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ほめる編 第8回

こわれにくい物をほめる

全日本企業が次のような物をつくることを心がけると、買い替え需要は衰え、経済発展には望ましくないのかもしれません。

  • 1長持(ながも)

    道具類、建築物、衣類等にいう場合は、長く使えることをいいます。この語のあとには「する」「である」がきます。否定の場合は、なぜか「長持ちではない」と言うことは少なく、「長持ちしない」がふつうです。
    意味としては英語sustainableに非常に近い日本語ですが、「長持ち」は会話向きでsustainableは文章向きであるためか、一般にsustainableは「持続可能」と訳されています。

    細君〔1889〕〈坪内逍遙〉二「壁のまだ墜ちぬに柱は歪み、建て付けには間が出来、長持ちのせぬ廉普請(ヤスブシン)」

    用例は江戸時代のお屋敷の跡地につくられた、一般向けの住宅地に建つ「近頃の建て物」を描写したものです。用例の前後も引用すると、「近頃の建て物なれば見かけだけは小奇麗なれど<用例部分>、一時の利得に忙しき是も世情の見本なり」。明治時代からすでに都会では安全性より経済性を優先して家を建てる風潮が広まっていたようです。

  • 2()

    「長持ちする」ことを、「持ちがいい」ともいいます。「持」は、手に持つことのほか「維持」「持久」「持続」など、ある状態が保たれることを表す漢字でもあります。
     これも「長持ち」と同様、法律やビジネス文書で使われることはあまりありません。しかし、会話ではよく用いられますし、「モチ」という粘りのある音は頼もしい印象を与えることから、使い方次第では広告等で高い効果をあげることができる言葉といえるでしょう。

    思出の記〔1900~01〕〈徳富蘆花〉一・一二「また火箸一具求むるにも吟味して少し値は高くも持の宜いのを持の宜いのをと求めたので」

    「火箸」は最近ではあまり見かけなくなりましたが、炭火などをはさむのに用いる金属製の箸です。長く使えるものは値段が高い、というのは今も昔も変わりません。

  • 3丈夫(じょうぶ)

    道具類、建築物、衣類等にいう場合は、多少手荒に扱っても、多少ショックを与えてもこわれないという意味を含んでいます。「強い」と比較すると、「丈夫」のほうが総論的だといえます。「強い」の場合は、「衝撃に強い」「寒さに強い」など、何に強いか明らかにしないとカッコウがつかないのです(文脈によっては「この洗濯機は強い」もありえますが、ふつうは「この洗濯機は丈夫だ」というでしょう)。

    雪中梅〔1886〕〈末広鉄腸〉上・六「此の監獄は中中堅固(ヂャウブ)だから手が付けられねえ」

    牢を破る計画について相談している場面から。建築物が「丈夫」であることは防犯にも役立ちます。

  • 4堅固(けんご)

    「志操(しそう)堅固」のように、意志の固さを表すときによく用いられますが、 守りの固い、強い構造の建築物をいう場合もあります。とくに城郭や防塁などに使います。
    なお、城郭用語では城の背後が川や急斜面になっていて、背後から攻めるのが難しい城を「後ろ堅固(うしろけんご)」といいます。

    上杉家文書(年未詳)二月一八日・畠山悳祐(義続)同義綱連署状(大日本古文書一・四六二)「当城彌堅固候、可被心安候」

    畠山義続は能登の七尾城の城主。義綱はその息子です。七尾城は「堅固」だったため、さしもの上杉謙信も攻略に手間取ったことが知られています。

  • 5耐久性(たいきゅうせい)

    「長持ち」と「丈夫」、両方の要素を持つ言葉。ただし、人間や人間関係に対して用いることはほとんどありません。そこが「長持ち」「丈夫」との大きな違いです。
    たとえば、よく恋の相手が変わる人物のことを「あの人の恋愛は長持ちしないね」ということはありますが、「あの人の恋愛は耐久性がないね」とはいいません(「持久性」ならあるかもしれません)。

    最新実用衣服と整容法〔1928〕〈青木良吉〉「以上述べました保温性、通気性、吸湿性の外、色相及生地が耐久性を持って居ること」

    衣服の織物が満たすべき条件を列記しているところ。「色相及生地が耐久性を持って居る」とは、洗濯しても色あせせず、傷みにくいことを意味します。

  • 6しっかり

    さまざまな場面で用いられる言葉ですが、建築関係では「土台がしっかりしている」「しっかりした構造」などと、基礎や躯体を表現する言葉として多用されます。

    東京灰燼記〔1923〕〈大曲駒村〉一一「前の家は大きい実にしっかりした建物だったが、第一震で堪らずぴしゃと行った」

    関東大震災ルポからの用例。「前の家」は引っ越したばかりの著者の義姉がそれまで住んでいた家のこと。このように「ぴしゃっと行った」家の下敷きになった人をはじめ、死者・行方不明者の合計は14万人(資料によって数字が異なります)。そのわりに日本人はいまだ地震に弱い建物をつくっているようです。

  • 7びくとも

    「びくともしない」の形で、ショックに動揺しない、衝撃に影響されないことをいいます。人間以外では、風雨や地震に強い建築物によくいいます。

    俊寛〔1921〕〈菊池寛〉三「どんな嵐が来ても、ビクともしないやうな堅牢なものになった」

    「堅牢なもの」とは、平氏を倒すクーデター計画が失敗し、薩南諸島に流された僧・俊寛が島で建てた小屋。菊池寛はこの作品で「平家物語」とまったく異なる、タフで健康的な俊寛像を描いています。同時期に発表された芥川龍之介の「俊寛」と比較すると、二人の作家の個性の違いが際立ちます。

  • 8堅牢(けんろう)

    近年では「堅固」と同様、時代小説ぐらいでしかお目にかからない言葉となっていましたが、耐震強度偽装事件の影響でこの言葉が再発見される可能性はあります。

    文明論之概略〔1875〕〈福沢諭吉〉六・一〇「家屋の堅牢なると否とは内の事なり」

    国家を家にたとえて、国家の独立と外交について論じている部分から。福沢諭吉は外から風雨(外交)の来ないうちは家屋(国家)が「堅牢」であることを証明できないとします。

  • 9頑強(がんきょう)

    人体にいうことが多いのですが、建築物にいうこともあります。建築業界は信頼回復のためにこの手の言葉をより多く見つけるべきでしょう。

    ある日本宿<正宗白鳥>「灰色の天地の間に、頑強な建物が次から次へと据ゑられてゐて」

    用例はシカゴの風景を描写したもの。昭和初期の日本人の目にその光景は、「そのあちらこちらには、人間ならぬ怪物が住んでゐさうにも空想された」のでした。おそらく当時の人々が今の日本の大都市を見たらこれと同じ印象を持つことでしょう。

2006-01-23 公開