変形した棘状または刺状突起をもつものとがある。眼は小さいが,周囲に皮褶(ひしゆう)があって,これがカメラのしぼりのように動いて眼を閉じることができる。上下両あごにはそれぞれ2枚のよく発達した門歯があり,中央で癒合(ゆごう)してくちばし状をなしている。筋肉は体側筋が発達せず,背びれやしりびれを動かす屈筋が著しく発達している。これはフグの遊泳のしかたと関連している。うきぶくろは球形ないし卵形のものもあるが,腎臓形で後方がくぼんでいるもの,後部が二つに分かれているものなどがある。
胃の腹側には付属囊(膨張囊)があり,胃との境はくびれ,腹側体壁に強固に付着している。フグは何かに驚くと,口から急速に吸いこんだ水または空気を胃を経て膨張囊に流入させ,腹を大きく膨らませる。皮膚に棘状または刺状突起をもっている種類では,これに伴ってそれまでねていた突起がいっせいに立って,体全体がいがぐり状になる。大西洋のフグの1種Sphoeroides maculatusで実験した結果によれば,のみこむ水の重量は体重のおよそ2~4倍で,容積は体長20cmの魚の場合約1lであった。このようにフグが腹を膨らませる行動は外敵に対して威嚇効果を与えるのに役だっているものと解釈されている。フグはくちばし状の固い歯をかみあわせ,きしらせて発音するが,腹を膨らませるときにもキューキューと音を出す。
筋節からなる体側筋が発達していないので運動力は弱く,主として背びれとしりびれを振って海底近くを泳ぎ,しばしば砂れきの中に体をなかば埋めて休む。肉食性で,口から海底に向けて水を吹きつけ,砂の中に潜んでいる底生生物を捕食する。フクという名もこのような習性によるとの説がある。卵は粘着性の付着卵で,砂れきや海藻に産みつけられる。トラフグは大群をなして潮通りのよい水深20m前後の海底に産卵する。また,クサフグやヒガンフグは大潮の満潮時になぎさに群がって産卵する。砂れきに産みつけられた卵は次の大潮の満潮時に海水が再びそこまで達すると孵化(ふか)し,仔魚(しぎよ)は引く潮にのって沖へ運び去られる。
漁獲は主として引っかけ釣り,はえなわ,定置網,手繰網などによる。フグは冬がしゅんで,この時季を中心にして賞味されるので,その価格は夏と冬とで著しく違う。そこで,春の産卵期に漁獲した成魚を海面の金網製小割りいけす,または浅海を網で仕切った養魚施設に収容して,鮮魚を餌に蓄養し,晩秋初冬の候の値上りを待って出荷する。トラフグその他の蓄養事業は瀬戸内海から島原,天草にかけての地方,若狭湾,能登方面で盛んである。旧来の蓄養のほか,近年は,種苗からの本格的な養殖も行われている。フグはすべて活魚として売買されるので,消費地へ出荷するときの輸送は活魚トラック,活魚車,活魚船,飛行機などによる。また,フグは狭い場所では互いにかみあう性質が強いので,輸送時には口を縫い合わせたり,個別に缶に入れたりして,傷つけあうのを防いでいる。
フグは数多い魚の中でも特別の珍味とされているが,ときにはこれを食べて中毒を起こし,死に至ることがある。この毒は田原良純により初めて卵巣から抽出され(1912),テトラドトキシン(現在はテトロドトキシンtetrodotoxin)と命名されたが,その後津田恭介によりC12H19O9N3なる分子式ときわめて特異な構造式が明らかにされた(1962)。これは一種の神経毒で,知覚および運動の麻痺を起こし,重症の場合は呼吸麻痺により死に至る。この毒はフグの種類,個体,魚体の部位,季節によって含有量が異なるが,一般に卵巣,肝臓,腸,皮膚などに多く含まれ,筋肉,精巣,血液には少ない。最近の研究によれば,天然のフグに比べて養殖したものでは毒性が低いとされ,これが事実とすれば,テトロドトキシンは従来考えられていたようにフグが自身の体内で生合成しているのではなく,餌などを介して外から取りこんでいるのではないかとも考えられる。しかし,この点についてはまだ十分に明らかではなく,今後の研究にまたねばならない。
フグには種類が多く,日本近海では34種ほどが知られているが,いずれも暖海の沿岸性のものである。コモンフグ,ヒガンフグ,ショウサイフグ,クサフグ,マフグ,アカメフグなどは毒性が強く,サバフグ,カワフグなどは弱いとされている。魚種別,部位別の毒性の強さは表のとおりである。
