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ほめる編 第2回

「○+景」で景色をほめる

夏の旅行シーズンを前に、紀行文、旅行日記などで使える二字熟語を紹介します。これらの熟語は、別荘に招待してもらった礼状を書くときのほか、観光事業・不動産業の発展、地域振興などにも貢献できるでしょう。

  • 1絶景(ぜっけい)

    「○+景」の熟語で、もっとも一般的なもの。万人に景色が非常に美しいことを伝えたい場合(観光地のパンフレットなど)に向きます。

    中華若木詩抄-下「三十六陂えん浦の景。言語道断也。三十六陂はもとより絶景也」

    漢詩を解説した、16世紀の作品からの用例。中国の何橘潭の「過垂虹」を解説している部分で、「三十六陂えん浦の景」は詩を引用しています。「言語道断也」は著者の感想です。

    現代では怒りや不満の意を表すために用いられる「言語道断」は、もともと仏教語で、深遠すぎて言語で表現できないことを意味します。そこから、何とも言いがたいほどすばらしい、言葉で表せないほどおぞましい、などの意味が生まれたのでした。用例の「言語道断也」を現代語に訳すと「筆舌に尽くしがたいほどすばらしい」となるでしょう。

    なお「三十六陂」は、36の陂(つつみ/堤防)という意味で、大漢和辞典にはそう呼ばれたものが河南省、江蘇省にあったことが記されています。

  • 2佳景(かけい)

    高級旅館の立地を紹介する場合など、美しい景色をトレンド感のある言葉で表現したいときに向きます。その理由は、近年、中高年の高所得者をターゲットにした雑誌で、「佳品」、「佳人」など「佳」の熟語を好む傾向が強くなっているため。もし漢字に株式市場があるとしたら、「佳」の株はまさに買い時です。

    「佳」を用いた同義語としては「佳境」がありますが、こちらはふつう「試合は佳境に入った」などの形で用いられ、景色をほめるには向きません。

    俳諧・奥の細道-立石寺「岸をめぐり、岩を這て、仏閣を拝し、佳景寂寞として心すみ行(ゆく)のみおぼゆ」

    松尾芭蕉の世界的に有名な作品からの用例。山形の立石寺を訪問したときのものです。山寺とも呼ばれる立石寺は断崖の上にあり、用例の「岸」は断崖を意味します。用例につづく句は、「閑(しづか)さや岩にしみ入(いる)蝉の声」。

  • 3勝景(しょうけい)

    すぐれて美しい景色のこと。漢字を逆にすると、「景勝」。「景勝の地」を、あえて「勝景の地」と表すのも、「勝ち」に敏感な中年を対象とする雑誌では悪くない作戦でしょう。

    滑稽本・東海道中膝栗毛-三・序「予多年東海道に遊歴し、其行路中山川の佳境(かきゃう)勝景(ショウケイ)なるを仮書(かりがき)して、旅袖に蔵(おさめ)おけるあり」

    三編の序文にこのように記した十返舎一九ではありますが、執筆の主な資料は旅行中のメモではなく、当時の旅行ガイド『諸国道中記』だったと推測されています。それは『諸国道中記』で間違っているところは、『膝栗毛』でも間違っているためです。

  • 4美景(びけい)

    美しい容貌、「美形」の意味で使うこともできますが、美しい景色の意味で使うこともできます。女性の目は「美」の字に吸い寄せられる傾向がありますから、女性客を増やしたい観光地の宣伝文句によさそうです。

    俳諧・笈の小文「山野海浜の美景に造化の功を見」

    松尾芭蕉の死後、弟子によってまとめられた紀行文からの用例。「自然の美しい景色に造化の神の功績を見」と、旅の楽しみについて語っています。

  • 5雅景(がけい)

    みやびやかな雰囲気のある景色を表現するときに向きます。各地の名園を紹介する記事にとくによいでしょう。

  • 6致景(ちけい)

    きわめて美しい景色のこと。「絶景」のかわりに用いると新鮮味があるでしょう。「致」には趣(おもむき)の意味もあり、これを逆にした「景致」は風趣の同義語です。

    俳諧・蕪村真蹟-点の損徳論「海辺水郷の家居つきつきしき後園の致景などおもひやられ侍る」

    与謝蕪村の俳諧に点を付ける難しさについての文章から。用例は、水郷に住む俳人が詠んだ「さみたれや蟹のぬけ行琴の反(そり)」という句についての感想。五月雨の日、暇つぶしに琴を奏していたらカニが抜けていった、という句から蕪村は作者の家を想像しています。

  • 7大景(たいけい)

    広々とした景色のこと。「雄大な景色」という月並な表現を避けたいとき、文字数をできるだけ少なくしたいときなどに向きます。

    良人の自白〈木下尚江〉中・一六・四「此の自然の大景を仰ぐと、卑屈な自分が何となく恥づかしくなるもんですから」

    この用例はさまざまに応用ができます。たとえば、紀行文では「雄大な自然に包まれると……」よりも「自然の大景を仰ぐと……」のほうが、老成した印象を与えるでしょう。また、日常会話では「自分が何となく恥づかしくなる」の前に、「××さんとご一緒させていただくと」をつけると、殊勝らしさを演出できます。

  • 8詩景(しけい)

    まずは用例を。

    日葡辞書「Xiqei(シケイ)。シヲ ツクルタメノ ヨイ ケイキ〈訳〉詩をつくるための良いながめ」

    日葡辞書がつくられた近世初期において「詩」といえば漢詩。漢詩は自然の景観を主題とすることがほとんどです。しかし、現代において「詩」といえば自由詩。自由詩の詩人は画家とともに裏通り、工場地帯など俗臭芬々たる景色にもポエジーを発見し、景色の楽しみ方を広げました。現代においては、「電脳空間の詩景」などという表現も可能でしょう。

2005-07-04 公開