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ジャパンナレッジで閲覧できる『鯛』の日本大百科全書・世界大百科事典・日本国語大辞典・平成ニッポン生活便利帳のサンプルページ
日本大百科全書(ニッポニカ)
タイ
たい/鯛
red seabream
porgy
一般的には硬骨魚綱スズキ目タイ科魚類の総称。狭義にタイといえばマダイをさすが、近縁種のチダイと混称している地域も多く、またキダイやクロダイなどを含めることもある。広義のタイ形魚類はイトヨリダイ科、タイ科、フエフキダイ科の3科からなるが、この項ではタイ科について記述する。なお、タイ類の英名は、赤色のタイはred seabream、暗灰色のタイはporgyである。
[赤崎正人][尼岡邦夫]2017年9月19日
▲タイ科の分類
タイ科魚類は形態的な特徴によって、キダイDenticinae、ヨーロッパダイPagellinae、マダイPagrinae、アフリカダイBoopsinae、ヘダイSparinaeおよびアフリカチヌDiplodinaeの6亜科に分けられる。前の3亜科の魚は体色が赤く、後の3亜科の魚は多くは暗灰色である。日本、東南アジアとオーストラリアの海域にはキダイ、マダイ、ヘダイの3亜科の魚が分布するが、地中海とアフリカ周辺の海域には6亜科のすべてが分布し、アメリカ新大陸の大西洋岸にマダイ、ヘダイ、アフリカチヌの3亜科の魚が生息する。
タイ科魚類のおもな属名は次のとおりである。キダイ亜科(キダイ属Dentex、セナガキダイ属Cheimerius、オオメレンコ属Polysteganus、ナガレンコ属Argyrozonaなど)、ヨーロッパダイ亜科(ヨーロッパダイ属Pagellusなど)、マダイ亜科(マダイ属Pagrus、チダイ属Evynnis、タイワンダイ属Argyrops、キシマダイ属Pterogymnusなど)、アフリカダイ亜科(アフリカダイ属Boops、ヒラダイ属Sarpa、メジナモドキ属Cantharusなど)、ヘダイ亜科(ヘダイ属Rhabdosargus、クロダイ属Acanthopagrus、アメリカギンダイ属Calamus、スカップ属Stenotomusなど)、アフリカチヌ亜科(シマチヌ属Puntazzo、アフリカチヌ属Diplodus、アメリカチヌ属Archosargus、ピンフィッシュ属Lagodonなど)。
[赤崎正人][尼岡邦夫]2017年9月19日
▲形態
タイ科魚類は楕円 (だえん)形で体高が高く、側扁 (そくへん)した体に、二叉 (にさ)した強い尾をもつ典型的なタイ形が特徴である。魚類学的には、眼前骨と第1眼下骨が同形同大、幽門垂数は4本、副蝶形骨下縁 (ふくちょうけいこつかえん)の突起が2個、大部分の魚の顎骨 (がくこつ)に円錐歯 (えんすいし)、門歯や臼歯 (きゅうし)が発達している、などの形質によって定義づけられている。タイ科の魚の全長は25~100センチメートル。一般に吻 (ふん)は短いが、眼下幅は広く、強いあごをもつ。前上顎骨の後端は主上顎骨と重なる。主上顎骨は口を閉じたときに眼下骨に隠されて、露出しない。両顎にはキダイ亜科では強大な円錐歯を、アフリカダイ亜科では円錐歯や門歯をもつが、ほかの4亜科の魚はすべて臼歯をもつ。臼歯の列は、マダイ亜科、ヨーロッパダイ亜科で2列、アフリカチヌ亜科で3列、ヘダイ亜科で3~4列である。