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  11. 清水寺縁起

清水寺縁起

ジャパンナレッジで閲覧できる『清水寺縁起』の国史大辞典・日本大百科全書のサンプルページ

国史大辞典

清水寺縁起
きよみずでらえんぎ
京都の清水寺の縁起で、同名の書が二種ある。その一は藤原明衡の作で一巻、康平七年(一〇六四)以後の成立と推定されるもの。宝亀九年(七七八)延鎮が山城国愛宕郡八坂郷東山の麓で観音を念ずる修行者行叡に逢って霊異を感得し、坂上田村麻呂と協力して延暦十七年(七九八)に十一面四十手観音像を祀る清水寺を創め、桓武天皇の御願寺となり栄えるに至る草創の奇瑞譚を、短文ながら要領よく述べている。その二は作者不詳の一巻で、室町時代ごろの成立と推定されるもの。かなり潤色された草創の奇瑞譚に加え、「本願檀那大納言田邑麿事」と題する後半では、彼の出自や事績を中心に、寺家への勅書や官符牒のたぐい、所縁の寺院や人物について略記している。両者とも『大日本仏教全書』寺誌叢書一に収めるが、前者は『群書類従』釈家部・『国文東方仏教叢書』二輯六にも収め、後者は原本と目されるものが清水寺にあり、その末尾を欠くものが『続群書類従』釈家部に収められている。
[参考文献]
清水寺縁起』(『日本絵巻物集成』一)、『清水霊験記』、『清水寺建立記』(『大日本仏教全書』)、『(洛東音羽山)清水寺来験記』、『群書解題』一七
(下出 積與)
 京都東山の名刹清水寺の縁起霊験などを記した絵巻物。東京国立博物館所蔵の三巻本(重要文化財)が著名。この本は各巻詞・絵各十一段、計三十三段のほか、下巻末に結びの詞一段を添える。『宣胤卿記』永正十四年(一五一七)五月二十三日・同九月十七日、『守光公記』同年四月十九日条などに「清水寺縁起絵」の詞書執筆に関する記事があり、またその絵は絵所預土佐光信の筆であることを伝えるが、東京国立博物館本はそれに該当するものと思われる。詞書筆者については古筆了伴が各巻末に鑑識を記して、上巻近衛尚通・中御門宣胤、中巻三条実香・甘露寺元長、下巻三条西実隆・足利義政とする。『大日本史料』九ノ六の編者は義政を改め一乗院良誉とするのほかはそれを認めている(永正十四年四月十九日条)。上・中巻は、大和国小島寺の住持報恩の弟子賢心(のち延鎮)が山城国八坂郷の東山に分け入り、観音の行者行叡にあい、その草庵を託せられて修行中、宝亀十一年(七八〇)坂上田村麻呂が鹿狩の次、たまたまその草庵に至ったのが機縁となり、仏閣を建立し、本尊千手観音像を安置するまでの草創の由来、田村麻呂の蝦夷征伐、その時、延鎮の造立祈願した地蔵・毘沙門の霊験あり、いよいよ坂上家の帰依を得て寺運隆盛に赴いたことを田村麻呂の伝記と併せ叙する。下巻はおもに本尊観音の霊験を記す。『日本絵巻物集成』一所収。また詞は『清水寺仮名縁起』と題して『続群書類従』拾遺部(続群書類従完成会本)に載せる。上・中巻の詞は漢文の『清水寺縁起』(『続群書類従』釈家部)と対応するところが多い。なお大阪府河内長野市の金剛寺に鎌倉時代の草稿本一巻を伝存するが、三巻本との関係は不詳。
[参考文献]
中村直勝「清水寺仮名縁起の草稿に就いて」(『宝雲』二三)
(梅津 次郎)


日本大百科全書(ニッポニカ)

