今度小学館は、英国のNEDのような権威ある国語大辞典の編修に取りかかった。これは、正に国家的な大事業である。(中略)今や英・独・仏の所有しない上代語史料までさかのぼって、古いわが国語史の全容を明らかにする大辞典の作成が企てらるべくして、いまだ政府の諸機関もついにこれを顧慮することを忘れていた。
小学館がここに見るところあり、現代の国語学者の全部を請じて、そういう大辞典編集の計画を相談し、国家に代わってこれを画策されることは、近来の大勇断であり、賛嘆すべき一大美挙である。
日本は、東西文明のあつまる所であって、往古以来の中国文学・中国語を輸入した上に、ヨーロッパ文化の交流久しく、英・独・仏の諸国語をはじめとして、ほとんど全欧州語をもそしゃくしているから、一々それを挙げたら、百万語にものぼるであろう。(中略)
さて何よりもわれわれが今後の大辞典に望むことは、今までのすべての大辞典がやりかねていたアクセントを明記することである。(中略)今やアクセントの研究は、全く科学的に出来上がったから、今後の辞典がよろしくこれを明記して、辞書としての使命を全うすべきである。
※NED(A New English Dictionary 新英語辞典)
標準語の整理確立は国語辞典の他の一面の重要な任務である。が、それが為には、方言、風俗語、隠語、職業上の特別語などの区別を明確にしなければならぬ。本書はその点にも細心の注意を払い、方言ならば地方の区域を明記し、隠語・風俗語などは転義の経路由来を例示している。更にまた凡てのことばに発音を附記しているなどは標準語整理の上の適切な新案であろう。人名や地名などは辞典の範囲外におくべきだと主張するのも一見識だが、本書は作品に関係深いものは採録した。之によって作品の理解を一層深め得ることは疑う余地も無い。二三外国の件目も出て来るが、要は今日の時代に即する読者自然の要求に応ぜんとする適切な用意であると思う。
要するに本書は学界多数の精鋭が永年に亘って編纂した苦心の作品であって、語句解釈の適切簡明なるはいうまでもなく、資料の豊富、引例の精密など、あらゆる点において完璧に近く正に国語辞典界における金字塔と称すべきだ。之が学界に益し、ひいては我が邦文化の向上に貢献するの至大なるは言うまでもない。
発刊の門出に当たって心からの祝意を表すると共に、此の難業を完成せる学者諸君経営者諸君に対し満腔の謝意を併せ述べたいと思う。