背びれは1基で10~13棘 (きょく)9~17軟条、臀 (しり)びれは3棘7~15軟条、腹びれは胸位で1棘5軟条で、基部に腋部鱗 (えきぶりん)がある。体は大部分が円鱗または弱い櫛鱗 (しつりん)で覆われるが、亜科により鱗 (うろこ)の形が異なる。脊椎骨 (せきついこつ)は24個(腹椎骨10個+尾椎骨14個)。胃はV字またはY字形でやや大きく、腸は一般に短い。体色は変化に富み、桃色または赤色~黄色または灰色で、しばしば銀色または金色に反射する。また、暗色やそれ以外の色彩のある斑点 (はんてん)、縞 (しま)模様、または帯状斑がある。
[赤崎正人][尼岡邦夫]2017年9月19日
▲生態
タイ科魚類は熱帯および温帯の沿岸域の底層近くにすむ。そのうち、体が赤色のタイは沿岸や大陸棚の岩礁や泥土と砂礫 (されき)の中間地帯を好み、水深50~200メートルの底層にすむ。一方、体が暗灰色のタイは河口域や内湾など水深50メートル以浅の岩礁と砂泥質の所を好む。やや貪食 (どんしょく)な肉食性の魚で、底生の多毛類、甲殻類、軟体類、棘皮 (きょくひ)類、魚類などを好んで食べる。産卵期は、マダイ、クロダイ、ヘダイなどは春季で、チダイ、キチヌなどは秋季である。卵は油球1個をもつ球形の透明な分離浮性卵で、卵径は0.8~1.2ミリメートルである。20℃では約2日前後で孵化 (ふか)する。小形種や大形種の若魚は群集性があるが、大きい個体は単独でより深所にすむ。わずかながら産卵その他による季節的移動を行う。
[赤崎正人][尼岡邦夫]2017年9月19日
▲雌雄同体と性転換
体が暗灰色の3亜科のタイ類には、すべての魚が雌雄同体の時期を経たのちに雌雄のいずれかに分化する性転換の現象がある。クロダイとキチヌでは、全長10センチメートル以下の魚は原始的性細胞をもつが10~14センチメートルの魚には精原細胞が認められ、14~25センチメートルごろでは典型的な両性巣をもち、外側に精巣が、内側に卵巣がある。20~25センチメートル以上ではほとんど雌に分化する。雌雄同体の個体は精液を出し雄の機能があるが、卵巣はけっして熟さない。すなわち、クロダイ類は小さいときはすべて雄で、大きくなるとほとんど雌になる。なお、体が赤色の亜科にも、キダイの高年魚の約半数に雌雄同体が現れたり、養殖マダイに少数ながら両性巣が出現したりしたとの報告がある。
[赤崎正人][尼岡邦夫]2017年9月19日
▲日本のタイ類
日本には、キダイ、キビレアカレンコ、ホシレンコ、マダイ、チダイ、ヒレコダイ、タイワンダイ、クロダイ、キチヌ、ミナミクロダイ、ナンヨウチヌ、オキナワキチヌ、ヘダイの13種が知られている。いずれも白身のしまった肉質で美味のため、需要は多いが漁獲量は漸減している。タイ類の漁獲量をみると、マダイがもっとも多く、チダイ+キダイ、クロダイ+ヘダイ(これらの数値は合計値で算出)の順となっている。タイ類としての漁獲量は1973年(昭和48)ごろまでは3万~5万トンほどあったが、それ以後はしだいに減少し2万トン台が続き、2015年度(平成27)は2万5000トンほどであった。一方、日本沿岸のタイ資源の減少に対し、各地でマダイやクロダイの種苗を生産して、沿岸に放流したり養殖の種苗としたりしている。マダイの養殖の生産量は1970年に460トンであったが、それ以後はしだいに増加し、1999年(平成11)に8万7000トンと最多量となった。その後は6万~8万トン台の間で推移し、2015年では6万3000トンほどであった(農林水産省「平成27年漁業・養殖業生産統計」による)。他方、輸入タイ類については1962年ごろからゴウシュウマダイ、アサヒダイ(商品名はサクラダイ)など外国のタイ類が多量に日本の市場に入荷し、利用されている。