フグは前述のように海産魚であるが,中国ではメフグ,メガネフグなどが河川を溯上(そじよう)し,蘇東坡も〈正にこれ河豚の上らんと欲するの時〉と記しているが,長江では河口から1200km上流の漢口まで達するものがある。中国人は昔から海のフグより川でとれたフグに親しんでいたため河豚という名称がつけられたとされている。なお,中国では豚魚ともいうが,これは腹を膨らませるときの音がブタの鳴声に似ているからとも,また姿が似ているからともいわれる。
フグはうすくそぐようにしてつくった刺身,ちりなべ,ふぐ汁などとして賞味されるほか,ショウサイフグその他小型のフグは干物にされる。精巣は春秋時代の美人西施の乳房をしのばせるとして西施乳と呼ばれ白子酒に用いられ,ひれはあぶってひれ酒にされる。また,肉,骨,内臓を除いて成型しふぐ提灯に製される。
《和名抄》は〈フク〉〈フクベ〉というとしており,《物類称呼》(1775)は京,江戸で〈フグ〉,西国,四国で〈フグトウ〉と呼ぶとしている。各地の貝塚から骨が出土しているように,日本人は有史以前からフグを食べていた。記録はないが,当然中毒死した人は多かったはずで,それが松尾芭蕉をして〈あら何ともなやきのふは過ぎてふくと汁〉の句をなさしめたゆえんであった。また,異名を〈鉄砲〉,略して〈てつ〉と呼ぶのも,食べるとあたり,あたれば死ぬことが多いというしゃれである。フグ料理について最初に記載したのは《大草家料理書》(室町末期ころの成立)と思われる。〈ふぐ汁料理は差合有候故,取捨仕候也。但,しきみの木,又は古屋の煤堅嫌べし〉というのがその全文で,これは〈ふぐ汁の料理法はさしつかえがあるので削除した。どうしてもつくる場合には,汁の中にシキミや古い家屋のすすを入れぬように注意する必要がある〉という意である。奥歯にもののはさまったような文章であるが,それは当時の武家社会ではフグの食用はつつしむべきだとされていたらしいこと,そのたてまえにもかかわらず実際は食べる人が多くいたことを示しているようである。そして,江戸の町医小川顕道(1737-1815)の《塵塚談》によると,彼が若かったころの武家はけっしてフグを食べなかったが,最近では食べるようになったといい,フグの値も上がったとしている。フグは町人の魚だった。貝原益軒は〈身を慎む人,食うべからず〉といっているが,《本朝食鑑》(1697)は〈味淡にして最も美なり〉といい,井原西鶴は作品中にしばしばふぐ汁を賞美する民衆の姿を描いた。しかし,何としても中毒はこわかった。それで中毒には,砂糖湯がいいとか,イカの墨がきくとか,ツノマタがよいなどという説が諸書に散見され,また,前記《大草家料理書》同様に《本朝食鑑》も,調理中にすすが入ると食べた人はかならず死ぬ,としている。
料理に用いるフグはトラフグ,マフグ,ショウサイフグなどで,トラフグがもっとも美味である。料理としては刺身とちりなべが代表的で,みそ汁や煮こごりにもする。刺身はごく薄いそぎ身にし,赤絵の大皿に皿の模様が透けて見えるように並べる。厚く作ると歯ごたえがありすぎて食味を減ずるためで,こうした薄い作り身にするのを一般に〈フグ作り〉と呼んでいる。薬味にはもみじおろしと刻んだアサツキを用い,ポンスじょうゆで食べる。皮下のゼラチン質の部分は〈とおとうみ〉と呼び,刻んで熱湯でゆがいて刺身に添えることが多いが,これは三河(身皮)に接しているから遠江(とおとうみ)だというしゃれである。〈てっちり〉と俗称するちりなべは,おもにあらを用い,豆腐,キノコ類,シュンギクなどをあしらい,刺身同様ポンスじょうゆで食べる。ひれ酒は,干したひれをこがすくらいに火であぶってコップなどに入れ,熱かんの清酒をそそいで飲む。以上のほか,切身をかすづけやみそづけにし,また,干物にもつくられる。
《大同類聚方》には,フグ中毒の治療薬として上総国望陀(もうだ)郡手越綱頼の吹消薬を載せる。その処法は樺と樟ヤニを煎じたものだが,樟ヤニといわれたものは,クスノキの木部を蒸留して得たショウノウであろう。ショウノウはカンフルとして用いられるもので,急性心臓衰弱や止痛などの効能があり,樺樹皮は消腫解毒の効能をもつ。
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