改訂新版 世界大百科事典のサンプルページ一覧
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「国史大辞典」「日本古典文学全集」「日本国語大辞典」「世界大百科事典」「日本大百科全書」など80種類以上の辞書・事典をパソコン、タブレット、スマートフォンで利用できます。
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今昔物語集(日本古典文学全集・日本大百科全書・世界大百科事典・全文全訳古語辞典)
平安時代末期の説話集。編者未詳。12世紀初頭に成立。31巻。ただし,巻八,巻十八,巻二十一を欠く。天竺(てんじく)(インド)(巻一~巻五),震旦(中国)(巻六~巻十),本朝(日本)(巻十一~巻三十一),の3部より成る。標題のみを残す19話,標題と本文

リオ・デ・ジャネイロ(リオ)(改訂新版・世界大百科事典)
ブラジル南東部のリオ・デ・ジャネイロ州の州都で,大西洋に臨むブラジル第2の都市。単に〈リオ〉と呼ばれることも多い。1763年から1960年まで首都の地位にあった。人口614万(2005)。年平均気温22~24℃(最高36.7℃,最低14.9℃)。年間降水量1500~2500mm。平均湿度77%。

オリンピック(世界大百科事典)
オリンピック競技大会Olympic Gamesの略称。日本では〈五輪〉とも表記する。国際オリンピック委員会International Olympic Committee(略称IOC)が主催する国際総合スポーツ大会。各国(地域を含む)のオリンピック委員

真田十勇士(日本架空伝承人名事典・日本大百科全書・世界大百科事典)
安土桃山時代の武将真田幸村(1567-1615)につかえて,武勇をあらわしたという10人の勇士の総称。猿飛佐助,霧隠才蔵,三好清海入道,三好伊三(いさ)入道,穴山小介,海野(うんの)六郎,筧(かけい)十蔵,根津甚八,望月六郎,由利鎌之助の10人だが

豊臣秀吉(国史大辞典・世界大百科事典)
安土桃山時代の武将。天文6年出生説もある。織田信秀に仕えた足軽木下弥右衛門を父として尾張中村に生まれた。はじめ木下藤吉郎を名のる。天下統一まで秀吉は遠江の松下之綱(ゆきつな)に仕えたのち織田信長の家臣となり,戦功と才覚によって頭角をあらわした。157

大坂の陣(国史大辞典・世界大百科事典・日本国語大辞典)
大坂の陣おおさかのじん江戸幕府が豊臣氏を大坂城に滅ぼした戦い。1614年(慶長19)の冬の陣と,翌年(元和1)の夏の陣とに分かれる。原因1598年,豊臣秀吉は当時6歳の秀頼を五大老の筆頭徳川家康以下の有力諸大名に託して死んだが

淀殿(淀・茶々)(国史大辞典・改訂新版 世界大百科事典)
豊臣秀吉の側室,秀頼の母。父は近江浅井郡小谷(おたに)城(現滋賀県長浜市,旧湖北町)の城主浅井長政,母は織田信長の妹お市の方(小谷方)。幼名はお茶々。1573年(天正1)信長に包囲された小谷城から母に伴われて妹2人とともに脱出し,信長の尾張清須城に入

暮しの手帖(改訂新版・世界大百科事典)
花森安治(1911-78)が設立した衣裳研究所,のち暮しの手帖社から刊行されている隔月刊の婦人家庭雑誌。1948年9月《美しい暮しの手帖》という誌名で創刊。54年3月から《暮しの手帖》と改称されたが,〈暮しの変革を理念よりも日常生活の実践を通して〉行おうとする編集方針は当初より一貫している

上杉景勝(国史大辞典・日本大百科全書・世界大百科事典)
安土桃山・江戸初期の大名。越後魚沼郡上田庄(現南魚沼市,旧六日町)の領主長尾政景の子。1564年(永禄7)父の急死後,叔父上杉謙信の庇護をうけ,のち養子となった。幼名卯松,喜平次顕景,75年(天正3)景勝と改名。78年3月養父謙信が急逝すると遺言と

サッカー(改訂新版・世界大百科事典)
11人ずつの二つのチームが,手以外を使って,互いにボールを相手ゴールに入れ合うスポーツ。正式名称はアソシエーションフットボールassociation football。英語圏外の多くの国では,フットボールの名で一般的に呼ばれている。アソシエーションフットボールとは,1863年イングランドで

織田信長(国史大辞典・世界大百科事典・日本架空伝承人名事典)
安土桃山時代の武将。尾張守護代織田大和守家の奉行の家に生まれた。織田氏は越前丹生郡織田荘が本貫で藤原氏を称したが,本姓は忌部氏といわれる。信長も初めは藤原氏を称した。のち平氏になったのは源平迭立(てつりつ)の思想によるという。曾祖父は信良,祖父は信貞

坂本竜馬(坂本龍馬)(国史大辞典・世界大百科事典・日本架空伝承人名事典)
幕末の志士。本名は直柔(なおなり),別名は才谷梅太郎。高知城下の町人郷士の家に生まれ,維新の指導者としてその前夜に暗殺されるまでの軌跡には曲折があった。第1は尊攘志士に成長する時代である。町人郷士の次男でありながら,19歳のとき(1853)江戸へ剣術

伊勢物語(日本古典文学全集・世界大百科事典・国史大辞典)
平安前期の歌物語。現存する歌物語中最古の作品。古くは《在五が物語》《在五中将日記》などの異称もあった。書名の由来も,伊勢(伊勢御(いせのご))の筆作にかかること,〈伊勢〉は〈えせ(似而非)〉に通ずること,巻頭に伊勢斎宮の記事があること,などをそれぞれ

日本書紀(日本古典文学全集・国史大辞典・世界大百科事典・日本語大辞典)
日本最初の編年体の歴史書。720年(養老4)5月,舎人(とねり)親王らが完成。30巻。添えられた系図1巻は散逸。六国史の第1で,後に〈日本紀〉ともよばれ,《古事記》と併せて〈記紀〉という。内容巻一と巻二を神代の上と下,巻三を神武紀,以下各巻を1代

源氏物語(世界大百科事典)
平安中期の物語。54巻。作者は紫式部。構成現代では全編を三部構成と見る説が有力である。第1部は,1桐壺(きりつぼ),2帚木(ははきぎ),3空蟬(うつせみ),4夕顔,5若紫,6末摘花(すえつむはな),7紅葉賀(もみじのが),8花宴(はなのえん)

万葉集(国史大辞典・日本大百科全書・世界大百科事典・日本古典文学全集)
日本最初の歌集。全20巻。7~8世紀の間にうたわれ,作られた長短さまざまの歌4500余首をおさめる。名義は,万(よろず)の言の葉を集めた意とも,万世(よろずよ)に伝えることを期した意ともいわれる。部立,詩型,表記《万葉集》では部立(ぶだて)とよばれる

古事記(国史大辞典・世界大百科事典・日本古典文学全集)
奈良初期に編纂された天皇家の神話。上巻は神々の物語,中・下巻は初代とされる神武天皇から推古天皇に至る各代の系譜や,天皇,皇子らを中心とする物語である。これまで《古事記》は史書とされてきたが,全巻ひっくるめて本質的には神話とみなした方がよい

平家物語(日本古典文学全集・国史大辞典・世界大百科事典)
平安末期から鎌倉初期にかけての源平争乱を描いた軍記物語。成立承久の乱(1221)以前に3巻本が成立したとする説があるが定かでない。現存史料によるかぎり,遅くとも1240年(仁治1)当時,《治承物語》とも称した6巻本が成立していたことは確かである