コトバJapan! 暮らし の 記事一覧


 フランスでは「国民食」といわれるほど知名度が高い冷凍食品ブランドの「Picard(ピカール)」。もともとは1906年、レイモン・ピカール氏が創業した氷屋が起源という。現在のような冷凍食品専門店のかたちとしては、1974年に産声を上げた。これまでにイタリアやベルギーなど、ヨーロッパ各地で1000店舗以上を展開しているという。

 流通大手のイオンとの提携のもと、昨年の11月より日本にも進出。青山骨董通り、麻布十番、中目黒と、ターゲット層がうかがえる立地での出店が続く。もとより国内の冷凍食品の市場は充実していて、高価格帯が消費者にどれだけ受け入れられるか、注目されていた。いまのところ評判は上々のようである。エスカルゴやフォアグラなど、フレンチのレストランでしか食べられないような食材には、やはり強い。本格的なコースがピカールだけで揃えられるところはかなりのウリだ。マカロンなどのスイーツの品揃えも色彩豊かで楽しい。

 我が国の食の業界において、フランス料理のレベルの高さはよく語られている。また首都圏の富裕層は、食材の質にこだわる傾向がある。ピカールの攻勢は、おそらくマーケティング的には手堅く、受け入れられる素地があったということだろう。
   

   

旬wordウォッチ / 結城靖高   



 南海キャンディーズの山里亮太や、渡辺直美、品川庄司の庄司智春(しょうじ・としはる)らお笑い芸人が相次いで症状を告白。注目を集めているアニサキスによる食中毒だが、ここ最近被害報告が増加している。

 厚生労働省によると、2007年に6件だったアニサキスによる食中毒の被害報告は、2016年に124件に増加。これをもとにした全国での発生件数は、年間7000件に上ると推計される。保存技術の進歩や流通網の多様化により、魚介類を生で食べる機会が増えたことが原因だとして、注意を呼びかけている。

 アニサキスは寄生虫の一種で、その幼虫は長さ2~3cm、幅0.5~1㎜ほどの白い糸のような形状をしている。サバ、イカ、サケ類、サンマ、アジ、イワシ、カツオなどの魚介類の内臓に幼虫が寄生しており、その魚介類が死ぬと内臓から筋肉に移動する特性がある。

 アニサキスが寄生していても、その魚介類を十分に加熱するか、マイナス20度以下で24時間以上冷凍すれば死滅するが、生のままだと魚介類の中で生き続ける。そうしたアニサキスが寄生したままのサバやイワシ、イカなどを生、または生に近い状態で食べると、アニサキスが人の胃壁や腸壁を刺して食中毒(アニサキス症)を引き起こすことがある。

 その多くは、胃に激痛を感じる急性アニサキス症で、食後数時間から十数時間後に、みぞおちに激しい痛みや吐き気、嘔吐などの症状が起こる。腸でアニサキス症が発症した場合は、食後数時間から数日後に吐き気や嘔吐を伴った持続する腹痛や差し込むような痛みが起こる。

 アニサキス症を避けるためには、魚介類の生食を避けて、よく加熱することが大切だ。また、冷凍処理するとアニサキス幼虫は感染性を失うので、生で食べる場合はいったん魚を冷凍して解凍後に刺身にするなどの方法が有効だ。また、新鮮なうちに魚介類の内臓を取り出すことも、感染を減らすことには効果がある。また、イカそうめんやなめろうにするなど、漁師たちが昔からやっている切り刻むという調理法も効果があるそうだ。

 酢で〆たり、醤油につければ、アニサキス症を予防できるとの期待もあるが、料理に使う程度の量や濃度では幼虫を死滅させるには至らない。生で食べる場合は、よく目で確認して、アニサキス幼虫がいないかどうかを確認する必要がある。

 アニサキス症になった場合、放置しておいても人の体内に入ったアニサキス幼虫は3~4日程度で死ぬが、その間、激しい痛みに悩まされる。

 サバなどの生魚を食べて、数時間後に激しい胃の痛みを感じたら、消化器系を専門とする医療機関を受診しよう。アニサキス症と診断されると、現在は胃の内視鏡を使って、胃粘膜に穿入(せんにゅう)している幼虫を取り除く処置が行なわれる。

 ちなみに、民間の医療保険などに加入していて、手術給付金の支払い対象に内視鏡手術が含まれているものであれば、請求すれば手術給付金を受け取ることが可能だ。忘れずに請求しよう。

 刺身は和食の真骨頂ではあるが、アニサキス症で胃に激痛を受けるのご免被りたい。生でサバなどを食べるときは、ご注意を。
   

   

ニッポン生活ジャーナル / 早川幸子   



 毎朝のように自宅の表に出て、道路の掃き掃除をする「門掃き」という習慣が、京都人の美徳としてテレビ番組などでよく放送される。「かど」とは、玄関の周辺を表す方言で、「門掃き」は、「おはようさん」とお隣さんなどと挨拶を交わし掃き掃除をすることだ。終わったら、お天道様やお地蔵さんに手を合わせたり、暑い季節には打ち水をしたり。「早起きは三文の徳」といったところであろう。

 昔から職住一体の長屋暮らしが多い京都の町では、「門掃き」は「でっちさん」や「おなごっさん」がするものだった。それが徐々に、家人が掃除をする暮らしが当たり前になり、現代のような朝の様子があちこちで見かけられるようになっていった。むろん、そこには京都独特のルールが存在する。例えば、掃き掃除をする範囲は、家の敷地に面した道路の真ん中を少し超えた辺りまでで、両側はお隣さんとの境界を一尺(約30センチ)ほど超えた所まで。これが暗黙の決まりで、そこには「やり過ぎたらあかんけど、少しやったら」という優しさがある。一見、水くさく感じる人もいるかもしれないが、その理由は、頼まれてもいないのに、お向かいさんやお隣さんの領域に踏み込むのは「いらんお節介」ということなのだ。この微妙な距離感が、家々の隣接した狭い町で、隣近所と仲良く暮らしていくために必要な間隔で、付き合いを長続きさせる秘訣なのである。

 この「みやこぶり」というのか、京都人がもっている気質のようなものは、将来「門掃き」の習慣がなくなってしまっても、ずっと受け継がれていくのではないだろうか。

 

   

京都の暮らしことば / 池仁太