[赤崎正人][尼岡邦夫]2017年9月19日
▲釣り
各地でさまざまな釣り方、仕掛け、餌 (えさ)がくふうされ使われている。仕掛けは、一本鉤 (ばり)、この一本鉤に小さい孫鉤をつけたもの、枝鉤を2本または3本つけた胴づき、片天ビンからハリスを伸ばした二本鉤が基本的なものになっている。
餌はクルマエビの小形(サイマキ)や、船の網漁でとる赤い色に近いサルエビ、小さくてやや黒っぽいエビ、淡水の池や沼でとれるモエビなどエビ類を主体に、南極産のオキアミが1980年(昭和55)ごろから各地で使われるようになった。多毛類ではイワイソメ(西日本ではマムシという)、タイムシ(一部の地方でアカイソメという)、フクロイソメ(西日本ではイチヨセという)などもタイ餌 (え)となり、小さなミミイカやサンマの切り身、生きたイカや小魚のイカナゴも使われる。また、ごく薄いゴムで橙 (だいだい)色に近いものを細く短冊に切って鉤にかけて釣る地方もある。このような各種の餌は季節によって多少違ってくるが、一年中効果を発揮するのはやはり生きたエビで、ついでオキアミであろう。
釣り方のポイントは、棚とよばれるタイの泳層を早くつかむこと。とくに春はまだ底潮が冷たいので、暖かい潮を求めて海底から上を棚に求めがちであり、逆に秋は底潮が暖まっているので棚を底に求めがちである。このようなことから「春のタイは宙層を釣り、秋は底を釣れ」ともいわれる。ただし、多人数が乗った乗合船で、寄せ餌を使うタイ釣りでは、潮の流れの緩いときだと、寄せ餌の効果からタイの棚はかなり上層にあがることもある。鉤掛かりしたタイは途中2、3回強く海底に突っ込むような独特の引きをみせるので、このときに強引なやりとりをするとハリスを切られたりする。
[松田年雄]
▲調理
タイはその骨が貝塚からも多く出土しており、食用歴の古いことがわかる。『万葉集』には、醤酢 (ひしおす)に蒜 (ひる)を混ぜ、タイにつけて食べるという歌もあるが、タイは古くから日本人には身近な魚として利用されてきた。タイという字は魚偏に周と書くが、周というのはあまねくとか、どこにもかしこにもという意味をもっている。すなわち日本近海はもとより、どこの海にでもいるという意味からつけられた名前と考えられる。タイはおめでたいとひっかけ、祝いに使われることが多く、祝い事にはおもに尾頭付きが使われる。
タイの鱗 (うろこ)は堅いので、鱗ひきまたは出刃包丁の刃を使って完全に取り除く。姿焼きの場合はえらと内臓を除いてそのまま用いるが、そのほかの料理では3枚におろして用いる。淡泊な味で臭みがなく、しかもうま味が多いので広く料理に利用できる。タイは、ほとんど捨てるところがない。肉は刺身、焼き物、蒸し物、煮物など、頭や中骨はあらだき、潮汁 (うしおじる)など、卵巣の真子 (まこ)は煮物、精巣の白子 (しらこ)は椀種 (わんだね)や鍋物 (なべもの)にする。
おもな郷土料理には次のようなものがある。
[河野友美][大滝 緑]
▲鯛のから蒸し
石川県の豪華な料理。大ダイを2尾用意し、鱗と内臓を除いて背開きにする。この中ににんじん、タケノコ、きくらげ、すだれ麩 (ふ)、おから、ぎんなんなどをいり煮にしたものを詰めて蒸し上げる。魚は大皿に向かい合わせに2尾並べる。祝いの席には青竹でつくった箸 (はし)をえらぶたに刺し、松の小枝を添える。