清水寺縁起
きよみずでらえんぎ

山城 (やましろ)国八坂郷に建立され、いまなお観世音菩薩 (かんぜおんぼさつ)の霊験 (れいげん)をもってたたえられる京都清水寺の縁起。同名のものが3種あり、第一は、『群書類従』『大日本仏教全書』『国文東方仏教叢書 (そうしょ)』にも収められるもので、藤原明衡 (あきひら)撰 (せん)と表示するが、その明証は得られない。短編ながら清水寺草創の事情を要領よく述べている。その内容は、報恩大師の弟子で山岳巡歴に励んだ僧延鎮 (えんちん)が、山城国愛宕 (おたき)郡八坂郷に至ったとき、観世音菩薩を念ずる行者行叡 (ぎょうえい)に会って霊異を体験し、のちにここで狩猟の途に水を求めてやってきた将軍坂上田村麻呂 (さかのうえのたむらまろ)に会い、その帰依 (きえ)を得、2人で協力して798年(延暦17)金色の十一面四十手観世音菩薩をつくって仮 (かり)宝殿に安置したのが、清水寺の始まり、というものである。

 第二は、前記の内容をさらに詳しく述べ、寺に賜った勅書や官符の類をも掲げ、「本願檀那大納言 (だんなだいなごん)田村麻呂事」と題してその功績を詳述したものも付してある。清水寺に2本同じものを蔵し、原本と写本とおぼしく、後者には1624年(寛永1)良恕 (りょうじょ)法親王の書写奥書がある。『続群書類従』に収める。第三は、清水寺縁起絵巻から詞書 (ことばがき)だけを抄録したもので、『清水寺仮名縁起』とよばれる。

[萩原龍夫]

絵巻

この創建の由来と、これにまつわる霊験譚 (たん)を描いた3巻の絵巻が東京国立博物館に所蔵され、「せいすいじえんぎ」とよばれている。上巻は開祖延鎮和尚 (おしょう)による本寺の草創、および坂上田村麻呂の蝦夷 (えぞ)征伐、中巻は田村麻呂の蝦夷平定から清水寺仏殿の改築など、そして下巻は本尊観世音菩薩の霊験の数々を描く。1517年(永正14)一条院良誉の発願で制作されたもので、絵は土佐光信 (みつのぶ)、詞書は三条西実隆 (さねたか)、中御門宣胤 (なかみかどのぶたね)、甘露寺元長の手になる。絵は光信晩年のものであり、室町末期の大和絵 (やまとえ)の一典型を示している。

[村重 寧]

