devil fish
軟体動物門頭足綱八腕形目に属する動物の総称。
形態
この目Octopodaの仲間の体は柔らかく、一見頭のようにみえる丸い外套 (がいとう)膜の袋は胴で、この中に心臓、肝臓、消化管、生殖巣などの内臓が収まっている。本来の頭部は目のあるところで、この中には軟骨の頭蓋 (とうがい)に収まった脳がある。外套膜の腹側はすこし切れ込んでいて、ここに漏斗 (ろうと)とよばれる総排出口がある。呼吸用の水は、外套の切れ込みから外套腔 (こう)中に取り入れられ、そこにある一対のえらを洗う。漏斗からは不要になった水のほか、糞 (ふん)や、墨汁あるいは生殖物質を出す。四対に分かれた筋肉質の腕が頭から直接生え、その腕の環に囲まれて口が開いている。口には背腹二片に分かれた俗にからすとんびとよばれる顎板 (がくばん)があり、口腔内には歯舌がある。また、唾液腺 (だえきせん)も開いていて、餌 (えさ)の捕食に必要なチラミンなどの毒を含む。消化管には嗉嚢 (そのう)、胃があり、さらに腸に続くが、腸は体の後方でU字を描き、直腸、肛門 (こうもん)は前方を向いて開く。腕には、多くの種では二列、一部のものは一列の吸盤が全長に並ぶ。腕と腕との間にはスカート状の傘膜があり、腕どうしの長さの関係とともに、傘膜の深さも分類形質として用いられる。
分類
八腕形類は大きく次の二群に分けられる。(1)有触毛類(有鰭 (ゆうき)類)Cirrata 体の後方に小さい一対の肉ひれをもつのが普通で、腕の吸盤は一列または二列で、それに沿って細い筋肉質の糸状の触毛列がある。傘膜は広く体は寒天質で、浮遊生活をしているものが多く、代表的なものはメンダコOpisthoteuthis depressa、メクラダコCirrothauma murrayiなどで、中・深層性の希種が多い。(2)無触毛類(無鰭類)Incirrata 肉ひれをもたず、腕吸盤列に沿う触毛列はない。マダコ科で代表されるような筋肉に富んだ底生性種が多く、一部のものは海表面近くに浮遊する。アオイガイArgonauta argo、ムラサキダコTremoctopus violaceus、アミダコOcythoe tuberculataなどがある。
生態
タコ類はすべて雌雄異体で、交接に際して雄は交接腕で精莢 (せいきょう)を雌に渡す。このとき、アオイガイ、ムラサキダコ、アミダコなどでは、精莢を担った交接腕の先端が切れて雌の体内に残る。これをキュビエが寄生虫と誤認してヘクトコチルスHectocotylus(百疣 (ひゃくいぼ)虫)と命名したことから、頭足類の交接腕はこの名でよばれている。しかし、他のタコの交接腕はこのように切離することはない。卵は通常、柄 (え)をもっていて、底生性のものでは海底の岩盤などの地物に産み付けられるが、浮遊性のものでは、ムラサキダコのように浮遊卵塊となったり、アオイガイのように雌が分泌した殻内で保護されたり、あるいは雌の傘膜中に抱えられていたりする。孵化 (ふか)幼生は親のミニチュアで、すでに吸盤をもち、浮遊している。しかし、一部の種では孵化直後から海底をはう。表皮には色素胞が分布していて、これを収縮拡大させ体色を変えるのみか、とくに底生種では体の凹凸まで変化させることができる。敵に襲われると、直腸の近傍にある墨汁嚢からインキを吐き、煙幕的効果によって姿をくらます。暗黒の深海にすむチヒロダコ類Benthoctopusは墨汁嚢を欠く。また、イカのように発達した発光器をもつものや、インキのかわりに発光液を吐くものはないが、淡いリン光を発するシマダコCallistoctopus arakawaiや表層性の一種が発光する。タコは、いずれの種も甲殻類を好み、底生性の種はカニ、エビなどを襲う。マダコが増えるとエビの資源量が減るため、イギリスではタコの異常増殖をoctopus plague(plagueは悪疫の意)とさえよぶ。底生種はまた二枚貝なども餌とするが、摂餌 (せつじ)活動はもっぱら夜間に行い、日中は巣穴に潜む。
