江戸時代の健康指南書、『養生訓』の著者として知られる博物学者、貝原益軒(かいばらえきけん)の著書『大和本草(やまとほんぞう)』によれば、鮎擬とは、「身と尾は鮎に似ているが、頭は異なり、泥鰌(どじょう)のようにヒゲのあるもの」とあり、「山州(山城国、現在の京都府南部)の桂川の名物なり。その上流の嵯峨、大井川にもあり」と解説されている。同書には、当時は一尺(約30センチメートル)ものもいるという記述もみられ、鮎擬を知る人にとっては、実はこの大きさも驚きなのである。

 鮎擬はコイ目ドジョウ科アユモドキ亜科に属する純淡水魚で、体長は12~15センチメートルほど。数少ない日本特産種の淡水魚として国の天然記念物に指定されており、かつては広島県と岡山県の二河川、琵琶湖淀川水系に限って生息していた。しかし、その生息数は減り続け、いまや絶滅危惧種として環境省のレッドリストに記載されている。現在は嵐山を流れる保津川(大堰川)上流部の京都府亀岡市・南丹(なんたん)市八木町、それと岡山県にある江戸時代の農業用水路・旭川水糸祇園用水の2か所でしか確認されていない。減少の理由は、水路の護岸などによって産卵環境が失われてしまったからだとも考えられている。近年は密漁という腹立たしい要因も加わった。また、亀岡市の生息地周辺では、地域開発の計画が進められている。生息環境への影響が心配されるため、有志による熱心な保護活動が繰り広げられている。

 生息地の亀岡市や八木町は、島原(京都市下京区)の丹波口に発する、丹波路の入り口にあたるような宿場町である。丹波は本当に豊かな田園地帯であり、少し散策してみれば、なぜ鮎擬が現代に生き残ることができたのか、すぐにわかるはずである。田んぼや流水路は護岸されていないところも多く、土を盛り上げてつくった畦がそこかしこにみられる。鮎擬の捕食の対象となりそうな川虫も水中には溢れんばかり。鮎擬は、6月になると産卵期に入り、7月ぐらいまで続くとか。古くから淀川水系の名物として知られた鮎擬を、これからも見守っていきたいものである。
 

   

京都の暮らしことば / 池仁太   


池仁太(いけ・じんた)
土曜日「京都の暮らしことば」担当。1967年福島県生まれ。ファッション誌編集者、新聞記者を経てフリーに。雑誌『サライ』『エスクァイア』などに執筆。現在は京都在住。民俗的な暮らしや継承技術の取材に力を入れている。
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