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けなす編 第9回

うわさをけなす

悪いうわさを否定したい人はしばしば次のような言葉を用いますが、自白だけで判決を下すことはできないものです。たとえば金をもらったといううわさが事実ではないことを証明したいなら、自費で第三者に徹底調査を依頼するとよいでしょう。

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    「根拠がない」よりも強く否定したいときに向きます。やや口語的な表現ですが、国会で使われることもあります。「根もない」と意味は同じです。ただし、現代人は葉をつけずに「根もない」だけでいうことが少なく、とくに30代以下との会話では葉をつけたほうがいいでしょう。

    月は東に〔1970~71〕〈安岡章太郎〉四「ことによると片桐がまったく根も葉もない嘘を吐いたのではないか」

    かつての友人の妻と性交のない性的関係を持っていたことがバレた男を主人公とする小説からの用例。このように不倫に関するうわさを否定するときは「根も葉もない」がよく用いられます。これに対し、学生が同級生との関係をうわさされた場合は、「ありえない」「まじ、かんべん」といった形での否定になります。

  • 2事実無根(じじつむこん)

    うわさを否定する人がよく用いる四文字熟語。「無根」だけでも意味は変わりません。

    田舎教師(1909)〈田山花袋〉二二「兄が知らぬからとて、事実無根とは断言出来難し」

    恋愛に関するうわさについて、主人公に真偽を問う手紙からの用例。手紙を書いた男の意見はもっともで、恋愛は家族の知らないところで進行するものです。

  • 3根無草(ねなしぐさ)

    英語のa rolling stoneに近い意味で用いられることが多いのですが、根拠のないうわさのたとえにもなります。

    浄瑠璃・義経新高館〔1719〕一「扨も九郎判官殿謀の企おはす由、市に街(ちまた)にとりどりに言ひふらしたる根無草(ネナシクサ)」

    この用例のように、うわさは「いいふらす」という動詞と密接な関係をもっています。「いいふらす」は「いいひろめる」と同じ意味ですが、現代では「いいふらす」のほうが広く用いられます。また、主に悪いうわさを広めることに用いられ、よいうわさでも「○○さんの奥さん、ご主人が部長になったのを自分でいいふらしているのよ」といったように、情報を広めることを非難する気持ちがこめられていることがほとんどです。

  • 4流言(りゅうげん)

    これを用いると「根拠のないうわさ」(8字)を小学校で習う漢字2字だけで表すことができます。「流説(りゅうせつ)」とも。

    東京朝日新聞‐明治三八年〔1905〕四月三日「去るにても此謂ゆる責任者は何故にかかる流言をことさら鼓吹したるにや」

    日露戦争末期の新聞記事より。「流言」とはイギリスの「タイムス」が報道した、日露が米国大統領ルーズベルトに調停役を依頼したという情報を意味します。ロシアの降伏を期待していた日本のマスメディアは、講和のうわさを断固否定したかったようです。その気分が「流言」の語に表れています。

  • 5飛語(ひご)蜚語(ひご)

    意味は「流言」と同じです。二つを重ねて「流言飛語」として用いることが多く、これだけでは読者に意味が通じない恐れがあります。「飛言(ひげん)」とも。

    戦陣訓〔1941〕三・一・五「流言・蜚語は信念の弱きに生ず」

    「戦陣の戒め」より。「惑ふこと勿れ動ずること勿れ。皇軍の実力を確信し、篤く上官を信頼すべし」と続きます。

  • 6デマ

    ドイツ語由来のカタカナ語、「デマゴギー」の略。本来は政治方面で相手に不利な状況をつくるために流される虚偽の情報、世間を惑わす情報などにいいます。日常会話では「彼が昇格するなんてデマだろう」などと社内政治に関する場面でよく用いられます。

    徳山道助の帰郷〔1967〕〈柏原兵三〉一「日本軍はそのまま孤立してしまうというデマが飛んで」

    用例は、日露戦争期の主人公を描いている場面で、「日本軍」は「満州の日本軍」のことです。先の「戦陣訓」が「流言・蜚語」について注意をうながしていたのは、実際にこのような経験があったためでしょう。

