大きな辞典の特長は、たくさんの項目をおさめることができ、項目の内容を大きくすることができることだ。本辞典の場合、初めにキャパシティー(紙幅)ありきではなく、採録すべき項目と記載すべき内容とが優先され、特にこの「第二版」では、その両面から大幅な増補・改訂がなされた。その一つに、用例が大量に補充されたことがあげられる。用例はその項目の存在証明になるだけでなく、意味や用法を具体的に理解することに役立つ。新しい特長がいろいろ盛り込まれ内容は一新された。二十世紀を総括する国語辞典になったと思う。
◆きたはら・やすお 昭和十一年生まれ。専門は国語学。文博。筑波大学長
国語辞典の用例は、「多多ますます弁ず」だと思う。辞典を読む楽しみも増すであろう。また、たとえば「徒然草」のような基本的古典の用例は、その言葉の初出例でなくても、古典学習のためには載せたい。従来の辞典類ではあまり顧みられなかった近世の歌謡音曲類の用例も、芝居の上演と結び付いているから、その言葉が用いられた年次を特定できるという利点がある。和歌はできるだけ初出の出典で引きたい。こんなことを考えながらゲラを読んだ。
◆くぼた・じゅん 昭和八年生まれ。専門は国文学。文博。白百合女子大学教授
著名な作品を別として、百万例に及ぶ本辞典引用のことばがどの時点のものかを、ただちに思い浮かべることのできる人は稀であろう。それ故に「初版」でも、例えば江戸期の作品などにはジャンル表示がなされ、手がかりが与えられていた。しかし、「歌舞伎」で二百年、「俳諧」で二百数十年、「浮世草子」で百年といった時間の巾があることは周知、そのことばが用いられた時点を正確に押えるには、その成立・刊行時を調べ直さねばならない。が、それは面倒、大体の所ですまそう、といったことになっていなかったかどうか。「第二版」の新しい試みの一つは、すべての用例の出典に対して成立・刊行時を西暦で表示したことである。これが、そのことばの使われた時点を適確に押え、その時点でのことばの姿をとらえる上で有効な指標となることは確実、大いに活用されることを期待している。
◆たにわき・まさちか 昭和十四年生まれ。専門は国文学。文博。早稲田大学教授
新世紀に向かってこの「第二版」が開かれようとするに当たり、私には次のような感慨がある。一は、これが三代の営為蓄積に励まされたものであること、一はその業績が三次の発展展開の結果であることである。松井簡治博士によってその第一段たる『大日本国語辞典』が構想せられたのは前世紀の末、その全五巻が刊行されたのは今世紀初葉であるが、後葉に入って大規模な構想のもとに新たな変貌を遂げることとなり、その時、松井氏三代の当主たる栄一君とともに先輩諸大人の間に私も加えられたわけである。かくして第二段というべき二十巻の『日本国語大辞典』が刊行されたのであるが、一段を加えれば一段の完備を求める欲求を生じ、記述の精密さ、正確さ、適切さを加える一方、刻々進展する世界の現状に応ずる気分を抑えがたくなった。その結果が、このたびの「第二版」である。今その成ろうとする新容をみれば、委員、執筆者、協力者の各位、また、編集関係の諸君の尽力によって、いよいよ深さを増し、光を揚げて、世を益することがさらに多かろうと確信される。微力をもって参加従事した者としての喜びである。
◆はやし・おおき 大正二年生まれ。専門は国語学。元国立国語研究所所長・日国初版編集委員
果物はどうして“くだもの”と言うのか。国語辞書はこのような“どうして”という疑問に弱い。一応の説明はあっても次の“どうして”という疑問がわいてくる。どうしてという疑問に答えるためには、言葉の使われる社会的・文化的な背景を言語文化史的に見通すことが必要なのである。このたび新設された「語誌」欄はそのような疑問に少しでも答えるためにと、全国約三百五十名の国語・国文学者に最新の研究成果をまとめてもらったものなのである。
◆まえだ・とみよし 昭和十二年生まれ。専門は国語学。文博。神戸女子大学教授
全13巻の国語辞典というと、そんな学者向きのものはいらない、漢字表記を知りたいだけだから小さいので十分などという声が聞こえてくる。だが、必要なときに引くだけでなく、あちこち開いて読む楽しみも辞書にはある。本辞書は古代から現代にわたる実例を豊富におさめ、各地の方言も添えている。この語にはこんな意味や使い方があったのかと驚き、万葉や源氏にも出ている、鴎外や漱石も使っていると感動し、幸せな境地にひたれるのである。
◆まつい・しげかず 大正十五年生まれ。専門は国語学。前東京成徳大学教授・日国初版編集委員
辞書、とりわけ本辞典のような大辞書の場合、多様な任務が期待されようが、やはり最も重要なのは、意義用法の正確な記述であろう。今回の改訂にあたっても、意義用法の記述の吟味に意を注いだが、特に基礎語彙については、多義にわたる意義分化の関係、類義語との相違点、その他の記述に力を入れた。語によって採り上げるべき事項が異なるため、それらが目立った形をとることは少ないが、補注や語釈本文の充実に、努力のあとを見てもらえればと思う。
◆わたなべ・みのる 大正十五年生まれ。専門は国語学・国文学・文博。京都大学名誉教授・元国語学会代表理事