[河野友美][大滝 緑]
▲たいめん
広島県や愛媛県の郷土料理。大きなタイの鱗、えら、内臓をとり、姿のまま酒、みりん、しょうゆ、砂糖などで煮る。そうめんをゆで、大皿に波形に盛り、その上にタイを置く。季節により青ユズをおろしかけたり、木の芽を散らし、タイの煮汁をつけ汁として食べる。
[河野友美][大滝 緑]
▲浜焼き
とれたての魚を、塩をつくるときの釜 (かま)や焼き上げた塩に埋めて蒸し焼きにしたもの。とくに瀬戸内海沿岸のタイの浜焼きは有名。『和訓栞 (わくんのしおり)』(1777)に、とれたてのタイなどを塩を焼く釜の下の土に埋めて焼くことが記されており、すでに江戸時代にはつくられていたことがわかる。最近は高熱の釜や赤外線を用いて蒸し焼きにしている。身をむしり、しょうがじょうゆをつけて食べる。
[河野友美][大滝 緑]
▲民俗
日本では、タイは最初に文献に表れる魚で、『古事記』神代巻に、山幸彦 (やまさちひこ)の投げた釣り針をのどにひっかけて登場し、『万葉集』にもタイ釣りの歌がみえる。伊勢 (いせ)神宮の神饌 (しんせん)では、アワビに次ぐたいせつな魚とされ、「御幣鯛 (おんべだい)」という乾鯛が、平安時代から伊勢湾の篠島 (しのじま)(愛知県南知多 (ちた)町)で調製され、古式のままに塩鯛が供えられている。また七福神の恵比須 (えびす)神が釣り上げて持つタイは、「めでたい」に通じる語呂 (ごろ)合わせから、祝いの料理や贈答品にされているが、「めでたい」は「めでたし」の口語体で、それほど古いことばではなく、それよりも縁起のよい赤い色彩や姿、味のよさから吉祥魚とされた。江戸時代以前の料理書では、むしろコイのほうが上等とされていた。
2尾の塩鯛を腹合わせにして結び合わせる「掛鯛 (かけだい)」(懸鯛)の風習は、江戸時代より関西や四国を中心としてしばしば各地の祭礼や婚礼にみられる。北九州では、婚約が決まると酒1升とタイ1尾を「一升(生)一鯛(代)」の意味で贈り、三重県志摩地方などでも大きなタイ2尾に酒を添えて結納とする。昔は一般の家でも、正月に神棚の前やかまどの上などに掛鯛を年神様に供え、これを6月1日に取り外して食べると邪気が払われるとした。また「にらみ鯛」といって、お膳 (ぜん)に置いて飾りとする習慣もあった。
愛知県南知多町豊浜 (とよはま)では、7月中旬に「鯛祭り」の行事が行われ、大漁を祈願して張り子の大ダイを海の中で担ぐ。広島県三原 (みはら)市能地 (のうじ)沖でも、毎年3月に「浮き鯛祭り」といって、張り子のタイの腹を上にして担ぐが、これは、この付近を神功 (じんぐう)皇后が船で通ったとき、周りにタイが集まって浮き上がったという故事にあやかっている。タイの郷土玩具 (がんぐ)は多く、なかでも鹿児島県霧島市にある鹿児島神宮の海幸 (うみさち)・山幸 (やまさち)の神話にちなむ鯛車は有名である。
[矢野憲一]
▲文学
上代から美味な食料とされ、『万葉集』に、「水江 (みづのえ)の浦の島子を詠む」長歌の「堅魚 (かつを)釣り 鯛釣りほこり」(巻9・高橋虫麻呂 (たかはしのむしまろ))と、「醤酢 (ひしほす)に蒜 (ひる)つきかてて鯛願ふ我にな見えそ水葱 (なぎ)の羹 (あつもの)」(巻26・長忌寸意吉麻呂 (ながのいみきおきまろ))の2例があり、記紀の海幸・山幸神話などにも、鯛や赤鯛の名がみえる。『日本書紀』仲哀 (ちゅうあい)天皇2年6月条、神功皇后が熊襲 (くまそ)征討の途中、豊浦津 (とゆらのつ)で船の周りに集まった鯛に酒を飲ませて酔わせた話もよく知られる。平安時代に入って、『神楽 (かぐら)歌』の「磯良 (いそら)が崎」に「鯛釣る海人 (あま)」とあり、『土佐日記』にも、楫取 (かじと)りが持ってきた鯛を食べたことが記されている。江戸時代の石川雅望 (いしかわまさもち)の『狂文吾嬬那万里 (きょうぶんあづまなまり)』には「鯛は魚の王なり」で始まる、鯛の故事来歴を記した「鯛亭記 (たいていのき)」と題する戯文が収められている。季題は「桜鯛」が春、「落鯛」が秋。
