[学]Acanthopagrus schlegelii
硬骨魚綱スズキ目タイ科ヘダイ亜科の海水魚。東京地方では幼魚をチンチン、やや大きいものをカイズ、成魚をクロダイとよぶ。また、関西、四国、九州地方ではチヌとよんでいる。北海道から九州南岸までの日本海と太平洋の両沿岸の各地、朝鮮半島、中国沿岸、台湾、香港 (ホンコン)などの南シナ海沿岸、ベトナムなどの海域に分布する。南西諸島には分布せず、この海域には近縁のミナミクロダイが生息する。クロダイの体は、楕円 (だえん)形でよく側扁 (そくへん)する標準的なタイ形であり、体高は高い。吻 (ふん)はやや突出し、上下両顎 (りょうがく)前部にはそれぞれ6本の強い門歯状犬歯があり、上顎側部には4~5列の、下顎には3~4列の大きい臼歯 (きゅうし)がある。背びれ棘 (きょく)部中央下の上方横列鱗 (りん)数は6枚以上、側線鱗数は48~56枚。背びれ棘が11本あるのはクロダイ属の特徴である。臀 (しり)びれ第2棘は非常に太くて強い。最大の全長記録は約70センチメートル。体は各ひれとともに暗灰色で、腹部は銀白色。尾びれに黄色部がない。幼魚には体側に7条の暗色横帯がある。沿岸魚で、水深5~50メートルの内湾や沿岸の岩礁域の砂泥底に多く、河口域にもいる。南日本において近縁のキチヌと分布が重なるときは、クロダイのほうがやや外洋岩礁域に生息するようである。おもに甲殻類、貝類、多毛類などの小形底生動物を貪欲 (どんよく)に食べるが、海藻類もとる雑食性。産卵期は晩春から初夏で、南のものほど早い。油球が1個ある卵径約0.9ミリメートルの分離浮性卵で、水温19℃では約42時間で孵化 (ふか)する。孵化仔魚 (しぎょ)は全長2ミリメートル前後であるが、6月上旬には10ミリメートル前後になる。幼魚は河口の汽水域や藻場 (もば)などで生育し、おもにカイアシ類や甲殻類の幼生などを食べる。ヘダイ亜科魚類(クロダイ類)には、すべての個体が雌雄同体の時期を経たのちに雌雄に分かれる性の分化現象がある。体長約10センチメートルまでは未分化の原始性細胞をもつ幼稚魚で、以後10~27センチメートルまではすべての魚が両性の生殖巣をもつ雌雄同体となり、最初は雄として機能する。次の年からは雄として機能するものもあるが、大部分の個体は雌に分化する。塩分、温度などの環境変化に適応する能力が高い。きわめて鋭敏な魚で、投網 (とあみ)や引網などからは石陰に体を横に倒して逃れる。一本釣り、定置網、刺網 (さしあみ)などで周年漁獲されるが、4月~12月に多い。瀬戸内海でもっとも多く漁獲される。白身魚で歯ごたえがあり、刺身、洗い、塩焼、煮つけ、吸い物などにするとおいしい。日本にいる5種のクロダイ属のうち、クロダイは背びれ棘部中央下の横列鱗数は6枚以上あることで他の4種と区別できる。風土記 (ふどき)や『倭名類聚抄 (わみょうるいじゅしょう)』に、チニ、チヌ、クロダイの名があり、また東北地方や大阪平野の新生代沖積層からクロダイ類の化石が出ているが、これは古くから日本人に親しまれてきたことを物語っている。
2017年7月19日
釣り
クロダイ釣りほど、餌 (えさ)、仕掛け、釣り方が地方色豊かなものはない。それだけ人気を集める魚ともいえる。釣り場は磯 (いそ)、防波堤のほか、西日本では内湾の波が静かで、潮通しのいい、底掛かりの少ない所に餌 (え)づけ場をつくり、ここに船を止めてのカセ釣り、真珠やカキなど養殖用施設に船をつないでのカカリ釣りもある。また、西日本の日本海、太平洋側には湾内に釣り人用の乗り筏 (いかだ)を浮かせ、この上から釣るのもあり、これもカセ釣りに入る。
釣り期は地方により差があるが、3月~11月ごろまで。磯、カカリ釣り、カセ釣りとも日中の釣りであるが、防波堤は初夏から秋にかけては夜釣りに人気が集まる。いちばん安定した釣りが楽しめるのは夏から晩秋で、クロダイ釣りの入門もこのころがいい。磯からの釣りは5メートル級の先調子竿 (さお)に立ちウキ仕掛け。餌は蛹 (さなぎ)、オキアミなどを寄せ餌に、鉤 (はり)にはオキアミ、蛹、カラスガイなどをつける。地方によっては真夏にスイカを餌にしたり、ミカン、サツマイモも使う。防波堤では堤壁にいる小さいカニのほか、モエビ、生蛹なども使える。カカリ釣り、カセ釣りは、穂先のごく細い軟調子の2メートル未満の専用竿と小型リールでねらい、ウキは使わない。寄せ餌を団子にし、鉤にアケミガイの殻付きやモエビをつけ、これを団子で包み込んで底に沈めて釣る。静岡県清水 (しみず)港などでは、オカラ、小ジャリ、蛹のミンチを混合した寄せ餌団子とオキアミやモエビ、蛹餌で釣る。警戒心が強いので寄せ餌は効果的である。また、視力もよいので、ハリスは細目がよく、時化 (しけ)ぎみや潮の濁りぎみの日ほど食いがよい。
料理
関西ではチヌとよぶことが多い。大阪湾は古名を茅渟海 (ちぬのうみ)といい、ここで多くとれるところからきた名前である。夏から秋にかけてよくとれるうえ、味がよい。沿岸でとれるので鮮度のよいものが手に入りやすく、また、タイの仲間なので、身は白く、味も淡泊である。刺身をはじめ、洗い、潮汁 (うしおじる)、煮つけ、塩焼きなど各種の料理に使用できる。ただし、時期やすんでいる場所により、泥臭さを感じることもあるから、調理するときに配慮することが必要である。