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1. 『清水寺縁起』
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1517年〈永正14 丁丑⑩〉 この年 土佐光信絵の 『清水寺縁起』 が作成される(宣胤卿記)。
2. きよみずでらえんぎ[きよみづでらエンギ]【清水寺縁起】
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絵巻物。三巻。紙本着色。室町時代の作。京都清水寺草創の由来と、これにちなむいろいろな霊験譚を描いたもの。絵は土佐光信、詞書(ことばがき)は中御門宣胤、甘露寺元長
3. きよみずでらえんぎ【清水寺縁起】
国史大辞典
が清水寺にあり、その末尾を欠くものが『続群書類従』釈家部に収められている。 [参考文献]『清水寺縁起』(『日本絵巻物集成』一)、『清水霊験記』、『清水寺建立記』
4. 清水寺縁起(きよみずでらえんぎ)
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後者には1624年(寛永1)良恕りょうじょ法親王の書写奥書がある。『続群書類従』に収める。第三は、清水寺縁起絵巻から詞書ことばがきだけを抄録したもので、『清水寺
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10. 清水寺縁起(せいすいじえんぎ)
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14. えんぎ‐えまき[‥ヱまき]【縁起絵巻】
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20. かん‐ぺい[クヮン‥]【官兵】
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21. 清水寺
世界大百科事典
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22. きよみずでら【清水寺】岐阜県:加茂郡/富加町/加治田村
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近世中期から臨済宗龍福寺末寺。本尊十一面観音。承和五年(八三八)僧良敏の記したといわれる白華山清水寺縁起(当寺蔵)によると、坂上田村麻呂の素志を体して、大同三年
23. きよみずでら【清水寺】京都市:東山区/清水寺門前地図
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大学頭藤原明衡の作といわれる群書類従本清水寺縁起、室町時代の成立と考えられる続群書類従本清水寺縁起があり、草創にまつわる伝承を記す。群書類従本清水寺縁起は、水を
24. きよみずでら【清水寺】兵庫県:加東郡/社町/平木村
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のみで、ほかは名跡を残すだけである。「峯相記」によれば、法道が建立したといわれ、播州御嶽山清水寺縁起(清水寺蔵)からは景行天皇の代に法道が創建したと考えられる。
25. きよみずでら【清水寺】島根県:安来市/清水村
日本歴史地名大系
た。銅板の設計図とともに県指定の文化財。多宝塔は尼子・毛利両氏の合戦で焼亡したと伝える(「清水寺縁起」寺蔵)。文政一〇年の瑞光山清水寺三重宝塔再建万人講募縁誌(
26. きよみずでら【清水寺】福岡県:北九州市(旧豊前域)/小倉北区/篠崎村
日本歴史地名大系
小倉の地に移したと伝える。古来勅願所として企救の御堂と称され、もとは南方の高所にあったという(清水寺縁起)。慶長七年(一六〇二)細川忠興が小倉城築城の際、裏鬼門
27. 清水寺(きよみずでら 京都市)画像
日本大百科全書
山号は音羽山おとわさん。古くは北観音きたかんのん寺とも称した。西国さいごく三十三所第16番札所。『清水寺縁起』によると、大和やまと(奈良県)小島こじま寺の延鎮え
28. 清水寺三重塔
日本史年表
成るか.また、円仁編 『入唐新求聖教目録』 を奏進(同書)。葛井親王、 清水寺三重塔 を建立(清水寺縁起)。
29. くめのしょう【久米庄】兵庫県:加東郡/社町
日本歴史地名大系
川)の中・上流域、現社町久米・下久米・上久米・池之内・畑・山口付近に比定される。播州御嶽山清水寺縁起(清水寺蔵)によると、摂津国住吉社の神主長盛が清水寺山を掠め
30. ぐんしょるいじゅう【群書類従】
国史大辞典
聖忌記・陽禄門院三十三回忌の記 四三〇 仁和寺諸堂記・山城州葛野郡楓野大堰郷広隆寺来由記・清水寺縁起・醍醐寺縁起・安楽光院行事・楞伽寺記・勧修寺縁起・般舟三昧院
31. 康尚
日本史年表
勤子内親王のため 『倭名類聚抄』 を撰述(同書序)。仏師 康尚 、清水寺塔院大門の多聞天・持国天を造る(清水寺縁起)。