[小町谷照彦]
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改訂新版 世界大百科事典
タイ
鯛
狭義にはマダイを指すが,マダイを含めたスズキ目タイ科Sparidae(英名sea bream)の海産魚を総称することもある。マダイPagrus major(英名porgy)は体長1mに達するものもある大型の海産魚で,赤褐色の体に鮮やかな青色の小点を散りばめた美しい魚である。寿命も長く,30年以上も生きるものがある。体型ももっとも魚らしい魚として親しまれ,古くから重要な食用魚であり,貝塚からも大量の骨が発見されている。めでたい魚として,祝いの席には欠かせないものとされてきた。また,マダイがめでたい魚であり,もっとも魚らしい魚であるとされたため,これにあやかり,名の一部にタイとつくものが多い。アマダイ,ブダイ,キンメダイ,メダイ,イボダイ,スズメダイ,アコウダイ,ハマダイなど300種近くにのぼり,日本産魚類の1割にあたる。しかし,これらの魚は生物学的にタイ類とはまったく異なっており,体色,体型,生活史などさまざまなものが含まれている。
マダイはこのように人間の生活に深く入り込んできたため,地方名はなく,日本中タイまたはマダイと呼ばれるほかは,成長名,季節名,品質や産地名などがあるだけである。成長名には東京のマコ→オオマコ→チュウダイ(中鯛)→オオダイ(大鯛)→トクオオダイ(特大鯛)などがある。季節名はサクラダイ,ムギワラダイなど。これはそれぞれマダイのしゅんが桜の咲く季節であり,このとき産卵前のもっとも鮮やかな体色をした美しいときであることと,麦の実る季節には産卵期も終わり,体色はくすみ,味がもっとも落ちるときであることを示している。品質名としては生きているイキダイ,活けじめにしたシメダイは高価であり,いけすに置きすぎるとあげてまもなく眼がくぼむので長崎でメヌケダイと呼んできらう。
マダイは日本各地,朝鮮半島,中国,東南アジアにかけて分布している。沿岸性の魚で,水深30~150mの起伏に富んだ岩礁域か砂れき底で,潮通しがよく,沿岸水の影響が強く,冬季水温が8~15℃くらいの場所に多くすんでいる。マダイは冬季,深みの岩礁について越冬するが,春,水温の上昇とともに冬眠状態からさめて産卵にかかる。産卵期は地域によって異なり,和歌山県,徳島県では3月下旬~5月上旬,黄海や渤海で4月下旬~5月中旬,青森で5~6月である。産卵場の条件としては,浅い砂底で,近くに親の隠れる場所があり,孵化(ふか)した仔魚(しぎよ)の育つ藻場があることなどである。産卵は日没から数時間以内に行われる。まず数尾の雄が1尾の雌を追い,水面に追いあげ雌が横倒しになったところで一団となって放卵放精が行われる。卵は球形の分離浮遊性卵で,直径は約1.0mmである。1尾の雌は体重1kgで約30万粒,体重6.2kgのもので約700万粒の卵を何度かに分けて産む。