コトバJapan! 京都の暮らしことば の 記事一覧


 祇園の中でも花街の風情を色濃く残す巽橋(たつみばし、東山区)の一角。その傍らで、遊宴の地の歩みを昔から見守ってきた芸事上達の神が巽稲荷である。京都御所南東の辰巳の方角にあることから「辰巳大明神」と呼ばれ、「辰巳稲荷」や「祇園のお稲荷さん」などの愛称で知られている。

 御祭神は、巽橋にもともと棲んでいた狸だという。昔々、橋に棲みついた狸は、ここを通る舞妓や芸妓などを化かし、白川の水の中を歩かせたりして、住人たちを困らせていたそうだ。皆は困り果て、橋の片隅に祠を建てて狸を祀ったところ、通行人が惑わされることはなくなったという。以来、地域の守り神として大切にされている。年に四度ある神事には、伏見稲荷大社から神官がやってくるそうだ。ふつうは「お稲荷さん」といえば、狐だとばかり思っていたが、実は狸が祀られていることは少なくない。京都にもいくつかあるのだが、狸が神の使いとして大切にされている四国に行くと、狸の社が数多くあるそうである。

 桜の季節、石畳の道の祇園の新橋通りと緩やかに流れる白川沿いの白川南通りが合流する巽稲荷付近は、時代を忘れてしまうかのような風情が漂う。並び立つ家々は、伝統的な茶屋町の二階建てで、現在残されている建物の多くは、1865(元治2)年の大火の後に建て直されたものだ。一階部分は紅殻格子(べにがらごうし)に駒寄せを巡らせ、二階は座敷の造りになっている。二階部分の正面に縁を張り出して簾を下ろす様式が、花街ならではの情趣をしみじみと醸し出している。

 

   

京都の暮らしことば /    



 円顔で鼻が低く、おでこと頬がふっくらとした愛嬌のある顔。いつ見てもほっこりする面立ちは、福を呼ぶ福相の典型といわれている。この独特の愛嬌のある顔はよほど日本人好みなのだろうか。関西では「お福」という呼び名で、店の入り口などに人形を飾る習慣がある。阿亀と似た面立ちは、狂言面の「乙御前(おとごぜ)」や、近世芸能の「ひょっとこ」と対の人気者「お多福」としても登場する。ところ変われば、ほかにもいろいろな名前があるそうで、あまりにあちこちで見かけるものだから、それぞれどんな由来があるのか、気になっていた人も多いはずだ。

 「阿亀」の発祥は、「千本釈迦堂」の通称で知られる大報恩寺(上京区)。「阿亀」とは、この寺の本堂を建てた大工、長井飛騨守高次(ながいひだのかみたかつぐ)の妻のことで、千本釈迦堂には逸話が残っている。あるとき高次は、大報恩寺の本堂建立という大仕事を任されるが、大切な柱を短く切ってしまう。そんな夫の窮状を見かねた阿亀は、柱を継ぐ枡組(ますぐみ)という技法を提案する。これが成功し、夫は窮地から救われるのだが、この美談はそのままでは終わらない。阿亀は安堵の一方で、棟梁ともあろうものが妻の助言で大仕事を成し遂げた、といわれては夫の恥だと憚り、上棟式を前に自害してしまうのだ。そして、上棟式の日。夫は亡き阿亀を偲んで「阿亀」のお面を扇御幣(おうぎごへい)に飾り、祈願感謝をしたという。この話が徐々に広がり、家を建てる棟上げのときに、阿亀の面とともに鏡や櫛など七品を飾って祈願するようになったそうだ。この風習は今も、建前の餅まきなどのお祝いとともに受け継がれている。

 千本釈迦堂の境内には、「おかめ塚」と大きくかわいらしい「おかめ像」がある。2月の節分会には、あでやかな西陣織の着物と赤い番傘で飾り立てたおかめ像が見られる。お参りすると、縁結びや夫婦円満、子授けの御利益が得られるといわれている。


千本釈迦堂の阿亀の像。


   

京都の暮らしことば / 池仁太   



 真鱈やスケトウダラの卵巣を「たらのこ」という。今日では「鱈子(たらこ)」という呼称が一般的かもしれないが、京都では昭和期まで「たらのこ」と呼ぶのが当たり前だったので、今もなんの疑問もなく、そのまま呼ばれているのだろう。

 「たらのこ」は、年間を通じて塩漬けの外国産が出回っているが、寒くなってから春までの旬の時期は、日本で水揚げされた真鱈の生が手に入る。この真鱈のものは、実に大きく異様な見た目をしているが、独特の旨味が強く、酒の肴にも、あつあつのご飯のお供にしても、たいへんおいしく食べられる。

 初春の定番料理といえば、春らしい野菜との炊き合わせで食べるとおいしい。まず、ウドなどの春野菜や椎茸を用意し、だしで炊いておく。「たらのこ」は卵巣の形が崩れないように丸ごと薄い布などで包み、鍋でゆがいて芯まで火を通す。鍋から取り出し、水気をとって冷ましたら、好みの太さに輪切りにする。これをおだしに入れ、酒塩(さかしお)、砂糖、醤油のうす味で、ぐつぐつ煮る。できれば、この状態で一度冷ましながら味を染み入らせ、最後に、別に炊いておいた春野菜などと合わせ、もう一度温めながら味の微調整をすれば完成である。

 京料理では、鱈、鯛、鱧(はも)、ウナギ、カワハギ、フグなどの腹子や胆をよく食べるけれど、なかでも真鱈の「たらのこ」はいろんな食べ方のできる、重宝する食材である。昔は「もみじこ」と呼ばれるものがよく見られ、赤く着色したものを軽く炙り、お弁当のおかずやおにぎりの中身にも使った。最近は薄塩でナチュラルな色合いのほうが好まれ、生食用もある。小料理屋などでは、たらのこの袋を裂いて中身を取り出し、イカのお刺身や糸こんにゃくなどと一緒に和えて醤油をかけたものがお通しとしてよく出てくる。もっと簡単に、卵に鰹節を多めに振って、味醂と醤油をかけるだけでもおいしく食べられる。


存在感のある「たらのこ」。



鍋料理などで絶品「たらの白子」。


京都の暮らしことば / 池仁太