漁業
日本近海にはおよそ50種のタコ類が分布し、そのうち、南西半分ではマダコOctopus vulgaris、イイダコO. ocellatus、テナガダコO. minorを、東北半分ではミズダコParoctopus dofleini、ヤナギダコO. conaspadiceus、エゾクモダコO. arachnoidesをおもな漁業対象としている。わが国のタコ類漁獲量は数万トンで、半分はたこ壺 (つぼ)などのトラップ(わな)漁業によっており、残り半分は底引網、釣りなどでとられ、遠洋漁業ではもっぱらトロールによる。
食品
日本ではよく食されているが、外国ではメキシコ、イタリア、スペイン、ギリシアなど一部の地方を除き食用の習慣はない。タコは筋肉が堅く、腐敗しても判別がむずかしいので注意が必要である。生きているものは、触ると縮むもの、吸盤に弾力があって吸い付くものが新しい。ゆでたものでは、皮のはがれやすいのは古いものである。ごく新鮮なものは生のまま刺身にすることもあるが、普通はゆでてから用いる。ゆでるときは内臓を取り除き、塩を多量にふってよくもみ、ぬめりをとったあと水でよく洗う。これをたっぷりの湯で赤くなるまでゆでる。ゆでるとき、番茶の煮出し汁を用いると赤い色が安定する。日本産のものは、堅いが味がある。一方、大西洋などで産したものは、身が柔らかい。すしの種、刺身、酢だこのほか、酢みそ、からし酢みそで和 (あ)えたり、煮物、おでんの種などに用いられる。加工品では、生干し、干しだこ、薫製、削りだこなどがある。マダコの卵塊は白い藤 (ふじ)の花のようなので海藤花 (かいとうげ)とよばれる。これは吸い物、煮物、三杯酢などにする。
愛媛県今津地方にはたこ飯とよばれる郷土料理がある。タコは塩でもみ洗いしてぬめりを除き、出刃包丁の背でたたいて柔らかくし細かく切る。これを米と混ぜ、しょうゆ、塩、酒で調味して炊く。ゴボウ、ニンジンなどの野菜を混ぜることもある。
民俗
タコは西洋ではデビル・フィッシュ(悪魔の魚)といわれているが、日本では人間に好意的な、賢くていたずら好きとイメージされる。薬師如来 (やくしにょらい)が海上をタコに乗ってやってきたという伝説の蛸 (たこ)薬師は、京都市や東京都目黒区など各地に存在しており、大阪府岸和田市などには、タコを禁食して祈れば眼病や吹き出物、いぼなどに霊験があるという蛸地蔵もある。また愛知県知多 (ちた)郡の日間賀 (ひまが)島では、毎年1月に蛸祭が行われるが、「タコ木」とよばれる木を沖へ流してタコを釣るしぐさをし、大漁祈願をする。このほか関西地方では、半夏生 (はんげしょう)に「半夏蛸」といってタコを食べる風習があり、これは、タコのように大地に吸い付いて、その足のようにイネの広がるのを祝う縁起とされる。怪物的なタコの伝説は、西洋のクラーケンをはじめ、富山県の大ダコが牛馬を襲って食べる話(日本山海名産図会)など各地にあるが、タコがイモ掘りをするとか、新墓を掘り荒らすというような伝説もある。三重県鳥羽 (とば)市の畔蛸 (あだこ)町は、中秋の名月の夜、タコが田の畔 (あぜ)にたくさん上ってきたためにつけられた地名だとされる。