孵化後3日で卵黄を吸収しつくした仔魚は体長約3~4mmであり,単細胞生物や小型橈脚(じようきやく)類(コペポーダ)を食べるようになる。体長10mmを超すころに着底し,藻場で生活し,橈脚類,ヨコエビ,ワレカラなどを食べるが,体長3cmを超すとワレカラ,多毛類,エビ,二枚貝,ヒトデなどを食べるようになる。9月ころにエビ場に移りエビなどをよく食べる。11月下旬には岩礁域に移り,エビ,多毛類,アミなどを食べるが,やがて深みで冬眠状態となる。再び春になると沿岸の浅所へ移り,秋には深みに移動する生活を繰り返す。成魚はカニ,貝類,エビ,タコなどを食べる。
年齢や成長には地域による差があるが,これは水温との関連が推定されている。一般的な成長は,満1歳で体長8.5~15cm,3歳で23~34cm,4歳で27~43cm,10歳で50~60cmである。満4歳で成熟するものが多い。
瀬戸内海ではかつて〈浮鯛漁〉が有名であった。これは急激な海水の流れによってうきぶくろの調節機能が十分働かず,タイが水面に浮く現象を利用するもので,かつてはこれを専門にとる漁業もあったが,近年ほとんど見られない。また千葉県鯛ノ浦は船からの合図により,1m近い大ダイをはじめ多数の魚が集まってくることでよく知られている。これは,長年船からの音で集まった魚に餌を与えたことによる条件反射によって集まってくると推測されている。
漁業
重要魚であるため一本釣り,はえなわ,定置網,底引網,吾智網,追入網など,地域によってさまざまにくふうされた多くの漁法がある。おもな漁場は瀬戸内海とその周辺海域,日本海沿岸,黄海,東シナ海,本州太平洋岸中部などである。春にもっとも美味であり,産卵後にあたる初夏以後のものは味が落ちる。刺身,塩焼きなど多くの料理法がある。
近年,親魚から受精卵をとり,仔魚を育成して放流する増殖事業が全国各地で行われている。また,卵または幼魚から育てるいけす養殖も盛んに行われている。しかし,長期間いけすで飼育したものでは体色が黒っぽくなり価格が下がるため,甲殻類を与えて赤みを出すなどの努力もはらわれている。
タイ類
日本産タイ類にはマダイのほか,チダイ,クロダイ,キダイ,ヘダイ,ヒレコダイなど10種が知られている。いずれも沿岸性の海産魚で,水産上重要種が多い。とくにチダイ,キダイはマダイの代用品とされることも多い。また,近年アフリカ大陸周辺海域など,各地から多量のタイ類が底引網により漁獲され,冷凍魚として輸入されている。
[望月 賢二]
料理
鯛は姿も味もよいので日本では魚の王として珍重されるが,こうした評価は《本朝食鑑》(1697)が〈鯛,本朝鱗中之長,形色俱可愛〉としたあたりに始まる。もちろんその美味は古くから認められてはいたが,中世までの京都で生鮮品を味わうことはきわめてむずかしく,それが鯉を至上の魚とし,鯛をその下風に立たしめたゆえんであろう。近世に入ってその評価が逆転し,鯛は最高の魚とされるようになったが,それには鯛が“めでたい”に通ずるといったこじつけが行われ,縁起のよい魚とされたことも大きな理由である。こうして祝膳には尾頭付きの鯛が欠かせぬものとなり,正月には干鯛2尾を結び合わせてかまどの上や門松に掛ける懸鯛(かけだい)の風習なども生じ,〈壱枚の代金壱両弐歩づつ,しかも尾かしらにて壱尺二三寸の中鯛なり〉(《日本永代蔵》)といった法外な高値が見られたこともある。料理としては刺身,塩焼き,潮汁,ちりなべ,蒸物,あら煮など,頭やあらまでを用いてさまざまに使われるが,1785年(天明5)刊の《鯛百珍料理秘密箱》には同工異曲のものが多いとはいえ,99種の料理が紹介されている。