  • 7浮言(ふげん)

    意味は「流言」「飛語」にかわりませんが、こちらのほうがより浮わついた、不真面目なうわさであるような印象を与えます。

    小学読本〔1873〕〈田中義廉〉三「或は浮言に動かされ、或は世途に迷惑し、曾て世事の正き緒を、求めざるゆゑなり」

    念のために現代語にすると「あるいは浮ついたうわさに動かされ、あるいは世渡りの道に迷い、まだ世の中の正しさの端緒を求めないためである」。その前のほうに分不相応な望みは抱くなということも記されており、この教科書の教えに従うと起業などできなさそうです。

  • 8妖言(ようげん)

    個人的なうわさではなく、天変地異の予言するような不吉なうわさ、人をまどわせるうわさにいいます。考えようによっては、占い師の予言もこれにあてはまります。

    大鏡〔12C前〕五・道長上「ことしこそ天変頻りにし、よの妖言などよからずきこえ侍るめれ」

    現代語にすると「今年は異常気象で、世間によくない事が起こるというあやしいうわさも広まっているようです」。この年、万寿2年(1025年)は本当に気候が不順だったらしく、「日本紀略」よれば雨乞い、疱瘡の流行などの記事が見受けられ、十二月にはなんと地震と大雪に見舞われたのでした。

  • 9虚伝(きょでん)

    歴史上の人物に関するうわさ、伝説を否定するときに向きます。「虚聞(きょぶん)」とも。

    ブウランジェ将軍の悲劇〔1935~36〕〈大仏次郎〉シュネブレ事件・四「ブウランジェ将軍自身が筆を採ってゐるものと信ぜられた。それが虚伝としても『軍事仏蘭西』は将軍の宣伝機関なのである」

  • 10雑説(ぞうせつ・ざっせつ)

    世間でいわれる根拠のないうわさや風説のこと。「雑」も「説」も小学校で習う漢字なのですが、小学校の教科書には出てきません。

    御触書寛保集成‐三六・享保六年〔1721〕七月「一時之雑説或は人之噂を板行いたし、猥に触売候儀自今一切可為無用候」

    徳川吉宗の享保の改革で発せられた法律で、世間のうわさ話を印刷することを禁止するものです。「雑説」には改革批判も入っていたことでしょう。

  • 11衆口(しゅうこう・しゅこう)(きん)を鑠(とか・とらか)

    うわさの無責任さを強調したいときに。世間の口は金属さえも溶解させるほど恐ろしいということわざです。

  • 12()()しこき()(わら)()

    うわさの発信源に疑いをもっている人に教えたいことわざ。「日国」によれば「くさいと言い出した者、または笑い出した者が、屁(へ)をした犯人であるということ。一般に風説を立てた者が実は張本人であるというたとえ」。決して上品なことわざではありませんが、説得力があります。

  • 13(いち)(とら)あり

    多くの人がすでに知っていても、そのうわさを自分では信じられないときに。「戦国策‐魏策」の「一人、または二人の人間が、町に虎が出ると言っても信じないが、三人まで同じことをいうと、事実は虎が出なくても信じられるようになる」という故事に由来します。「三人虎を成す」とも。

  • 14まことしやか

    うわさを広める人の口ぶりを非難したいときに。「まことし」に接尾語「やか」がついたもので、本当ではないのにいかにも本当らしくよそおうことをいいます。

    階級〔1967〕〈井上光晴〉一「根も葉もない事件でもまことしやかにさえいえば」

    「いえば」のつづきは、「いっぺんにぱっと拡がってしまうんだ」。バスの乗客のひとりが炭鉱跡に住む人々に関するうわさを広めるのをつつしむよう、行商人に注意しているところです。聞いている主人公の青年は、その後鉱山を営んでいた父の死にまつわるうわさの真偽を確かめようとする中で、炭鉱の町の暗部にふみこんでいくことになります。
     このようにうわさの真偽を確かめようとすると危険な目にあうことが多いかもしれません。しかし、ジャーナリストがこの危険を回避するとマスメディアが報じるのは宣伝と政府発表ばかりとなります。

2006-03-07 公開