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けなす編 第4回

占いと占い師をけなす

テレビ番組改編の時期ですが、有名占い師が出演する番組の人気は不動のようです。それにしても、あの番組に出演するのはさぞ勇気がいることでしょう。もしも身近に「死ぬわよ」と言われて落ち込んでいる人がいたら下記の言葉で励ましてください。

  • 1非科学的(ひかがくてき)

    占いを批判するとき、多くの人が使う言葉。これに対して、占いを信じている人は「科学がすべてではない」と反論します。しかし、占いもすべてではありません。

    モダン語漫画辞典〈中山由五郎〉尖端人心得帳「非科学的(ヒクヮガクテキ)の行脚時代は既に去れり」

    昭和6年のモダン風俗用語辞典の附録からの用例。用例は旅行に地図を携帯することを勧めているもの。わざわざこれを書いているのは、地図を持たずに旅をする人がまだかなり多かったことを意味します。

    この「尖端人心得帳」は、1980年代語でいえば「ナウい男マニュアル」にあたり、仕事から遊びの方面まで、ナウな若者ならどうすべきかを紹介しています。70年以上も前のものではありますが、「自己宣伝に巧みなるべし。凡て実質より宣伝が第一の世の中」、「サラリーマンになって早く昇進するには、ドシドシ重役の度胆をぬくこと」などは、現代のサラリーマン生活にも有効でしょう。この「尖端人心得帳」で推薦されている占いは、トランプ占いです。いわく、「彼女から便りのない時、首の心配な時、独り占ひをして心胆を高低せしむるに頗る妙なり」。占いはスリルを楽しむ遊びと割り切ることが、モダン・ボーイの心得でありました。

  • 2()たるも八卦(はっけ)()たらぬも八卦(はっけ)

    占いの結果を気にしている人に、その友人や家族がよくこれを言います。本人が自分を慰めるために(あるいは期待をしすぎないように)言うこともあります。なお、「八卦」とは中国伝来の易でいう八種の基本となる象(かたち)のことです。すなわち、乾(けん)・兌(だ)・離・震・巽(そん)・坎(かん)・艮(ごん)・坤(こん)の八つ。占いの本で見たことがあるでしょうが、これらは方角も表わします。

    能因法師〈岡本綺堂〉「『幾度占っても同じことぢゃ』『当るも八卦、あたらぬも八卦とか云ふこともありますから、念の為にもう一度…』」

    陰陽師と家を占ってもらった女の会話。陰陽師は「当るも八卦」と言われて怒り、喧嘩の後に怪しい襖を開けます。すると黒い影が出てきて陰陽師は腰を抜かしますが、実はそこに能因法師が隠れていたのでした。

  • 3売卜者(ばいぼくしゃ)

    「卜」を売る者、すなわち、占い師のこと。仕事を表わす「売○」は主にその職業を蔑視する人が使います。たとえば、近世に「商売人」を「売人」と呼ぶのは、町人をさげすむ武士でした。テレビを見ていて勝手なことを言う占い師に腹が立ったとき、「売卜者風情が何をぬかす」などと言っても家庭内では問題ないでしょう(出演者が番組内で言うのはやめたほうがよいでしょう)。

    文明論之概略〈福沢諭吉〉二・四「売卜者流の妄言と云て可なり」

    福沢諭吉の代表的な著作より。ここでは、従来の歴史書にまことしやかに霊瑞(豊臣秀吉の母は太陽が体内に入る夢を見て秀吉を妊娠したとか)についての話が記されているのを批判しています。合理主義者の諭吉センセイはこれに限らず狂信的な人々に対しては批判的で、この作品の第一章では「彼の皇学者流の説の如く、政祭一途に出るの趣意を以て世間を支配することあらば、後日の日本も亦なかる可し」と、「国体」と「文明」の並列を訴えています。

  • 4八卦(はっけ)八段(はちだん)(うそ)八百(はっぴゃく)