産地としては古来摂津西宮(現,兵庫県西宮市)や播磨の明石(現,兵庫県明石市)などが有名で,西宮の海,あるいはより広く大阪湾を含めた海域でとれたものは西宮戎(にしのみやえびす)(西宮神社)の前の鯛の意で,〈前の鯛〉〈前の魚(うお)〉と呼ばれて珍重された。なお,江戸には〈活鯛屋敷(いきだいやしき)〉と呼ぶ施設があった。大きないけすを設けて公儀御用の高級魚を生かしておいた〈肴役所(さかなやくしよ)〉を俗称したもので,場所は魚河岸に隣接する江戸橋広小路の一角,今の中央区日本橋1丁目に属する江戸橋西詰の北側であった。
→コイ
[鈴木 晋一]
民俗
鯛は魚類の中の王として祝膳の中心食品として賞味されてきた。大位などの文字をあててめでたい魚とされるのは,その紅色の色彩とともに福神である恵比須神の抱く魚として,縁起ものと考えられたためであろう。古代には主として西日本の沿岸諸国から貢物として,干鯛の形で京都に送られた。春には産卵のために沿岸近くに寄ってくるが,深海から急激に浅い場所に潮流で押し上げられると,体内のうきぶくろが膨れて行動の自由を失い,漁獲されやすくなるので,海峡部に好漁場が形成され,瀬戸内海では能地の浮鯛(桜の開花期に群れをなして浮き上がってくる鯛)などが名高い。〈腐っても鯛〉とは実質よりも名目,形態を重視する場合に用いられることわざで,落魄(らくはく)した名家の誇り高い態度などを称したものである。
[千葉 徳爾]
[索引語]
マダイ Sparidae sea bream Pagrus major porgy マコ(タイ) オオマコ チュウダイ オオダイ トクオオダイ サクラダイ ムギワラダイ イキダイ シメダイ メヌケダイ 浮鯛漁 尾頭付き 懸鯛 鯛百珍料理秘密箱 前の鯛 前の魚 活鯛屋敷 肴役所 夷∥恵比須 浮鯛
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日本国語大辞典
たい[たひ] 【鯛】
解説・用例
〔名〕
(1)スズキ目タイ科に属する海産魚の総称。全長三〇~一〇〇センチメートル。体は楕円形で著しく側扁する。頭と口が大きい。日本産タイ類では、体色は赤みを帯びるものと帯びないものがいる。ふつうは、淡紅色で体側に青色の小斑点の散在するマダイをさす。マダイは姿が美しく美味なので、日本料理では魚の王として重用し、「めでたい」に通じることから古くから祝いの料理に供する。マダイの代用にするチダイ、キダイのほか、ヘダイ、クロダイなど種類が多い。また、日本にはアコウダイ、キンメダイ、キントキダイ、スズメダイなど「…ダイ」と呼ばれるものが多いが、タイ科魚類とは類縁関係のないものや、近くないものが多い。
*万葉集〔8C後〕九・一七四〇「水江(みづのえ)の浦島の児が堅魚(かつを)釣り鯛釣りほこり〈虫麻呂歌集〉」
*神楽歌・小前張〔9C後〕磯良崎「磯良が崎に 太比(タヒ)釣る海人の 太比(タヒ)釣る海人の」
*十巻本和名類聚抄〔934頃〕八「鯛 崔禹食経云鯛〈都条反 多比〉味甘冷無毒
似
而紅鰭者也」
*土左日記〔935頃〕承平五年一月一四日「楫取きのふつりたりしたひに、銭なければ米をとりかけておちられぬ」
*御巫本日本紀私記〔1428〕神代下「赤女 鯛、安加目、太比(タヒ)」
*雑俳・卯の花かつら〔1711〕「大名も鯛のうら喰ふたびごろも」