32. こ‐せん【古仙】
日本国語大辞典
〔名〕昔の仙人。*源平盛衰記〔14C前〕二・清水寺縁起事「誠に古仙(コセン)経行之聖跡、大悲利物之霊崛也」*塵芥〔1510~50頃〕「古仙 コセン」*地蔵菩薩霊
33. 今昔物語集 139ページ
日本古典文学全集
→旧国名。→地名。「波多郡」。「八多郷」(子島山寺建立縁起〈醍醐寺本『諸寺縁起集』所収〉、清水寺縁起)。現在の奈良県高市郡高取町のあたり。正しくは子島山寺(→寺
34. 今昔物語集 140ページ
日本古典文学全集
の草庵有り」(清水寺縁起)。「白衣居士」(清水寺縁起、扶桑略記抄)、「白衣之人」(明衡縁起)。破損による欠字。「有り」とあったか。破損による欠字。「此」とあった
35. 今昔物語集 141ページ
日本古典文学全集
奉公ノ隙、京ヲ出テ、東ノ山ニ行テ、妻ノ産セル料ニ一ノ鹿ヲ求得テ其ヲ屠ル間、田村麻呂奇異ノ  ず」(清水寺縁起)。方角が分らない、の意。→注二。千手陀羅尼(→仏教
36. 今昔物語集 142ページ
日本古典文学全集
」とあり、これによれば「サカシク」となるか。寺院を建立して、観音像を造って安置する願い。『清水寺縁起』に「三善清継女也」と注する。律令制で、五
37. 今昔物語集 143ページ
日本古典文学全集
ら一人分を賜って、得度させて、の意。なお、『清水寺縁起』では、田村麻呂の天皇への上奏と賢心の得度受戒を、造寺造像の後のこととして記す。『清水寺縁起』では宝亀十一
38. 今昔物語集 144ページ
日本古典文学全集
こぞって帰依・参詣するさまの類型的表現。→寺社名。子島山寺(南観音寺)に対して、北観音寺と号した(明衡縁起、清水寺縁起)。破損による欠字。「軍」とあったか。田村
39. 今昔物語集 1 本朝部 116ページ
東洋文庫
。一七九 章疏 科条と注釈。一八〇 茂 倭名抄により補う。一八一 姓は…… 「姓在隠道」(清水寺縁起)、「性在隠遁」(明衡縁起)等とあるが、未詳。一八二 千手の
40. 今昔物語集 1 本朝部 117ページ
東洋文庫
一八五 命婦 四位・五位の女官および五位の官人の妻。一八六 四千手 清水寺縁起には「四十手」とある。一八七 監 前文によって補う。一八八 毘沙門天 四天王の一。
41. 坂上田村麻呂
世界大百科事典
もと賢心)と会い,力をあわせて観音像を作り,仏殿を建ててこれを安置し清水寺と号したことは《清水寺縁起》(伝藤原明衡作),《今昔物語集》,《扶桑略記》などに見え,
42. さかのうえのたむらまろ【坂上田村麻呂】
日本架空伝承人名事典
もと賢心)と会い、力をあわせて観音像を作り、仏殿を建ててこれを安置し清水寺と号したことは『清水寺縁起』(伝藤原明衡作)、『今昔物語集』『扶桑略記』などに見え、中
43. さかのうえのたむらまろのはか【坂上田村麻呂墓】京都市:山科区/勧修寺村地図
日本歴史地名大系
郡地三町、為故大納言贈従二位坂上大宿禰田村麻呂之墓地」とあるように、宇治郡の地に葬られた。清水寺縁起所引の弘仁二年(八一一)一〇月一七日の太政官符案にも「東限六
44. しじ【私寺】
国史大辞典
〓免」(『清水寺縁起』)は、清水寺が坂上田村麻呂の建てた非公認の氏寺であったことを示している。承和十一年(八四四
45. しちじょうぶっしょ【七条仏所】
国史大辞典
定朝や運慶の仏所が七条にあった確証はないが、江戸時代初期には「七条大仏師康春」(『(御嶽山)清水寺縁起』)とあることなどから七条仏所とよばれる。なお現代仏像彫刻
46. しもつるいのしょう【下鶴井庄】兵庫県:豊岡市
日本歴史地名大系
まれる。「伊与長社」は庄内下鶴井(村)の伊与永社(現与佐伎神社)。なお清水寺蔵の播州御嶽山清水寺縁起には奈良時代建立の大講堂本尊灯油料として「但馬国下鶴居庄」が
47. しょ‐し【所司】
日本国語大辞典
之」*源平盛衰記〔14C前〕二・清水寺縁起「同十日祇園所司(ショシ)奏状を進(たてまつ)る」*二中歴〔1444~48頃か〕四・僧職「三綱
48. すみよしじんじゃ【住吉神社】兵庫県:加東郡/社町/上鴨川村
日本歴史地名大系
東条川の支流鴨川の左岸に鎮座する。祭神は上筒之男命・中筒之男命・底筒之男命・神功皇后。旧村社。播州御嶽山清水寺縁起(清水寺蔵)によると、清水寺の開基法道が神功皇
49. せいすいじ【清水寺】大分県:宇佐市/旧四日市町地区/清水村
日本歴史地名大系
豊前三十三所観音第四番、筑紫三十三所観音第三番の各札所で、伝仁聞作の十一面千手観音像を秘仏とする。江戸期の清水寺縁起(寺蔵)によると、養老元年(七一七)仁聞によ
50. たむらまろでんき【田邑麻呂伝記】
国史大辞典
寺東栗栖野町)における葬儀の模様などが詳しい。また、田村麻呂の容貌・人柄などにもふれる。『清水寺縁起』(『続群書類従』釈家部)にも右とほぼ同文の伝記を収める。『
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