    占い師の言うことはウソばかり、という意味のことわざ。これも占いを気にしている人へのアドバイスに向きます。

    旧習一新〈増山守正〉上「諺に云八卦八段虚八百と云も理なきに非ず」

    「旧習一新」は、占いや迷信を信じないようにと訴える、文明開化時代の啓蒙書。用例は方位占いを批判している部分で、易の方位占いは六十四卦(ろくじゅうしけ=八卦を二重にしたもの)だから当たるのも1/64の確率である、と説いています。

  • 5占者(うらないしゃ)()(うえ)()らず

    自分の運命もおぼつかないのに他人の運命を占う占い師をあざけっていう語。江戸時代、大道の占い師の多くは貧しい生活を営んでいました。そこで「本当に占いができるなら、自分に幸運をもたらせばいいのに」と、からかわれていたのです。「占者」のところに、「陰陽師」「易者」「八卦置」を入れることもあります。また、同じ意味のことわざに、「吾が上の星は見えぬ」もあります。

    社会百面相〈内田魯庵〉犬物語「売卜者(ウラナヒシャ)身の上を知らずといふが、人の運命ばかり世話を焼いて自分の身のツイ鼻のさきの事が解らんのは天下に売卜者と小説家だらう」

    「犬物語」は、犬が飼い主の娘の求婚者たちを品定めする、「吾輩は犬である」式の物語。用例の直前には、「小説家といふ奴は己(うぬ)が小(けち)な眼玉に写る世間を見て生悟りした厄介物だ」とあります。

  • 6陰陽師(おんようじ)旋風(つじかぜ)には()わぬが秘密(ひみつ)

    陰陽師とつむじ風には遭遇しないように心掛けるのがうまく生きるための大事なテクニックである、吉凶なんぞ気にしないのが一番であるという意味のことわざ。なお「陰陽師」というと平安時代の安倍晴明を思い出す人が多いでしょうが、ここでの「陰陽師」はそんなスゴイものではなく、現代語の「占い師」と同じ意味で用いられています。吉凶を気にすると行動がしにくいという意味のことわざでは、「陰陽師の門(かど)に蓬(よもぎ)絶(た)えず」(陰陽師は吉凶を気にして門口の雑草を取るのもままならない)というものもあります。

    談義本・銭湯新話-三・麻疹軒人相を見違たる談「陰陽師(ヲンヨウジ)と辻(ツヂ)風には、逢(ア)はぬが秘密(ヒミツ)と、昔からいふが道理」

    下級武士が銭湯で、「麻疹軒」という名の人相見の噂をしている場面からの用例。麻疹軒は大人気を博しているのですが、この下級武士は全然信じていません。また、たとえ当たったとしても、「旅をすれば難に逢ふ相じゃ、といはれても、仕官の身なれば<略>主人の用で天竺へやられふも知れぬ身の上」、心配の種を増やすようなことはしたくないと、ことわざを引いています。

  • 7(たく)(ぼく)せず(となり)(ぼく)

    中国春秋時代、齊の宰相であった晏子(あんし)の言葉に由来することわざ。家相の善し悪しよりも隣家の善し悪しの方が大切である、という意味です。現代のマンション購入などでも周辺の環境は大事なチェックポイントです。むやみに家相を気にしている人には、ぜひこの言葉を教えてあげましょう。

  • 8吉凶(きっきょう)(ひと)によりて()によらず

    最近は、結婚式場の値段が安い仏滅に結婚式をあげるカップルが増えているといいます。そういう現代的カップルへの祝辞に向くのがこの言葉。運のいい悪い、成功するかどうかは人間の行動によるもので、暦の吉凶とは関係がない、という意味でいいます。

    徒然草-九一「『吉日に悪をなすに必ず凶なり。悪日に善を行ふに、必ず吉なり』といへり。吉凶は人によりて日によらず」

    用例を現代語にすると、「ラッキー・デイでも悪いことをすれば必ず災いとなり、アンラッキー・デイでも良いことをすればラッキーとなる。吉凶は人によりて日によらず」。兼好法師が言っていることはごく当たり前のことですが、多くの人がこの当たり前のことを忘れているようです。

2005-10-03 公開