*博物図教授法〔1876~77〕〈安倍為任〉二「棘鬣魚(タイ)は其味の四時美なるにより調膳中の最上とす、周防の桜鯛と称するもの有名なり、此類甚多し」
(2)大きな利益や、すばらしい財宝などのたとえ。「海老で鯛を釣る」などの形で用いる。
*雑俳・柳多留‐三二〔1805〕「釣り上げて見れば魚編取れた鯛」
*雑俳・柳多留‐四七〔1809〕「鯛を釣る迄しんぼうの出来ぬ妻」
(3)(膝に(1)を抱えているところから)えびすの異称。
*雑俳・柳多留‐一四〔1779〕「俵のついでに鯛迄ぬすまれる」
*雑俳・柳多留‐四四〔1808〕「目出鯛をとち万両で買ひ納め」
(4)美女。また、美しく着飾った女性。
*雑俳・俳諧
‐一五〔1800〕「かんざしで釣る鯛中の鯛」
(5)酒の肴をいう、盗人仲間の隠語。〔隠語構成様式并其語集{1935}〕
(6)(「うまいもの」の意から)被害者をさしていう、盗人仲間の隠語。〔隠語構成様式并其語集{1935}〕
補注
(1)「万葉‐一六・三八二九」に「醤酢(ひしほす)に蒜(ひる)搗き合(か)てて鯛(たひ)願ふわれにな見えそ水葱(なぎ)の羹(あつもの)〈長奥麻呂〉」とあるように、古くから食膳に供され、刺身で食されていたことが分かる。
(2)和歌では、「詞花‐雑上・二七八」に「花ををしむこころをよめる」として「春来ればあぢ潟(かた)の海(み)ひとかたに浮くてふ魚の名こそをしけれ」とあるように、鯛が春の産卵期に浅瀬に群集するのを「浮く」といい、その色彩から「桜鯛」とも呼ぶ。「桜鯛」は俳諧では、春の季語である。
語源説
(1)タヒラウヲ(平魚)の義〔和句解・日本釈名・南嶺子・和語私臆鈔・円珠庵雑記・言元梯・名言通・紫門和語類集・大言海〕。
(2)ツラに気味があるところから、ツラヨシの反。または、ツラヘシの反〔名語記〕。
(3)えびすが釣る魚であるところから、メデタイの義か〔和句解〕。
(4)三韓の方言から〔東雅〕。
(5)イタヒラ(痛平)の義〔日本語原学=林甕臣〕。
上代特殊仮名遣い
タヒ
(※青色は甲類に属し、赤色は乙類に属する。)
辞書
字鏡・和名・色葉・名義・下学・和玉・文明・伊京・明応・天正・饅頭・黒本・易林・日葡・書言・ヘボン・言海
→正式名称と詳細
表記
【鯛】字鏡・和名・色葉・名義・下学・和玉・文明・伊京・明応・天正・饅頭・黒本・易林・書言・ヘボン・言海
【魴】名義・和玉
【平魚】名義・書言
【鱧】字鏡
【紅魚】書言
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平成ニッポン生活便利帳
鯛
12か月のきまりごと歳時記 > 四月 《卯月》 > 【味わう】
見栄えのする姿、形、鮮やかな色合い、また、「めでたい」などの語呂合わせから祝いの席には欠かせない魚の王。なかでも産卵前の春の真鯛は「桜鯛」「花見鯛」と呼ばれ、脂がのった最も美味しい時期。天然真鯛は、必ず雄雌が一対で暮らし、片方が先に死んでも生き残った方は一生涯、別の相手を探すことはないと言われており、縁起物として昔からお祝いごとに用いられてきた。淡泊ながら風味豊かで、刺身やじゃぶしゃぶ、鯛めしはもちろん、焼き物や煮付け、フライに天ぷらと、どんな料理にしても美味。頭はかぶと焼きやかぶと煮に、中骨は潮汁に使うなど、余すことなく利用できるのも美味しい鯛ゆえ。そんな鯛も「鯛も一人はうまからず」と言われている。
【12か月のきまりごと歳時記】(現代用語の基礎知識2008年版付録)
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